国土回復作戦
爆乳シャーロット「 や あ リ ガ ロ フ 君 」
白目ミカエル「 な に こ れ 夢 ? ? ? 」
志を 果たして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷
1890年 4月23日
ノヴォシア帝国 イライナ領
リュハンシク州 ゲレノロネスク郊外 恒久汚染地域B-13
『恒久汚染地域』と呼ばれる地域は、イライナ領内にも存在する。
ゾンビの大量発生で対処が追い付かず、暫定的に地域一帯を閉鎖した場所が汚染地域に指定される事があるが、完全な対処、すなわちゾンビの殲滅及び環境の回復が絶望的であり、半世紀以上閉鎖されている地域はこうした『恒久汚染地域』に指定され、冒険者や特命を受けた騎士団、あとは定期巡回の偵察部隊以外は立ち入りが厳しく制限されている。
そこが居住地であったかどうかなどは関係ない。指定されてしまった以上、そこの住民は強制退去を余儀なくされ、生まれ育った故郷を捨てる事になってしまうのだ。
故郷が恒久汚染地域に指定され、いつの日か故郷への帰還を果たすために冒険者として精力的に活動する者も、数は決して多くはないが存在する。
こういう事になるから、ゾンビ発生の原因となる死体の処理は火葬を徹底するよう義務付けられている。それがたとえ人間だろうと魔物だろうと、あるいは動物だろうと関係ない。死体はゾンビ化する前に火葬して処理する事。それを怠った場合、更にその結果死傷者が発生、他者の財産などに多大な損害を与えた場合などは死刑や人権剥奪、無期懲役がほぼ確定するレベルの重罪だ。
《各員、聞いてるな》
自衛隊で採用されている”89式装甲戦闘車”の兵員室で揺られながらキャンディを口に放り込んでいたところで、車長を務めるパヴェルからの通信が入った。
《間もなく作戦展開地域だ。この作戦は我らが領主様肝入りの一大作戦でもある、失敗は許されない》
「やけにプレッシャーかけるわねぇ」
カチ、カチ、とシュアファイア製の100発入りマガジンに5.56mm弾を地道に装填しながらモニカが言う。コイツ城を出発した時からずっとあれに弾丸装填してたんだけど苦行か何かだろうか。ワンチャン修行僧だったりする?
RPK-201にそれを装着するモニカ。本来西側規格の弾薬に合わせたモデルのRPKやAKであっても、マガジンはAK専用のものを用いるのでM4などに使用するマガジンの装着には対応していなかったのだが、モニカのRPK-201は……というより兵員室にいる仲間たち全員のAK-19にはマガジン装着部にM4のような形状のアダプターが装備されており、西側規格マガジン(※STANAGマガジンなど)の使用に適応したモデルとなっている。
だからシュアファイア製の100発入りマガジンも問題なく使用できるのだ。俺も最初に使用する分のマガジンだけはその100発入りマガジンを選択しているのだが、重い。とにかく重い。マガジンの中に金属製の薬莢に覆われた弾薬が100発も入っているわけだから、見た目以上に重い。
こっちの異世界で銃に触れて本当に痛感した事だけど、拡張マガジンとかホロサイトやらスコープやら乗せまくってゴテゴテにカスタムした銃を抱え、機敏に動けるのは本当にFPSの中だけなんだとつくづく思う。
小さな重量増加の積み重ねが最終的にクッソ重いメインアームに化けるので、とにかくパーツを付ければいいというのは実戦を何も知らないゲーマーの考え方だ。どこに何を装着するか、作戦目標達成のために何が必要か、構えた際のバランスはとれるかといった様々な要素から使用するパーツを吟味し、最適解を導き出してこそ一流の兵士である(ってパヴェルが言ってた)。
まあそれに反論の余地はない。命を懸けたやり取りをするわけだから、少しでも生還率を上げるために実用性・合理性に特化するのは当たり前の事だ。
その一環で俺も100発入りマガジンを選択してきたわけなのだが、しかし弾数に余裕を持つべきと思った事に加えモニカに触発されて選択したそれの重量は、出撃前は気にならなかったが今はそうでもない。はっきり言って、こんなに持ってくる必要なかったんじゃないかな、フツーの30発入りでよかったんじゃないのと思いつつある。
さーてそんな俺の向かいで何を思ったのか、モニカさんはその100発入りマガジンを2つダクトテープで巻いて連結、いわゆるジャングルスタイルにすると、ものすごく満足そうな顔になった。まるでお腹いっぱいキャットフードをむさぼって満足する、転生前に岩手の実家で飼ってた猫みたいだ。ウチの猫もお腹いっぱいキャットフードを食べるとあんな「やり切ったわーw」みたいな顔をして母さんの膝の上に乗り、そのまま寝落ちするのがルーティーンだった。
俺のメインアームはいつものAK-19だが、変更点は先ほども述べた通りマガジン装着部にアダプターを装備しSTANAGマガジンを始めとした西側製マガジンの装着に適応させたことだ。なんだかんだで西側の銃は銃そのものもパーツもバリエーションが豊富で選択肢がとにかく多い。全てを把握するのは困難だが、選択肢が増えるという事はそのままこっちの選択できる作戦も増えるという事だ。
え、『それならいっそAKじゃなくて西側の銃を持てばいいのに』だって? 分かってねーなざぁこ、視野が狭いなざぁこ♪ 俺はAKに慣れてしまってるから今更機種変したところで完熟訓練に時間がかかってしまうのだ。なのでAKそのものを変えるより小改造で西側パーツに対応させた方が早いのである。
M16とか訓練で撃ったりしたけど、どうしてもリロードの際に右側面のコッキングレバーを探して手が動いてしまう。パヴェルにも『お前完全にAKに染まってて草』って言われるレベルなので、実戦で真面目に他の銃を使うのであれば矯正が必要になるかもしれない。割とガチで冗談抜きで。
サイドアームはグロック……ではなく、変わり種を選んできた。
特注のホルスターに収まっているのは、拳銃と呼ぶにはあまりにも大型で、機関部や銃身上から露出するガスシリンダー部にAKの面影を色濃く残す異形の拳銃だ。
『チアッパPAK-9』という、”AKをベースにしたピストル”である。
使用弾薬、9×19mmパラベラム弾。アダプターを用いる事でベレッタシリーズやグロックシリーズのマガジンを流用可能というグロック族となったミカエル君には嬉しい仕様となっており、マガジンはエクステンションを用いて43発まで拡張しまくったグロック17用のものを用意している。
大方のレイアウトは使い慣れたAKと同じなのも個人的には嬉しいところである。教えてくれたパヴェルに感謝だが、もっと早く教えてくれても良かったのではないだろうか。
機関部上にマウントしたエイムポイントT2の確認をしてから、PAK-9をホルスターに戻した。
さて、今回の作戦は確かに俺の肝入りである。
【国土回復作戦】―――イライナ領内に点在する”恒久汚染地域”を制圧、錬金術を用いた大気、土壌汚染の完全排除により再び居住地として使えるようにするという、獣人の生活圏拡大のための一手だ。
リガロフ家とイライナ独立派がイライナ中枢部を掌握してからというもの、イライナの経済は西側諸国との積極的な交易もあって好転している。新生児の出生率も前年度より2%増、長い目で見ればこれから増えていくであろうという試算結果も出ている事から、居住地及び農業地帯の拡大はイライナの将来を見据えたうえで重要になってくる。
それ以上に、「国内にゾンビが徘徊する危険地帯を放置するのは安全保障上いかがなものか」と個人的に思い続けており、それを計画込みで姉上に相談した結果「面白い、やってみろ」とOKを頂けたので、今回の作戦の実施に踏み切った次第だ。
「各員へ。今作戦はイライナの将来を見据えるうえで重要な意味を持つ。ウチの姉上もこの作戦には期待しているらしい……俺たちは試されているんだ、最良の結果を叩きつけてやろう」
兵員室にいる仲間たちの顔を見渡しながら言い、ガスマスクに手を伸ばした。
既に89式装甲戦闘車は恒久汚染地域へ突入している。ノヴォシアで足を踏み入れた恒久汚染地域ほどではないが、ここも腐敗の瘴気が漂う危険地域だ。そのまま吸い込んでしまえば肺が腐り、最悪の場合そこから拡大してゾンビ化してしまったりと、とにかく良い事など一つもないので生身の人間はしっかりガスマスクで守らなければならない。
作戦に参加するクラリス、モニカ、シェリルもマスクを装着する一方で、同行した3名の戦闘人形は特に何もせず、淡々とSTANAGマガジン装備のAK-19に銃剣を装着しているところだった。
彼らの見た目は人間のそれだが、中身は特殊合金製の人工骨格に人工神経、人工筋肉に人工血液を内包した機械人間だ。有機物でできたパーツも一部使用しているが、人間と違って毒や腐敗の瘴気による影響を受けないという機械特有の強みがある。
「R-621」
銃剣を装着していた戦闘人形の1体を識別番号で呼ぶと、彼は視線をこっちに向けた。
「体調はどうだ?」
「はい、領主様。シャーロット博士のチューニングのおかげでコンディションは万全です」
「それは良かった。ただ無理はしないように」
「了解です」
シャーロット曰く、戦闘人形は『機械的な応答しかできない』、『命令された事しかしない』事が欠点であり、より人間らしい思考回路の構築と行動の是正が今後の課題であるという。
まあ確かにそれはそうだが……アイツは人間でも作るつもりか?
89式装甲戦闘車が停車し、兵員室のハッチが開いた。
一番最初に外へと飛び出すや、後続の仲間たちが降車するまで片膝をついて銃を構え周辺を警戒。35mm機関砲を搭載した砲塔も旋回を始めるや、早くも74式車載機関銃が火を吹いた。ドドド、と短間隔での連射が続き、歩兵の降車完了を合図に前進を始める89式装甲戦闘車。
ここからは打ち合わせ通り、2つのグループに分かれて廃墟のクリアリングを行う。俺とクラリス、モニカとシェリルといった具合にだ。戦闘人形3名は89式装甲戦闘車の随伴歩兵として車両の周辺警戒を行ってもらう。
行くぞ、とクラリスにハンドサインを出し、一番近くにあった廃屋へと向かった。
扉の前に立つや、風化しボロボロになった扉を思い切り蹴破るクラリス。偶然なのか、リビングにあたる場所に居たゾンビ(水分がすっかり抜け、代謝も止まったミイラみたいな姿だ)に蹴破られた扉が直撃。バキュ、と人体が発するとは思えない異音を放ちながら首から上を捥ぎ取られ、そのまま動かなくなる。
AK-19を手に、室内へと踏み込んだ。
フラッシュライトで廊下を照らしながら索敵。先らかに痩せ細り、ふらついた人影を見るなり俺は引き金を引き搾った。薬室の中の5.56mm弾が目を覚まし、反動と共にエジェクション・ポートが解放。中から硝煙を纏った5.56mm弾の薬莢が躍り出る。
重心内部で加速に必要な運動エネルギーを十二分に受け取った弾丸がゾンビの眉間を直撃。水分が抜け、干からびたスポンジのようになった脳味噌らしき気管の破片を床一面に撒き散らす。
バンバン、と背後から銃声が聞こえてきた。振り向くまでもない、クラリスもゾンビを見つけたのだ。
「クリア」
《こっちはもう少し》
「今行く」
ガンガン、と銃をぶっ放す音。
クラリスの向かった寝室の方へ急いでいると、崩れかけの2階へ続く階段からゾンビが転がり落ちてきた。
掴みかかろうと伸ばしてきた腕を咄嗟にAK-19のマズルブレーキで殴りつけ、勢いのままに頭をストックで殴打。がくん、と右ストレートを顔面に貰ったボクサーよろしく頭を揺らしながら後退るゾンビに、5.56mm弾の洗礼を浴びせかける。
思ったよりもゾンビの数が多いな……。
弾薬に余裕を持たせてきてよかったと思う一方で、対アンデッド戦のスペシャリストであるイルゼを連れてこなかったのは失敗だったな、と少し後悔した……けどまあ、イルゼも都合が悪かったというのもあるのだろう、今日は週に一度の懺悔室を開く日だからだ(リュハンシク城内の教会には懺悔室があり、リュハンシク州の領民たちが毎週懺悔に訪れる)。
AKでは少し嵩張るか、と判断するなり俺はAK-19の保持をスリングに任せて、特注のプラスチック製ホルスターからPAK-9を引き抜いた。右側面の安全装置を弾いて構え、寝室の方で発砲するクラリスの支援に入る。
マガジンの交換のために一旦後ろに下がった彼女と入れ替わる形で、俺は寝室へと足を踏み入れた。
こんなベッド2つと小さな机があるだけの部屋にいったいどんな惹かれるものがあったのかは定かではないが、室内は通勤ラッシュ時の電車の中さながら……とまではいかないが、まあ随分と満室だった。
クラリスが撃ち殺したゾンビ3体に加え、私服姿のゾンビが4……いや5体。いずれもまだ人間らしさを残した冒険者風の装備を身に着けたゾンビで、つい最近襲われ彼らの仲間入りを果たしたのだと分かる。
どうか安らかに、と祈りを込めて引き金を引いた。
腰から上がターレットにでもなった気分だった。パヴェルに死ぬほど叩き込まれたCQB訓練の成果が発揮されたようで、発砲直後にすぐ次の標的に照準を合わせ発砲、また照準を合わせ発砲、という一連の動作が一瞬で終わる。
ガンガンガン、とPAK-9が5回ほど吼えたところで、寝室の中は静かになった。
呻き声も、床を這いずる音も聞こえない。
「……クリア」
《次は2階ですわね》
「気を引き締めていこう」
こんな作戦でゾンビに噛まれ、仲間入りを果たしましたなんて事になったら笑えない。
いつかイライナの100年史も書きたいですが今やるとネタバレになってしまうので、最終回が近付いたら隙を見てやろうと思います。




