テンプル騎士団との会談
ミリセント「本当に申し訳ありませんでした」
パヴェル「お前な、やっていい事と悪い事くらい区別付くだろ。死者の尊厳を踏み躙るような真似しやがって」
デスミカエル君「じゃあ生者の尊厳は踏み躙っていいんDEATHか???」
パヴェル「いやあの……お前ヒロイン枠だし?」
ミカエル「クラリス」
クラリス「はい」ポチー
尿道結石「やあこんちわwww」
パヴェル「オ゛ワ゛ァ゛ー゛ッ゛!゛?゛!゛?゛」
姉上がテンプル騎士団本隊との会談の場に選んだのは、案の定リュハンシク城だった。
本当ならキリウにある国会議事堂までリキヤ団長に足を運んでもらうのが筋なのだろうけど、良くも悪くもキリウは人が多い。情報統制をかけたといっても、マスコミというのはどこからか情報を嗅ぎつけるのが得意だ。見知らぬ外国人がキリウにやってきたという情報が漏れるだけでも面倒なのに、それがさらに踏み込んで『異世界人がキリウにやってきた』なんて新聞で大々的に報じられたら関係者一同卒倒モノである。
そういう情報漏洩を警戒し、会談の場にはリュハンシク城が選ばれた。
リュハンシク州最大の都市、リュハンシク市からは適度に距離が離れているし、何よりここで働いている警備兵や使用人たちは血盟旅団関係者、それ以外はシャーロットが造った戦闘人形である。関係者以外が入り込んでくる余地がないので、情報は決して漏れない。
「それでは賠償金に関してはこちらから60億ダルク、ライブル換算で2兆ライブルの支払いという事でよろしいですかな、リガロヴァ公爵」
「ええ。しかし良いのですか、ハヤカワ団長? この額となると国家予算レベルなのでは」
「ご心配なく。むしろ、これくらいでなければ我らの誠意と謝意は伝わらないでしょう。それに今回の一件だけではない、130年前……あなた方獣人を造り上げたという旧人類を滅亡に追い込んだのは我らの祖先であり、消えぬ罪なのです。これくらいの事はさせていただきたい」
先ほどから会場をセッティングした身として、キリウからここまで足を運んできた長女アナスタシアとテンプル騎士団9代目団長リキヤ・ハヤカワⅡ世の会談を見守っていたが、やはりこの人は誠実な人なのだという印象が一層強くなった。
落ち着いた物腰と紳士的な態度もそうだけど、何より今回の会談に関しては見返りを求めている様子は見られないし、今回の一件と祖先の罪を心の底から恥じているような素振りを見せている。賠償金を少しでも安く済ませようという態度も見られない。
”誠意という言葉が服を着て歩いている人”、というのがリキヤ団長に抱いた本格的な印象だった。
どちらかというと荒々しく攻撃的なパヴェルと比較すると正反対と言えるだろう……本当に彼の息子なのだろうか。
「失礼だな、俺の息子だよ」
「ホントあのカジュアルに人の心読まないで」
ふんす、と腕を組みながら会談を見守るパヴェル。確かにその横顔は彼と似通っているし、体格も大きくがっちりとした感じ(でも本格的なヒグマ体型のパヴェルに対してリキヤ団長は少し痩せてスマートな印象がある)ではあるが、身に纏う雰囲気と人相だけでここまで変わるものなのだろうか。
はっきり言う、マフィアの幹部と大学の先生くらい違う。どっちがどっちかって? 言わなくても分かるよね?
「賠償金の額はこれで確定といたしましょう。続けて技術供与についてですが」
「……こんなに貰ってよろしいので?」
姉上の困惑ももっともである。
賠償金はライブル換算で2兆ライブルというとんでもねえ金額となったけど、それだけでは終わらない。会談の冒頭、リキヤ団長は『賠償金と技術供与、ないし経済支援』を申し出てきたのである。
賠償金ならばまだ分かる。しかし、そこから技術供与か経済支援、それに準ずる支援まで用意するとは、いったいどこまで尽くすつもりなのか。
「ええ、徹底的な破壊の痕には再生が必要なのです。これはその再生のための一環なのですよ」
そう言いながらにこやかに笑い、ティーカップの中へ小皿の上のジャムをそっと入れる団長。
会談に先んじて、パヴェルとシャーロットから姉上に対してテンプル騎士団―――というよりも”クレイデリア人”という異世界人の気質に対してのレクチャーがあった。
曰く『クレイデリア人は”友愛と報復”を重んじる民族性である』事。
基本的に彼らは、親密な関係にある相手、あるいは味方と判断した相手に対しては徹底的に世話を焼いてくれるし尽くしてくれる。色々尽くされ過ぎてこっち側が申し訳なくなるレベルだそうで、向こうの世界のインターネットでは『ダメ国家製造機』とまで言われたそうだ(発展途上国相手に尽くしまくってクレイデリアに依存しまくりの発展途上国を量産した事があるらしい)。
まあ、友好国として接したり、個人レベルでも友人に1人いたら助かるタイプと考えておけばいいだろう……尽くしてもらったお礼をしたらそこから更にお礼が飛んできて、最終的には泥沼のお礼のパイ投げ合戦に発展しそうだが。
しかし敵対した時に、微笑みを浮かべる彼らは恐ろしい存在へと姿を変える。
友愛と報復を重んじる民族性―――つまり一度”こいつらは敵だ”と判断した相手には、徹底した敵意を抱き容赦のない本性を露にするというのだ。
特に彼らの仲間を手に掛けてしまった場合などは最悪で、加減を知らないクレイデリア人は『敵対勢力が女子供含めて絶滅するまで』攻撃をやめないのだという。
何でこんな二面性を持つ民族が爆誕してしまったのか……シャーロットの話では『クレイデリアは元々植民地支配されていた国であり、そこにテンプル騎士団がやってきて植民地支配から解放、世界中から救出してきた奴隷たちや故郷のない難民たちの受け入れを行って形成された多民族国家である』のだという。
おそらくだが、そうやって支配されていた原住民や難民、奴隷たちという弱い立場だった人々が身を寄せ合う中で苦難の経験に互いに共感、傷を舐め合うかのように緩やかに統合されていく中で同じ苦しみを味わった隣人のために尽くそうという友愛の心を、そしてこんな苦難を与えた外敵に死を、という二面性を醸成していったものと考えられる。
とはいえ、クレイデリアも建国から1世紀と少しくらいしか経っていない歴史の浅い国だ。1000年規模の歴史があるならばともかく、たった1世紀でそこまで思想の先鋭化というか、極端になるものだろうか?
いずれにせよ、その二面性は130年前の旧人類滅亡の際に遺憾なく発揮されている。最初は旧人類の信頼を勝ち得るために色々と尽くし、そして旧人類が戦端を開けばイコライザーを全力投入、文字通り”滅亡するまで”戦いを続けたのだからシャーロットの言う事は本物なのだろう。
そういう事もあって、姉上も交渉が始まるまでは澄ました顔をしてこそいたが、機嫌を損ねたらどうしようと気が気じゃなかった模様だ。あんなにライオンのケモミミが震えていた姉上を見た事が無い。
「記録によると、あなた方の祖国は農業大国と聞いております。ノヴォシア帝国の食料生産の実に8割を担う穀倉地帯、”世界のパンかご”であると」
「はい、その通りです」
「ならばそれを更なる強みとしましょう。農業の効率化や辺境地域のインフラ整備、その他生活水準の向上に繋がるよう支援を致します」
「……具体的には?」
「上下水道の整備、地域の電化、それから農業で使用可能な重機類の無償提供。必要であればこちらから人員を支援に回します」
「そこまでしてくださるのですか?」
「ええ。皆様には多大なご迷惑をおかけしましたからね。その分の罪滅ぼしです」
悪くない提案ではある。
イライナ最大の強みはその食料生産能力だ。国土の実に8割が穀倉地帯となっているイライナほど農業に適した土地はないだろう。その強みがどれほどのものなのかは、広大なノヴォシア帝国の食料生産の8割を担っている事からも分かる。
大量の食糧生産が可能という事はそれだけ人口増加に耐えられる余裕があるという事で、対外的に見れば”食糧輸出”という外交カードが初っ端から手元にある、という事だ。
農業の支援はその長所をさらに伸ばすという事で、生活水準の向上を辺境地域まで適用する事が出来れば国民も喜ぶだろう。もう井戸から水を組み上げる必要はなく、蛇口を捻るだけで水がいつでも使えるのだから。
そして生活水準の向上と経済の好調は、国内の人口増加に繋がる。
経済を回すのは機械でもAIでもなく、いつの時代も人間だ。人口が増えれば働き手も増えるし、有事の際には兵員として動員も可能になる(※そんな事にならないのが一番なのだが)。
長い目で見れば、魅力的な提案ばかりだ。
「それとあなた方イライナは、隣国ノヴォシアとの戦争の危機に直面していると聞きました」
最もセンシティブなところへ、躊躇なく切り込んできた。
賠償金に加え経済支援、インフラ整備という提案の後に頭痛の種となっているノヴォシアの話になったものだから、姉上の顔が一気に強張った。
リキヤ団長も確信しただろう―――ここが最も、イライナ人が危惧している部分であると。
それもそうだ。今まで通りの隷従か、晴れて独立し公国復古を成し遂げるかの瀬戸際なのである。
「必要とあれば軍事支援も致しましょう。どうです?」
「……ハヤカワ団長、ありがたい提案ではあるが」
そっと持ちかけていたティーカップをテーブルの上に戻し、姉上は真っ直ぐにリキヤ団長の目を見た。
「帝国との戦争は、我々だけでも大丈夫です」
「なぜ?」
「こればかりは我々イライナと帝国の問題です。確かに支援はありがたい話ですが、ここまで尽くしてもらった上に戦争にまで巻き込んでしまうのはいくら何でも申し訳がない。あなた方も祖国のために血を流すのはやむを得ないと考えても、見知らぬ異世界の見知らぬ国のために命を懸けるのは本意ではない筈だ」
違いますか、と続けると、リキヤ団長は目を細めた。
正直、テンプル騎士団の軍事力であれば喉から手が出るほど欲しい。
数世紀先の技術に、2020年代から転生してきた俺でも見た事のない兵器を多数運用するテンプル騎士団。まさに”未来の軍隊”の如き彼らが背後についてくれるのは、これ以上ないほど心強いものだろう。
しかし忘れてはならない―――”彼らもまた人間なのである”。
「ご心配なく、前線に立たせるのは無人兵器です。人員の損耗はないですよ」
「仮にそうであっても、帝国に力を見せつけてしまった事により第三国……帝国の同盟国となっている列強諸国の介入は避けたい」
あくまでもイライナとノヴォシア、2ヵ国間の問題として粛々と処理してしまいたい、というのが姉上の本音であった。
どうして断るのかと思ったが、しかしよく考えてみれば分かる事だ。
やり過ぎてノヴォシアどころか、世界に脅威と認識されてしまえばどうなるか。身の丈に合わない力は身を滅ぼす―――世界が敵になりかねない。
そうでなくとも帝国が列強国に参戦を求め、そこから呼び水となったかのように複数の国家の介入を許せば、そこから世界規模の大戦争に発展しかねない。
世界に大打撃を与え、今日にいたるまでの全ての戦争の始まりとなった第一次世界大戦の元凶となる事は、是が非でも回避したいのだ。
「―――ならば初撃で全て滅ぼしてしまえばいい」
ぽつり、とリキヤ団長はとんでもない事を言い出した。
あの穏健派で、誠実な人柄が特徴のこの人もそんな事を言うのか―――半ば裏切られたような気持でぎょっとしながら彼の方を見ると、リキヤ団長は笑みを浮かべながらこっちを見た。
「……と、私の母であれば言っていたかもしれませんね」
「冗談ですか……いやいや、さすがに笑えませんよ」
「申し訳ない、リガロヴァ公爵。貴女を試すような発言の無礼、お許し願いたい」
そう言うなり、彼は紅茶を口へと運んだ。
「―――私もあなた方を心の底から信用できる相手と判断しました。力に溺れず、身の丈を弁え、それでいて戦争や軍事力よりも国民の生活をしっかりと見ている国家の指導者。あなた方のような為政者に導かれ、イライナの国民は幸せ者たちばかりですね」
大き過ぎる力は、やがて人を狂わせる。
大人も子供も本質は同じだ。新しいオモチャを手に入れたら、それを使って遊びたくて仕方が無くなる。大人の場合はそれがオモチャから殺傷力を持った軍事兵器に代わるだけだ。
嘘のつき方が上手くなっただけで、大人も子供も変わらない。
実際、ノヴォシア帝国の皇帝がテンプル騎士団叛乱軍と組み、その強大な力に溺れていった実例を目にしているから、俺はリキヤ団長の抱いていた危惧が単なる杞憂だとは思ってはいない。
「あなた方なら、きっと国家を正しい方向へ導いてくれると信じています」
「ありがとう、ハヤカワ団長。我々もあなた方の好意を無駄にする事が無いよう努力する所存です」
そう言うや、姉上とリキヤ団長は席から立ち上がって握手を交わした。
”我々と同じ失敗はして欲しくない”―――そんなリキヤ団長の心の声が聞こえたような気がした。




