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祝勝会


 この役職になってからというもの、優雅に一人の時間を過ごす事はめっきり減った。


 何度も何度もかかってくる電話に書類の山。ちょっと時間が出来たかと思えば部下が次の仕事の案件を抱えて執務室に飛び込んでくる有様だ。結局、落ち着いてウォッカと卵の入ったコーヒーを楽しめるのは出勤直後の僅か15分のみである。


 やっと仕事が一段落し、コーヒーにありつける……そんな時に限って執務室の電話が鳴り、うんざりするのだ。仕事が一段落というのはもはや一種のフラグなのではないか、神は私を過労死させようとしているのではないか―――そんな事を考えたくなるほど、冒険者管理局イライナ支部の支部長という肩書を手にした今を呪いたくなる。


 案の定、今日もだった。新しく登録した冒険者の承認に予算案についてのチェック、各書類へのサイン―――現場の視察は何時からだったか、などといった仕事をとりあえず片付け、一息入れる余裕ができたぞというタイミングで、デスクの上の電話がジリリリンッ、と嫌な音を奏でる。


 溜息をつきながら受話器を拾い上げ、「はいダニール」と返答すると、帰ってきたのは幼い少女の騒ぎ立てるような声だった。


『ちょっとちょっと、何よアイツら!』


「これはこれは、フリスチェンコ博士じゃあないですか」


『ちょっと支部長、アタシはEランク冒険者を寄越せって言ったんですけど!?』


「ええ、ですからミカエルとクラリスの2人を……」


 大方、例の昇級試験の件であろう。


 冒険者にはランクというものがあり、原則としてそのランクに応じた難易度の依頼しか引き受けられない、という規定がある。過去に背伸びをして難易度の高い依頼を引き受け、依頼の放棄でクライアントとの間にトラブルが生じたり、依頼中に戦死する冒険者が後を絶たなかったためだ。身の丈に合う依頼を受けてね、という事である。


 しかしいつまでも同じランクのままでは冒険者たちの収入にも関わるため、ある程度依頼を成功させて実力を証明した冒険者には、管理局側から”昇級試験”と称したランクアップのための依頼を回す事があるのだ。


 今回、それで白羽の矢が立ったのがミカエルとクラリスの2人である。最近、管理局内でも”見慣れない武器を使う凄腕の新人”として期待の星呼ばわりされているこの2人にチャンスを与えたのは、他でもないダニールであった。


 その昇級試験の舞台として選ばれたのが、リュドミラ・フリスチェンコ博士の戦闘人形オートマタのテスト。実験台として3分ほど、この未来の殺人マシーンから逃げ回るだけで良い、という依頼内容だったのだが……。


「博士、落ち着いてください」


 いつもと変わらぬ低い声で、ぎゃあぎゃあと捲し立てるフリスチェンコ博士を諫めるダニール。しかし余程気に入らない結果だったようで、博士の勢いは止まらない。


『何が落ち着けよ! 自慢の試作機を3機もぶっ壊されて落ち着いていられる!?』


「さんっ……え、さ、3機?」


『そうよ! アンタが回してきた”期待の新人”がウチの試作機を3機も派手にぶっ壊していったのよ! データは取れたけどコレ……どーすんのよぉー!?』


「博士、落ち着いて。お酒入ってません?」


『なぁーによぉー、アタシこう見えて24なんですけどぉー!? 合法ロリなんですけどぉー!?』


「呑んでるんですか」


『3時間前から呑んでるわよぉー。ねぇーダニールぅー、どーすんのよこれぇ』


「あーよしよし、わかりましたから、ね? とりあえずあの2人は合格って事にしておきますので」


 ガチャ、と受話器を置き、ダニールは頭を抱える。


 フリスチェンコ博士とはそれなりに長い付き合いだ。てっきり今回も駆け出しの未熟な冒険者を相手に、新型機の稼働データを取ろうとしていたのだろう。


 何があったのか詳細は不明だが、どうやらその自慢の新型機が例の2人に完膚なきまでに破壊され、博士のプライドはズタズタらしい。こうなると博士は面倒だ……酔いがさめるまで相手をするのはこれ以上ないほどに。


 溜息をつきながらも、ダニールの心のどこかでは期待が生まれつつあった。


 長い間変わる事の無かった冒険者たちの序列上位陣……もしかしたら、彼らならばそこまで上り詰めてくれるかもしれない。変わる事の無かった体制に新たな風を吹き込んでくれるかもしれない、と。


 これがただのビギナーズラックに終わらない事を祈りながら、ダニールは2人の昇級可否の書類に署名するのだった。













「「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」」


 ガチンッ、とコップをぶつけ合う音が、盛大に食堂車の中へと響き渡る。中に注がれた炭酸飲料(パヴェルが自作したタンプルソーダである)を一気に飲み干すと、炭酸飲料特有の刺激が喉を通過していった。


 ウォッカの酒瓶の中身を一気飲み(オイオイコイツ大丈夫か)したパヴェルは、早くも赤く染まった顔で盛大に拍手してくれた。


「いいねいいねえ、2人そろってDランク昇進か!」


「やるじゃないの!」


「おめでとうございます!」


「ミカ姉すっげー!」


「ミカ姉おめでとー! クラリスさんもおめでとー!」


「いやあ、みんなありがとう」


 祝ってくれた仲間たちに言いながら、つい先ほど渡されたばかりのバッジに視線を落とした。


 依頼完了報告に行った際に、冒険者管理局で交付されたDランク冒険者のバッジだ。これでEランクだめではなく、Dランクの依頼も引き受けられるようになる。


 というわけで、今夜は皆がお祝いしてくれるらしい。街で買ってきた缶詰やらパン、それ以外の今となっては貴重な食材まで使って調理してくれたようで、食堂車のテーブルの上には色んな料理がどっさりと用意してあった。


 なにこれ凄いんだけど。プチ満漢全席みたいになってるんだけどナニコレ?


「どうだ? ノンナにも手伝ってもらったんだ」


「え、マジ?」


「どーお? わたしだって”ハナヨメシュギョー”してるんだから!」


 誇らしげに胸を張るノンナだが、多分彼女はコレ言葉の意味を分かってない。隣にいるルカに至っては「すっげー、俺もハナヨメシュギョーしようかな」なんて言い出す始末。お前アレぶら下がってるやろがい。


 というわけで席に着いてから、真っ先にフライドチキンに手を伸ばした。そろそろ冬も本格化してくる。こういった肉とか魚とか、そういう腐りやすい食材は使い切らなければならないシーズンだ。これだけ贅沢に食材を使ってくれたのには、そういう事情もあるのだろう。


 サクサクとしていて、中の鶏肉はこれ以上ないほど柔らかかった。これホントに鶏肉か、とちょっと疑ってしまうほどだ。それでいてスパイスも強すぎず弱すぎず、良い感じのアクセントになっていて、いくらでも食べられそうな味である。


「いやあ、ミカもDランクかあ。あたしも負けてらんないわねえ」


 ソーセージの盛り合わせに手を伸ばしながら言うモニカ。そういう彼女はCランクの冒険者なのだが、やっぱりCランクともなると依頼の難易度的にはどうなのだろうか。


「頑張って追い付くよ、モニカ先輩」


「あははっ、向上意欲があるのは大変よろしい! はむっ……うっっっっっっっま!!!」


 すぐ隣で炸裂するモニカの咆哮、多分180dBくらい。いきなりそんな声を出すものだから、彼女の隣でチビたちに料理を取ってあげていたシスター・イルゼがびっくりして、両耳を手でふさぎながらこっちを見てきた。


 あーすいません、コイツこういう奴なんで……。


 苦笑いしながらジェスチャーで謝罪の意を伝え、今度は積み上げられたピロシキへと手を伸ばした。いくつかクラリスの皿の上に置くと、彼女はにっこりと微笑みながらそれを口へと運ぶ。


「ありがとうございますわ、ご主人様」


「いいって。それよりクラリス、今日はお疲れ様」


「ご主人様こそ、素晴らしい戦いぶりでしたわ」


 それはどうも。


 そういえば、このギルドを始めてからこうやって仲間同士で騒ぐのは初めてなのではないだろうか。


 なんだか新鮮だけど、なんか懐かしい感じがする……会社の飲み会とは違う、もっとこう、身近な感じの感覚だ。


 ああ、思い出した。


 地元に残った高校の同級生たちと一緒に飯食いに行ったり、カラオケに行ってバカ騒ぎしてた時と同じあの感覚だ。行きたくもない会社の飲み会とは違う、本当に仲のいい奴らだけで過ごす時間。あの感覚だ。


 なんかちょっと懐かしい……あいつら元気だろうか。


 なーんて前の世界に思いを馳せている間に、気が付いたら色々とカオスな事になり始めた。パヴェルは口にウォッカを含んで火吹き芸を始める(おい馬鹿火事になったらどうすんだ)し、それを見てルカとノンナはキャッキャと楽しそうに手を叩いているし、モニカはモニカでパヴェルとノンナが作った飯を口に運びながら咆哮しまくってる。真面目に彼女の喉が心配だ。


 そして隣にいるクラリスはというと、それはもう凄まじい勢いでフライドチキンとかピロシキとか小籠包を食べて……というか、”吸い込んで”いる。ブラックホールかお前は。それでいてあのスタイルを維持できるのだから本当に謎である。


 というかまあ、クラリスは普通の人より体温が高いし、あの身体能力なのだからこれくらい食べなければダメなのだろう。竜人だし、獣人とは消費カロリーとかそういう点から異なるのかもしれない。


 さてさて、そんな中でほんわかとした笑みを浮かべながら1人で料理を食べているシスターと目が合ったので、自分のコップとタンプルソーダの瓶を持って彼女の隣へ。栓抜きで開けてから中身を彼女のコップに注ぎ、隣の席に腰を下ろす。


「すいませんねえ、なんだか騒がしくて」


「ああ、いいえ。私こういうの初めてなのでなんだか楽しくなっちゃって。悪くないですね、こういうのも」


 まあ確かに、それは言えてる。


 こんな感じで今日は疲れて眠ってしまうまで、グダグダ騒ぎ続けるのだろう。まあそれも、確かに悪くはない。


 さてと……そろそろ水を用意してくるとするか。パヴェルのせいで列車が火事になったら洒落にならない。


 良い子の皆は絶対に真似しないように。













 客車の窓は大きく、角度次第では空も見える。


 窓の外に広がる夜空を見上げていると、流れ星のような輝きがあっという間に駆け抜け、夜空の果てへと消えていった。願い事を3回唱えると願いが叶う、なーんてよく昔は言ったものだが、あんなん無理に決まっとるやろ。


 そんな事を考えながらベッドに腰かけて休んでいると、クラリスが部屋に戻ってきた。手にはトレイがあり、その上には湯気を発するマグカップが2つある。


「ご主人様、ココアをお持ちしました」


「ああ、ありがとう」


 この甘い香り……真冬にはぴったりだ。


 彼女からマグカップを受け取り、冷ましながら口へと運ぶ。ミルク多め、砂糖多めの甘ったるい味。ミカエル君はこれくらい甘いやつが大好きなのだ。


「それにしても今日はお疲れ様。クラリスのおかげでここまで来れたよ……本当にありがとう」


「勿体ないお言葉ですわ、ご主人様」


「これからもよろしく頼む」


「ええ、お任せを」


 本当に、ここまで来れたのは彼女のおかげだ。あの時、キリウの地下で彼女に出会わなければ……今頃はどうなっていたのだろう。そう思うとちょっぴり怖くなる。クソ親父の都合の良い手駒として、政略結婚に使われていたのだろうか。それともあの部屋の中で、軟禁状態で一生を終えていたのだろうか。


 外の世界を知る事が出来たのも、仲間と出会う事が出来たのも、全ては彼女のおかげ。


 隣に座った彼女に肩を預けると、クラリスはそっと尻尾を巻き付けてきた。


 これがいつまで続くか分からないけれど―――今は仲間たちとこうやって過ごせる時間を、謳歌しよう。


 




 第五章『果てない闇の先に』 完


 第六章『ザリンツィクの決戦』へ続く













 

 

 

ここまで読んでくださりありがとうございます!




作者の励みになりますので、ぜひブックマークと、下の方にある【☆☆☆☆☆】を押して評価していただけると非常に嬉しいです。




広告の下より、何卒よろしくお願いいたします……!

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― 新着の感想 ―
[一言] ウォッカファイアはミスると着火せず火種消すだけになるからむずい (警務隊に見つかるとガチキチ鬼ごっこが始まる)
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