そして戦後処理へ
パヴェル「ごめんここ背景お願い」
シェリル「分かりました」
シャーロット「ん、アシスタントさんかな?」
ごう、と風が哭いた。
空に響く空中戦艦の対消滅エンジンの轟音を高らかに、2隻の空中艦(目測だが300~350mほどだ。巡洋艦だろうか?)が無数のワイヤーを展開し、航行不能となった空中戦艦パンゲアの500mにも達する巨体を吊り上げるや、姿勢制御スラスターを吹かして船体を安定させつつ、アラル山脈を飛び越えて空へ空へと舞い上がっていく。
やがて2隻の空中巡洋艦の前方に、ぱっくりと紅い輝きを放つ空間の裂け目が生じた。前方の空間と、転移先の空間を繋げるばかりか、別の世界へと次元の壁を越えての往来を可能とする次元ゲート。2つの異なる世界を隔てる壁に大穴を穿ち、一時的に2つの世界を人為的に繋げてしまうという人知を超えた超技術。
それはまるで魔法のようにも思えた。
発達し過ぎた科学が織り成す、SF風味の魔法。
やがて大破したパンゲアを曳航する2隻の空中巡洋艦は、真っ赤なスパークを幾重にも生じさせながら、舳先から次元ゲートの中へと突っ込んでいった。猛烈な火花と悲鳴のような甲高い音。普段ならば開く事のない筈の次元の門、それを無理矢理こじ開けられたばかりか、巨大な質量を投入される空間の悲鳴のようにも思えた。
紅く開いたゲートの中へ、2隻の空中巡洋艦『カストル』、『ポルックス』が姿を消すや、無数のワイヤーで接続されたパンゲアの異様もまた、紅く輝く次元の門の中へと消えていく。
切り開かれた巨人の傷にも見えるそれが閉じるや、夜が明けたばかりの世界は再び静寂を取り戻した。
ざく、ざく、と雪を踏み締める足音が聴こえてくる。
視線を向けるまでもない。こういう時、いつも近くにやってきてくれる人は彼女しかいないから。
「……終わったな、全部」
「……ええ」
短い返事をそう返しながら、クラリスは隣に立って蒼い髪をかき上げた。
永いようで短いような、不思議な感覚だった。
でも旅を始めたのが2年前、テンプル騎士団と遭遇したのがたぶん1年と半年あるかないかくらいだから、思っている以上に短い期間の戦いだった事が分かる。それでもまるで5年から10年くらいは戦ったんじゃないか、と認識してしまうのは、その戦いが熾烈極まりないものだったからに違いない。
いずれにせよ、これでテンプル騎士団との戦いは全て終わった。
130年前、獣人たちを生み出した旧人類が持っていた【対消滅エネルギー】を欲しこの世界にやってきたテンプル騎士団との因縁は、1世紀と少しという長い年月を経て、ここで完全に幕を引いたのである。
これでもう、この世界が彼らの陰謀に脅かされる事もなくなるだろう。
相も変わらず、この世界から戦争が無くなる事はないだろうけれど。
でも……それでも。
過ちを繰り返す世界に、愛想を尽かす日が来ないと信じたい。
ヒトはきっと、変われるはずだ。
「ミカ」
シェリルの声と共に、数人分の雪を踏み締める音が聴こえてきた。
後ろを振り向くと、そこにはやはりパイロットスーツ姿のシェリルが居て、その後ろに黒い制服姿の数名の兵士たちが控えている。テンプル騎士団の兵士たちなのだろうが、見たところ例の黒騎士ではなく人間の兵士のようだ。
新型のAK(マガジンの曲がり具合を見るにAK-15か)を手にした兵士たちの中から1人、すらりとした体格の長身の男性が前に出てくる。彼もまたAKをスリングで背負っていて、腰にはPL-15があった。テンプル騎士団のオーソドックスな装備のようだ。
覆面を外すなり、俺は彼の素顔を見て驚いた。
仲間に―――パヴェルに顔つきがそっくりなのだ。
輪郭はおおかた同じで、けれども全体的に荒々しく、裏社会を渡り歩いて来ただのマフィアの幹部だのと言ったら初見の人が信じてしまいそうなレベルで人相の悪い彼とは対照的で、どちらかというと戦場に居るよりは大学で教鞭を振るっている方が似合うような、それでいて人当たりの良さそうな好青年という印象を抱く。
顔のパーツは似通っているが、目つきとなんかこう……全身から発するオーラのようなものでこうも人間の印象は変わるのだろうか、とつい思ってしまう。
パヴェルが『悪魔』『怪物』という印象を抱く文字通りの戦場の恐怖であるとしたら、こっちはそういう血生臭いワードとは無縁な爽やかさを身に纏うイケメンだ。
父親にも母親にも似なかったのだろうか。
隔世遺伝か突然変異か、と彼の両親に失礼な事ばかり考えていたところで、俺の顔をじっと見つめていた好青年はにこやかな笑顔を浮かべた。
「あなたがミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵ですね?」
「はい。あなたは……パヴェルの?」
「パヴェル?」
そういう名前なの、と後ろを振り向いてパヴェルに問う青年。パヴェルは「あー、うん。今はそういう名前」と応じるや、彼は納得したように頷きながら苦笑した。
「ええと、力……パヴェル……の息子の”リキヤ・ハヤカワⅡ世”です。お見知りおきを」
「ええ、こちらこそ。リュハンシク領主、リガロフ家三男のミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフです。血盟旅団の団長をやらせていただいています」
「先ほど父から話を伺いました。勇猛果敢で心優しい、指導者の器を持つ大英雄であると」
言い過ぎだぞパヴェル、と彼の方に視線を向けると、パヴェルは「でも間違ってねーだろ?」と言わんばかりに笑みを浮かべた。
そんなものなのだろうか。なんかちょっと恥ずかしい……。
「まあ、こんな寒い場所で立ち話というのもなんです。艦へ案内しますよリガロフ公爵。一国の領主に風邪をひかせてしまったとなったら、我がテンプル騎士団の名折れですからね」
紳士的に笑みを浮かべながら小さく頭を下げるリキヤ団長。
タイミングを計ったのか、はたまた偶然か―――そんな彼の背後の空間に、ラウラ・フィールドで姿を消していたと思われるテンプル騎士団本部所属の空中戦艦が出現、滞空しながら艦に乗り込むためのタラップを降ろし始める。
見た目は好青年、あるいは若き紳士というイメージを抱くが、しかしその背後には得体の知れない力を秘めているようにも思える。
ただのイケメンではない、という事だ。
「話したい事はたくさんある―――さあ、遠慮なさらずに。我々本部は貴方を歓迎しますよ、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵」
同じ組織の艦、というだけあって艦内の意匠は共通していた。
全体的に照明控えめの薄暗い艦内。光源の代わりとして期待されているのか、壁面や床、天井に刻まれた細かなスリットからは蒼い光が漏れており、まるで深海に居るかのような窮屈さを感じさせる。
パンゲア同様に全長500mに達する巨大な艦(同型艦か後続艦なのだろう)ではあるが、しかし通路で他の乗員に出会う事はなかった。この艦も省人化を徹底しているのかもしれない。
通路を進み、タラップを上がって隔壁を潜り、しばらく歩いて広めの一室に案内される。
応接室なのだろうか。室内には大きめのソファとテーブルが用意され、天井ではファンがくるくると回転している。スピーカーからうっすらと聴こえてくるのはノイズ交じりのクラシックで、部屋の壁面には立体映像で大昔の画家が描いたのであろう絵画が投影されている。
どこまでも実用性と合理性を突き詰め、最終的にそこに”人間らしさ”の欠片もない味気なさだけが残る事に定評のあるテンプル騎士団(※偏見です)にしては随分と豪華で税を凝らした応接室だった(とはあいえ十分殺風景ではある)。
どうぞ、とリキヤ団長に着席を促され、クラシックが流れる部屋の中のソファに腰を下ろした。クラリスはどうするべきか少し戸惑っていたようだが、「ああ、お連れ様も遠慮なさらず」と団長に促され、俺の隣に腰を下ろす。
向かいのソファに団長が着席するなり、どこからかやってきたホムンクルス兵が紅茶の入ったティーカップをテーブルの上に並べるや、一礼してから去っていった。
ホムンクルス兵、と言われるとクラリスやシェリル、シャーロットにミリセントの顔を思い浮かべてしまうのだが、先ほど紅茶を持ってきてくれた子もやはりそっくりだった。あんなに顔が似通っていて見分けがつくのだろうか……とは思ったものの、俺もなんだかんだでクラリスとかシェリルとかシャーロットとかの見分けがちゃんと付いているので意外と大丈夫なのかもしれない。
「まずは、謝罪をさせていただきたい」
背筋を伸ばしながら、団長は真面目な声で話を切り出した。
「此度の一件、全てはこちらの対応の遅さに非がある。対話での問題解決、流血を伴わない平和的な武装解除に拘泥してしまった結果、対応が後手に回ってしまい徒に損害を拡大させる結果となってしまいました。本当に申し訳ない、全てはテンプル騎士団団長である私の落ち度です」
「いえいえ、そんな……そのような事はありません、あなたは十分ご立派です」
深々と頭を下げた彼に、俺はそう言った。
確かに平和的な問題解決に拘り過ぎて対応が遅くなり過ぎた、というのは落ち度なのであろうが、結局は結果論ではないだろうか。交渉カード次第では叛乱軍の暴走を止める事が出来たかもしれない、完全な武装解除まではいかなくとも武力の制限など、彼らの活動を制限する事も出来たかもしれない。
なによりも叛乱軍とはいえ、テンプル騎士団にとってみれば身内だ。いくら団長の命令に背くどころか唾を吐き、中指を立てて宣戦布告するような連中とはいえ、一度は同じ理想を抱き軍旗の下に集った同志と流血沙汰になるのは避けたいという思いは、領主という座に収まった今の俺ならば痛いほどよく分かる。
この人はきっと、争い事が嫌いなのだ。
「無用な犠牲を回避するために最大限の努力をした。けれども彼女らは貴方の言葉に耳を傾けず、計画を強行しようとした―――此度の武力行使、さぞ苦渋の決断であった事でしょう」
「ありがとう、リガロフ公爵」
ティーカップを持ち上げ、口元へと運んだ。
さっぱりとした香りかと思いきや、鼻腔の奥で炸裂する濃厚な香り。クレイデリアという異世界の品種の茶葉を使っているのだろうか……姉上がこの前送ってくれたイーランド産の茶葉とはどうも異なる香りがする。
「一つ、お聞きしても?」
「構いませんよ」
ティーカップをテーブルの上に置き、リキヤ団長に問う。
「彼女は……ミリセントは、どうなるんです」
ミリセント、という名前が出た途端に後ろに控えていたシェリルが視線をこちらに向けたのを感じた。
袂を別ったとはいえ、フライト140の同期である事に変わりはない。訓練兵時代は互いに切磋琢磨し合い、実戦配備となるなり共に苦難を乗り越えてきた戦友でもあるのだ。シェリルなりに複雑な想いを抱いているのだろう。
とはいえ、あまりいい返事は期待できそうにない。
一命を取り留めたとはいえ、ミリセントのやらかした事は余りにも大き過ぎた―――間違いなく罪は重いだろう。
そうでなくとも今の彼女は四肢を失った状態だ。
もう、自分の足で立ってある事も、自分の意思で武器を手に取る事も出来ない。
この先に待っているのは、決して楽な道ではない筈だ。
「彼女の処遇を我らテンプル騎士団に委ねていただいたご配慮には感謝しております」
「罪人は法で裁かれるべきです。彼女を裁いて良いのは私ではなかった、それだけの事ですよ」
「……ミリセントは既に、先ほど巡洋艦ポルックスに乗せられクレイデリアへ連行されました。予定通りであれば今頃【ディストピウス特級刑務所】へ収監されている事でしょう」
「いきなり刑務所に?」
「はい。あの性格です、四肢を失ったとはいえ何をしでかすか分からない。刑務所に収監しつつ裁判を行うというアブノーマルな形で裁く事になりますが、罪状を考慮すると良くて無期懲役……最悪で死刑でしょう」
具体的な刑罰が出てくると、シェリルが静かに目を伏せた。
妥当ではある……異世界で破壊の限りを尽くし、無関係な民間人を虐殺して、あまつさえイコライザーという最悪の兵器の矛先を祖国へと向けたのである。
おそらくミリセントが何をしでかすか分からないから、という理由で刑務所にいきなりぶち込んだのはそれだけが理由ではないのだろうな、と看破する。
クレイデリア国内で、彼女同様に”強いテンプル騎士団”を望む過激派は決して少なくないのだろう。そうやって国内に燻る過激派連中に対し『やり過ぎるとこうなるぞ』というメッセージを発信するため、ミリセントを敢えて見せしめにした……きっとそうなのだろう、と思う。
話し方で何となく分かる。このリキヤ・ハヤカワ団長は本来は優しい人なのだ。紳士的で、相手の立場を踏まえたうえで角の立たないよう言葉を選んで発言する政治家向きの人物だ。そんな彼が罪人とはいえ見せしめにするような決断を下したのにも、かなりの葛藤があったと窺える。
「この一件であなた方にはご迷惑をおかけした。是非とも賠償金の支払いなど、何かしらの対応をさせていただきたい」
「あー……ええと」
賠償金、か。
もう過ぎた事ですし別に良いですよ、と言って済ませてしまいたいところではあるが、しかしテンプル騎士団叛乱軍が遺した爪痕は余りにも大きい。少なくともこれは、俺の一存で勝手に決めて良い話ではない。
「誠実な申し出、痛み入ります。しかし私は領主とはいえリュハンシクという辺境の統治者という身でして……賠償金などの戦後処理となりますと、長女のアナスタシアをはじめイライナ最高議会に話を通さなければなりません」
「ええ、是非そうさせていただきたい」
指を組み、リキヤ団長は真面目な表情で告げた。
「”子”のしでかした事の責任は、”親”が背負うものですから」




