フィナーレ
パヴェル「次のグッズ展開なんだけど、魔女っ娘ミカエル君なんてどうだろうか」
ミカエル「シャーロット、尿道結石兵器借りるよ」
シャーロット「使いこなしてて草」
パヴェル「オ゛ワ゛ァ゛ーッ゛!゛!゛」
「艦長、パンゲアが!」
変化が生じたのは突然の事だった。
船体の姿勢制御スラスターを全力で吹かし、更には空中戦艦ベガに艦首を押し上げられる形でタンプル砲を真上へと向けた状態で静止していた空中戦艦パンゲア。船体の損傷(特に左舷)も激しく、いつ力尽きるのか気が気ではない状況に、アバルキン艦長は同志団長からの突入部隊回収命令を待つまでもなく敵艦の乗員の救助を部下に命じていた矢先の事だった。
ドン、と小さな爆発が左舷で連鎖的に生じた。左舷の艦尾側、X字形の尾翼付近にある姿勢制御スラスターの一群から吹き出ていた蒼い炎が赤に変わっていったかと思いきや、濛々とした黒煙を吹き上げて立て続けに爆発したのである。
スラスターの燃焼に用いるガスの配管でガス漏れが生じたのだ―――立て続けに生じた被弾は外面のみならず、内面にも深刻なダメージを与えていたらしい。AIと戦闘人形を用いた決死のダメコン処置も意味を成さず、ついにはスラスターの誘爆を許してしまった形となった。
あのパンゲアは、もう見た目以上にボロボロなのだ。
「パンゲア、左舷艦尾スラスター爆発!」
「艦長、パンゲアのバランスが崩れます!」
今のパンゲアは、船体各所のスラスターの全力噴射に加え、ベガが艦首側を大きく持ち上げる事によって何とかバランスを保っている状態だ。
しかし損傷が激しい事、戦闘の最中に艦橋が爆発で失われている事、そして艦内の損傷により制御機構にも異常が生じている事などの要因が重なり、ほんのちょっとした均衡の喪失で全てが瓦解しかねない危うさを秘めていた。
そして今、その均衡が崩れようとしている。
「艦首、艦尾左舷スラスター噴射! 重心を右に逃がせ!」
「しかしそれではパンゲアが山脈に激突します!」
部下の言う事ももっともだった。
艦長の命令通り、左舷のスラスターを吹かしてベガもパンゲアに合わせて右へスライドするように動けば、バランスを崩す事はないがパンゲア側の船体が右手に見えるアラル山脈の岩肌に接触する事となる。もしその衝突が更なる被害を誘発したら……という事を危惧した上での発言である事は、アバルキン艦長も理解している。
「パンゲアの装甲はチタン合金と賢者の石の複合装甲だ」
原子力潜水艦にも用いられる事があるチタンと、1mmの厚さですら12.7mm弾の貫通を許さない賢者の石の複合装甲。堅牢なそれらをミルフィーユよろしく幾重にも折り重ね、その内側に被弾時の衝撃を吸収、貫通された場合には破孔部から流失して瘡蓋のように固まり破孔部を塞ぐテンプル騎士団謹製の”耐衝撃ジェル”が充填されている。
仮にも戦艦、区画を分けダメコンがやりやすくなるような工夫以外にも、最新技術を用いて生存率の底上げを図っているのだ。
「山脈とキスした程度で壊れはしない、ただし慎重に行け。それこそ女性を扱うようにな!」
「りょ、了解!」
「左舷スラスター、全力噴射!」
どう、とベガの左舷にあるスラスターが蒼い光を放った。
全長500mの船体を右へ右へと押しやりながら、バランスを崩しかけているパンゲアに合わせてスライドしていく空中戦艦ベガ。
やがてパンゲアの左舷艦尾付近が、雪の降り積もる峻険なアラル山脈の岩肌に接触した。
ベキベキと音を立てながら、全長500m、重量8500tにも及ぶパンゲアの質量を押し付けられた左舷の尾翼とエンジンポッドが圧壊。小さな爆発を何度も起こしながらも、パンゲアの船体が山脈に寄り掛かる形で受け止められる。
成功です、という航海長からの報告に、アバルキン艦長以下5名の艦橋クルーたちは胸を撫で下ろした。
しかし―――いつパンゲアが本格的に崩壊、山脈を滑落する形で大破、爆沈するかも分からない。
いずれにせよ、残された時間は少ないのだ。
《シェリル》
「シャーロット?」
《作戦は終了だ。急いでそこから離脱したまえ》
「……外はどうなっているんです」
黄金の雷を纏うミカエルに圧倒されるミリセントの無様な姿を見守りながら、シェリルはシャーロットに問い返した。
戦闘の余波でサブコントロールルームは滅茶苦茶になり、壁は穴だらけでモニターは全損、窓の類もないため船外の状況がどうなっているのか、全くと言っていいほど情報が入って来ない。
しかし先ほどの振動とこの傾斜から、何となく察しは付く。
《パンゲアを空中戦艦ベガが何とか支えているが……いつパンゲアが限界を迎えるかも分からない。既にベガにはこちらの情報を通達、突入部隊回収の話は取りつけてある。急いでベガに向かいたまえ》
「……了解」
《こちらモニカ! こっちはあと離脱に移っていいわね!?》
《構わないよ、艦首側のB-23ブロックから一旦外に出て、ベガの甲板に飛び移るんだ。そこなら安全に離脱できる》
《了解! シェリル、ミカ、アンタたちも急ぎなさいよ!》
「了解、こっちも手早く済ませます」
既に勝敗は決した。
テンプル騎士団叛乱軍の目的は失敗、たった1発しかないイコライザーは次元ゲートの転移座標書き換えによって宇宙空間へと放逐され、母艦たるパンゲアは損傷に損傷が重なりいつ沈んでもおかしくない状況だ。
普通の軍隊であれば作戦失敗を認めれば、部隊への損害を最低限に抑えつつ撤退する道を模索するか、素直に武装を解除し投降するかの不名誉な二者択一を迫られる事となる。
だが、ミリセントはどうか。
作戦は失敗、戦術的にも戦略的にも完膚なきまでの大敗であるにも関わらず、まだ戦いを続けている。
いや、とシェリルは目を細めた。
同期であるからこそ分かる事がある。
幼年教育課程の頃から同じクラスだったミリセントは、兎にも角にも負けず嫌いであった。
一度だけ、初等教育課程の中に含まれていた近接格闘訓練で彼女を打ち負かした事があった。
普段であれば敗北するのが当たり前であったが、一瞬の隙を突いたシェリルが奇跡的に勝利を収めたのである。それまで勝利が当たり前、頂点に立つのが当然であったミリセントの敗北は同期の訓練生たちや教官を大いに驚かせたが、しかしその時だった―――ミリセントの凶暴性、その片鱗が露になったのは。
ミリセントは敗北を決して認めようとしなかった。
それからだ。シェリルの事を特に警戒し、それまで以上に苛烈に追い詰めるようになったのは。
それ以降、シェリルがミリセントに訓練成績で勝った事は一度もない。ゆえにミリセントにとって、その敗北は生涯忘れられぬものとなったのだろう。
ミリセントは敗北を決して認めない。
極度の負けず嫌い―――そんな性格である事も、彼女が白旗を上げない理由であろう。
こうなってしまった以上は―――彼女を殺さない限り、この戦いは終わらないのかもしれない。
力が溢れる感覚、というのはこういう事を言うのだろうか。
磁力でマガジンをポーチから引っこ抜き、空になった63式のマガジンを取り外す。磁力でふわふわと浮いてきた予備のマガジンをそのまま装着、同じ要領で磁界を操作しコッキングレバーを引いて初弾を装填。
マガジンとコッキングレバーに一切手を振れない再装填という手品じみた芸当まで披露したところで、左手を突き出し雷属性の魔力を電撃に再度変換、接近してくるミリセントに向けて放電を放つ。
カッ、と網膜を焼き貫く強烈な閃光と共に、黄金の電撃が放たれた。
接近中のミリセントは外殻での防御を試みたが、しかしそんなもので電撃から身を護れる道理もない。大蛇の如くうねりながら光の速さで飛来した電撃をまともに浴び、短い悲鳴を上げながら床の上に倒れ込んだ。
―――いい加減にしてくれ。
思わずそう叫びそうになった。
負けを認めろ、お前は負けたんだ。
計画は失敗し、戦いにも負けた―――これ以上戦って何になる?
確かに敗北を受け入れられない、という気持ちは分かる。だがここで仮に奮戦し、俺に一矢報いるか首尾よく討ち取ったところで叛乱軍にはもう未来がない。既にテンプル騎士団本部の部隊も到着し、頼みの無人兵器もほぼ壊滅状態である。
両腕を失い、満身創痍のその身体でこれからどうやって抵抗していくというのか。
激情に駆られ戦ったところで、もはやどうにもならない段階まで至っているのだ。どれだけ剣を水面に振り下ろしたところで、大海がその形を変える事はないように。
相手の士気に敬意を表するとか、狂気じみた執念に恐怖を覚えるとか、その手の徹底抗戦に何かしらのリアクションを取る者は多いだろうが……今の俺の心境を言語化するならば、ただただ哀れに思うだけだ。
きっと寄る辺が無いのだろう。
戦う事しか知らない。戦う事でしか己の正当性を主張できない。
平和というものを、本当の安寧を知らない。だから暴力に訴える。
殺すしかないのか―――そう思いつつ、立ち上がり突っ込んでくるミリセントに磁力魔術で応じた。
周囲に無数に散らばる金属片やぶち折れた配管の一部などを磁力でふわりと浮かせ、それを手あたり次第ミリセントへと投げつけていく。傍から見ればサイコキネシス、完全に超能力者のそれにしか見えないだろう。
両腕を喪失し満身創痍となりながらも、飛来する配管を回避し、されど金属製のパネルの一部に眉間を殴打されて出血しながらも向かってくるミリセント。牙が剥き出しになった口からは人間とは思えぬ、獣のように低い声が聞こえてくる。
63式自動歩槍を、撃った。
弾丸を紙一重で回避しようと上半身を傾けるミリセント。しかし磁界の中を突き進む弾丸が左へと微妙にコースを変えるや、そのままミリセントの右の太腿を直撃。金切り声と共に床に転がるや、彼女は血まみれになりながらもまた起き上がろうと足掻き始めた。
「……クラリス」
「はい」
「シェリルとイルゼを連れて、先に退艦しろ」
「ご主人様は」
「俺は……」
大丈夫だよ、とは言わない。
そんなあやふやな言葉で、彼女の期待を裏切りたくはない。
「―――コイツとケリをつけてから行く」
クラリスも、俺がどういう男か分かっている筈だ。
指揮官たるもの、戦場には一番乗りをし、そして戦場を去る時は最後であれ。
血盟旅団の団長として、そしてリュハンシク州領主として、戦地を去るのは部下の兵士たちが全員離脱したのを確認してからだ。
それ以上はクラリスは何も言わなかった。
ただいつものようにお辞儀をするなり、「ご武運を」とだけ言い残して、シェリルとイルゼにハンドサインで撤退を命じる。
自動モードに切り替えていた機甲鎧に乗り込むイルゼとシェリル。クラリスはシェリル機の肩に掴まりながらサブコントロールルームを離脱していく。
去り際にこっちを振り向いたので、大丈夫だよ、と意味を込めてウインクして差し上げた。
ファンサも重要だからな。
意識を切り替え、ミリセントを睨んだ。
ホムンクルス兵の頑丈さには驚かされる。両腕を失い、脇腹や肩口、両脚の太腿に立て続けに被弾しているというのに、まだ立ち上がり戦闘を継続しようとする。
彼女の執念というか気迫もそうだが、それに追い付いて要求を満たそうとする肉体の頑強さもまた並外れていると言えるだろう。シェリルやクラリス、シャーロットが手強いわけである。
「……もう、やめろ」
「なん……だと……?」
「これ以上戦って何になる?」
血まみれになりながらも立ち上がるミリセントに向かって言葉を投げかけると、彼女は更に眉間に皺を寄せた。
「黙れ……お前に、お前に何が分かる」
立ち上がり、ふらつきながらもなお戦おうとする素振りを見せるミリセント。
これはもう戦いなどではない、一方的な嬲り殺しだ。
「テンプル騎士団は……我々は! もう二度と敗北せんのだ!!」
空の奥底から声を発し、向かってくるミリセント。
直後、横合いから突っ込んできた剣槍が―――彼女の両脚をまとめて切断した。
「―――」
武器を握る両手と、大地を踏み締める両足。
その両方を失ったミリセントが、傷口から血を溢れさせながらボールのように床の上を転がった。
あそこで我に返ってくれるのでれば、ここまでするつもりはなかった。
だが―――止まらないのなら、強制的にこうする他ない。
「あ……ぁ……」
起き上がろうとしても、身体を支える腕がない。
立ち上がろうとしても、大地を踏み締める足がない。
ミリセントという女は今、文字通り”全て”を失ったのだ。
手足だけじゃない―――配下の兵士たちも、信頼できる部下も、もう彼女の手元には何も残っていない。
床を這い、こっちにやってくるミリセント。
がぶ、と俺のブーツに、ミリセントは力なく噛み付いた。
両腕と両足を失い出血多量、意識も朦朧としているせいなのだろう―――力を込めているのだろうが、精一杯の抵抗を示した彼女の攻撃は、子猫の甘噛みよりも遥かに弱々しかった。
「まけ……な……い……わたし……は……も…………う…………」
今にも光が失われそうな紅い瞳から、涙が零れ落ちる。
彼女に銃口を向けた。
後は引き金を引けば―――このテンプル騎士団絡みの、一連の事件は全て終わる。
俺は何をしているんだろう。
スマホに表示されているマップデータで脱出ルートを参照しながら、ぼんやりと思った。
魔力はもう完全に抜けてしまい、あの黄金の雷はもうどこにもない。元の姿に戻ってしまったノーマルなミカエル君だけど、そんな事はどうでもいい。
ちらり、と脇に抱えているミリセントを見た。
既に止血処置はしたし、エリクサーも投与した。念のため噛み付かれたり舌を噛んで自害されるのを防ぐために猿轡の代わりにハンカチを噛ませているが、まあ目を覚ます事はないだろう。あれだけ派手に暴れまわり、大量に出血したのだ。エリクサーで傷を塞ぐことは出来ても、出血して失った血を新たに製セするには時間がかかるのである。
彼女の身柄は、テンプル騎士団本部に引き渡す。
ミリセントは大罪人だ。彼女の身勝手なエゴのために、何の罪もない獣人たちが何人も犠牲になった。
きっと俺にも、彼女を撃ち殺す権利くらいはあるのだろう。
だが―――彼女を裁くべきなのは、きっと俺じゃあない。
それはクレイデリアの法だ。
彼女の祖国、クレイデリアの法に則った裁きを以て終わらせる事こそ、この一連の事件の幕引きにふさわしいのだと俺は思う。
激情に駆られてミリセントを撃ち殺してしまっては、それこそ彼女と同じ事になるのだから。
全てを失い復讐のために戦う→パヴェル
報復のために戦い全てを失う→ミリセント




