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雷鳴の天使

シャーロット「できたよリガロフ君! イコライザーの技術を応用し【条件に合う人間の体内に特大サイズの尿道結石を生成する】究極ハラスメント兵器が!!!」

ミカエル「うーん人の心」

シャーロット「早速使ってみたまえよ!」

ミカエル「ん、借りるよ」

モニカ「いや使うんかい」




ステファン(ミカ父)「オ゛ワ゛ァ゛ーッ!?!?!?!?」


 ミリセントは合理主義者であり、無神論者でもある。


 だから彼女には、『神に祈る』という行為が理解できなかった。現実の物事はいずれも事前の準備の積み重ね、綿密な計画の立案とした準備の結果全ての事象が引き起こされるわけであり、存在するかどうかも分からぬ神に祈るなど非合理的極まりない……幼少期、育成担当のホムンクルスが神と天使、宗教について説いた際に抱いた感想は、今なお不変である。


 しかし―――目の前に現れたミカエルのその姿は、まさに”天使”を彷彿とさせるもので、ミリセントもまた息を呑んでいた。


 ハクビシンの獣人には、例外なく前髪や体毛の一部(主に眉毛や睫毛)が白いという特徴がある。ジャコウネコ科のハクビシンの身体的特徴が反映された結果だ。


 その白くなっている部分が、今のミカエルは黄金に光り輝いているのである。


 それだけではない―――蒼から黄金に変色した電撃を常時身に纏い、頭の上には天使の輪を思わせる黄金の光の輪まで頂いたその姿は、さながら天上の神々が人間界へと遣わした天使のそれを彷彿とさせる。


 閉じていたミカエルの目が、そっと開く。


 銀色だった瞳も黄金へと変色しており、しかしそこには戦場に立つ兵士のような気迫よりも、罪に苦しむ下界の人間たちを憂うかのような色が浮かんでいた。


(なんだ……何なんだ、あの姿は)


 ミリセントは知り得ぬ事だ。


 恒久汚染地域での発見から探求と鍛錬を重ね、ミカエルは電撃や落雷といった雷、電気を伴う現象からそれらを体内に取り込み、己の魔力として変換、”外部電源”として用いる術を体得している。


 それをこの空中戦艦パンゲアの艦内で実施した結果が、アレだった。


 結果として、天はミカエルに味方したのかもしれない。


 ミリセントの反撃により致命的な傷を受けたものの、偶然にも吹き飛ばされた先は空中戦艦パンゲアの機関部―――原子炉を凌ぐ出力を誇る、対消滅エンジンが今なお稼働中だったのである。


「いい加減終わらせんぞ、オイ」


 バチッ、と電撃を迸らせながらミカエルは告げた。


 その声には、諦めにも似た何かが滲んでいた。


 どれだけ対話を試みても、誰のどんな言葉であっても、もはやミリセントの心には届かない―――だからもう言葉は不要、力は力によって滅ぼされる未来を突き進むしかないのだ、と。


 ミリセントはそれを、侮蔑的な意味と捉えた。


 「お前には何を言っても分かるまい」―――そう見下されているように思え、ここに来てフライト140主席という肩書の上に成り立つ矜持(プライド)に傷をつけられたのだと、そう捉えた。


 ぎり、と口に咥えた剣の柄を強く噛み締める。


 両腕を失ってもなお、ミリセントの戦意は衰えていない。


 敬愛する()()()()の理想実現のため、命が尽きるその瞬間まで戦う覚悟を決めていたミリセント。両腕が無くともまだ両足がある、イコライザーが無くともパンゲアは未だ健在なりだ。次元ゲートを通過し、クレイデリアで破壊の限りを尽くす事も、あるいは艦の対消滅エンジンを暴走させクレイデリアに特攻を試みる事も可能ではある。


 戦いを止めるつもりなど毛頭ない―――そんな彼女の内心を、ミカエルは紅い瞳の揺らぎから感じ取っていた。


(……そう、か)


 せめて、話の通じる相手であったのならば無用な争いは回避できたかもしれない。


 しかしこうなってしまっては、感情のままに突き動かされ暴走した相手にはもう言葉は届かない。物理的に”わからせてやる”必要がある。


 ミカエルの姿を見ても怯まずに、ミリセントは足を踏み出した。


 ドン、と床を抉る程の勢いで踏み込み、口に咥えた剣を振るおうとするミリセント。


 当然、剣はこうやって振るう事を全く想定していない。手に握って振るうよりも威力は数段落ち、軌道も読みやすいものとなるが、相手を殺すには十分だ。ミリセントの計画をここまで滅茶苦茶にした規格外(イレギュラー)相手であっても、だ。


 されどその凶刃は、ミカエルには届かない。


 彼女の柔肌を切りつけるよりも遥か手前で、ぐんっ、と剣が後方に引っ張られる感覚を覚えた。まるで見えざる何者かが剛腕で剣を掴み、ぐいぐいと渾身の力で後方に引っ張っているようにも思え、一瞬ミリセントはクラリスかシェリルがミカエルをやらせんと剣を掴んでいるのではないか、と疑ってしまったほどだ。


 だが違う。


 それはただ単に、ミカエルの周囲に分厚く展開された磁力防壁によるものだった。


 磁界を展開する事で飛来する弾丸や金属を用いた矢、あるいは刀剣などの斬撃を逸らし、受け流す事で身を護る雷属性魔術。ミカエルが最も得意とするそれではあるが、以前までの彼女であれば磁界で攻撃を”跳ね返す”のではなく”受け流す”のが限界であった筈である。


 しかし今、対消滅エンジンからの爆発的な電力供給を受けたミカエルのそれは数段上を行っていた。


 150㎝という小柄な肉体に収まらず、キャパオーバー分は()()()()()()()()()()()ほどの膨大な魔力。それらを動員した結果、文字通りの180度反転、相手の攻撃を飛来した個所へ跳ね返す事が可能なレベルにまで昇華していたのである。


 執念から来るミリセントの咬合力と、前方から押し寄せてくる磁力の反発―――それらの板挟みに遭い、結果として先に音を上げたのは剣の方だった。


 バギン、と情けない音を立てて剣身と柄の接続部が負荷に耐えかね破断。磁力の奔流に流されるように折れた剣身がくるくると回転しながら後方へ飛んでいき、壁へとフレシェット弾さながらに深々と突き刺さる。


「ならばァ!!」


 折れた剣の柄を吐き出し、ミリセントは更に前に出た。


 両腕は千切れ、最後の剣は今しがた喪失―――されどまだ、戦う術はある。まだ”両脚”は付いている。


 床を抉りながら踏み締めて飛び上がり、空中で回し蹴り。落下する勢いと腰を入れた遠心力、更には脛の部分を外殻で覆う事で獲得した硬度。これらを動員して一点に叩き込めば、如何にミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフといえども首の骨を枯れ枝の如く叩き折る事は造作も無いだろう。


 ―――それが、当たればの話だが。


 ガギッ、と硬質な響きと共に蹴りが叩き込まれたのは、ミカエルの華奢な首筋などではない。


 何の前触れもなく現れ、目の前に屹立した盾のような”プレート”だった。


「!?」


 ―――錬金術。


 ミカエルの足元から生じた魔力のパルスが床に伝播、それが物質構造の変化を促して、ミカエルを敵の攻撃から守る盾を瞬時に生成したのである。


(ノーモーションで……!?)


 ミカエルが錬金術を用いる際、片足でステップを踏んだり踏み締めるような、ごく小さな予備動作があったのは印象深い。事実、それが錬金術発動のサインとしてミリセントも記憶していた。


 ―――もし、それ自体がミカエルの講じたフェイント(ブラフ)であったのなら。


 とんでもない可能性が、ミリセントの脳裏に浮上する。


 床を踏み締めるという動作など最初から不要で、しかし相手を欺くために敢えてそうしていたのだとしたら。


 ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ―――愛嬌のある顔をしておきながら、しかしとんでもない食わせ者である。


 めげずにそのまま体を捻り、後ろ回し蹴りでの追撃を放つミリセント。外殻で覆った足の一撃は直撃さえすれば人体を砕く事も容易いレベルの、もはや人間の蹴りを遥かに逸脱した威力を秘めたものであったが、しかしどれだけ足を振るってもミカエルには届かない。


 瞬時に生じたプレートがミリセントの前に立ち塞がり、彼女の渾身の一撃を受け止め、ミカエルに攻撃する事を許さない。


 何度蹴りを放っても、結果は同じだった―――脚に返ってくるのは人体を、骨格を砕く手応えではなく硬いプレートをひたすら蹴っているだけの硬質な手応えばかりである。


 ミカエルの手にした古めかしい小銃―――中国製『63式自動歩槍』の銃剣付きの銃口が、唐突にミリセントを睨んだ。


 引き金を引くと同時に放たれる7.62×39mm弾。近接戦闘において高い殺傷力を誇る重い一撃がミリセントに牙を剥かんと迫る。


 回避の難しいタイミングで放たれた一発の弾丸。眉間へと飛来したそれを、されどミリセントは外殻の硬化でやり過ごした。眉間の白い肌が一瞬で蒼い竜の外殻へと姿を変え、戦車並みの防御力に転じた外殻が7.62×39mm弾をいとも容易く弾き飛ばした。


 衝撃までは殺せず、脳を揺さぶられる苦しみがミリセントを苛んだが、しかし銃弾でヘッドショットされるよりははるかにマシだ。


 幸いにしてミカエルの得物、63式自動歩槍はアサルトライフルとして見るとかなり銃身が長い部類に入る。野戦で用いるならばまだしも、艦内での戦闘、それも圧倒的身体能力を誇るホムンクルス兵との近接戦闘で用いるには長大であり過ぎた。


 銃身を蹴って逸らしてやれば近接戦闘に有利になるのはこちらである。いくら銃剣が付いているとはいえ、銃剣も銃口も、結局のところは相手に向けられる状況でない限り脅威とはなり得ないのだ。


 次の一撃の前に踏み込もうと一歩を踏み出したミリセント。


 そんな彼女の左足を―――()()()()()()()()()()()()()()が、撃ち抜いた。


「!?!?!?」


 クラリスかシェリルか、はたまたイルゼか。


 何もミカエルとの一対一の戦いに付き合う必要は微塵もない。仲間を救おうと射撃で援護してきてもおかしくはないとミリセントは考えたが―――違うようだ。


 クラリスもシェリルもイルゼも、誰もミリセントに銃口を向けていない。


 姿を変え、黄金の電撃を纏うミカエルとミリセントとの戦いに介入できず、ただ見ているだけだ。


 そんな中、ミリセントは見た。


 自分の左足を撃ち抜き、左から右へと貫通していく弾丸が大きくひしゃげているのを。


(まさか―――)


 7.62×39mm弾―――間違いない。


 あれは紛れもなく、つい1秒前に自分がヘッドショットを回避すべく外殻で弾いた弾丸だ。


 ミリセントの眉間を撃ち抜く筈が、しかし竜の外殻による硬化に阻まれ叶わなかった一発の弾丸。結果として明後日の方向へと飛んでいったそれがミカエルを起点に生じる磁界に絡め取られるや、魔力の暴力とも言うべき磁力で強引に軌道を変更。磁界の花道を通って加速し、必中の弾丸となってミリセントを予想外の角度から撃ち抜いたのである。


 外殻で弾いても、磁力魔術で再び引き寄せ相手を死角から撃ち抜く”必中の弾丸”。


 有り余るほどの魔力を内包しているからこそできる芸当だった。


 カチ、と63式自動歩槍をセミオートからフルオートに切り替えるミカエル。


 そんな、とこれから自分に降りかかる最悪の未来を想像したミリセントは、それがもはや回避不可能なレベルにまで迫っている事に初めて恐怖した。


 ガガガ、と63式自動歩槍が立て続けに火を吹く。本来の20発入りマガジンではなく、56式自動歩槍のマガジンへ換装した事で10発増えたそれが、7.62×39mm弾の集中砲火をミリセントへと叩き込んでくる。


 咄嗟に腹や胸板、頭を外殻で覆って防御するミリセント。しかし予想通り、跳弾した弾丸はミカエルの魔力に捕らえられ進路を変更。後方から、側面から、あるいは外殻で覆っていない部位や外殻の繋ぎ目を正確に撃ち抜き、ミリセントの防御をすり抜けてくる。


 跳弾の度に別の角度から被弾し、ミリセントの身体はその度に揺れた。


 合計29発―――最初の一発を除いた全弾が、外殻により致命傷を避けたとはいえミリセントの身体を食い破る結果となったのである。


 もう、痛みなど感じない。


 だがしかし、身体に力が入らない。


「まだ……まだ、だ」


 血を吐き、よろめきながらも一歩前に出る。


 まだだ、まだ終わっていない。


 まだ戦いは、終わっていない。


「私は……わたし、は、こんな……ところで……!」


 終わってなるものか、となおも抵抗の意思を示すミリセントを、ミカエルは哀れむような目で見つめてきた。


 それがたまらなく腹立たしかった―――「私は哀れな存在などではない」と声高に否定してやりたかった。


 が、それはもう叶わない。


 唐突に、艦が大きく揺れた。


《―――拙い、艦の姿勢制御が限界を迎えたようだ》


 シャーロットの焦る声。


《各員、直ちに退避したまえ。艦が墜落する恐れがある》


 度重なる戦闘と、仰角90度などの本来想定していない挙動を、損傷した状態で強行した事が見事に祟った。


 既にパンゲアはボロボロであり、いつ推力を喪失し墜落してもおかしくない状況になりつつあったのである。


 それが、よりにもよってここで限界を迎えたというのだ。


 ギギギ、と艦が軋む音がサブコントロール内にまで響き渡る。


 ぐらり、と床が大きく傾斜した。







 その直後だった―――艦首を真上に向けていたパンゲアがバランスを崩し、アラル山脈の勾配に船体を寄りかからせるようにして墜落を始めたのは。






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レ ー ズ ン 爺 に 痛 恨 の 一 撃 ミ カ チ ュ ウ は 二 度 刺 す ミカエル君。今まで色々な相手と戦ってきましたが…これほど手加減も言葉も通じない。あるいは殺意を示す必要すらないって…
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