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解釈違い

爆乳シャーロット「 や あ リ ガ ロ フ 君 」


ミカエル「」


《―――ミリセント、こんな事はもうやめよう。降伏したまえ》


 低く、貫禄のある、威厳に満ちた男性の声。


 メインモニターに投影された男性(おそらく彼もホムンクルス兵なのだろう)は憐れみを込めた紅い目でミリセントを見つめながら、そっと頭の軍帽を取った。


 そこから覗く海原のように蒼い頭髪と、ホムンクルスの証でもあるブレード状の角。しかし彼はホムンクルス兵というよりは他種族の混血なのだろうか、頭髪の左右から突き出る耳は非常に長く尖っていて、ファンタジー系の作品でよく目にするエルフを思わせる。


《すでに勝敗は決した》


「何を」


《切り札たるイコライザーも不発に終わり、そちらの兵力は壊滅寸前……これ以上、仲間同士で殺し合って何になるというのだ》


「仲間? ふざけるんじゃあない」


 怒り狂う獣の如く、人間よりも遥かに鋭い牙を剥き出しにするミリセント。感情のままに剣を振り上げるや、その切っ先をモニターの向こうにいる年老いたホムンクルス兵へと向けた。


「同志団長の尊厳を踏み躙り、あまつさえ祖国を売り渡した売国奴など仲間ではない。忌むべき敵、殺すべき敵だ」


《同志団長の尊厳を踏み躙っているのは、いったいどちらか》


 団長の尊厳、という言葉を合図に相手の目つきが鋭くなった。


《ミリセント、キミは同志団長を何も知らない》


「なんだと?」


《あの人の本質は力で全てを従えるような、そんな人じゃあない―――同志団長は、あの人は誰よりも平和を望んでいた。だからすべてが終わった後、自ら武器を置いたのだ》


 同志団長、とはセシリアの事だろうか。


 正直言って俺もあの年老いたホムンクルス兵の言う事が信じられなかった。あんな、暴力と武力の化身みたいなセシリアを相手に二度も戦ったのである。その強さと恐ろしさは身に染みているし、本物もああいう人物なのではないかと(そしてよくパヴェルはあんな女と結婚したもんだと)思っていた。


 だがどうやら、本質は違うらしい。


「……嘘だ」


 わなわなと肩を震わせ、ミリセントは声を絞り出す。


「そんな筈はない……あの人が、同志団長が武器を置くなど」


《だが事実だ。あの人は武器を手に取らず、失った手足の再治療もせず、車椅子の上で緩やかに老いていく道を選んだ》


 嘘だ、嘘だ、そんな筈はない―――うわ言のように繰り返しながら、ミリセントは左手で頭を抱えながら目を見開いた。まるで何かの禁断症状でも出ているかのように、その顔にはびっしりと脂汗が浮かんでいる。


 認めたくないのだ。今まで自分が憧れを抱いてきた相手の本質を。


 自分自身が、特大級の()()()()をかましていた事を。


 認めれば、それは今までの自分の努力を、組織への、祖国への献身を―――いや、それどころか自分自身の存在すら否定しかねない事実。


 認めるわけにはいかない。認めれば、文字通り全てがゼロに回帰する。


 しかしそれはミリセントも薄々自覚していたようだ。そうでなければ、あんなにも思いつめたような表情で脂汗を流し、頭を抱えるような事はない。


《ミリセント、お前が見ていたのは―――》


「言うなッ!!」


 叫ぶなり、ミリセントは剣を思い切りモニターに向かって投げつけた。


 フレシェット弾もかくやというほどの勢いでモニターに突入した剣が深々と突き刺さり、刀身の硬度と運動エネルギーが織り成す暴力の共演に、ただのモニターが勝る道理もない。あっさりと砕け散るやスパークを発し、小さな爆発を何度か繰り返して完全に機能を停止した。


 はぁ、はぁ、と呼吸を整えながら予備の剣を引き抜くミリセント。PL-15拳銃を投げ捨てるや、まるで殺人鬼のような表情でゆらりとこちらを振り向いた。


 髪は乱れ、目は血走り、牙は剥き出しになって……鬼の形相とはまさにこの事なのだろう。本人の感情とリンクして伸びるというホムンクルスの角も30cm程の長さになっていて、今の彼女は”青鬼”ともいうべき姿と化している。


「違う、違う……同志団長は、あの人はそんなじゃない……だって、あの時あの人は私を……私に、一緒に戦おうって……」


「……物事の解釈ってさ」


 取り乱し、狂ったように言葉を紡ぐミリセントに投げかけた言葉は、自分でも驚くほど優しい声音だった。


 まるでそれは、駄々をこねて泣きじゃくる幼い子供を優しく諭す母親のようで、ああ、俺も転生する前、幼少期に母さんにこんな感じで諭されたなと懐かしい記憶を呼び起こされる。


 あれは確か欲しいおもちゃを買ってもらえなかった時だったか―――幼稚園の皆は持ってるのになんで俺だけ、と駄々をこねた時の事はよく覚えている。


 スケールは大分違うが、本質はきっと同じだ。今の彼女も似たようなものなのかもしれない。


「”解釈違い”とかよく言うけど、俺はさ……解釈って、人の数だけあっていいと思うんだ」


 ミリセントに銃口を向けていたクラリスが、イルゼが、シェリルが、ミリセントに歩み寄るような俺の言葉を聞いて驚いたような視線を向けてくる。


 そしてそんな言葉を投げかけられたミリセントはというと―――紅い瞳を、僅かに震わせていた。


「こう解釈しなきゃいけない、お前の解釈は間違ってる……そんな事を決める権利なんて、きっと誰にもない。自分がそう解釈したんだったらそれが答えなんだ」


「ご主人様、何を仰って……」


「―――だが」


 優しい口調から一転、相手を突き刺すような語気の強さに自分でも驚くが、もう止まらない。


 床を踏み締める足に、AKを握り締める両手に力が宿る。


 今までミリセントが、彼女が主導してこの世界でやってきた事を思い出してみれば、この迸る怒りは止まらない。


「自分だけの解釈なら、それが自分の内側だけで完結するのであれば俺は何も言わない。どう解釈したって自由だ―――でもその自分で出した答えを他人に押し付け、迷惑をかけるというのであれば俺は絶対に許さない」


 磁力魔術で浮遊する剣槍が、意思を持つ眷属の如くふわりと俺の傍らに降り立った。まるで不可視の手に握られているかのように切先をミリセントへと向けるや、次の一撃でその首を断たんとばかりに狙いを定め始める。


 バリッ、と体外へ漏れ出た雷属性の魔力が一瞬だけ、スパークとなった。


「お前だけで、内側だけで済ませていればまだ赦せた。こんな事にもならなかった、誰も死なずに済んだ」


 一歩、前に出る。


 コツ、とブーツが床を踏み締める音―――それはやけに大きく、サブコントロールルームの中へと響いていった。


「でも、そうはならなかった―――だから俺は、お前が赦せない」


「お前が……お前が赦さないからなんだというのだ」


 タンッ、と軽やかに跳躍するミリセント。


 それを追うようにクラリスがAK-19のフルオート射撃を射かけた。ガガガ、と5.56mm弾の礫がミリセントを追うが、しかしミリセントは天井の高さにまで達するや今度は天井を蹴って急加速。クラリスの偏差射撃も意味を成さず、天井に無意味な弾痕を穿つのみに終わる。


 ギャオゥッ、と空気を裂く音を響かせながら剣槍が飛ぶ。それと呼応するように右へと跳躍、ミリセントが一瞬の後に現れるであろう場所へと5.56mm弾を叩き込む。


 弾丸が跳弾する音―――弾かれたか、と思いつつ後方へバックジャンプした直後、剣を手にしたミリセントがその長い柄を両手で握り、空中で縦回転する勢いで斬りつけてくる。


 先ほどまでの落ち着き払ったミリセントの剣戟からは想像もつかないほど荒々しい攻撃。追い詰められた彼女の精神が攻撃にそのまま反映されたようだが、しかしそこに危うさや付け入る隙は見当たらない。むしろ手負いの獣が、こんなところで死んでなるものかと死に物狂いでかかってきているかのようで、その鬼気迫る気迫に気圧されそうになる。


 鳩尾が深く沈み込むような錯覚。じんわりと足の裏に汗が滲む。


 正直、少しビビった。


 ああ、コイツは俺を本気で殺しに来ているのだ……そう理解するのに、言葉を介さぬその一撃は余りにも十分すぎたのだ。


 時間停止を発動、弾丸を回避された際にイルゼとシェリルを誤射しないよう射線を確保し時間停止を解除、短間隔のフルオート射撃でミリセントを狙うが、豪快に剣を床に突き立てた際に生じたドーム状の衝撃波が弾丸を全て吹き飛ばしてしまう。


 ぎらり、と彼女の眼が紅く輝いた。


 そんなミリセントに、しかし猛然と躍りかかる蒼い影が2つ。


 クラリスとシェリルだった。


 連結した2本の剣と大型マチェットをそれぞれ手にした2人が、今まさに俺へと踏み込まんとしているミリセントの頭上から飛びかかるように得物を振るう。


「なぁぁぁぁぁぁめるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「!?」


「っ!!」


 シェリルとクラリスの奇襲を、あろう事か鞘から引き抜いた最後の1本の剣まで動員し―――ついに二刀流を解禁したミリセントが、2人の攻撃を易々と受け止める。


 信じられない光景だった―――クラリスの怪力と、次席とはいえ優秀な戦闘力を誇るシェリルの攻撃をそれぞれ片手で受け止めているのである。


 しかしミリセントも相当無理をしているらしい。常軌を逸した膂力を実現するために動員された力は生半可なものではないようで、両腕の筋肉が異様なほど膨張していた。


 そのまま2人を押し返し、なおも俺に向かってくるミリセント。極端な前傾姿勢で、両手の剣の切っ先が床に擦れて火花を散らすほどの重心の低さ。半ば地を這うようにも思え、銃の狙いが定まらない。


 ならば、と床を踏み締めた。


 呼応するかのように床が一斉に隆起。無数の槍のような形状に変化するや、剣山さながらに床から生じた槍衾がミリセントに牙を剥く。


 これで仕留めたとは思っていない。足止めにでもなればと期待したのだが、しかし。


 はっきり言おう―――俺は手負いの獣がどれだけ危険なのか、追い詰められたキツネはジャッカルよりも凶暴である事を失念していた。


 唐突に生じた槍衾程度で、ミリセントは止まらない。


 立ち塞がるならば切り捨てるまでと言わんばかりに、何の躊躇もなく槍衾の真っ只中へと飛び込んできたのである。さすがに迂回するだろう、士気を挫かれるだろうと期待していただけに、決死の覚悟で突っ切ってきたのは予想外だった。


 左の剣を薙ぎ払い、右の剣を縦横無尽に振るって槍衾を切り裂き、弾き、受け流して強引に突っ込んでくるミリセント。何本かの槍や彼女の肩や脇腹、頬を掠め、その度にミリセントは真っ赤な血を流したがそれでも止まらない。仕留めると決めた獲物がそこにいるならば、この程度の槍衾など障害にすらなりはしないのだろう。


 後方へ飛ぶが、しかし槍衾を強引に突破してきた血まみれのミリセントは止まらない。AK-19のフルオート射撃すらも両手の剣で弾き飛ばし、獣のような咆哮と共に真正面から突っ込んでくる。


「ミカエルさん!」


「!!」


 唐突に生じる黄金の光の輪―――それが5つ。


 一度だけ、受けた攻撃を無効化する光属性の防御魔術”護光輪”。それをイルゼは5つも重ね掛けしてくれたのだ。


 イルゼから飛来するAPC9Kの拳銃弾による掃射をものともせず、真正面から突っ込んでくるミリセント。


 直後、左手の剣が薙ぎ払われ―――朱い光を纏いながら飛んできた剣が、俺を捉えた。


 イリヤーの時計に時間停止を命じる暇すらない。


 身代わりになったかのように護光輪のうちの1つが弾け、それに弾き飛ばされるように断熱圧縮熱を纏うミリセントの剣が跳弾。衝撃波の渦輪を纏いながらも偏向されるや、天井に深々と突き刺さった。


 命拾いした―――イルゼの魔術が無かったら今、俺は明らかに死んでいた。


 歯を食いしばりつつ左手を突き出し、合計7つの雷球を拡散発射。発射から2秒後に炸裂するよう魔力を調整して放たれたそれらは接近してくるミリセントを取り囲むように展開するや、一斉に炸裂して彼女に蒼い電撃を浴びせかける。


 如何に堅牢な外殻を持っていようと、電撃という非物理的な攻撃手段の前には意味を成さない。電撃をまともに浴びてしまったミリセントが悲鳴じみた声を発するが、しかし俺の攻撃はそれだけで終わらない。


 床を這うようにして指を振るい、合計10発の雷の斬撃―――雷爪で追撃。電撃を浴びて動けないミリセントに追い打ちをかけ、剣槍を差し向ける。


 咄嗟に腹に展開した外殻で剣槍の一撃を受け止めるミリセント。しかし衝撃までは殺せなかったようで、大きく後方への後退を強いられる。


 そこに襲い掛かる5.56mm弾のフルオート射撃。1発がミリセントの左の肩口を撃ち抜き、派手な血飛沫を吹き上げたがそれ以降はダメだった。急速展開した外殻に弾かれ、有効なダメージとはならない。


 が、ここで先ほどの攻撃から復帰したシェリルとクラリスが参戦。銃撃と剣戟を交えながらミリセントに白兵戦を挑み、室内に硬質な音と銃声が幾重にも響き渡る。


 その隙にAKのマガジンを交換、俺の攻撃の番に備えた。


 クソッタレが……こんなバカげた戦い、いったいいつまで続くのか。




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― 新着の感想 ―
力をいたずらに持ちすぎた子供の八つ当たり…というのが、今回のミリセントへの感想でした。もう前の戦争を経験した大人の言葉も、ミカエル君の嗜める言葉も届かない。前回で散々煽ったとか関係なしに、最初から誰の…
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