殺戮大砲、咆哮
パヴェル「オイなんか頭の上で戦艦同士の相撲始まったんだが(白目)」
リキヤ「えぇ……?(困惑)」
アバルキン艦長「はっけよぉぉぉぉぉぉぉぉい!!!」
乗員一同「艦長!?」
「おわーっ!?」
足元から突き上げてくるような振動に、あたしは機甲鎧のコクピット内でもみくちゃにされた。そりゃあシートベルトはしているからそう簡単に座席から投げ出されたりはしなかったけれど、機体が床の急激な傾斜に耐えかねて後ろに倒れてしまってはたまったもんじゃない。
ヘッドレストに頭を強打、平衡感覚を失ったのはそこからだった。どこが上でどこが下なのか、右も左もわからない。それどころか思考にノイズが走ってまともにものも考えられない……私は今、どうしてこんなところに居るのか。そもそも私は誰なのか、なんでこんな事をしているのか。
一時的に思考がバグる。どうしてかは分からないけど、ああ、頭打ったかもという事だけは辛うじて分かった。
パパン、パパパン、と銃声を拾う機外収音マイク。うぅ、と唸り声を発しながら両腕を動かすと、それをトレースするように機甲鎧の腕が動いて、床に転がったM134”ミニガン”を拾い上げた。
広大な管制室の中は90度近く横倒しになっていた。先ほどまで右手側にあった壁が、今となってはあたしの踏み締める床になっている。
近くで横転し足をばたつかせている無人兵器『スカラベ』の姿があったので、左の拳を振り下ろして叩き潰した。
こんな状態でも、敵の無人兵器たちは構わず攻撃をかけてくる。先ほどまでは壁だった床を踏み締め、味方の無人機が撃破されてもその骸を踏み越えて、意思のない鋼の津波と化した彼らの進撃は止まらない。
それに対し、こっちの戦闘人形たちやサポートドローンが果敢に迎え撃つ。
迎撃に参加していた範三やカーチャ、リーファたちがなんとか体勢を立て直している(彼女たちも頭を打ったのか、片手で頭を押さえる素振りを見せている)間にも機械の兵士たちがAKを手に応戦、向かってくる敵の無人兵器たちに5.56mm弾を射かけている。
あたしも戦列に復帰した。腰だめで構えたミニガンを発砲、凄まじいマズルフラッシュで横倒しになった通路を照らし出しながら、7.62×51mmNATO弾の弾幕で豪快に薙ぎ払っていく。
横目で残弾を確認……弾薬コンテナの中にはあと200発、ミニガンだったらすぐ撃ち尽くしてしまう。
「弾ぁ!!」
左手でパネルを弾き弾薬補給をリクエスト、無線機に向かって怒鳴りつけながらも弾幕展開を維持するけど、ミニガンは200発と少しあった弾薬を一瞬で喰い尽くしてしまい、真っ赤に焼けた銃身がキュルキュルと虚しく空転する。
くっ、と呻きながらも頭部の5.56mm対人機銃をスタンバイ。アクティブになるや視界と連動させ、接近してくるドローンやスカラベ、黒い骸骨みたいな戦闘人形を片っ端から撃ち抜いていった。
そうしている間にもこっちの戦闘人形の兵士が2人がかりで7.62×51mm弾の収まった弾薬コンテナを抱えて持ってきてくれた。彼らの盾になりながら頭部の対人機銃を連射、ドローンを叩き落として弾薬の再装填を補助する。
《モニカ機、弾薬の再装填完了》
「りょーかい!!」
思ったより早いのね、やるじゃないの。
機体を起き上がらせ、ミニガンを抱えて連射。キュィィ、とスピンアップを開始した銃身が大口径のライフル弾を土砂降りのように吐き出して、管制室を奪還せんと押し寄せてくる敵の一団を文字通りの力業で押し返していく。
これでもう何機落としたか分からなくなった―――ミカ曰く『5機落とせばエース』らしいけど、その理屈だと今のあたしは超・超・超スーパーエースじゃない?
生きて帰ったらミカ、褒めてくれるかしら。
ズガン、と重々しい銃声。視線を向けるとリーファが背負っていた狙撃グレネードランチャーを発砲、奥からやってきた敵の機甲鎧のコクピットブロックを撃ち抜いて擱座に追い込んでいるところだった。
「ちょっとシャーロット!?」
ヴヴヴ、とミニガンの咆哮が流れ込んでくるコクピット内で、あたしは彼女を呼んだ。
「どうなってるの、状況は!?」
《テンプル騎士団本隊の空中戦艦がパンゲアに突入、艦首を直角に押し上げているところだ。ただもう少し……もう少し足りない》
「ここはシステム的に切り離されたなら、これ以上ここを守り続ける意味はないんじゃなくて!?」
敵の機甲鎧に7.62×51mm弾の弾雨を嫌というほど叩き込みながら、銃声に負けじと叫ぶ。
「無駄死には御免よ!」
《落ち着きたまえ、そこを保持する意味は大いにある。すまないが、もう少し管制室を守ってほしい……カーチャ君、端末の接続はまだ生きているね?》
《ええ、まだ繋がってるわ。でもこれに何の意味が……》
《他人への嫌がらせが趣味のミリセントの事だ、悪辣な伏兵くらい仕込んでいるだろうさ……》
悪辣な伏兵?
まだ何か仕掛けがあるの、と思いながら視線を敵に戻した。
ガガガ、と左翼側の弾幕が一気に厚くなる。何かしらと視線を向けてみると、そこには右手にAK-19を、左手にRPDを抱えて返り血やオイルまみれになった範三が、雄たけびを上げながら両手の銃を連射しているところだった。
《シャーロット殿ぉ! 何をしているかは皆目見当もつかぬがッ! 何をするにせよ”焦らず急いで正確に”なぁッ!!》
《あと少しだ……持ちこたえてくれたまえよ!》
ちらりと視線を右下のタイマーに向ける。
イコライザー発射まで……あと30秒。
唐突に室内が揺れた―――いや、”横倒しになった”と言うべきか。
何かの衝突を受けそのまま横転してしまったサブコントロールルーム内。辛うじていち早く反応する事に成功し、磁力魔術による反発を利用して壁面に叩きつけられる事だけは防いだ。
何が起きたのかは分からない。が、サブコントロールルーム内にある外部カメラの映像が映し出されているモニターを見る限りでは、パンゲアの船体に他の空中戦艦(同型艦か発展型だろうか?)が接触しており、艦首下部から掬い上げるような角度でパンゲアを下から押し上げているようだ。
しかもその衝突している戦艦の船体には、テンプル騎士団のエンブレムが―――内輪揉めか?
俺たちが交戦しているテンプル騎士団が”叛乱軍”なのであれば、接触しているあの空中戦艦はさしずめ”本隊”と言ったところか。反乱鎮圧に差し向けられた戦力なのだろう。
なぜこの場所が、とは思ったが、まあその辺はおそらくシャーロットが手を回しているに違いない……アイツ、ああ見えて人脈が広いようだ。
とにかく、今はシャーロットを信じてベストを尽くすのが先決である。いちいちあれは何かこれは何事かと疑問に思っていては時間がどれだけあっても足りない。
「ぐっ、戦艦ベガ……!?」
モニターの映像を一瞥し、頭を押さえながら起き上がったミリセントが目を見開いた。
「アバルキン……ぁぁぁぁぁああああああんの老いぼれがぁっ!!」
びき、と眉間に血管を浮き上がらせながら激昂するミリセント。その怒りが伝播したのだろう、頭から伸びているブレード状の角の先端部がにわかに蒼く発光、薄暗い室内で鬼火さながらにゆらりと輝く。
「諦めろ、お前の負けだミリセント!」
シャーロットの立案したプランB。
イコライザーを大気圏外で炸裂させることで殺人パルスの放射を防止、1発しかない切り札を無駄撃ちさせる事で一連の事件の収束と反乱軍の計画頓挫を企図した一世一代の大博打。
―――いや、シャーロットに限って博打はないだろう。
彼女は徹底した合理主義者だ。神頼みにも等しい一か八かの勝負に打って出る筈がない。これも全て合理的な理屈の下での計算が導き出した一つの”解”なのだ。
ならば俺たちはそれを信じて、前に突き進むのみである。
「投降するんだ、お前の負けだ! 降伏するなら寛大な処遇を約束―――」
「降伏? 降伏だと」
竜のように鋭い牙(彼女に限った話ではないがクラリスやシェリルも牙が鋭い)を剥き出しにしながら、ミリセントが吼える。
「見くびるなよ小童! この命、祖国に捧げると決めたその日からとうに捨てている! 今更止まれるものではないのだ!!」
「……ご主人様、お覚悟を」
隣にやってきたクラリスが、パキン、と2本の剣の柄尻を連結させながら腹を括ったように告げた。
「あの覚悟―――もはや言葉で止められるものではありません」
「……そうか、残念だよ」
せめて、対話で止められればと思ったのだが。
絶望的な状況を見せつけられてもなお、向かってくるというのか。
ドン、と空気の弾ける音と共に突っ込んでくるミリセント。踏み締めた床(先ほどまで壁だった)が陥没するほどの勢いを乗せて突っ込んでくる彼女を、連結させた剣を手にしたクラリスが真っ向から受け止める。
ガギュウンッ、と人間同士の戦いで発する音とは思えない硬質な音。見るとクラリスもミリセントも、首から下の全部位をドラゴンの外殻で覆っており、その姿はまさに伝承の中に聞く神話の「竜人」を思わせた。
膂力と体格の差を生かしてミリセントを押し返すクラリス。純粋なパワー勝負では彼女の方に軍配が上がるようだが、しかしこれでめげるミリセントではない。押し返されるや足が床に深く沈み込むほどの勢いで再び突撃、重心を深く沈み込ませた状態から伸びあがるかのように、斜め下からの鋭い刺突を突き出してくる。
衝撃波を伴う朱い切っ先が、しかしクラリスの喉元を捉える事はなかった。横合いから振るわれた連結剣の一撃を受けて軌道を逸らされ、彼女の眼鏡を吹き飛ばすのみになった。
こんな時に思う事ではないが、眼鏡を外したクラリスの顔立ちはミリセントやシェリルたちに本当によく似ている―――オリジナルの遺伝子を原型に生み出されたクローンのようなものなのだから当然と言えば当然だが、しかしやはり瓜二つだ。ミリセントが大人びればクラリスのようになるのだろうか。
連結した剣を縦横無尽に振るい、時折分離しては二刀流での目にも止まらぬ剣戟を交えて、ガードされるようであればフェイントで流れを変えて怒涛の連撃を叩き込むクラリス。その振るう剣の切っ先は悲鳴のような甲高い音を発し、徐々に朱い熱を帯び始める。
そんな連撃を、しかしミリセントもたった1本の剣で凌いでいる。受け流し、受け止め、反撃の糸口を掴もうとしているのだ。
俺はどうやって援護に割って入るか―――そう思たっところで、イコライザー発射のタイマーが5秒に迫った。
にぃ、とミリセントの口元が歪む。
何だあの笑みは―――その嫌な予感の答えは、艦内のモニターに映し出された。
空中戦艦の突撃と、シャーロットによりコントロールを奪われたパンゲアの艦首は真上を向いている。シャーロットが計算した通り、イコライザーを大気圏外まで発射できるコースである。
太陽が昇りつつある、ノヴォシア、アラル山脈の未明の空。
おそらくはこの国で最も宇宙に近い場所であろうその空が―――唐突にぱっくりと、割れた。
「!?」
空間が割れる―――左右に裂けていった空間、そこから覗く断面は痛々しくも禍々しい紅色だった。人間の表皮に深々とナイフを走らせればあのような色が拝めるのではあるまいか、と思ってしまうような、そんなグロテスクさを感じさせる色合いである。
「次元……ゲート……?」
まさか、と別のモニターへ目を向けた。
一番最初に開いていた次元ゲートは、既に閉じている。
では―――あの真上に開いた次元ゲートの向こう側にあるのは、パヴェル達の世界……!?
やられた、と思った。
ミリセントの奴は保険を掛けていたのだ―――もし仮にイコライザーの弱点を見抜かれ、発射阻止は出来なくとも”宇宙空間目掛けて撃つ”という暴挙で応じられた時に備えて仕込ませておいた、一種のシステムトラップ。
彼女は一手二手先を呼んでいたのだ。
「クソが……!」
「ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ、覚えておくと良い」
ガァンッ、とクラリスを突き放し、ミリセントは勝ち誇ったように笑った。
「最後に笑うのは―――我々だ」
「クソッ」
タイマーが0になった。
ガギン、と撃針が雷管を叩いた。
カッ、と装薬が目を覚ます。
通常の装薬に高圧魔力を添加した、タンプル砲専用の高性能複合装薬。添加された魔力の作用もあってより効率的に、更に爆発的な推力を生み出したそれに押し出されて、イコライザーを装着したトーポリMが巨大なラグビーボールを思わせる防護カプセルに守られた状態で解き放たれる。
ライフリングのない滑腔砲身の中を滑る防護カプセル。
それに呼応するように、砲身に葉脈状に取り付けられた補助薬室も次々に点火。砲身内部で加速していくカプセルを更に押し出していく。
複数の薬室の燃焼時に生じた発射ガスを背に受け、砲弾とは思えぬほどの加速を見せるイコライザー。十二分過ぎる運動エネルギーを受け取ったそれは、自身を押し出した爆発すらも置き去りにするや、弾頭部に傘状の衝撃波の渦輪を十重二十重に刻みながら飛び出した。
紺色の空へ―――そしてその空に広がる、次元ゲートへ。
世界人口の8割を殺すために。
”矢”は放たれた。
もう、誰にも止める術はないのだ。
世界は、死ぬ。
『ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁこ♪』




