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強行、プランB

サキュバスミカエル君「せめてインキュバスにしろ」


 ガァンッ、と響き渡る銃声を聞き流しながら、シェリルはコクピット内のパネルを操作してから頭上のスイッチを操作して機甲鎧(パワードメイル)自動操縦(オート)へと切り替えた。


 機甲鎧(パワードメイル)にも、簡素ではあるが自動操縦システムが備わっている。とはいえそれはパイロットが機体を降りての作戦行動を強いられた際、待機状態にある機体を敵の手に渡さないための迎撃システム的な運用を想定しており、人間のパイロットが操縦している時のような高度な回避や反撃などは不可能だ。


 だがしかし、今はそれでよかった―――とにかく、ミリセントや室内にいる他の無人機たちの動きを止めてくれるのであればそれでいい。


 コクピット内のサバイバルキットを解放、中からCS/LR42(※中国製アサルトライフル”QBZ-191”の5.56mm仕様)とマガジンを必要分だけ取り出し、解放したコクピットから弾かれたように飛び出した。


 イルゼも同じように機体を自動操縦へと切り替えるや、APC9Kとグロックを装備し機体の外へと飛び出し、シェリルの後を追う形でサブコントロールルームのコントロールパネルを目指して走り出す。


 自動操縦モードに切り替わった2機の機甲鎧(パワードメイル)が射撃を開始。12.7mm弾の掃射でミリセントを牽制しつつ、押し寄せる無人機たちの一団を薙ぎ払っていく。


《急いでくれたまえ、時間がない》


「間に合わなくても恨まないでくださいね」


《安心したまえ、プランBも進行中だ。むしろそっちをメインで考えている》


 プランB―――先ほどシャーロットから送られてきたシミュレーション結果を見たが、しかし以前のシャーロットであれば絶対に思いつかないような作戦だ。


 いや……思い付きはするだろう。彼女もそこまで馬鹿ではない。


 語弊のない言い方をするならば、”思いついてもやらない”と言うべきか。


 やはり彼女は変わったのだろうな、とシェリルは思う。


 サブコントロールルームで待ち構えていたミリセントは、ミカエルとクラリスの2人と戦っている。魔術と銃撃、錬金術という性質の異なる3つの攻撃を交えて圧倒的な手数でミリセントを圧倒するミカエルと、接近を試みる彼女を横合いから強襲しミカエルへの接近を阻むクラリス。彼女を狙わんとミリセントが迫れば今度はミカエルの弾幕がミリセントに牙を剥くという、二人一組(ツーマンセル)の強みを生かした戦い方で彼女の意識をシェリルたちに向けさせない。


 巧い、とその戦い方に感心しつつ、シェリルはコントロールパネルへと急いだ。


「!」


 正面から襲い掛かってくる戦闘人形(オートマタ)―――骸骨のような内部フレームが剥き出しの急増品ではない。しっかりと正規の黒い甲冑を思わせる装甲を与えられ、人工筋肉や動力系も戦闘用の徹底したチューニングを施された高性能タイプ(ハイエンドモデル)だ。


 手にはミリセントと同じ剣がある。


 あの剣はテンプル騎士団で正式採用されている量産型の剣だ。ミリセントが持っているものも同じで、彼女専用に用意された特別製というわけではない。


 他国の技術水準を超越するクレイデリアの軍隊にありながら、しかし時代に逆行するように刀剣を今もなお正式採用装備として第一線で使用している事から、侮蔑の意味を込めて【蛮族】と呼ばれる事もあったテンプル騎士団。しかし今はその高い身体能力と噛み合わせた白兵戦の戦闘力が、何よりも恐ろしい。


 左から右へと豪快に振り払われた剣の一撃を、身を屈めて回避するシェリル。確かにその剣を振るう速度は通常タイプの比ではなく、まともに受ければホムンクルス兵だろうと関係なく首の骨を断たれてしまうほどの恐ろしい一撃ではあるのだが、当たらなければどうという事はない。


 屈んだ勢いを乗せ、飛び上がるようにしながら銃口を突き出して敵兵の首元にマズルアタック。ガッ、と鈍い音と共にマズルブレーキを叩き込まれた黒騎士が押し倒される。


 剣を持った右腕を左足で踏みつけ拘束しつつ、そのまま装甲のない首の付け根の部分へと5.56mm弾のフルオート射撃を叩き込むシェリル。スパークが踊り、半透明の紅い人工血液の飛沫が舞い、5.56mm弾が動力伝達ケーブルや有機ファイバー製の人工筋肉を断ち切っていく。


 フッ、とバイザーから紅い光が消え、機能を停止する黒騎士。


 その後方から2体、同型の黒騎士が迫ってくる。


 片方の手には剣と盾が、もう片方には大剣が握られている。


 どうするか、とは思わなかった。


 そのまま前へ突っ走りながらスライディング。ゴウッ、と一瞬前まで頭のあった空間を大剣とロングソードの剣戟が空振りしていく。


 肝は冷やさない。この程度、回避して然るべきだからだ。


 なぜならばシェリルはフライト140の次席―――ナンバー2に甘んじてしまったとはいえ、彼女以下の他の兵士たちとの実力差は歴然であるし、彼女の同期だけでも990人はいたホムンクルス兵たちの中からナンバー2に選ばれたのは、その実力の高さを証明する何よりもの証だ。


 だからその実績に恥じぬ戦いをするのみである。


 スライディングで攻撃を回避、後方へ抜けていったシェリルを追撃するべく黒騎士たちが彼女の方を振り向くが、しかし黒騎士たちはもう1人の脅威を見落としていた。


 音もなく飛来する黄金の光の輪―――インドの投擲武器、”チャクラム”を思わせる鋭利なそれが黒騎士の後頭部に3本まとめて飛来。装甲表面に塗布された対魔力コーディングを瞬く間に蒸発させ、5.56mm弾すら弾き飛ばす黒い装甲すらも断ち切った致命的極まりない一撃に、黒騎士の片割れが機能を停止して崩れ落ちる。


 シスター・イルゼの光属性魔術だ。


 彼女の信仰するエレナ教は光属性の宗派の一つ―――その多くは仲間の傷を癒し、攻撃から身を護り、あるいは死のことわりを捻じ曲げこの世を彷徨うアンデッドを浄化するための魔術が多くを占めており、積極的な攻撃に活用できる魔術というのは数えるほどしかない。


 シェリルよりも今ばかりはこちらを脅威と認識した黒騎士が、大剣を振り上げイルゼへと斬りかかる。


 脳天目掛けて振り下ろされた一撃。しかしそれがパイロットスーツ姿の彼女を捉え、無残に殺すような事は無かった。


 第一、そこでやられてしまう程度であれば、血盟旅団の一角に名を連ねてなどいない。


 黒い刃を阻んだのは、彼女の周りを浮遊する黄金の光の輪―――幾何学模様と共に『Heilige Elena, beschütze mich unter dem Schutz des Lichts(聖女エレナよ、光の加護の下に我を護りたまえ)』という一文が添えられたそれは、彼女の信仰心の具現とも言えた。


 ”護光輪”と呼ばれる、光属性の防御魔術。


 身体の周囲に光の輪を召喚、それにより発動後に受けた攻撃を一度だけ無効化する、エレナ教の防御魔術の一つ。


 渾身の一撃を無力化された黒騎士。役目を終えた光の輪がガラスのように砕け散り、ダイヤモンドダストさながらに黄金の光を発する。


 薄暗いサブコントロールルームの中で、それは疑似的なフラッシュバンとしても機能した。


 瞬間的に光学センサーがその影響をもろにうけ、一瞬だけではあるがダウン。


 その隙を見逃すイルゼではない。姿勢を低くしながら両足に力を込めて渾身のタックルをぶちかますや、予想外の反撃と光学センサーのダウンの影響もあってその追撃を全く予想出来ていなかった黒騎士が、あっさりと突き飛ばされ体勢を崩してしまう。


 何とか踏み止まり顔を上げ、大剣を振るうべく人工筋肉に力を込めるが時すでに遅し。戦闘モードを意味するバイザーからの紅い発光部が捉えたのは、制御ユニットがある頭部へと向けられたAPC9Kの銃口だった。


《―――》


「Das ist es!(これで終わりよ!)」


 ガガガ、とAPC9Kが吼えた。


 コンパクトなSMGといえど、その殺傷力は本物だった。使用弾薬9×19mmパラベラム弾、それもシャーロットの手により通常の装薬に一定量の魔力を点火する事によって破壊力を更に増したテンプル騎士団由来の”複合装薬”を使用。それをパヴェルの手によって銃が耐えられる許容量ギリギリまで増量した強装弾である。


 それに加えて徹甲弾ときた。拳銃弾らしからぬ破壊力と貫通力はそれ相応の強烈な反動(リコイル)となったが、しかしもはやSMGではなくPDWの範疇にまで足を突っ込んだそれは情け容赦なく黒騎士のバイザーに飛び込むや、その奥にある制御ユニットをぶち抜いた。


 どろり、と白いお粥を思わせるジェルを撒き散らしながら崩れ落ちていく黒騎士。倒れていく様を眺めている余裕もなく、イルゼは倒れていく黒騎士を踏みつけながらシェリルの後を追う。


《あと120秒》


 コントロールパネルに取り付くなり、シェリルは自分のスマホのカバーを開け、中から接続用のケーブルを引っ張り出した。テンプル騎士団と共通規格のコネクタを持つそれはパンゲアの艦内にある機器にも問題なく接続が可能で、こういう時でありながらも規格の大切さを痛感させられる。


「シャーロット、繋げました」


《了解……間に合いそうにないねェ、これは》


「らしくないですね、貴女ともあろう人が」


《いくらボクのような天才でも、時間だけはどうしようもないのさ……仕方ない、プランBだ。スマホはそのまま、艦の制御はボクが奪おう》


 本当にやる気なのか、とシェリルは息を呑んだ。


 スマホの画面には二頭身にデフォルメされたシャーロットが、同じく二頭身にデフォルメされた二頭身ミカエル君ズと一緒にケーキを食べているアニメーションが表示されている(思わず鼻血を出してしまうシェリルであった)。


 電子機器やハッキングといった分野は、シェリルにとっては専門外だ。一応は組織で一般兵に必要な教育は受けたが、元々テンプル騎士団がそれほど電子戦に力を入れていない(というよりも”電子戦”という概念を持たない格下相手の非対称戦が多かったのも電子戦のノウハウが蓄積されなかった最大の要因である)事もあって、彼女の電子機器やハッキング関連の知識は一般的な軍隊の兵士が受けるそれを一回り下回っている。


 しかし、それでもシャーロットが凄まじい勢いでファイアウォールを突破、まるで癌細胞のように艦全体のシステムを蝕んでいる事は分かった。


 イコライザーの発射まで、あと100秒。

















 黒い剣槍が踊り、接近してくるミリセントを横合いから打ち付けた。


 ガァンッ、とまるで鎧に巨大なメイスが激突したような、少なくとも同様の攻撃を受けた人体が発するとは思えない、金属音を思わせる鈍い音。


 分かっている、ホムンクルス兵相手にこの程度の攻撃など致命傷にならないという事は。


 直撃を受けこそしたもののホムンクルス兵の外殻を用いた防御で事なきを得るミリセント。しかし被弾した衝撃は着実に彼女の肉体を苛んでいるようで、顔は苦痛に歪んでいるようにも思えた。


 後方にジャンプしつつ左手を薙ぐ。三日月状の雷の斬撃―――”雷爪”が空気を焦がしながら疾駆し、放射状に広がりながらミリセントを迎え撃つ。


 地を這う雷の斬撃を跳躍して回避したところに、俺はAK-19の引き金を引いた。


 ドガガ、と5.56mm弾がミリセントを打ち据える。


 この5.56mm弾はいつもの弾薬とは違う。通常の装薬に、一定量の魔力を添加する事によって更なる爆発力を得た”複合装薬”と呼ばれるもの(テンプル騎士団由来の技術だそうだ)を使用、それに合わせて銃の銃身と機関部は強度を限界まで上げている。


 パヴェルの手によりそれを限界まで充填した複合装薬の強装弾。さすがにホムンクルス兵の外殻を撃ち抜くほどではないが、ボディアーマーを確実にぶち抜くほどの貫通力がこれにはある。


 空中であるが故に身動きが取れず、面白いほど5.56mm弾に被弾するミリセント。ガントレット状に硬化した左手の外殻を盾にして致命的な一撃をガードしているが、それでも十重二十重に牙を剥く5.56mm弾の集中砲火に苦悶の表情を浮かべる。


 唐突に、ミリセントが腕を振るった。


 投擲したのだ―――あの剣を。


 ごう、と衝撃波を纏いながら飛来する剣。ホムンクルス兵の常軌を逸した筋力により投擲されたそれは瞬間的とはいえマッハ7を超え、衝撃波と断熱圧縮熱を纏いながらレールガンの砲弾さながらの勢いで突入してくる。


 電磁防壁を展開し防御するが、如何せん突入してきた剣の勢いが凄まじ過ぎた。


 磁界に絡め取られた剣の切っ先が逸れるが、しかし角度はいつもよりはるかに浅く、しかも消費する羽目になった魔力の量もシャレにならない(消費する魔力量は受けた攻撃の威力に比例し増減するのだ)。


 ぐらり、と視界が揺れる。一瞬だが足から力が抜け、鼓動が乱れた。


 立ち眩みと動悸―――負のダブルパンチとあっては続く攻撃に反応できたものではない。時間停止も回避も間に合わない。


 腰の鞘から予備の剣を抜きつつ、逆手持ちにして切先をこっちに向けながら急降下してくるミリセント。左目が紅い光の残像を曳き、それはさながら夜空に瞬く凶星のようにも思えて―――。


 しかしそんな死の具現を、横合いから飛び出してきたクラリスの渾身の右ストレートが豪快に殴り飛ばした。


 身長183㎝、体重85㎏という恵まれた体格に、その気になれば戦車と相撲して勝てるレベルの馬鹿力の持ち主であるクラリス。そんな彼女が肩を捻り、腰を入れ、全ての体重を乗せて振り払った全力の右ストレート。


 外殻で覆った右の拳がうっすらと朱い光と熱を帯びる―――ミリセントに出来て自分に出来ない筈がないと言わんばかりに、こちらも瞬間的にマッハ7~8へと達し断熱圧縮を起こした右手の拳。それがミリセントの左の頬へと吸い込まれていく。


 人間の拳というよりはもはや砲弾とか、あるいはレールガンみたいな戦術兵器レベルの一撃となったそれをもろに受け、ミリセントが派手に吹き飛んだ。サブコントロールルーム内の制御パネルや装置、天井の配管を派手にぶち破りながら部屋の中をバウンドし、壁にめり込んでやっと止まる。


 ……あの、熱の壁ってそんなカジュアルに超えて良いものなのでしょうか。


 範三といいセシリアといいミリセントといいクラリスといい、何なんだアイツら。なんで剣を振ったり拳をぶん回すだけで熱の壁を簡単に超えてしまうのか(そして俺はまだ知らぬ事だが極東には隻腕のもっとヤバい奴がいるらしい)。


 ちょっと近所のコンビニに行くノリで超えられてしまう熱の壁はそろそろ涙を拭いてほしいものだが、それはさておき。


 あんなクラリスのガチパンチを受け、それでもミリセントは起き上がった。


 口から血へとを吐き、首を鳴らしながら剣を構えるミリセント。左手はホルスターへと伸ばし、収まっていたPL-15拳銃を引き抜く。


 ここからが本番だ―――そう気を引き締めたその時だった。


 ぐらり、と床が大きく傾いて―――艦内にけたたましい警報が鳴り響いたのである。


 何が起こっているのか分からなかったが、何となく察しがついた。


 シャーロットが立案した”プランB”。


 艦が―――空中戦艦パンゲアが、大きく艦首を上げているのだ。











 イコライザー発射まで あと90秒




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― 新着の感想 ―
もう初手からひたすら酷くて草なんですよ、パヴェルの新刊のネームかな? フライト140次席のシェリルが強いのは当然ですが、そう言えばシスター・イルゼも常に救うだけでなく、戦い続けてきた人でしたね。ここ…
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