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メスガキ博士、爆沈


 ゴウン、と闘技場の床が開いたかと思いきや、そこから次の機械の兵士が姿を現した。


 戦闘人形オートマタ。ヒトの手によってではなく、機械自身にインプットされたプログラムに基づいて行動する、将来的には人間の兵士を完全に代替するべくして生み出された存在。しかしそれはまだ完全ではなく、発展の途上にあるのだ。ヒトの進化になぞらえるのであれば未だ猿人、文明の原型に至った段階でしかない。


 しかし目の前に現れたそれは、猿人と表現するのが無礼極まりないほど洗練された、芸術品のような美しさを持つ兵器だった。


 すらりとした装甲アーマーに覆われた機体。頭部は他のモデルと同様にアリクイを思わせる形状で、後頭部からはアンテナのようなものが伸びている。センサーか何かだろうか。洗練された前面とは異なり、後部は内部構造やケーブルが剥き出しになっている。これは被弾率を考慮した結果だろう。結局、一番被弾する確率が高いのが正面だ。だから防御を正面のみに回し、後部は放熱のためにも余計な装甲を設けない方針で設計したのかもしれない。


 腕には特徴的なブレード……ではなく、別の武装があった。


 槍だ。グリップから穂先にかけて2mくらいにはなるであろう、円錐状のランス。磨き抜かれた灰色のそれは鋭い輝きを放っていて、ランスを携えたその姿は騎兵を彷彿とさせる勇ましさがある。


 左腕には半身を覆うほど巨大な楯がある。ただ単に機体を防護するためのものではなく、右手に持ったランスとの重量バランスをとるためのカウンターウエイトとしての役割もあるのだろう。左右非対称ではバランサーの調整がかなり面倒になる筈だ。


 そして一番特徴的なのは、その下半身だった。


「何だコイツ」


 二本足でも四本足でもない―――腰のプラットフォーム部からX字型に装甲が伸び、その先端部にはカバーで覆われたファンが下向きに配置されている。ホバータイプだ。歩行ではなく”浮遊”することで移動する戦闘人形オートマタ


 なるほど、博士が複数のタイプを製造しそれのテストを依頼してくる理由が分かった。次世代型戦闘人形、それは実現の日が近いように思えてまだまだ遠いのだ。つまりは今はまだ試行錯誤の段階。とりあえず形にして、問題点をフィードバックし最適な”形”を追い求める段階なのだ。こんな奇抜な代物が出てくるということはつまり、そういう事なのだろう。


『聞こえるかしら、冒険者さん?』


 天井のスピーカーからフリスチェンコ博士の声が聞こえてきた。自慢の発明品をクラリスに瞬殺されてまだ勝ち気で居られる神経の持ち主なのか、それとも今度のはさっきとは違うという意味があるのか、とにかく博士の声には強気な感じがあった。


『そいつはホバータイプ戦闘人形オートマタ試作機プロトタイプ、”シュトルモヴィーク”よ。私の自信作なの』


 自信作、ねえ。


 試合が始まる前に、相手の様子を確認して弱点となりそうな部位はどこか分析をする。


 見たところ、正面の装甲もそれほど厚いというわけではないらしい―――というより、ホバータイプという特性上、下手をしたら重量制限はさっきの二足歩行タイプよりも厳しい筈だ。重すぎたらそもそも浮遊できないのだから当然と言えば当然か。


 それを補うための左手の楯なのだとすれば納得である。


 だったら楯以外の部位に叩き込んでやればいい―――結論が出たのと、試合開始のブザーが響くのは同時だった。


 アリクイを思わせる装甲カバーの表面、穿たれたスリットから紅い光が漏れる。フリスチェンコ博士の自信作、将来のノヴォシア帝国の主戦力となりうる機械の兵士。その”原石”がついに目を覚ましたのである。


 ファンの音が一層甲高くなり、肩に搭載された可変式スラスターが向きを変える。重そうに槍を構えた機械の兵士が腰を落としたタイミングで、俺はイリヤーの時計に時間停止を命じた。


 上着の内ポケットに仕舞った黒曜石の懐中時計がその命令を受信、かつてリガロフ家の祖先であり救国の英雄でもあったイリヤーの力―――時間停止を、部分的にではあるが発動させる。


 一体どんな原理で発動しているのかは分からないが、かつての救国の英雄が持っていたそれは、ただの盗人でしかない俺の命令を忠実に実行してくれた。何の前触れもなく世界が止まる―――動き出そうとしていた機械の兵士も、観客席でデータを取る研究者たちも、そして固唾を呑んで試合を見守るクラリスと博士も。


 ただその時間停止というルールから逸脱しているのは、俺1人だけだった。


 AK-308を構え、引き金を引いた。


 ガンッ、と重い反動リコイルが右肩を撃ち抜く。5.56mm弾のように軽量な火器でのフルオート射撃を想定したものとは違う、手加減ナシのそのままの反動リコイル。しかしその反動の強さは圧倒的破壊力の裏付けでもあった。


 ガガガンッ、と矢継ぎ早に放たれた7.62×51mmNATO弾の群れが飛翔、銃口から十分な距離を飛んだかと思った次の瞬間、まるで停まっている最中の世界のルールに捕らわれたかのように、ぴたりと空中でその全ての動きを静止させた。


 やはり検証の通りだ。


 この時間停止能力、どうやら『使用者から発射された物体は一定の距離まで離れると静止する』らしい。


 5発目あたりを放ったところで、時間停止の効果時間が切れた。


 空中で静止していた7.62×51mmNATO弾の群れが一斉に覚醒、散弾の如く機械の兵士―――”シュトルモヴィーク”へと襲い掛かる。腰を落とし、楯を構えて突撃の準備をしていたところに一斉に7.62mm弾が牙を剥き、バガンッ、と装甲が撃ち抜かれるような甲高い音が響いた。


 PK-120のレティクルの向こうで、被弾した箇所からオイルを血のように流しながら、シュトルモヴィークが早くも高度を落とす。ファンの出力が下がり、高度を維持できなくなったのだろうか。


 防御力をかなぐり捨て、機動性を売りにした高機動タイプが肝心の機動力を発揮できなくては良い的だ。満足に回避も突撃も出来なくなったシュトルモヴィークに、介錯の意味も込めて40mmグレネード弾を叩き込んでやった。


 M203から放たれた40mmグレネード弾が無慈悲に胸板を直撃、ただでさえ薄い装甲が瞬く間に吹き飛んで、装甲やらフレームやらが千切れ飛ぶ。


 ファンの噴射口からボフッと黒煙が噴き出たかと思いきや、胸から上を吹き飛ばされたシュトルモヴィークは地面に墜落、そのまま動かなくなった。


 役目を終えたAK-308を肩に担ぎ、博士の方を振り向く。


 またしても発明品を瞬殺され、白目になっているフリスチェンコ博士。その隣ではクラリスが目を輝かせながら立ち上がって惜しみない拍手を送ってくれている。アンコール、って叫んでるように聞こえるけど、そんな死体蹴りの如き鬼畜の所業ミカエル君にはできません。


 闘技場から出ると、駆け寄ってきたクラリスがぎゅうっと抱き着いてきた。


「すごいですわご主人様! やっぱりご主人様は最強ですわね!!」


 お前の方が強いでしょ絶対。


 額に押し付けられるGカップのおっぱいの感触に内心グヘヘ50%、童貞ゆえの危機感50%くらいの気持ちを抑え込んでいると、我に返ったフリスチェンコ博士がこっちに走ってきた。最初に出会った時の余裕はもうないらしい。


「ちょっと待ちなさい!」


「なんですの?」


「試作機は2機だけじゃないわ、まだあるわよ! さあそっちのデカ乳メイド、さっさと準備なさい!」


「あらあら失礼なメスガキですわねぇ、優雅さの欠片もありませんわ」


「メスガ……ッ!?」


 やめなさい、剛速球ぶん投げるのはやめなさい。キャッチャーが死ぬ。


 俺から手を放し、「それでは行って来ますわね」と笑顔で言い残してから、クラリスは闘技場の中へと入って行った。


 彼女は自分の事を”露払い”と言っていたけど、そんな事はない。むしろ逆だ、俺の方が露払いでしかない。


 だから正直言って、最初に彼女が戦うと言い出した時は気まずかった。露払い宣言をした彼女にあんな次元の違う戦いを見せられて、後に戦う俺のハードルをぶち上げる結果になるのではないか、と心配になっていたのだ。


 まあでも、次も大丈夫だろう……クラリスなら大丈夫だ、と長い付き合いになる彼女を信頼しながら、博士と一緒に観客席へと戻った。


 闘技場の中に転がる残骸の片付けが終わり、次の相手が現れる。床が開き、そこからせり上がってきたリフトの上に乗っていたのは―――機動力を重視していた今までの新型とは打って変わって、なんともまあ”重そうな”やつだった。


 大きさは2.5mほど。比較的小型に収められた新型の中では大きく、装甲で覆われた巨体はがっちりとしている。格闘家やアメフトの選手のような機体は丸みを帯びた装甲で覆われていた。角度を付けて弾丸を跳弾させ損傷を防ぐ”避弾経始”を考慮した結果なのだろう。


 左脚の膝にある装甲はやけに大きく、更に展開する機構を有しているようだった。厚さも申し分なく、銃弾程度であれば確実に防いでしまうだろう。だが特徴的なのはそこではない。


 右腕で脇に抱え、左手でキャリングハンドルを握る得物―――6つの銃身を束ねたガトリング砲こそが、そいつの最大の特徴と言っていい。


 ガトリング砲といってもミニガンとかマイクロガン、アヴェンジャーのように完全に機械化され、洗練された現代のガトリング機関銃とは異なる。右側面から突き出たクランクを手で回して発砲するという古めかしいものだ。水冷式の機関銃が登場する以前の、黎明期の機関銃と言っていい。


 給弾ベルトは右側面から伸びていて、弾丸がたっぷり収まっているタンク―――背面に背負ったバックパックへ繋がっているようだった。


「やっちゃえ”バスチオン”!!」


 我が子同然の発明品に声援を送る博士。その隣で持参したチョコレート(ミカエル君はホワイトチョコが好き。甘いから)を齧りながら、早くもクラリスの勝利を確信する。


 多分これ、【機動性を重視した機体では動きを見切られてワンパンされるから重装甲で行く】という発想なんだと思う。まあ、考え方としては間違っちゃいない―――相手がクラリスでなければ、の話だが。


 むしろ思う壺だ。鈍重な敵など、クラリスにとっては空腹の肉食獣の前に現れたウサギでしかない。


 試合開始のブザーが鳴り、バスチオンが右腕でクランクを握りぐるぐると回転させ始める。緩やかにスピンアップを始めた銃身が火を噴き、そこから球状の弾丸(よく見るとイライナ・マスケットの銃身を流用している)が吐き出される。


 ドパパパパンッ、と破裂音が連なり、黒色火薬特有の白煙が闘技場の中を満たし始めた。


 非殺傷装備、とは聞いていたが、もはやその発言も信じられない。こんなの当たったら普通の死ぬやつじゃないかとは思ったが、それでもクラリスの勝利は揺るがないだろう。


 殺傷用だろうが非殺傷用だろうが、当たらなければどうという事はない。


 初弾を上半身を捻るだけで回避し、捻った勢いを利用して横へと飛ぶクラリス。ガトリングガンの掃射がその後を追うが、黒豹みたいな瞬発力で駆け出したクラリスは捕らえられない。


 火器管制システム(FCS)が未発達だからなのか、それともただ単にクラリスがおかしいだけか―――どっちもだろう、どうせいつもの事だ。


 壁際まで追い詰められたかと思いきや、クラリスはそのままドーム状のガラスを蹴った。走る勢いを殺さず、あろうことかそのまま壁面を走ってから大きく跳躍、発射された砲弾の如く戦闘人形オートマタ”バスチオン”へ窮迫する。


 壁を蹴って急加速、自分へ接近するクラリスを迎撃するべく照準を修正するバスチオンだが、明らかに反応が遅かった―――いや、クラリスが速過ぎた。少なくともこの世界で開発される兵器の想定している状況を遥かに上回る動きであり過ぎたのだ。


 接近するミサイルを迎撃するCIWSの如く、ガトリング砲の砲口が火を噴き続けるが、クラリスには一発も当たらない。照準データの更新が、クラリスの動きに追い付いていないのだ。


 右腕をドラゴンの外殻で一瞬覆った瞬間、ああ、コレ決まったなと思った。


 次の瞬間には、ボコォンッ、と徹甲弾が戦車の装甲をぶち抜くような装甲の断末魔が響き渡り、彼女の拳がバスチオンの左足の装甲を容易くぶち抜いて―――アリクイみたいな頭を正確に叩き潰していた。


「……はっ?」


 目の前の状況を、またしても信じられないフリスチェンコ博士。目を丸くしたまま口をぽかんと開け、フリーズしてしまっている。


 いや、そりゃあアレだろう。戦列歩兵の一斉射撃をものともせずに掃射する事を想定したであろう戦闘人形オートマタが、メイドさんに一発も攻撃を当てられないどころか、右ストレート一発で撃沈されるなど誰が信じようか。


 Eランク冒険者と侮るなかれ、ミカエル君はともかく―――クラリスは規格外イレギュラーである。


 拳を引き抜き、ぺこりと一礼してから闘技場から出てくるクラリス。彼女は「やりましたわ~♪」と嬉しそうにスキップしながらこっちにやって来ると、博士の前でぴたりと止まり―――笑みをそのままに、冷たい声で問いかける。


「……まだやりますの?」


「へぁっ? あ、ああ、もう結構です……」


 フリスチェンコ博士が撃沈された瞬間だった。



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