救済の一手
こんばんは、あるいはこんにちは、おはようございます。作者の往復ミサイルです。
皆様のおかげでこの『ミリオタが異世界転生したら、没落貴族の庶子だった件』の合計評価ポイントがついに10000を突破いたしました。これも読んでくださっている読者の皆様、応援してくださっている皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
なんだか最近SFじみた展開になり、作者の中の人も書きながら「あれ、これって異世界ファンタジーよね?」ってなっていますが、この作品も終盤に差し掛かっておりますので是非お付き合いいただければ幸いです。
長々となりましたが、今後ともよろしくお願いいたします。それでは本編をどうぞ!
慌てて出撃してきた敵機の背後に追い縋った無人型J-20が機関砲で敵のSu-57を撃墜する映像を一瞥し、スナック菓子を口に咥えながらシャーロットは立体映像で投影されたキーボードに指を走らせる。
今の状況は作戦展開地域上空を旋回するAn-225と、その他の観測ドローンのおかげで随時彼女の目や耳に入ってくる。
イコライザー発射までの猶予は後210秒。
敵艦の軸線は次元ゲートから左へ20度ズレており、このまま発砲すればイコライザーを搭載したトーポリMはアラル山脈の山頂を掠めて炸裂、クレイデリアへの被害はゼロとなるがその代わり自分を含めたホムンクルスたちが全員死ぬ。
敵艦の防空火器はあらかた沈黙、空中戦艦パンゲアはただ空中に漂う巨大な棺桶と化した。
現時点での友軍の損耗率は7%……喪失したのは全てが戦闘人形や、それらが操縦する機甲鎧のみだ。血盟旅団のメンバーへの人的被害は確認されていない。
パヴェルはSu-57Rを敵艦へ特攻させた後に脱出、その後はテンプル騎士団本部の派遣したスペツナズと合流し、現在はセシリアの複製体と交戦中……こちらはやや不利に推移しており、一瞬も気を抜けない状況だ。
そして一番重要な部分―――イコライザーの発射管理権限はサブコントロールルームに完全に移行、艦橋と管制室は発射シーケンスへの介入が出来ないよう完全に締め出されており、サブコントロールルームは完全に独立した存在と化した。
こうなってしまっては、如何にシャーロットのハッキング技術があってもシステムに介入できない。直接サブコントロールルームに向かい、システムに端末を接続してもらわない限りシャーロットは何もできないのだ。
既にマップデータは各員のスマホに新しいデータとして転送、それを確認したミカエル、クラリス、シェリル、イルゼの4人がサブコントロールルームに向かって進撃しつつブリッジを機甲鎧の自爆で破壊、艦橋を再度掌握される事を防いでいる。
だが、しかし。
刻一刻と破滅へと向かう時を刻むタイマーを見ながら、シャーロットは確信していた。
―――間に合わない。
どう見積もってもサブコントロールルームに到着するまであと30~40秒。到着したとしても既に発射までの残り時間は200秒を切っており、室内にはミリセントも居るだろう。イコライザーの発射を防ぐべく向かってくるミカエルたちを迎え撃とうと万全の迎撃態勢を敷いている筈だ。
死に物狂いで抵抗してくるフライト140主席を相手に、その猛攻を掻い潜りシステムにスマホを接続する事は出来るのか。
仮にできたとして、残された時間でのハッキングは困難を極める。
どこまでも残酷な現実を前に、シャーロットはしかし諦めにも似た感情を抱きつつあった。
これまで自分たちが、この世界で一体何をしてきたか。
何人の無関係な獣人たちを犠牲にしたか―――何人の命を踏み躙ったか。
その事を想えば、これも仕方のない事だと割り切れるのかもしれない。
そう、これは悪事を働いた自分たちテンプル騎士団への懲罰。
何気なくスナック菓子の袋へ伸ばした手で、袋の中身が空になった事を悟る。
(おや、もう品切れかい)
意外と気に入っていた味であるだけに、少しだけ寂しくなった。
手頃な炭酸飲料と、チーズカレー味のスナック菓子。それとだらだらできるソファかベッド、それから片手間で操作できる電子機器さえあればそこがシャーロットにとっての”城”だ。
やっと手にした他愛もない、けれども小さな幸せに満ちた毎日を、今日という日に手放す。
それは別に構わない。元々、無数の障害を抱えた身体だったのだ―――苦痛も幸福も何も感じない”無”へと、再び還ってゆくだけ。死とはそういうものだろう。
でも。
それでも。
(……まあ、皆とお別れになるのは嫌……かな)
ミカエルの顔を思い浮かべ、諦め勝てていた自分を奮い立たせる。
まだ時間はある―――諦めるのはベストを尽くし、足掻き、足掻き、足掻きに足掻いて、死に物狂いで理不尽な現実に抗ってからでもいいのではないか。まだ可能性があるというのに諦めてしまうことほど勿体無い事は無いだろう。
しかし、他に策は無いのか。
ドローンに予備のスナック菓子を取ってくるよう脳波で命令を下しつつ、左手を別のコンソールへと伸ばして、立体投影された光のキーボードを華奢な指先で素早く弾く。
テンプル騎士団叛乱軍を離反した後、彼らのネットワークにアクセスしデータを抜き取ってきた際に入っていたファイルだ。中にはイコライザーについてのデータも入っている。
何かイコライザーの効果を相殺、ないし無効化できるものはないのか。
「……?」
イコライザーのデータを見返していたシャーロットの脳裏に電気が走る。
イコライザーという兵器が、如何にして特定の選択された標的だけを選別して殺すのか。そのメカニズムはこうである。
弾頭内には一種の特殊な”レプトン”が不活化された状態で充填されている。厚さ1㎚という非常に薄い賢者の石で造られたカプセルに充填されたレプトンたちは、共に封入されているナノマシンを介して諸元入力の際に殺戮の対象となる相手の条件を記憶。弾頭の炸裂と同時に大気中に拡散し、酸素と反応し活性化する。
この活性化の際に対象の脳を破壊するパルス(テンプル騎士団でもこのパルスの正体は解明できていない)を放射、殺戮対象に指定された人間の脳だけを物理的に崩壊させ死に追いやるというものだ。
シャーロットが目を付けたのは、この弾頭内に充填されているレプトンの性質である。
大気中に拡散、急激に広がりつつ酸素と反応する事でレプトンが活性化し殺人パルスを放射する―――逆に言えば、このレプトンたちは大気に接触しなければ拡散はしないし、酸素に触れなければ反応して殺人パルスを放射する事も無い。
(もしかして……これならば、あるいは)
左手でキーボードを叩いて計算。
もし仮にパンゲアが仰角90度で真上に向かってタンプル砲を発射した場合を各種気候条件を含めて計算、得られた計算結果に彼女は希望が弾ける感覚を確かに覚えた。
これだ―――これしかない。
艦内で戦闘中の血盟旅団の仲間たちと―――それから、本部から派遣されているであろう特戦軍の母艦へとすぐさまデータを転送するシャーロット。
もしシャーロットの予想が正しいのであれば、特戦軍を乗せて次元の壁を超え、この異世界の地へとやってきたのは空中戦艦『ベガ』。
そしてその艦長はかつてのボグダンと親交が深く、しかし袂を分かつ結果となったベテランの艦長『レオニード・アバルキン』。
彼ならば―――彼ならばきっと、この計画の意図を察してくれる。
そんな願いに、しかし一番驚いているのはシャーロット自身だった。
今まで彼女は、他人を信じるなんて事はしなかった。どこまでも効率と合理性を突き詰め、人間らしさを徹底して削ぎ落していった彼女にとって、他人は”敵か味方か”、”有益か無益か”という極端な区分でしか分類しておらず、そこに友情だとか愛情といった感覚は持ち合わせていなかった。
それがどうだろうか―――テンプル騎士団から足を洗い、血盟旅団の一員としてミカエルと共に過ごしている間に、どうやら彼女も変質を促されたらしい。
「……なるほど、これが人間というやつか」
悪くないねェ、と胸中で言葉を紡ぎ、そして祈った。
どうかこれを希望へ繋いでくれ、と。
アラル山脈上空
テンプル騎士団特戦軍所属 空中戦艦ベガ
「艦長、データファイルの転送を確認」
作戦展開地域から30㎞後方に待機していた空中戦艦ベガの艦橋に、ホムンクルスの乗組員の報告する声が響く。
ベガの艦橋はちょっとした劇場のような広さだ。しかしそんな広大な空間には僅か5名の乗員しか登場しておらず、がらんとしたスペースの大半は航行や火器管制、各種観測を行うAIのメインフレームを設置するスペースに費やされている。
だからなのだろう、スペースの割に閑散としていて、壁面から漏れ出る蒼い光が照らす薄暗い艦橋の中は随分と寂しいものだ。
それも仕方のない事である。フィオナ博士の大叛乱により戦力の83%を喪失したテンプル騎士団はそれを契機に軍縮へと移行、兵器の多くは省人化や無人化が推し進められた結果がこれなのだ。セシリア政権時代であれば優秀なホムンクルス兵たちが艦橋に詰め、AIが時代遅れのポンコツに思えるほど正確な報告を上げてきたものだが……。
そんな昔を懐かしんでいたアバルキン艦長の耳に届いたのは、何とも異様な報告だった。
データファイルの転送―――こんな戦闘中に?
「こっちに寄越せ」
「了解」
艦長席の立体映像投影装置が立ち上がり、目の前に蒼い立体映像が投影される。
空中に投影されたウィンドウをタップして操作、送られてきたデータファイルの内部チェックソフトを立ち上げて中身を確認した。開封した瞬間にコンピュータウイルスが艦の制御機構に感染、操艦不能となり墜落となっては笑い事にならない。
どうやらウイルスの類ではないようだ。
ファイルを展開するや、その差出人の名前を見てアバルキン艦長は口元に笑みを浮かべずにはいられなかった。
戦闘中にも関わらずデータファイルを送ってきたのはシャーロット―――叛乱軍の一員で、しかし諜報軍の調査により叛乱軍を離反、現在は現地勢力である血盟旅団に身を寄せていると聞いている。
短く『Ёaers de au vilive(信じろ)』と添えられた文章と共に、何かにシミュレーターのアニメーションが再生され始める。
パンゲアと思われる空中戦艦が唐突に艦首を90度真上に向け、その状態でタンプル砲を発射。発射されたミサイルはそのまま成層圏を突き抜けて大気圏を離脱、衛星軌道上で起爆した。
アバルキン艦長もこの作戦に参加する際、イコライザーがどういう原理で動作するのかという事は頭に叩き込んでいる。要するに弾頭内部に充填された特殊なレプトンが、命令を受けた状態で起爆し大気中に拡散、酸素と反応する事で殺人パルスを放射するというものだ。これを受けると、ターゲットに指定された人間だけが脳を破壊され死に至る。
つまり、炸裂した際に周囲に酸素が無ければ……。
「ふん……面白い事を考える」
「しかし艦長……相手は500m級の戦艦です。そんな艦が仰角90度で砲撃するなんて」
隣に立つ副長の指摘ももっともだ。
確かに、パンゲア級の姿勢制御スラスターとスタビライザーがあれば曲芸じみた挙動を取らせることは可能だろう。しかし今のパンゲア級は戦闘で損傷しており、カタログスペック通りの性能を発揮できるとは到底思えない。
それを成し遂げるには外部からの補助が必要になる―――だからシャーロットは、アバルキン艦長にもわざわざこのデータを送ってきたのだ。
彼ならばやってくれる、と。
彼ならば信じてくれる、と。
「このベガも手助けしてやるとしようか」
「しかし、どうやって? 本艦に搭載されているレールガンでは威力があり過ぎて……」
パンゲア級空中戦艦がタンプル砲を搭載しているように、ベガ級空中戦艦にも切り札として【200㎝レールガン】が搭載されている。発射の際に艦内の電力を砲身に集中、艦首の装甲が上下に展開して砲身が露出、砲撃するというパンゲア級と同じギミックだ。
しかしそれを直撃させれば、いくらパンゲア級といえどもひとたまりも無いだろう。万一そこで撃沈してしまいイコライザーまで誘爆するような事になれば、ここにいるアバルキン艦長以下59名のベガの乗員たちも一人残らずレプトンの発する殺人パルスの餌食だ。
死ぬ覚悟はしてきたとはいえ、しかし年金暮らしが惜しいのも事実ではある。
ここで死ぬつもりは無いし、部下を死なせるつもりも無い。
ベテランの風格を纏うアバルキン艦長は、副長の問いにニッ、と現役時のような笑みを浮かべてさらりと答えてみせた。
「決まってるさ……”押す”んだよ、この艦で」
クラリス渾身の右ストレートが、サブコントロールルームの分厚い防爆ハッチにめり込んだ。
本当であればC4爆弾を使って吹き飛ばすなり手順を踏む必要があるのだが、今は時間が惜しい。パヴェルが見たら怒鳴り声が飛んできそうな突入方法ではあるが、やむを得ないと言っておこう。
ウチの馬鹿力メイドの一撃で吹き飛んでいく防爆ハッチ。それと同時にイリヤーの時計に命じて時間停止を発動、入り口の左右で待ち構えていた戦闘人形たちをガン無視して剣槍を手に、全力で突っ走って勢いをつけ、こちらに背を向けて操作盤を操作しているミリセントの背中へと投げつける。
磁界を通過して勢いを増した剣槍。時間停止の解除が重なった事もあって、剣槍はそのまま蒼い電撃を纏いつつ直進、ミリセントの背中を串刺しにしようとして……しかしその一撃は、黒い剣に阻まれる。
ガァンッ、と重々しい金属音と共に弾かれる剣槍。ゆっくりと振り返る彼女へ、俺はAK-19を突きつける。
「終わらせよう、ミリセント」
「いいだろう……だが最後に血を流すのは私じゃない、貴様ら原始人だ」
そう言いながら、めき、と左手をドラゴンの外殻で覆うミリセント。
ああ、そうだな―――血を流すのは、俺たちが最後であってほしい。
これで戦いが終わるのならば、血を流す事も厭わない―――その覚悟で俺たちはここに来たのだ。
イコライザー発射まで あと170秒




