カウントダウン
【速報】リュハンシク城に住み着いたハクビシン、総数5000匹突破!!
Q.移住してよかったところを教えてください
ハクビシン「飯が美味い」
ハクビシン「冬も温かい」
ハクビシン「ミカエルきゅんハァハァ」
Q.星5つで評価するなら?
ハクビシン「文句なしの5」
ハクビシン「同じく5」
ハクビシン「ミカえるきゅんハァハァ」
ミカエル「なにこれ」
ハクビシン「口コミで広めといたで」
ミカエル「口コミ」
外殻で硬化した指先を装甲の表面に突き立てるや、火花と共に不快な金属音が神経を逆撫でした。黒板に爪を突き立て引っ掻いた時の音にも似たそれは、船外へ放逐されたミリセントの胸中に渦巻く憤怒の呼び水となるにはあまりにも十分に過ぎ、ミリセントは船体にしがみつきながらも奥歯が砕けそうになるほど強く噛み締める。
自分があのような連中に後れを取るなど。
最新ロットの個体群の中で最も戦闘に向いた個体である、という自負がミリセントにはあった。フライト140のホムンクルス兵こそテンプル騎士団が求めた理想の兵士であり時代の最先端。そして訓練で優秀な成績を叩き出し主席として訓練課程を終えた自分こそが、その優秀な個体群の頂点に立つ存在なのだ、と。
それが―――よりにもよって、100年以上前に製造された初期ロットの個体に圧倒されるなど。
クラリスの属する初期ロット群は基本的人権に配慮し遺伝子調整を施さない分、個体差がとにかく大きい。オリジナルであるタクヤ・ハヤカワの遺伝子を使用している以上は能力値に一定の指向性が見られるものの、そのばらつきはとにかく大きいのだ。
戦闘に向き兵士となった個体もいれば、戦闘には不向きで学校教師になったり、花屋になったホムンクルス兵も多い。
クラリスはその中でも戦闘力に優れた個体、という事なのだろう。ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフは”当たり”の個体を引き当てたのだ。
それに対しフライト140は遺伝子調整こそ行うものの、野心的な能力は盛り込まず個体差の是正と安定性を最優先しつつ、遺伝子のバランスを崩さない程度に各種能力の増強を図った個体群だ。錬金術師たちの寝食を惜しんだ探求によりその能力のばらつきは極めて小さく、フライト138のような遺伝子バランスを崩壊させてしまうようなアンバランスさもない。
それが、1世紀以上も前の個体に攻撃され船外へ放逐された―――彼女のプライドを引き裂くには、余りにも十分すぎた。
(あんな……あんな原始人がこの私に)
今すぐ艦橋に戻って皆殺しにしてやろうか、とミリセントは思った。
さっきのはたまたまラッキーパンチが当たっただけだ。アレさえなければ戦闘を有利に進めていたのは紛れもないミリセントであり、勝ち目のない戦いでもない。
やるか、と腰の鞘に手を伸ばして―――やめた。
視線を艦首方向へと向ける。
段々と夜が明け始めた紺色の空の中、ぱっくりと開いた紅い次元ゲート。
先ほどまで軸線に乗っていた筈の空中戦艦パンゲアの艦首が、次元ゲートから逸れ始めているのである。
「……」
戦闘の影響だろう。度重なる被弾で艦の姿勢制御システムが異常を来したのか、あるいは姿勢制御用スタビライザーが機能しなくなったか。いずれにせよ、今この状態のままイコライザーを発射すれば狙いは逸れ、ミサイルはこの世界で起爆する事となる。
そうなればクレイデリアの粛清はならず、むしろ自分やシェリル、クラリスといったホムンクルス兵だけが全滅する事となるのだ―――ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフに精神的苦痛を与えるにはそれでもいいが、しかしここまで全てを投げ打って準備を進めてきた計画をそのようなつまらない事のために台無しにするのは、ミリセントとしても本意ではない。
既に発射までのカウントダウンは始まっている。すぐに艦の軸線を戻さなければ、計画は水の泡だ。
艦の装甲に硬化した指先(先端部は爪のように鋭利な形状となっている)を食い込ませながら移動し、非常用ハッチを外部からのアクセスで強制開放。ハッチから艦内通路へと身を躍らせ、そのまま”サブコントロールルーム”を目指すミリセント。
既に艦橋は血盟旅団の手に落ち、管制室にも敵兵力が突入している以上、艦の制御を取り戻し計画成就を確実なものとするためには、もうそれしか手がない。
「ハヤカワ家100年の理想を……この私が、必ず」
ガガガガガ、と弾ける銃声を聞きながら、戦闘人形の兵士からセントリーガンを受け取るリーファ。折り畳まれていた三脚を展開するや、搭載されているPM1910重機関銃のコッキングレバーを引いてからエンジン部のスターターへ手を伸ばす。
そのままチェーンソーのエンジンを起動する要領で、ワイヤー状のスターターを引いた。
ドルンッ、と重々しいエンジン音と共に搭載されたガソリンエンジンが燃料の燃焼を開始。動力がセントリーガンのセンサー部に供給されるや、ターレットの上にマウントされたPM1910重機関銃が押し寄せてくる無人兵器群へと向けて火を吹いた。
血盟旅団で開発された、即席のセントリーガンだ。
市販のチェーンソーや小型発電機のガソリンエンジンを流用し、三脚の上にエンジンを、そしてその上にターレットとセンサーを搭載した簡素な造りの即席無人銃座。
パヴェルが基礎を作り、センサー部にシャーロットが手を加えた事で完成したそれは、(機関銃抜きで)子供の小遣いで購入できる程度のコストで劇的な性能向上を果たした。
ほぼ完全な敵味方の識別能力、である。
管制室を奪還するべく押し寄せてくるテンプル騎士団の無人兵器たちが、1機、また1機と7.62×54R弾の直撃を受け、制御中枢系を正確に撃ち抜かれて戦闘能力を喪失していく。
味方の機甲鎧が携行していたセントリーガンを次々に展開し、火力を増やしていくリーファ。味方の手持ちが無くなったところでCS/LR42に持ち替えスカラベの一団を制止、髑髏のような戦闘人形をヘッドショットで黙らせて管制室の中を確認した。
「カーチャ、状況どうネ?」
「芳しくないわ」
焦りが滲んだ声でカーチャは答える。
目の前のタイマーは刻一刻と発射までの時間を刻んでいた。
「まったく……とんでもない置き土産を……!」
《カーチャ、キミのスマホを端末に繋ぎたまえ。ここからはボクがやろう》
「大丈夫なの?」
《大丈夫さ、航空優勢は確保した。ハッキングの片手間で何とかする》
ハッキングと戦闘状況の確認及び各種サポート、それらの片手間で戦闘機を遠隔操作しての空戦。
パヴェルもそうだが、彼女の多彩さにも驚かされる。単なる発明家と思えば普通に戦っても十分すぎるほどの戦闘力があり、電子機器にも強くハッキングはお手の物ときた。
言われた通りに自分のスマホからケーブルを伸ばし、管制室内の端末に接続するカーチャ。血盟旅団で使用している各種電子機器の規格もテンプル騎士団規格のものに則った設計だからなのだろう、ソケットの形状はぴったりだった。
接続するやカーチャの画面にノイズが走る。直後に表示されたのは、二頭身サイズにデフォルメされたシャーロットの姿だった。ギザギザの歯を剥き出しにしてケタケタ笑いながら、チョコレートの塗られたドーナツを齧る姿のアニメーションが再生され始める。
「なにこれ……ふざけてるの?」
《可愛いだろう?》
「何でもいいから手早くやって。世界終わるのよ下手したら」
《あっハイ》
傍らに控えていた血盟旅団側の戦闘人形の兵士からM16A5を受け取り、薬室に初弾を装填しながらモニターのカウントダウンを睨むカーチャ。
イコライザーの発射まで、あと300秒。
既に艦首は次元ゲートの軸線から外れており、このまま発射されれば向こうの世界―――クレイデリア首都『アルカディウス』での起爆は防がれる。
しかしそれはこちらの世界でホムンクルス兵の血縁者が全員死滅する事を意味しており、シャーロットやシェリル、クラリスといったギルドの仲間たちとの別れを意味する。
別の世界の滅亡も、ギルドの仲間の死も、血盟旅団はどちらも許容しない。
だからそもそも『撃たせない』事こそが彼女たちにとっての勝利条件であり、どのような形であれ撃たせてしまえばそれまでなのだ。
ガギ、と頭上から響く金属音。
咄嗟にホルスターからグロック17を引き抜いたカーチャは、コンペンセイター付きの銃口をためらわずに頭上へと向け引き金を引いた。
ドカドカドカ、と軽快に響く銃声。9×19mmパラベラム弾の正確な射撃に射抜かれ、3体のスカラベたちが管制室天井にある通気ダクトから落下してくる。
「油断も隙もない……!」
スカラベ自体は、それほど強力な兵器ではない。
これの最も恐ろしいところは、どのような隙間でさえも容易く侵入してくるところだ。通気ダクトや装甲の穴、下水道を通って後方へと浸透し奇襲してくるのである。
それに加えて遮蔽物もろとも人間を確実に消すための超高出力レーザーや自爆型というバリエーションも豊富だ。兎にも角にも、閉所では遭遇したくない相手と言えるだろう。
《……拙いね》
「どうしたの」
《システムトラップが仕掛けてある》
「どういう事?」
《迂闊にハッキングすれば、イコライザーが即座に自爆するようセットされている》
息を呑んだ。
ハッキングさえすれば発射のカウントダウンは強制停止されるのではないか、という淡い期待があった。そしてシャーロットであればそんな困難を現実にしてくれるだろうと―――不可能を可能にしてくれるだろうという希望があった。
それが今、音を立てて崩れていく。
「……トラップを迂回してのハッキングは」
《無理だね、こればかりはボクでも無理だ……システムの根本的な部分にトラップが仕掛けてある》
「何か手は無いの?」
残り240秒―――焦燥感に駆られながら、カーチャは問う。
《艦橋か、あるいはサブコントロールルームの端末でアクセスすれば》
艦橋、と聞いてハッとした。
順調であれば、艦橋はミカエルたちが押さえている筈だ。
絶望を嫌というほど見せつけられてきたが―――しかし、まだ希望はある。
ポケットからスマホを取り出し、下部のカバーを開いてケーブルを引っ張り出した。
パヴェルは血盟旅団の装備の多くをテンプル騎士団の規格で製造している。それが慣れ親しんだ規格のメカだったから、というのもあるのだろうが、将来的にはこうしてテンプル騎士団との激突も視野に入れたものだったのだろう。規格が同じであれば色々と融通が利くが、それは敵も同じ事だ。
「入った」
《あとは任せたまえ》
スマホの画面にノイズが走ったかと思いきや、次の瞬間には二頭身にデフォルメされたシャーロットが、ドローンに吊るされて飛んでいる可愛らしいアニメーションが再生される。随分と凝ってるがコレ彼女の手作りなんだろうか。
それにしても、テンプル騎士団側も面倒な事をするものだ―――発射までのカウントダウンが、既に始まっているとは。
しかし既に、戦闘の影響でタンプル砲の射線は次元ゲート(あのぱっくりと開いた紅い空間の裂け目の事だ)からずれている。このまま発射されればイコライザーを乗せたトーポリMの弾頭はアラル山脈の山頂を掠め、明け方の雲海で炸裂する事になる。
設定されている加害対象の条件は【ホムンクルス兵及びその血縁者】。
起爆すれば、クラリスが死ぬ。
彼女の方を見た。
残り時間は230秒―――下手をすればそれが自分自身の余命であるというにもかかわらず、クラリスの顔に恐怖の色は無い。
むしろ、やるべき事をやってやるんだ、最後の一瞬まで足掻いてやるんだという気概すら感じられる。
《くそ、アクセスが遮断されている》
「ダメか」
《艦橋は完全にタンプル砲の管制から切り離されたようだ》
「どこで制御してる? 管制室は既にこっちが押さえて……」
《サブコントロールルームだ。管理権限はそっちに譲渡されている。独立して動いているんだ!》
「了解、サブコントロールルームに向かう」
クラリスに目配せし、俺は大破した自分の機甲鎧へと向かった。
コクピット内のキーを回し、上面にあるスイッチを弾いて自爆シーケンスを起動。機密保持のための自爆モードが起動し、タイマーが60秒にセットされる。
クラリスも同じように大破した自分の機体の自爆モードを起動した―――機甲鎧2機の自爆であれば、艦橋は吹き飛ぶはずだ。
急げ、とイルゼとシェリルに離脱を促し、俺もAK-19を抱えてクラリスと共に艦橋を飛び出した。
ハッチを閉鎖しロックした直後、ドムンッ、と腹の奥底に響くような重々しい爆音と共に防爆仕様のハッチが変形。ひしゃげこそしたものの辛うじて原形を留めたそれを尻目に、スマホに転送されてきたマップデータを確認。サブコントロールルームの位置を頭に叩き込む。
《気を付けたまえ、こちらのJ-20が艦内へ再び入っていくミリセントの姿を捉えた。おそらく彼女はサブコントロールルームに》
「……了解だ」
今はとにかく、時間がない。
死なせてなるものか。
仲間も―――そして、世界も。
イコライザー発射まで あと210秒




