ダウンフォール
ミカエル「ぴえ」
ルシフェル「ぴえ」
モニカ「アイツら見分けつかないんだけど、何か目印的なものはないの?」
シャーロット「影武者として用意したから見分けついちゃあダメじゃあないかい?」
リーファ「ケモミミがぺたんって寝てる事が多い方がダンチョさんネ」
ペタ耳ルシフェル「にゃぷ?」
範三「そんな事ない気がするが……」
クラリス「……あなたからはご主人様の”気”が感じられませんわ」
ルシフェル「気」
ミカエル「まってそのレベルで識別してるのかお前」
艦橋の扉に設置したC4爆弾が一斉に起爆し、爆炎と黒煙で突破口を切り開く。
濛々と立ち込める黒煙を突き破り、その向こうに広がっているであろう広間―――シャーロットがインストールしてくれたマップデータによると”艦橋”ということになっている広間を、機甲鎧の足で踏み締める。
艦橋、と聞くと少し狭くて、各部署に指示を出す責任者たちが詰めている艦の司令塔というイメージがあった。軍服姿の軍人が何人もいる、一介の乗員であれば滅多に足を踏み入れる事が無いであろう雲の上の存在のような、そんな領域。
しかし空中戦艦パンゲアの艦橋は、そんなSF映画的なイメージを覆してしまうような異様な空間だった。
艦首下部に存在する関係上、下方への視界はかなり確保されている。とはいっても窓で視界を得ているというよりは船外のカメラによるものなのだろうが、複数の大型モニターがででんと鎮座し薄暗い空間で光を放っているさまは、戦艦の艦橋というよりは映画館を思わせた。
実際に映画館のような広さがあるが……まあ、こんなクッソ不気味な場所で映画なんて見たいとは思わないだろう。壁のスリットからは紅い光が漏れており、こんなにもわかりやすい”悪の拠点”感の主張はあるまい。
艦橋内にはほとんど人影が見られない。航海長や砲術長、副長、観測員……通常の艦艇であれば必須とも言える役職の乗員は確認できず、代わりに元々彼らのための座席があったであろう場所には、成人男性の腰ほどの高さがあるドーム状の機器が設置されている。
おそらくAIか何かなのだろう。徹底した省人化を果たすため、乗員を削減し、増加した分の負担をAIに肩代わりさせているのだ。
まるでSF映画の世界だが、こんな広大な艦内容積を持つ空中戦艦の中で数名しか乗員がおらず、他人と接する機会もそう多くなく、加えて食事はちゃんとしたものではなく栄養サプリメント……そんな”人間らしさ”すらもかなぐり捨てた生活に、果たして普通の人間は耐えられるだろうか。
いや、普通の人間じゃないからこそ耐えられるのだろう。
「ミリセントぉ!!」
大型のモニターの前、こちらに背を向けて立っている人影に向かって俺は叫びながらブローニングM2重機関銃の銃口を向けた。
それに倣うようにクラリスとシェリル、それからシスター・イルゼも銃口を向け、戦闘態勢に入る。
薄暗く、周囲から漏れる紅い光が照らす広大な艦橋の中。正面に鎮座するメインモニターの灯りを全身に浴びていたミリセントが、ゆっくりとこちらを振り向く。
「……いつの時代も、どの世界でも、なぜお前のような者が現れる?」
ミリセント―――シェリルと同じくフライト140、安定性を優先した現行最新ロットのホムンクルス兵にして、対転生者討伐訓練課程を首席で突破した、おそらく現時点で最強のホムンクルス兵。
シェリル曰く「紛れもない戦闘の天才」、「戦うために生まれてきた同胞の存在意義の具現」。
なるほど、彼女の言葉は嘘ではないらしい。機甲鎧の胸部装甲越しにでも感じるこの威圧感は紛れもなく、久々に感じたが”ヤバい奴”の感覚だ。一瞬でも気を抜けば次の瞬間には三途の川を見てしまうような、そんな気の抜けない恐ろしさがある。
「どれだけ確実に殺せる戦力を用意しても、お前たちはその上をゆく……どれだけ計画を用意しても全てを乗り越える、計算では推し量れない危険因子。もはや生かしておくわけにはいかない」
「そんな事のためにわざわざ残ってたってのか。律儀な事だ」
テンプル騎士団の黒い制服を身に纏い、腰に剣の収まった鞘を数本(7本くらい鞘に収まった剣がある)携行、それとPL-15拳銃の収まったホルスターを身に着けるミリセントは、音もなく鞘の中から剣のうちの1本を引き抜いた。
艶のない黒一色の、何の飾り気も無い剣だった。両手持ちを前提としているのか柄は長く、刀身は両刃だ。鍔も大きさは必要最低限で、『とりあえず相手を斬れて殺す事が出来ればいい』と実用性のみを考慮したような、そのシンプルさがかえって殺意を具現化したようにも思える。
左手の肘から先をドラゴンの蒼い外殻で覆い、ガントレット状に硬化した腕を空けたまま片手で剣を構えるミリセント。左手の外殻は盾の代わりなのだろう。
剣と盾―――大昔の騎士が持つ一般的な装備だ。
そんな古典的な武器を、銃が一般化し刀剣類なんてとっくの昔に廃れたであろう向こうの世界で己の得物に選ぶという事は、それだけ腕に自信があるという事に違いない。
ゆらり、と一瞬だけ―――殺気の具現なのか、ミリセントの周囲に何かのオーラのような揺らめきが見えたような気がした。
「―――消えろ、イレギュラー!!」
来るぞ、と警告を促そうと思った頃には、ドン、と艦橋の床を抉る程の勢いでミリセントが駆け出していた。コクピット内で騒ぎ立てる接近警報の電子音を煩わしく思いながらも散開、誤射に最大限の注意を払いつつブローニングを撃ちまくる。
艦橋内の装置やAIの制御ユニットが12.7mm弾の直撃を受けて弾け、いたるところでスパークが迸った。ガガガ、とそのうちの数発が接近中のミリセントを打ち据えるが、しかし第二次大戦中は戦闘機を叩き落とし、現代戦に至るまでその人体を引き裂く威力と射程から重宝されている12.7mm弾の被弾でもミリセントは意に介さない。
ホムンクルス兵が生成するドラゴンの外殻が異様な硬さを誇ると言うのは周知の事実だ。12.7mm弾や14.5mm弾、下手をすれば30mmから40mm機関砲の掃射にも耐え、確実な撃破には対戦車兵器の使用が推奨されるほどの防御力である。12.7mm弾など豆鉄砲のようなものだろう。
しかし、それにしたって仮にも50口径である。外殻で止められても被弾時の衝撃に、人体程度で抗える道理はない。着弾時の衝撃は肉体を揺さぶり、内側にも伝播して、内臓や骨格にも無視できないダメージを与えていく不可視の鉄槌である。こればかりは単純な防御力では防げない。
だが、ミリセントはどうか。
盾の代わりにガントレット状に硬化した左腕一本で12.7mm弾の直撃を防ぎ、しかも被弾時の衝撃で体勢を崩す素振りすら見せないミリセント。一体どんな体幹をしているのか……ホムンクルス兵の筋肉や骨格は常人のそれを大きく上回る密度と強靭さを誇るが、体幹もそのように常人の尺度で考えてはならない、という事か。
ドフドフ、とクラリスの25mmチェーンガンが吼える。戦闘ヘリや装甲車の主砲として作用される事もあるそれがミリセントを狙うが、しかし彼女には当たらない。直進するかと思いきや鋭角的に角度を変え、ジグザグに走るかと思えば予想以上の踏み込みで一気に突っ込んでくるミリセント。伊達に主席というわけではないらしい。
「くっ……!」
ヴヴヴ、と機甲鎧の頭部に搭載された対人機銃が火を吹いた。5.56mm弾程度でミリセントを、というかホムンクルス兵を仕留められるとは思ってもいないが、少しでも足止めになれば……そしてあわよくば外殻をすり抜けて被弾してくれればという半ばお祈りじみた射撃。しかしそんな決死の抵抗も虚しく、メインモニターに捉えていたミリセントの姿が消えたかと思いきや、ガギュ、と頭上から装甲を破断する音が聴こえてきた。
ビー、ビー、と警告音が響く―――サブモニターに損傷部位が表示されるが、側頭部に搭載された対人機銃のポッドが破壊されたらしい。赤くハイライト表示され、『Не вміє стріляти(射撃不能)』と短いメッセージが表示される。
クソが、と悪態をつきながらも左腕を振り回してミリセントを払い除ける。剛腕に薙ぎ払われるよりも先に空中へと飛び退いたミリセント。その身軽さには驚かされるが、しかし身動きの取れない空中へ逃げた彼女を見逃すクラリスではない。
ドドドッ、とミリセントの脇腹にめり込む、3発の25mm機関砲弾。
大きく彼女の身体が「く」の字に折れ、そのまま弾かれたように艦橋の天井へとバウンド。天井から突き出ていた配管をぶち折りながら床に叩きつけられたミリセントに、ここぞとばかりにシェリルとシスター・イルゼが12.7mm弾の集中砲火をお見舞いする。
このまま押し込めば、と思ったその時だった。
無数の12.7mm弾が着弾し吹き上げる灰色の煙の中―――ブワッ、と唐突にその煙に円形に切り取られたような穴が開くや、光を受けても照り返す事のない漆黒の剣が投げ放たれ、トドメを差さんと25mmチェーンガンを構えていたクラリス機へと向かっていったのである。
危ない、と警告する暇すら与えられなかった。
素手で金庫の分厚い扉を貫通し、その気になれば戦車の装甲すらぶち破りかねないホムンクルス兵が、本気で投げ放った一本の剣。断熱圧縮を生じ、刀身をうっすらと朱く染めながら衝撃波まで伴ったその一撃はクラリス機のコクピットブロックを―――真正面からぶち抜いた。
ボゴン、と徹甲弾が単純な運動エネルギーと硬度を頼りに装甲をぶち抜く音。
金属の破断、装甲の悲鳴。
剣を胸部装甲に深々と突き立てられたクラリス機の頭部にある複眼状センサーから、光が消えた。
「え―――」
機能を停止したクラリスの機甲鎧が、がくりと膝をつく。
スパークを発し、背面のパワーパック付近で何度か小さな爆発を起こしてから動かなくなるクラリスの機体。それを呆然と見つめながら、俺は現実が受け入れられずにいた。
脳裏に浮かぶ、彼女との日々。
キリウの地下で初めて出会ったあの日から、ずっと……ずっと、ずっと一緒に居た俺の……俺の大事な……。
「クラ……リス……?」
「―――まず、1つ」
コツ、と軍靴の音を響かせながら床を踏み締め、煙の中から姿を現すミリセント。
投げ放った剣の代わりに腰の鞘から別の剣を引き抜いた彼女は、ここまでの戦闘で身体が温まってきたのか、あるいはホムンクルス兵の本能に焼き付いている”戦いへの欲求”を呼び起こされたのか―――冷淡な顔をしておきながら、しかしその目からは紅い残像をこれ見よがしに曳いていた。
「次は誰だ」
「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
コクピット内であらん限りの声を発し、ブローニングを撃ちまくった。
俺を傷付けると言うなら、それでもいい。
俺から奪うと言うのなら、まだ赦そう。
俺を殺すというのならば、まあ納得しよう。
だが―――よりにもよってコイツは、俺の仲間を傷付けた。
クラリスが死んだとは思ってはいない。彼女が、あのクラリスがこの程度でくたばる筈がない。そうでなければこれまでの旅を乗り越える事など出来なかったはずだ―――このミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフの専属メイドなど務まらなかったはずだ。
だから俺は信じよう、クラリスはまだ生きていると。
だがしかし、彼女を殺そうとし、傷付けた事だけは絶対に許せない。
ブローニングを腰だめで撃ちまくりながら、俺も負けじと前に出た。無線機からは《ミカ!》と名を呼ぶシェリルの声や、《危険です、距離を!》と後退を促すイルゼの声が聞こえてくるが、ここまで来たらもう止まらない。
差し違えるつもりはないが、必中の間合いで致命的な一撃を喰らわせる。
硬化した左手で弾丸を受け止め、お構いなしに肉薄してくるミリセント。極端な、急に立ち止まれば前方へと転倒してしまいそうなほどの前傾姿勢で突っ込んでくる彼女の威圧感は凄まじいが、しかしそれがどうしたというのか。
今更ビビっていられるか。メイドが、大切な仲間が―――好意を抱いていた女がやられて、黙っていられるほど俺は冷淡じゃあない。
ガギッ、と何かが噛み込む音。サブモニターには主兵装のブローニングM2重機関銃が装填不良を起こした旨の記載があった。おそらくは戦闘中の激しい動きのせいで給弾ベルトが捻じれてしまったのだろう。
そうならないよう金属製のガイドを給弾部に設けて問題解決を図ったのだが、些か派手にやり過ぎたらしい。
クソッタレ、と叫びながらもダッシュする勢いを乗せて機関銃を突き出し、ミリセントに対しマズルアタックを試みる。本当は推奨されない行為であるが、弾丸が出なくなった銃器類など鈍器でしかない。
だったら殴りに行くしかないのだ。
銃剣突撃の要領で、グローブ型コントローラーを装着している両腕を前方へと突き出した。それを瞬間的にトレースした機甲鎧の両腕が、電気信号による補正を受けながらブローニングM2を槍に見立てて前方へと突き出す。
ぐんっ、とミリセントが身体を大きく沈み込ませた。
まるでプロのボクサーが、相手の選手の放ったストレートを紙一重で躱すかのように。
ギャギャギャ、とミリセントの剣が冷却水タンクで覆われた水冷型ブローニングM2のタンク表面を火花を発して滑るや、そのまま縦横無尽に剣を振るい機関銃を細切れにしてしまう。
機関銃だけではない―――機甲鎧の両腕までもが、諸共に寸断されたらしい。サブモニターには両腕が脱落した事を知らせる警告メッセージが表示されるが、その程度で俺は怯まない。
「だから何だってんだぁッ!!」
アクセルを思い切り踏み込み前進。ミリセントを踏み潰そうとするが、それをひらりと躱したミリセントの剣戟が胸部装甲を捉えて―――。
ヂッ、と火花が散った。コクピット内へ飛び込んでくるスラグや火花から両手で頭を護りつつも、片手をコクピット内のサバイバルキット―――脱出後に使う銃撃戦用の武器が入ったケースへと伸ばす。
12.7mm弾すら完全防護する胸部装甲が切断されるや、流星のような刀傷のそこへ外殻で覆った両手を刺し入れるミリセント。ギギギ、と装甲がひしゃげる音と共に、双眸を爛々と紅く輝かせるミリセントが顔を覗かせる。
そんな彼女の眉間に、3つの銃口が突きつけられた。
『チアッパ・トリプルスレット』―――3つの銃身を束ねた中折れ式のショットガン。
それの銃身とストックを切り詰め、トリガーを改造する事で『3発の散弾を一度に発射する』という非常に攻撃的な銃へ変貌を遂げた、ミカエル君カスタムのソードオフ・モデル。
銃身を切り詰められたショットガンはその分散弾が拡散しやすくなり、至近距離での殺傷力が増す一方で少しでも距離が離れるだけで脅威度が格段に低下してしまうのだが―――この至近距離であれば、デメリットは何もない。
「Здуйся, свиня(弾けろよ、豚野郎)」
「―――!」
ドガンッ、とショットガンが吼える。
3発分の12ゲージ散弾から拡散したペレットがほぼ全弾、ミリセントの顔面を直撃したのである。咄嗟に外殻で覆ったらしく、がくん、と大きく頭をのけぞらせたミリセントは眉間から少し出血した程度で済んだらしいが、しかしこの一撃は見事に反撃の号砲となったらしい。
窮鼠猫を噛む、改めジャコウネコ竜を噛むという言葉が適切なこの状況。弱者からの予想外の反撃に憤るミリセントだったが、しかし次の瞬間にその横顔にとんでもねえものが叩き込まれた。
25mmチェーンガンの機関部だ。
重量にして100㎏の金属の塊が、慎重183㎝、体重85㎏で、素手で金庫の扉をぶち破った実績のあるクソデカメイドの渾身の力で振り払われたのである。
やはりそうだ―――クラリスは無事だった。
パイロットスーツ姿のクラリスが抱えて振るった25mmチェーンガンの殴打(※現役の軍人の皆様や自衛官の皆様は絶対に真似しないでください)がミリセントの側頭部を盛大に殴りつける。
予想外の方向から、殺したはずの相手から受けた最大限の攻撃にミリセントは成す術もなく吹き飛ばされるや、床に一度バウンドしてもなおその勢いを殺す事はな叶わず、艦橋のメインモニターをぶち破り、それどころか内壁に大穴を穿ち装甲すらも突き破って、そのまま空中戦艦の船外までホームランされる羽目になった。
ビュオォ、と風の吹き込んでくる大穴を見つめながら、やり切ったように額の汗を拭い去るクラリス。
相変わらずの馬鹿力に唖然とする俺、シェリル、シスター・イルゼの3人。
くるり、とこちらを振り向いたクラリスは、やり切ったような笑みを浮かべながら親指を立てた。
「ホームランですわね」
「は、ははは……ソーデスネ」
良かった、良かったんだけども。
なんか……心配して損した。
返して、俺の健康な声帯。
ミリセントの剣
ミリセントが所持していた長剣。刀身は細身で両手持ちを想定した柄は長く、鍔のサイズも必要最低限。遠目から見れば黒い針のようにも見えるすらりとした剣であり、装飾の類は一切なく『相手を斬り殺す』という目的のみに特化した白兵戦用武装。
信じがたい話ではあるが、テンプル騎士団においては組織創立時からセシリア政権崩壊後に至るまで、刀剣類が歩兵や指揮官の”実戦装備”として第一線で支給され続けており、中には銃火器よりもこういった刀剣類を好み戦場に立つ兵士も多いという。
ミリセントの持つ剣もそういった量産型の剣であり彼女専用に用意された特別なモデルではないが、戦闘中に使い潰す事を前提としているのか、ミリセントは訓練兵時代から5~7本の剣を携行し、それらを使い捨てながら戦っていたという。




