されど終末時計の針は進む
パヴェル「ギルドの副収入としてコピ・ルアクを販売しようと思うんだ」
ミカエル「こっちを見ながら提案すんじゃねえ」
ドカン、と長大な銃が吼える。
全長2mにも達するそれは、『デグチャレフPTRD1941』対戦車ライフル。第二次世界大戦の激戦の舞台として有名な東部戦線、そこでソ連側が対戦車兵器として運用した歩兵たちの”矛”である。
使用弾薬は14.5mm弾、マガジンは無く薬室に直接弾丸を装填するタイプの単発ボルトアクション式。
箱型のマズルブレーキを飛び出した14.5mm弾は獲物に狙いを定めたカーチャの照準通りに飛翔、14.5mm重機関銃の掃射で歩兵部隊を足止めしていたテンプル騎士団側の機甲鎧のコクピットブロックを無慈悲に撃ち抜いた。
いくら装甲化されているとはいえ、機甲鎧は”歩く戦車”ではなく”デカい歩兵”なのだ。手足で7.62×51mm弾、コクピットブロックで12.7mm弾に対する完全防護性能を持つが、それ以上の弾丸―――それも対装甲目標用の徹甲弾ともなれば無力である。
ガギュゥンッ、と甲高い装甲の断末魔が奏でられ、正面装甲をぶち抜いた弾丸が金属片と共にコクピット内の戦闘人形に牙を剥いた。12.7mm弾を完全防護する装甲を撃ち抜いてもなお十分すぎる運動エネルギーを纏った一撃は黒い骸骨を思わせる戦闘人形の胸板を粉砕しコクピットブロックを貫通、弾頭を背面のパワーパックに食い込ませた状態でようやく停止した。
そもそもソ連製の14.5mm弾は、有効な対戦車兵器の開発が遅れていたソ連軍が、電撃戦で押し寄せてくるドイツ軍の戦車に対抗するべく生み出した弾薬である。設計段階で戦車の装甲を撃ち抜くほどの威力を要求されていたため、いかに装甲化されていようと”デカい歩兵”ですら太刀打ちできないのだ。
さながらそれは、大熊すらも屠る蜂の一刺しの如し。
ギギギ、と機体を軋ませながら崩れ落ちていくテンプル騎士団の機甲鎧。それにより火力投射の密度が下がり、血盟旅団側の戦力が前進するチャンスが生まれた。
「―――」
ふー、と息を吐きながらボルトハンドルを引くカーチャ。腰のベルトにあるホルダーから次の14.5mm弾を引っ張り出すや薬室へと装填、ボルトハンドルを押し戻して薬室を閉鎖する。
ドカン、と再び対戦車ライフルが吼えた。
厄介な重機関銃持ちの機甲鎧がカーチャの狙撃で倒れたのを好機と見たモニカ機が前に出る。腰だめに構えたM134ミニガンのスピンアップを開始するや、7.62×51mmNATO弾の弾雨を通路を埋め尽くす無人機や戦闘人形へと景気良くぶちまけた。
ヴヴヴ、と赤く焼けた銃身が火を吹き、絶え間ない弾雨の猛攻がスカラベを抉っていく。物量を頼りに押し寄せてくる無人機の一団が豪快に薙ぎ払われて生じた隙を、範三とリーファは決して見逃さない。
「佔據!(制圧するわよ!)」
「む、なんと言ってるか分からんが承知した!!」
ついつい母国語である中華語が出てしまうリーファに先導され、範三も十一年式軽機関銃に手持ちのクリップを全て詰め込んでから前に出た。
ガガガ、と十一年式軽機関銃が火を吹き、モニカの猛烈な弾幕にも屈さずに進撃を試みるスカラベの一団を撃ち抜いていく。ギンッ、ギンッ、とクリップの排出されていく音が生み出す焦燥感に駆られながらも、範三はアサルトライフルを手にぐいぐい前に突っ込んでいくリーファの背中を追う。
あと15発、あと10発、あと5発―――クリップの排出される音を最後に、十一年式軽機関銃がぴたりと沈黙した。
むう、と呻きながらも機関銃を投げ捨てる範三。代わって背中にスリングで背負っていた一〇〇式機関短銃を引っ張り出すや、着剣して全力で走り出した。
CS/LR42で射撃しつつも前に出るリーファ。5.56mm弾で戦闘人形の頭部を射撃、制御ユニットを正確に撃ち抜きそのままスライディング。彼女の頭を狙っていた相手の照準をずらしつつ5.56mm弾をダブルタップで叩き込んで敵兵を黙らせる。
普段の豪快な戦い方から一転して無駄のない動きを披露しながらも、リーファは相手の兵器をよく観察していた。
テンプル騎士団の主力となる戦闘人形は、以前まで血盟旅団で”黒騎士”と呼称されていたものだ。正確には骸骨のような姿をした機械の兵士に防弾装甲などを搭載、生存能力を向上させより実戦向きに仕上げた姿が黒騎士である。
しかし、今彼女たちの前に立ち塞がる敵兵はどうか。
騎士を彷彿とさせる防弾装甲やプロテクターは疎らで、中には急所のみに防護プロテクターを装備する個体や、そもそも装甲すら搭載していない個体まで混在しており、かなりのばらつきが見られるのだ。
シャーロットが披露する魔法のような技術の数々に触れたからこそ、リーファにも解る事がある。
すなわち、機械とは『合理化・効率化のための規格化』が必須条件となる、という事だ。
如何に精巧な機械を作り上げる職人がいたとして、もし仮にその機械が故障した際、同じモデルでパーツに互換性があればすぐに修理して復帰させる事も出来る。しかし部品単位で寸法が異なり、互換性が失われていれば同じモデルでの修理が不可能となり、故障してしまったら新しく作り直すしかなくなってしまう……。
そのような事態を回避するために、機械部品の規格化を徹底しなければならないのだ。
そしてそれは、兵器にも言える事である。
規格化の徹底―――省人化、そして合理化を徹底したテンプル騎士団叛乱軍においても、それは徹底されている筈である。しかしこうまで仕様の異なる機械の兵士を前線に送り込んでくるとはどういう事か。
(連中も余裕がない……?)
つまりはそういう事になる。
守備隊を退け、防空網を突破し、あまつさえ総旗艦パンゲアにまでタッチダウンをキメて艦内へ突入を果たした血盟旅団を止めるために、叛乱軍も必死なのだ。立ち塞がる敵兵の仕様が異なるのは、おそらく大急ぎで数を揃えた結果生まれた急造モデルや、あるいは製造過程で規格外とされ不良品として処分を待っていたエラー個体が混在しているためだろう。
計画成就のため、なりふり構っていられない―――敵軍の弱みが垣間見え、しかしリーファは気を引き締めた。
祖国たる中華帝国の故事にもこうある―――『老鼠的獠牙甚至會殺龍(窮鼠の牙は龍をも殺す)』と。
袋小路に追い詰められた小さなネズミでも、追い詰められたからこそ最後の力を振り絞り、その牙は龍を討つほどに危険なものであるという故事。彼女の祖国にはそういった、五千年の歴史の中で蓄積されてきた先人たちの教えが故事として根付いている。
「リーファ殿!!」
「!!」
範三の声で、リーファは自分に迫る脅威に気付いた。
CS/LR42のヘッドショットで骸骨のようなフレームだけの戦闘人形を仕留めたリーファ。崩れ落ちていく敵の残骸を蹴り飛ばして先に進もうとする彼女を、着剣したAK-12を手にした別の戦闘人形がここぞとばかりに狙っていたのである。
視界がスローモーションになったのを、リーファは確かに感じた。
ああ、死ぬ―――間近に迫った死神の鎌、その脅威を身体が感じ取ったのだ。
だが、しかし。
歯を食いしばり、つい先ほどマガジン内の弾丸を使い果たしたCS/LR42から両手を離した。
スリングでぶら下がるCS/LR42に代わり、腰の後ろにある鞘へと手を伸ばすリーファ。
勢いのままに引き抜いたそれは、中華帝国の刀剣だ。
柳葉刀と呼ばれるそれを握るや、無駄な力を込めず、されど勢いを殺さず流麗に振り払った。
ガァンッ、と火花を散らしながら、リーファの首元を狙って突き出された銃剣の一撃が右へと受け流される。されど完全に防ぎきるには至らず、ピッ、とリーファの白い肌にうっすらと紅い傷が浅く刻まれた。
流れ落ちた自分の血を舐め取りながら、しかしリーファの抵抗はそこでは終わらない。
まるで軟体動物のように手首をくねらせ、縦横無尽に柳葉刀を振るうリーファ。相手の腕を、肘を、片の付け根を、フレームを支える外骨格を立て続けに切断して相手から戦闘能力を奪うや、トドメの一撃に喉元へ柳葉刀を突き立てた。
パヴェルがゾンビズメイの素材を用いて製造した、リーファ用の触媒―――彼女が『黒龍刀』と名付けたそれはゾンビズメイの単分子構造の外殻を素材に用いたが故に、製造者であるパヴェルをして「破壊は不可能」とまで言わしめた逸品である。
いくら防御能力がある防弾フレームとはいえそんなオーパーツじみた得物で叩き斬られればたまったものではない。
瞬く間に戦闘人形1体を無力化し、機能を停止した残骸を蹴り飛ばして接近中のスカラベの一団にぶつけるリーファ。味方の残骸を飛び道具として使われ足止めされている間に素早く武器を持ち替えCS/LR42を装備、マガジンを交換(止むを得ず空のマガジンはダンプポーチではなく投棄した)しコッキングレバーを引いて、残骸を乗り越えんとしていたスカラベの群れをセミオート射撃で次々に仕留めていった。
敵機の残骸を踏み越え、先へ―――さらに先へ。
血盟旅団の仲間たちに随伴するリュハンシク守備隊の兵士たちも良い働きをしていた。同じ機械であるが故の正確な射撃で敵を撃ち抜き、無人兵器の一団の進撃を阻止し、それでいて博打じみた突撃はしない理性がある。
仲間の援護射撃に背中を押されて前に出るリーファと範三。その前には管制室と思われる大型の扉があり、その前方に設置された2基の砲台―――テンプル騎士団側の”セントリーガン”が起動したところだった。
おそらくは14.5mm―――いや、23mm機関砲を搭載しているのであろう。一部のホムンクルス兵以外に人間が乗り込んでいないとはいえ、いずれにせよ艦内で用いて良い類の武装ではない。
ボンボンボン、と手持ちの火器では決して生じ得ない重々しい砲声と共に放たれた砲弾が、リーファと範三の頭上を掠めた。後続の味方の機甲鎧がそれに被弾し、左肩から先を大きく捥ぎ取られた後にコクピットブロックを貫かれ、火の粉とガソリンを撒き散らしながら擱座、機能を停止してしまう。
随伴していた戦闘人形の兵士たちも機関砲の砲撃で上半身を引き千切られ、そこかしこでインクのような塗料の類を思わせる人工血液の飛沫があがった。
《舐めんなってぇの!!!!》
ガシュ、とモニカの乗る機甲鎧の左肩に搭載されたランチャーが展開する。
RPG-7、歩兵携行用のロケットランチャーを機甲鎧用に調整、3基束ねたそれが一斉に放たれたのだ。ミニガンでは歯が立たないと思われるハードターゲットの破壊を想定したそれが大型のセントリーガンに殺到、2つ並んだうちの片方を直撃し大爆発を起こす。
メタルジェットで制御部を射抜かれ、爆風で傷口を更に抉られたセントリーガンの片割れがスパークを発しながら機能を停止。もう片方のセントリーガンに搭載されたAIがモニカを最大の脅威と認識し23mm機関砲の砲口を向けるが、しかしそれが火を吹くよりも先に一発の弾丸―――カーチャの放った14.5mm弾が砲口へと飛び込んだ。
発射された23mm機関砲弾と砲身内のライフリングに見事に噛み込んだ14.5mm弾により、23mm弾はよりにもよって砲口付近で炸裂。ドパンッ、と派手に暴発し、23mm機関砲の砲口がラッパさながらに花開く。
砲撃不能となったセントリーガンへ、抜刀した範三が躍りかかった。
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!!!!!」
上段に構えた大太刀を、飛びかかる勢いを乗せて一閃。
単なる腕力だけでなく、落下する勢いと腰を落とす勢い、そして遠心力までもを味方につけた渾身の一撃は、大太刀の刀身に用いられているゾンビズメイ素材の強度にも手伝われ、関門として立ちはだかるセントリーガンを縦に真っ二つに切り裂いてしまう。
スパークを発し機能を停止したセントリーガンを前に大太刀”宵鴉”を鞘に収める範三。
対戦車ライフルを味方の機甲鎧に預け、ホロサイト付きのAK-308に持ち替えたカーチャは、通路に転がる無数の残骸を飛び越えながらセントリーガンの守っていた扉に取り付くや、ポーチから取り出したスマホからケーブルを伸ばし、それを扉の脇にある制御パネルの端子へと繋いだ。
「シャーロット、繋いだ」
《少し待ってくれたまえ……よし、いいぞ。入った》
ピピッ、と電子音を発するや、パネルの【Рoсk】という表示が【Au рoсk】という表示へと切り替わる。きっとクレイデリア語なのだろう、と思いながらカーチャは「相変わらず仕事が早いのね」とシャーロットを賞賛する。
《クックックッ。この程度のセキュリティなら初等教育の頃に突破した事があるからねェ》
「えぇ……?」
《ぶっちゃけ敗北が知りたい。電子的な面で》
「つよすぎる」
彼女を殺さず仲間に引き入れたのは真面目に正解だったのではないか―――ミカエルの選択が招いた結果に安堵しつつも、カーチャは範三とリーファを伴い管制室の中へと足を踏み入れる。
室内を護っていた2体の戦闘人形の頭部に7.62×71mmNATO弾を叩き込んで黙らせるカーチャ。室内の安全を確保した彼女は、制御用パネルの向こうに位置するモニターを見て息を呑んだ。
「ねえ……なにこれ、嘘でしょ」
そこではすでに、カウントダウンが始まっていた。
1つの世界を滅亡へと導く、終焉のカウントダウンが。




