小さな命たち
ルシフェル「今日はリュハンシク動物園に来たよ」
ルカ「わーい」
ルシフェル「それじゃあ動物を順番に見ていこうね」
デスミカエル君「 こ ろ す 」
ルシフェル「あれはデスミカエル君。殺意に目覚めたジャコウネコ科だよ」
ルカ「いやあれミカ姉……」
モニカ「うっっっっっま!!!!(3500㏈)」
ルシフェル「あれはモニカゼミ。セミの一種だよ」
ルカ「なにも聞こえないぞ」
同人誌執筆パヴェル「やっべ原稿間に合わね」
ルシフェル「あれは”ドウジンエロヒグマ”。ミカエル君の薄い本ばっかり描いては本人の尊厳を著しく破壊し、何をトチ狂ったか最近は俺の薄い本どころかミカ×ルシ本まで描き始めて国中の青少年の性癖を歪めているクマさんだよ」
ルカ「」
ピー、とコクピット内に電子音が響き渡る。
舌打ちをしながら視線を一瞬だけ右下のウィンドウへと向けた。そこには『Попередження, боєзапасів мало(警告、兵装残弾僅か)』という表示がハイライト表示されていて、先ほどからひっきりなしに火を吹いては立ち塞がる敵を叩きのめしていたブローニングM2の弾切れが近い事を悟る。
残弾58、予備の弾倉ナシ。
弾幕を張るような射撃から短間隔の射撃に切り替えて残弾を温存しつつ、左手でサイドパネルを弾き補給リクエストを周囲の味方機に送信。これでこちらの残弾が少ない、という事がクラリス、シェリル、シスター・イルゼの3人にも把握してもらえる。
俺と同じくブローニングM2(水冷タイプ)で武装しているのはシェリルとシスター・イルゼの2人のみ。クラリスは分隊支援火器として25mmチェーンガンを装備しているため、そもそも携行している武装に互換性が無いのだ。
《補給、行きます!》
《クラリス、カバーを》
《分かってますわ!》
艦橋へと至る通路の中、クラリス機が前に出てチェーンガンの掃射で立ち塞がる敵の機甲鎧を粉微塵に打ち砕いた。やはり敵機を操縦しているのは戦闘人形か、あるいはAIによる自律制御なのだろうが……いくら何でも動きが機械的過ぎる。
12.7mm弾に耐えるので精いっぱいの装甲に25mm弾を撃ち込まれれば耐えられる筈もない。コクピットブロックもろとも背面のパワーパックを撃ち抜かれた敵の機甲鎧が胸板に大穴を穿たれて、糸の切れた人形さながらに崩れ落ちていった。
血のように溢れ出た燃料に火花やスパークが引火して、火の手が上がる。
その間に駆け寄ったイルゼ機がバックパックにある弾薬コンテナから200発入りの弾薬箱を取り出して、俺の機体の腰にある弾薬ホルダーへ3つセットしてくれた。
「ありがとう、助かる」
《無理はなさらないでくださいね》
「……善処するよ」
《ミカエルさん、貴方が倒れたら悲しむ人がたくさんいるのです。それを忘れないように》
「は、はい」
俺が死んだら悲しむ人、ねぇ……。
まあ、それもそうか。いずれにせよこんなところで倒れるつもりはない。
補給を手早く済ませ戦列に復帰すると、遮蔽物に隠れながら射撃していたシェリル機が身を乗り出して、12.7mm水冷重機関銃をアサルトライフルのフルオート射撃みたくばら撒いてから身を隠し、敵の反撃をやり過ごす。
ヒュン、と14.5mm弾が通路を駆け抜けていき、背筋が冷たくなった。
《艦橋は近い……ただ守りが固いですね》
「……”それ”の使い時では?」
視線をシェリル機のバックパックに搭載されている武器に向けると、同意したようにシェリルは機体の両手でマウントしていた水冷型ブローニングM2重機関銃を腰のウェポンラックへと預けた。
それと同時に、ガギン、と音を立ててバックパックに搭載されていた武装のロックが解除されるや、砲身がサブアームに保持された状態で展開。シェリル機の背面から肩越しに展開した砲身のグリップを握りアクティブとなる。
『B-10無反動砲』―――冷戦中、ソ連が開発した兵器だ。
後方へバックブラストを噴射し反動を抑え込む方式の無反動砲の1つで、口径は82mm。しかし同じ無反動砲として有名なカールグスタフと比較するとシステム的には大掛かりな兵器であり、車両に搭載したり二輪に乗せた状態で使用する事を前提としているので、そもそも歩兵が肩に担いで砲撃……なんてことは想定していない(本体だけで重量はおよそ72㎏もある)。
しかし生身の歩兵と比較して圧倒的なペイロードを誇る機甲鎧であれば、兵器の重量はまず問題にはならない。こうやってロケットランチャーの如く肩に担ぎ、移動しながらの砲撃が可能になるというわけだ。
これこそが機甲鎧の真骨頂、歩兵よりも強力な火器を搭載でき機動力にも優れた”でかい歩兵”たる所以である。
バックブラストに巻き込まれないようシェリル機の後方から離脱しつつ敵部隊を銃撃。果敢にもAK-15で応戦を試みていた戦闘人形の胸から上が吹き飛んで、紅いインクみたいな人工血液が飛び散った。
ドフドフドフ、とクラリスの25mmチェーンガンの砲撃を受け、数で押そうと進撃してくるスカラベの一団が薙ぎ払われる。
《―――いきます》
ドムンッ、と無反動砲が吼えた。
連戦中、対戦車攻撃や敵陣地への攻撃を企図して製造された無反動砲が、異世界で盛大に火を吹く。
対戦車用の砲弾ではなく対人用の榴弾を装填されたそれは、やはり火力こそが戦闘において最適解であり、戦争に勝つのであれば火力なのであるという事を見せつけてくれる。
それなりに広いとはいえ屋内での無反動砲使用という、現役バリバリの軍人や自衛官の皆様からしたらブチ怒られそうな状況で放たれた榴弾は、シェリルの正確無比な照準もあって敵無人兵器群の群れのど真ん中で炸裂。爆風がスカラベの群れを薙ぎ払い、四方八方に飛び散る破片と砲弾内に仕込んでいたピアノ線が戦闘人形の歩兵分隊を蹂躙する。
首から上をピアノ線で切り裂かれ、飛び散る破片を散弾のように全身に浴びた戦闘人形が崩れ落ちていく。
突っ込むならば今しかない。
無反動砲からブローニングM2に武器を持ち替えるシェリル機を援護するように俺とクラリス機が前に出た。
唐突に左手を突き出すクラリス。するとクラリス機の左腕、ちょうどガントレットのように増設された追加装甲の開口部から伸びた2本の銃身が火を吹き、ヴヴヴ、と凄まじい勢いで5.56mm弾を前方へとぶちまけた。
さすがに小回りの利かないチェーンガンと頭部対人機銃のみでは心許ない(お前嘘だろそれは)というクラリス本人からの要望を受け、シャーロットが出撃30分前に突貫工事で追加装備してくれた腕部連装5.56mm対人機銃。チェーンガンを温存するためなのであろう、クラリスはそれで戦闘人形を蜂の巣にし、ズタズタにし、それでもまだ立ってる敵に助走をつけた膝蹴りをお見舞いする。基本重量4.1tの機甲鎧の突進を真っ向から受ければたまったものではなく、ボヂン、と装甲の破断する金属音を発しながらバラバラになった残骸が宙を舞った。
「このまま一気に艦橋に―――」
ピピピ、と機体の頭部に搭載された複合センサーが生体反応を捉える。
ミリセントか、と思ったがどうやら様子が違う……数は5、ミリセント1人にしては多い。
他にもホムンクルス兵がいたのか、と思いながらもそのまま前進。コクピットに取り付こうと飛びかかってくるスカラベを払い除け、頭部対人機銃で迎撃し、あるいはブローニングM2重機関銃で殴りつけながら進撃した俺は、その生体反応の正体を見て言葉を失った。
「……あれって」
確かに生体反応の正体は、ホムンクルス兵だった。
しかし武装したホムンクルス兵とは様子が明らかに違う。
大人のホムンクルス兵は5人のうち1人だけ―――他は子供だったのだ。
我が目を疑った。なぜ、テンプル騎士団の空中戦艦の中にホムンクルス兵の子供が居るのか。
黒い制服に身を包んだ大人のホムンクルス兵(戦闘要員ではないのか、武装は腰に提げている拳銃のみだ)が赤子のホムンクルスを抱きかかえ、まだ3歳から5歳くらいの幼いホムンクルス兵の子供たちを庇うように立ちながら、恐怖の滲んだ紅い目でこっちを睨んでいる。
怯える子供たちに何かを言い聞かせると、腰に提げた拳銃を引き抜いた。
《彼女は……まさか同志ブリジット?》
「知り合いか?」
《彼女はホムンクルス兵の”育成担当者”……戦闘タイプではありません》
戦闘タイプではない、ということはなんとなくわかる。
シェリルや他のホムンクルス兵はちゃんと訓練を受け身体が引き締まっており、武器を手に戦う戦士の風格を纏っている。それは乗り越えてきた訓練と苛酷な実戦経験に裏打ちされたものなのだろうが……シェリルが”ブリジット”と呼んだホムンクルス兵には、それが感じられない。
拳銃を手にしてこそいるが、なんというか……保育園の先生とか、孤児院や児童養護施設の先生みたいな、そんな感じだ。自分と血の繋がらない子供たちの面倒を見る優しい大人、と言った感じの雰囲気がある。
どう間違っても、血でその手を汚すタイプではない。
《彼女は悪い人ではありません。ミカ、お情けを》
《しかしご主人様、彼女は銃を持っています》
シェリルの言い分は分かるが……しかしクラリスの言い分もごもっともだ。
血盟旅団の交戦規定では原則として非戦闘員の殺傷を禁じているが、じゃあ戦闘員と非戦闘員の線引きは何かと問われると、俺たちの答えは『武器を手にしており攻撃の意思を明確にしている者』を戦闘員と定義している。
つまりその辺を歩いている民間人でも、ああやって銃を手にして攻撃の意思を明確にし、脅威であると断定されれば戦闘員として扱い射殺しても問題ない……ギルドの規定上ではそうなるのだ。
だが、シェリルは悪い人ではないと言う。かつての仲間だからという情けもあるのだろうが……。
《ミカエルさん》
「大丈夫。シスターは周辺警戒を」
そう言うや、俺は機甲鎧の武器をそっと下げた。左手を掲げて”攻撃の意図はない、危害は加えない”という事を行動で示しつつ、グローブ型コントローラーから手を抜いてコクピットハッチを解放、機外へと躍り出る。
《ご主人様!?》と突然の行動を咎めるクラリスの声が聞こえたが、俺はそのまま銃を向けるホムンクルス兵の前まで足を進めた。
見た目の年齢は俺の母さんと同じくらいだろうか。今は恐怖の滲んだ顔をしているけれど、普段はきっと優しくて温厚な、誰でも受け入れるような包容力のある人なのだろう―――目元を見ていれば分かる。
「……言葉、分かりますか」
「やらせない、やらせない……この子たちだけは、ぜ、ぜったいに……!」
ガタガタと震える彼女の手。それに合わせて震えるPL-15拳銃は、しかし使い手たるブリジットがそもそも戦に不慣れなためなのだろう―――安全装置がかかったままだ。
どの道撃てない。
「大丈夫、攻撃はしない」
両手を上げ、笑みを浮かべながらそう告げた。
言葉だけで信用してもらえるとは思っていないが……「大丈夫」と続けてもう一度言うと、ブリジットはそっと銃を降ろしてくれた。
「ありがとう」
頼む、撃たせるな―――そう祈っていた甲斐があった。
本当に良かった。こんなに小さくて純粋な命を奪う事にならなくて。
目の前で同胞を死なせる事にならなくて。
「……あなた、敵じゃないの?」
「まあ……立場上は敵だけど、作戦と無関係な人は傷つけたくない」
殺しは最終手段だ。対話も叶わず、こちらの決して譲れないものを、是が非でも守らなければならないものを脅かされた時の最終手段―――侵略を望む相手への最後通牒。
けれども彼女たちは、何の脅威でもない。
奪わなくていい命まで奪う必要はどこにも無いのだ。
「これからどこへ?」
「脱出ポッドへ……この子たちだけでも退艦させます」
そう言い、ブリジットは不安そうに彼女にしがみつくホムンクルスの子供たちへと視線を落とした。省人化を突き詰めた空中戦艦とはいえ、乗員用の脱出ポッドは用意されているのだろう。後はポッドに乗った子供たちが、寛大な処遇を約束してくれる相手に保護される事を祈るばかりだ。
だが、しかし。
「なら子供たちだけじゃない、貴女も退艦するべきだ」
「私はこう見えて軍人です。テンプル騎士団の軍人としての責務を―――」
「なら、貴女にとっての責務はこんなところで命を無駄に散らす事ではない」
指を咥えながらこっちをじっと見上げているホムンクルス兵の仔の頭に、そっと手を乗せた。きょとんとした目で見上げてくるその子に微笑みながら、そっと立ち上がって言う。
「育成担当者ならば、責任持ってこの子たちを立派に育て上げるべきだ。子供には母親が必要なんです」
「……」
「どうかこの子たちを導いてあげてほしい。貴女はこんなところで死んでいい人間じゃあない筈だ」
違いますか、と畳みかけるように続けると、ブリジットは心配そうに見上げていたホムンクルスの子共の頬を撫でた。
「……そう、ですね」
分かりました、とブリジットは続ける。
「貴女の勇気ある選択に敬意を表します」
「……あなたがミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフなのね?」
え、と思わず声が出た。
そういや名乗ってなかったっけ、じゃあなんでバレたんだと思っていると、どうやらその思考が顔に出ていたらしい。すっかり怯える素振りも見せなくなったブリジットが、母親のような包容力の込もった笑みを浮かべながら言った。
「敵にもそんな優しさを見せるヒトなんて、多分ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフくらいでしょうから」
「……バレましたか」
ははは、と笑うや、ずずん、と空中戦艦が揺れる。
シャーロットめ、派手にやってるようだ……勢いあまってパンゲアを撃沈するような事が無いように細心の注意を払ってもらいたいものである。
「さあ、早く」
「ええ。ほら、行きましょう」
「もし血盟旅団の関係者に回収されたら、俺の名前を出してください。色々と便宜を図ってくれる筈です」
「重ね重ねのご厚意、感謝します。ありがとう」
ブリジットに手を引かれていく子供たちにバイバイ、と笑顔で手を振り、5人の奇妙な親子(というべきかどうかは何とも言い難い)の背中を見送ってから再び機甲鎧のコクピットへと乗り込んだ。
ハッチを閉鎖し両手をグローブ型コントローラーに通して、指や手の動きを機体がちゃんとトレースするかどうかの動作チェックを行う。問題がない事を確認すると、クラリスがさっきの行為を咎め始めないうちに先へと進んだ。
これでいい。
これで、小さな命たちは救われた。
後はミリセントを討ち、このバカげた計画に終止符を打つだけだ。




