2人のリキヤ
現役当時パヴェルの戦果
・第一次、第二次両大戦に参戦。最多の転生者討伐数を記録し現在に至るまで更新されていない
・敵国が二度の世界大戦で被った損失の2%はパヴェル単独での戦果
・戦果を挙げ過ぎたせいで与える勲章が無くなり、新しい勲章が彼のために用意された
・『ウェーダンの悪魔が来た』という情報だけで敵の士気がどん底になるレベルで恐れられた
・二度の大戦を通し、一度も部下を戦死させなかった
ミカエル「お前の親父もしかして化け物では?」
リキヤ「もしかしなくても化け物だよ(白目)」
パヴェル「失礼だな、人間だよ」
かつて、復讐を誓った男がいた。
最愛の妹を、そして愛娘を奪われ、その復讐のために戦に身を投じた復讐の鬼が。
手足を切り落とされ、欠けた肉体をっ機械で補ってまでも戦場に立ち、全身を血肉に塗れさせながら殺戮の限りを尽くした悪魔は、しかしどうしようもないほど人間であった。
人間だからこそ、家庭を持った。
人間だからこそ、妻と子を愛した。
人間だからこそ、愛娘の死に涙し、激怒した。
そして人間だからこそ、お腹に宿った小さな命を妻に託した。
なかなか授かる事が無く、苦労してやっとの事で妻に宿った小さな命。
夫婦の愛の結晶、彼らの未来―――彼らの希望。
どれだけ身体を機械に置き換え、悪魔と呼ばれ恐れられても、人間はどうあがいても人間なのだ。
それが1929年、9月1日―――異世界で勃発した二度目の世界大戦の最中に戦死した、速河力也という男の、ありのままの姿だった。
そいつらが普通の部隊ではないという事は、歩き方と気配の消し方にかつての自分たちの残り香を感じたからこそ分かった。
少なくとも表舞台に立つ事のない、舞台裏の住人。数多の汚れ仕事に手を染め、悪逆の限りを尽くしたテンプル騎士団の特殊作戦軍―――”陸軍スペツナズ”。
一見すると隙の無い布陣のように思えるが、しかし全く以て隙だらけだ。連中の視線が可視化されている。テンプル騎士団特殊作戦軍の索敵の訓練では、五感をフル活用して索敵しろと口を酸っぱくして指導してきた。視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚、その他情報として手に入るものであれば何でも貪欲に活用し、それでいて相手に奇襲する隙を与えるなと。
だが、どうやら俺のいない間にその教えも形骸化したらしい……あるいは便利な新装備の普及でそういった警戒の重要さに対する認識に変化が生じてしまったか。
嘆かわしい事だ。平和な世になったからという事もあるが、テンプル騎士団の命運を背負って戦う特戦軍がこの有様とは。あの世でジェイコブやウラル上級大将殿が泣くレベルだぞ、このレベルの低下は。
少し稽古をつけてやろう、と空のマガジンを1つ用意した。
周辺を警戒している連中のど真ん中へ、ぽすっ、とマガジンを投げ入れる。
雪にマガジンがめり込むや、兵士たちはそれを手榴弾の類だと誤認したらしい。訓練通り一斉に雪の中にダイブし姿勢を低くしながら、両手を使って頭を護った。
手榴弾からの防御姿勢だ。手榴弾で最も脅威となるのは爆風とその際に生じる破片で、それらから効果的に身を護るためには姿勢を低くして頭を両手で守る事である。そうすれば運が良ければ無傷で済むし、そうでなくとも身体中に破片を撃ち込まれミンチになるような醜態を晒さずに済む。
その基本的な動作を、テンプル騎士団は兵卒の段階で反射的に身体が動くレベルにまで教育する―――というよりも、どの軍隊にも言える事だがそれは教育や訓練というよりは”調教”に近い。テンプル騎士団は特にそうだった。
少し遅れて今度はスタングレネードを投擲。一度目の投擲物がフェイントであったと相手が気付いた頃には時すでに遅く、歩兵部隊のど真ん中に投げ入れられたスタングレネードが今度こそ炸裂し兵士たちの視力と聴力、平衡感覚を根こそぎ奪う。
その隙に駆け出した。
AK-15を手にふらついている兵士に掴みかかり顎に掌底を撃ち込んでから大外刈り。うめき声を発しながら倒れた兵士から手を離し、後方でPKPブルパップを装備している兵士の足を刈る。ヒグマみたいな体格(俺から見てヒグマみたいな体格なんだからよほどのものだ)の兵士がいともあっさりと転倒し、無防備な顔面に掌底を打ち込んで昏倒させ、次の獲物へ躍りかかる。
視力が戻ってきたのだろう、AKを構えてこっちを撃とうとする兵士がいたが、引き金を引くよりも振り上げた足がAK-15のハンドガードを蹴り上げる方が早かった。ドダダダダ、と天空を向いたAKが火を吹く。
そのまま発砲した兵士の鳩尾に一発、顎に一発ずつ左右のストレートを叩き込む。特に顎に入った方は腰と肩を入れた渾身の一撃だったので相当効いたらしく、ぐるん、と白目を剥いてぶっ倒れていった。
背後から近付いてきた兵士を巴投げ(コイツ女か?)し、降り積もった雪の上で派手にスライディング。雪を舞いあげて敵兵の視界を更に一瞬奪うや起き上がる勢いを乗せて顎に肘打ち。体重100㎏の巨漢が本気で放った肘打ちで脳を揺さぶられ、ぐらん、と敵兵がぶっ倒れそうになる。
その間に両手を襟と袖口に絡みつかせ、我ながらお手本のような背負い投げ。放り投げられた兵士がコメディ映画さながらに宙を舞い、びたーん、とその辺に樹の幹に叩きつけられてそのままずり落ちていった。
―――あと1人。
頭を押さえながらもAK-15を構える兵士。スタングレネードがコイツの至近距離で炸裂し、最も強い影響を受けて無力化の一歩手前までいってたからコイツは後回しにしたのだが―――なるほど、恵まれた身体をしている。あるいは立派な根性の持ち主なのか、まあどちらでもいいが、大した度胸だ。
だが、遅い。
AKが火を吹く前にジグザグに走って相手の射線を翻弄、肉薄するや右の義手を伸ばして掌底でハンドガード側面を殴打。大きな隙を晒している間に足を刈りバランスを崩して、そこから渾身の一本背負い。
ドン、と地面が激震するのではないかと思うほどの勢いで投げ飛ばした彼にRSh-12を突きつけつつ、左手でターシャリとして持ち込んでいたPL-15を引き抜き背後から奇襲を目論んでいた兵士に突き付けてチェックメイト。こいつら2人の命は、この俺が握った。
「―――俺がいない間に、特戦軍も随分とレベルが落ちたもんだ」
言うなり、眼球保護用のゴーグルの向こうで兵士が目を見開いた。
挑発に乗ったのかと思ったが、違う。
紅いブロックノイズ状の光が浮かぶ双眸(戦術義眼の発展型か?)。微かに震える瞳の形状は爬虫類のようで、ホムンクルスの血縁者か、あるいはキメラの兵士である事が分かる。
その目に俺は懐かしさを感じた―――どこか、その目つきがセシリアを思わせるような……理屈は分からない。素顔を見たわけでも、彼の出自を聞いたわけでもない。けれども何故か、その目つきにはセシリアが、俺の妻の姿がちらつくのだ。
いや、まさか……そんなまさか。
「お前ら、特戦軍だろ。叛乱に加担してるのか?」
しかし今だけは、俺も兵士だ。
今あの空で戦っている仲間のため、ミカ達のために私情は殺さなければならない。他人の空似という可能性もあるし、極論ではあるがホムンクルス兵もまた全員セシリアの血縁者のようなものなのだ。似ていて当たり前だ、ありふれたものなのだ。
「……いえ、違います。本部から派遣されてきました」
「証拠は」
本部、ということはこの一連の騒動を察知しついに叛乱軍討伐のための部隊を編成してきたか。それは良いが、この練度で連中を相手に太刀打ちできるのかという不安はある。
お前たちが本当に本部の遣わした斬首作戦用の部隊であるというならば、俺たちの敵ではないというのであれば、その証を見せてみろ―――言外にそう告げると、何を思ったかその兵士は銃を突きつけられ挙げていた両手を使ってゴーグルとヘルメット、それからバラクラバを外して俺の前に素顔を晒す。
―――そこに、若い頃の自分がいた。
いや、若いだの何だの言うが俺今の時点でこう見えて28歳なんだが、それはさておき。
復讐を誓い、最も血気盛んだった時期の自分に瓜二つの顔がそこにあった。顔の輪郭も、そして体格も俺と比較すると少々華奢だがしっかりと鍛えられていて、昔の自分を見ているかのよう。
けれども人相の悪さは無い。目つきもそれほど鋭くなく、むしろ静かな図書室の中で読書に耽る文化人とか、あるいは大学で教鞭を執る教授のような物腰の柔らかさがある青年だ。少なくとも迷彩服に身を包んでAKを抱え、戦場に身を投じる類の人間ではない。
そう思わせるのは、紅いブロックノイズ状の光に覆われた瞳―――本来の色であろう紫色の瞳だ。
優しくて、柔和で、全てを受け入れてくれそうな優しい目つき。ミカもそう言えばこういう感じの目つきだったな……と思い至ったところで、やっと俺の脳味噌はコイツの正体を理解した。
「お前―――」
「初めまして、ウェーダンの悪魔―――あなたの息子ですよ、父さん」
―――無事に育ってくれたのか。
涙腺にじんわりと、熱い感触が迸る。
なかなか子供が出来ず、苦労に苦労を重ねたセシリアがやっとの事で授かった小さな命。あの時、あの戦場で彼女に託した俺たちの未来が―――もう二度と会う事の叶わないものであろうと覚悟した我が子と、次元の壁を超えた異世界で奇跡の再会を果たすだなどと一体誰が信じるだろうか。
涙が溢れ出そうになるのを必死にこらえながら、そっと銃を降ろした。
「俺たちの……そうか、そうか……そうか………こんな、こんなに……っ、こんなに立派になって……」
それ以上、言葉が出なかった。
ああ、確かにそっくりだ。笑みを浮かべている時の目元なんか見てみろ、セシリアの生き写しじゃあないか。彼女も笑う時にああやって……。
それ以上、疑う理由も無かった。
後ろに居た兵士に向けていた拳銃もそっと下ろし、ホルスターに収める。
「信じられない……この人が本当に”ウェーダンの悪魔”?」
「本物だ」
「道理で勝てないわけだ」
「同志」
「同志大佐……!」
先ほど制圧した兵士たちもぞろぞろと集まってくる。あれから、俺の死から何年経ったのかも分からないが、間違いなく俺の見知った顔は居ないだろうという確信はあった。
それを、また1人の兵士が覆す。
俺の息子の隣にやってきた兵士(さっき巴投げした女の兵士だ)が同じようにヘルメットとバラクラバを外すと、雪のように真っ白な肌と、春の山に咲き乱れる桜のような色合いの頭髪、それから血のように紅い瞳が露になる。
「お久しぶりです力也さん。私の事……覚えていますか?」
「………カリーナか?」
女兵士の顔にも見覚えがあった。
カリーナ・ケルツ……いや、ブリスカヴィカと呼ぶべきだろうか。
テンプル騎士団特殊作戦軍の生みの親、”ウラル・ブリスカヴィカ”上級大将の実の娘。とある理由から帝国軍の脱走兵の手で育てられ、争いとは無縁の場所で育った彼女だが……本当の父の事と自分の出生を知り、血の繋がった父親の後を追うようにテンプル騎士団の制服に袖を通したのは、ある意味で必然だったのかもしれない。
何度か幼い頃の彼女と顔を合わせていたから、俺も面識がある。
「今は”アクーラ1”、あなたの後継者ですよ」
「……マジ?」
「彼女、特戦軍の入隊試験で主席です」
「Oh……」
ウラルさんウラルさん、あなたの娘はとっても立派に育ちましたよ。さすがに父親みたいなピンク髪ゴリラではありませんけども。
などとあの世に居るであろうウラルの旦那に心の中で語り掛け、その辺で過去を懐かしむのはやめておく。
積もる話もあるし、色々と雑談に花を咲かせたいところだが……今やるべき事は思い出話などではない。
「……こっちの状況だが、見ての通り敵艦内部にこっちの部隊が突入した。今頃は発射管制室と艦橋を押さえるため、二手に分かれて行動を開始しているところだろう」
「現地勢力はかなりの手練れだと聞きましたがさすがですね。後は我々も敵艦に突入して―――」
「……いや」
背負っていたAK-15を手に取り、安全装置を外した。
それと同時に雪山の一角、アラル山脈の斜面を覆い尽くさんばかりの殺気が弾け、スペツナズの兵士たちもその異常さを察知し銃を構える。
「俺たちの任務はここでやべえ奴を足止めして、ミカたちの背中を護る事だ」
戦闘機をヘッドオンで落とされた程度で―――セシリア・ハヤカワという女は死にはしない。
そうだろう、と目を細めながら銃口を向ける。
ゆらり、と雪に埋もれた森の向こう、巨大な木々の間から九つの尾を揺らめかせながら両手に刀を手にした異様な人影が、東洋に伝わる妖の如く姿を現した。
「同志セシリア……?」
「馬鹿な……あの人は3年前に既に……!?」
兵士たちの狼狽する声を聞き、脳裏に年老いた最愛の妻の姿を思い出した。あの死者の酒場にやってきて、死を受け入れようとしていた俺を引っ叩いていった老婆―――そうだ、セシリアはもう天寿を全うしたのだ。本物セシリアはもうこの世にはいない。
それでもこの世に姿を現すというのならば、それはもはや彼女ではない。
彼女の声で喋り、彼女の姿を持つだけの、ただの物の怪でしかないのだ。
セシリアに銃を向けながら、俺の息子は目を細めていた。戦闘モードに入ったのだろう、先ほどまでの落ち着いた雰囲気の好青年といった雰囲気は鳴りを潜め、戦場に向かう昔の俺にそっくりである。
「あまり、母の尊厳を傷つけないでくれないか」
セシリアにAK-15を向けながら、息子は声を震わせた。
本当は今すぐぶっ放したいだろうが……それでもその怒りを押しとどめ、対話で解決できるのであればその可能性を最後まで排除しない姿勢に、本来組織の指導者としてあるべき姿が現れている。
「尊厳に傷を? 馬鹿を言うな、腑抜けた貴様らの言えた事か」
「……やるしかない、腹ァ括れ」
息子に言うと、彼は悔しそうに唇を噛み締めてセシリアを睨む。
「そういや、お前名前は?」
「リキヤ・ハヤカワⅡ世―――奇しくも父さんと同じ名前です」
なるほど、2人の力也か。こりゃあ面白い。
―――いや、リキヤは3人だったか。
「スペツナズ―――早くも汚名返上のチャンスだ!」
刀を構え、姿勢を低くするセシリアに銃口を向けたまま叫んだ。
「セシリアを超え、その存在意義を俺に証明してみせろ!!」
『『『『『Ураааааа!!!』』』』』
力が全てだと言うならば。
俺たちの持てる力の全てを以て、お前を超える。
力は―――力によって滅ぼされると知れ。
パヴェル「お前ら人の事おっさんとか思ってるかもしれないが、一応俺現時点で28歳だかんな」
※二度目の転生(転移?)で年齢17歳からやり直してるせいです。




