父と子と
ミカエル「暇なのでミリセントの恥ずかしい情報暴露しちゃうよ」
クラリス「Foooooooooo!!!」
ミリセント「まってなんで貴様そんな事を知っt」
ミカエル「ミリセントの性癖は■■■■■」
ミリセント「$”&#”’#&%”&#)○△×□ーーーーー!!!!!」
パヴェル「こうかはばつぐんだ!」
記録にはあったが、なるほどノヴォシア帝国の冬は予想以上の苛酷さだ。
今の外気温は-38℃……この時点でもう帰りたくなる極寒なのだが、例年ではこれでもまだまだ温暖な方だそうで、昨年の今日なんかは-67℃を記録したのだという。全く以て笑えない。色々と事情や背景はあるのだろうが、しかしこの異世界の人々は何を想ってこんな地獄のような土地に住もうと思ったのか、一度でいいから話を伺ってみたいと思う。
防寒用の装備にバラクラバ、眼球防護用のゴーグルに身を包んでいるが、それでもまだ寒い。指先なんか段々と感覚が感じられなくなってくるほどだ。下手したら作戦展開地域に到達する前に凍死するのではないか、と洒落にならない考えが脳裏を過る。
《団長、後方》
頭の中に響く魔力通信。
アクーラ1―――”カリーナ・ブリスカヴィカ”少佐の声だ。
テンプル騎士団特殊作戦軍”陸軍スペツナズ”において、最精鋭分隊として位置づけられるアクーラ分隊、それを率いるアクーラ1のコールサインを名乗れることは大変な名誉であるとされている。なぜならばそのコールサインは俺の父、”速河力也”が名乗っていたもので、それ以降は優秀な兵士の証という扱いをされているらしい。
歴代のアクーラ1の中でもカリーナ少佐は最年少である事で知られている。苛酷極まりない特戦軍の入隊試験を首席でパス、その後の訓練でもトップの成績を維持し続けており、『実戦経験が少ない以外は完璧に近い逸材』として高い評価を受けている。
まあ仕方ないだろう……実戦経験が少ないという事は、俺たちの世界はそれだけ平和なのだから。
それに彼女の……カリーナの父親は……。
そこまで考えが至ったところで、ごう、と頭上を航空機が通過していった。
特徴的なカナード翼と双発、それからステルス性を意識したフォルム。テンプル騎士団でも採用実績があるJ-20だろう。一瞬だけだが装甲で覆われ複眼型センサーが搭載されたキャノピーも見えたので、あれは無人機に違いない。遠隔操作か、それともAIによる自律制御なのかは分からないが、センサー部が通常モードの蒼い輝きではなく戦闘モードを意味する紅い輝きを放っていた事から、これから戦闘空域に突入するのだろう。
(どこの部隊だ?)
《情報では、既に現地勢力が叛乱軍と交戦中との事です》
現地勢力、という言葉に一瞬、父の後ろ姿が過った。
記録映像だけで見た父の姿。映像や作戦記録、プロパガンダの中の父。
けれども母の証言とはあまりにも食い違う部分は多かった―――ウェーダンの悪魔と呼ばれていながらも、家庭では1人の父親に過ぎなかった、と。
諜報軍の報告では父、速河力也はこの世界に二度目の転生を果たし、現在では”血盟旅団”という冒険者ギルドのマネージャーとして活動を支えながらテンプル騎士団との戦いを継続しているのだそうだ。
そしてその血盟旅団の頭目は『ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ』……公爵家の庶子でありながら努力を重ね、父の教えもあって現時点では現行最強の転生者にまで上り詰めた努力家。信じがたい話だが、母のコピーを相手に仲間の助けを得たとはいえ、一度は勝利しているという情報もある。
さすがに誤報だと思いたいが……いや、上には上がいる、という事なのだろうか。
さて、これからどうするか。
母艦のオペレーターが最新の情報を送ってくる。魔力通信で送られてきたデータファイルを次々に展開、情報を仲間たちと共有していく。
情報によると現地勢力は既に空中戦艦『パンゲア』への突入に成功、複数の機甲鎧により艦内各区画を制圧しながら進軍中との事だが……驚いたな、現地勢力が我が軍の新装備まで持っているとは。叛乱軍の連中は相当なヘマをやらかしたらしい。
じゃあ現地勢力に任せて帰りますか、と言いたいがそうも言っていられない。ならば俺たちも彼らを援護しつつ、目的を果たさなければならない。
雪雲が開け、星空が露になる。
夜空で瞬くのは星の光だけではない―――時折、パッ、と紅い光が瞬いて、数秒遅れて重々しい爆音が轟く。中にはそのまま紅い炎の尾を曳いて、斜め下へと落ちていくものも見受けられた。
空戦だ。
異世界の空で、戦闘機たちが空戦を繰り広げている。
そしてその渦中にいるのは、巨大な空中戦艦『パンゲア』―――叛乱軍の総旗艦。
既に艦首のタンプル砲は発射態勢で、艦首の進行方向には真っ赤に裂けた次元ゲートがぱっくりと口を開けている。あそこにイコライザーを撃ち込まれたら最後、クレイデリアは……いや、俺たちの世界に居るホムンクルスの遺伝子を持つもの全員が瞬時に死滅する事になる。
それだけは避けなければ。
《パンゲア、左舷の損傷が酷いようです……あそこ、第2エンジンに出火を確認》
双眼鏡を取り出しズームアップ。ステルス機の機首をそのまま延長したような、あるいは最新の原潜を上下逆にしたような独特の船体。そこから左右に張り出したエンジンポッドの1基に撃墜された戦闘機が突っ込んで出火したかと思うと、特徴的な二重反転プロペラの回転をぴたりと止め、エンジンとしての機能を果たさなくなってしまう。
ぐらり、と全長500mの巨体が大きく傾いだ。左舷のスラスターが蒼い光を吐き、巨体を安定させようと無駄な努力を費やすが、しかしその間にもパンゲアの巨体はどんどんバランスを崩していき、ついには左舷にある山の斜面に接触してしまう。
ごうん、と重々しい音が響いた。バリバリと装甲がひしゃげる音も聞こえてくる。
突入した部隊は大丈夫なのか、と思ったその時だった。
「……?」
何気なく双眼鏡を離した視界の端に、ひらひらと躍る灰色の布のようなものが転がり込んできたのである。
何かと思いながらもAK-15を反射的に向け、フラッシュライトで照らし出した。
どうやらそれは現地勢力のパイロットが脱出に用いたパラシュートらしい……『Бригада "Кровного пакту"』と未知の言語で書いてあるが、戦術眼を用いて翻訳装置を起動すると、そこに記載されている文字が母語で『血盟旅団』を意味するものである事が分かる。
この戦術眼は便利なものだ。ナノマシンを用いたコンタクトレンズのようなもので、装着すると周囲の状況をスキャンしたり、未知の言語を翻訳したり、ナイトビジョンやサーマルの切り替え、X線を用いた物体の透視までが可能になるという優れモノである。
元々は目を失った兵士に移植する義眼から研究が始まったという話だ。開発はフィオナ博士が、改良はステラ博士が行っている。
《パラシュートでしょうか》
(……脱出したパイロットはすぐ近くにいるかもしれない)
見つけたとして、保護するべきか。
とはいえ彼らにとって俺たちは未知の第三勢力……あるいはテンプル騎士団叛乱軍と同一の兵力と見られてもおかしくない。迂闊な接触は避けるべきか?
しかしこんな雪山で脱出したとなるとパイロットの状態も心配だ。誤解を解くためにも接触し保護するべきではないだろうか。
そこまで思い至ったところで、違和感に気付いた。
雪の上に残った、僅かな足跡。
明らかにそれは人間の足で踏み締めたものではないのだ。
「これは」
視界に映った足跡の形状をスキャン、テンプル騎士団本部のデータベースにアクセスし照合すると、それがテンプル騎士団でも採用実績のある簡易型義足によるものである事が分かった。
可変機構を持つ義足で、フレームと外骨格で構成されている簡易型だ。主にパイロットの四肢を機体と接続するRシステム搭載機の脱出機構として採用されており、脱出装置の動作後は射出されたパイロットの手足として機能するよう設計されている。
もっとも、Rシステム搭載機の数が少ない事、実戦投入された事が戦時中を除き殆どない事、そもそもRシステム搭載機の撃墜された事例が今のところ(有人機に限り)存在しない事から、パイロットに実際に脱出の際に使用されるよりも耐用年数の超過により破棄される事の方が多いらしいという、名誉なのか不名誉なのかよくわからない代物だ。
ということはあのパラシュートの持ち主はRシステム搭載機のパイロットという事か?
「まさか」
《各員、周辺を警戒》
カリーナ少佐の命令で、スペツナズの隊員たちが周囲の警戒を始めた。装備したAK-15を構え、あるいはPKPブルパップで周辺警戒を開始。戦術眼が戦闘モードに移行し、隊員たちの眼に紅いブロックノイズ状の光が奔る。
俺も同じく戦術眼を戦闘モードに切り替えた。視界に細かな紅いブロックノイズ状の光が奔り、視界に映る物体全てをスキャンし始める。
あの足跡を辿っていけば、もしかしたら父に……父さんに……?
その淡い期待は、ボスッ、と唐突に雪の中に投げ込まれたバナナ型の何かによって遮られた。
一瞬、手榴弾か何かかと思い咄嗟に雪の上に伏せてしまう。伏せる事で手榴弾の爆風と飛び散る破片から少しでも逃れる事ができる……と訓練で叩き込まれた事が半ば反射的に出てしまったわけだが、雪にダイブする直前に俺は投げ込まれたそれが、手榴弾の類ではなくただのAKの7.62×39mm弾用マガジンである事に気付き、自分の迂闊さを恥じた。
しまった、と思った頃にはすでに遅く、雪まみれの顔を上げた先にはさらにボスっと何かか―――今度こそ正真正銘の手榴弾が投げ込まれていた。
あ―――などと声を発する暇もない。投げ込む前に念入りに秒読みし起爆タイミングを絶妙に調整したであろうそれは即座に起爆、とんでもない爆音と閃光で視力と張力を一気に殺した。
閃光手榴弾―――突入訓練で何度も使ったし、何度も使われる側に立たされたけどあれは最悪だった。目が見えなくなり聴力も死んで、おまけに平衡感覚まで狂わされるというおまけつきだ。喰らう側はたまったものじゃなく、戦場でこんなのを叩き込まれ隙を晒す事になれば死を覚悟するべきレベルである。
キーン、といつまでも聴覚にガムみたく張り付く甲高い音。視力と聴力がまだ回復し切っていない状態でもとりあえずAKを構えつつ姿勢を低くし周辺を警戒、攻撃してくるであろう敵に備えるが、しかし何もかもが遅かった。
いつの間にか分隊の隊列に突入している見知らぬ人影。特戦軍の兵士たちが殴り飛ばされ、蹴飛ばされ、豪快な背負い投げに巴投げの餌食になり、どったんばったんと薙ぎ倒されていく。
突入してきたのはまるでヒグマのような、けれどもがっちりした胴体に対して手足がひょろりとしたなんともアンバランスな奇妙な人物だ。
答えは単純明快、装着しているのが簡易型の義手と義足だからだ。フレームを外骨格で外側から支える方式で人工筋肉の類も無い簡易的な義肢だから、ひょろりとした華奢なフォルムになる。それがヒグマみたいなガタイの巨漢にくっついているのだからそんなアンバランスにどうしても見えてしまうのだ。
ぎらり、と紅い輝きを放つ双眸がこっちを睨む。
来るか、とAKを構え―――銃口を向けた頃には既に、ドン、と3本指のマニピュレータから放たれた強烈な掌底がAK-15を殴打。銃口が盛大に右にずれてしまい、大きな隙を晒す俺。
「しまっ―――」
次の瞬間には足を刈られ、バランスを崩したところで見事な一本背負い。何だこのヒグマ、ジュードーの達人か何かか???
いや違う、これはテンプル騎士団式のCQC……!?
上下左右が激しく入れ替わり、またしても蹂躙される平衡感覚。雪の上をゴロゴロと転がって起き上がった俺の目の前に突き付けられたのは、RSh-12―――50口径の大型リボルバーの銃口だった。
そっと銃から手を離し、両手を上げる。
「―――俺がいない間に、特戦軍もずいぶんレベルが落ちたもんだ」
聞き覚えのある声。
どくん、と胸の内で古い記憶が呼び覚まされる。
映像越しに聴いた声、プロパガンダ放送の中の声。記録媒体を用いてしか耳にする事が出来なかった男の声。
―――父の声。
よく見ると目の前のヒグマみたいな人物は、右手で俺に銃を突きつけながら、左手に持ったPL-15拳銃をノールックで後方へ―――真後ろでAK-15を構えるカリーナ少佐にも突きつけていた。
「お前ら、特戦軍だろ。叛乱に加担してるのか?」
「……いえ、違います。本部から派遣されてきました」
「証拠は」
そっと立ち上がり、極寒の中でゴーグルとヘルメット、それからバラクラバを外した。
もしこの人が―――本当にこの人が俺の父親ならば、この顔を見れば分かってくれる筈だ。信じてくれる筈だ。
素顔を晒した途端、明らかに銃を突きつける手に微かな震えが生じた。
「お前―――」
「初めまして、ウェーダンの悪魔―――あなたの息子ですよ、父さん」




