艦内戦闘
シャーロット「暇なのでミリセントの恥ずかしい情報を暴露しちゃうよ」
シェリル「いぇーい(棒)」
ミリセント「!?」
シャーロット「ミリセントの喘ぎ声は300㏈」
ミリセント「 や め て ! ! ! ! ! 」
艦内は思ったよりも広かった。
全長500mの大型艦なのだ、艦内容積もかなりの余裕があるのだろう。サイズにして戦艦大和のほぼ倍に匹敵する空中戦艦である。艦内の通路は機甲鎧でもそのまま歩行できるほどのサイズで、最悪の場合突入後は機体を乗り捨てる事も想定していたからこれには助かった。
ガガガ、とブローニングM2重機関銃を腰だめで撃ちながら進撃する。通路を埋め尽くさんばかりの勢いで殺到してくるスカラベが対人機銃で足止めを試みるが、向こうの対人機銃は9×19mmパラベラム弾。中には5.45mm弾や7.62×39mm弾の対人機銃を搭載したタイプも見受けられるが、機甲鎧の装甲を貫通したいのであればせめて徹甲弾を装填したM60を持ってくるか、ブローニングM2重機関銃でも用意するべきだろう。
視線をサブモニターへと向けた。メインアームとして携行しているブローニングM2重機関銃、その銃身を覆う水冷タンク内の水の残量が40%を切った旨の警報が上がっている。
機甲鎧が携行しているブローニングM2重機関銃は初期型の水冷タイプをベースに改造を施したものだ。空冷式は使い勝手が良く軽量で、冷却水の心配をしなくていいが、しかしやはり射撃継続時間では水冷式に劣る一面がある。
そのため継続的に弾幕を展開する用途であれば、時と場合にもよるが未だに水冷式機関銃に軍配が上がる事もあるのだ。
それを考慮し、機甲鎧のブローニングM2重機関銃は水冷式としている。
冷却水が無くなったら銃身を冷やすものが無くなってしまう―――オーバーヒートすれば機関銃の破損や暴発に繋がり、最終的には射撃不能に陥ってしまうため、冷却水にも細心の注意を払わなければならない。
あまり気前よくバカスカ撃ってる場合ではないな、と思ったその時だった。
《ミカエルさん!》
「あれは……!」
敵の戦闘人形やスカラベの群れの向こうから、背中に紅く発光するLEDが埋め込まれたスカラベの一団が迫ってくるのを、機関銃の再装填中だったシスター・イルゼが発見した。
シャーロットが以前に見せてくれたデータの中にあった、スカラベの”自爆型”だ。
スカラベには複数の派生型がある。大型機、中型機、小型機がそれぞれ存在し、武装も異なるのだが、それらの派生型の一つに『機銃を持たない代わりに各種爆薬を搭載し敵陣に特攻する自爆タイプ』が存在するという話を以前に聞いた事がある。
というか、リュハンシク城を警備するスカラベ隊の中にもあれと同型の奴が居た。
《気を付けたまえ、サーモバリック爆弾だ!》
シャーロットの声だ。
戦闘機を遠隔操作で飛ばしながら、片手間でこっちも確認してくれているのだろう。彼女の器用さや多才さには驚かされるし仲間になってくれて本当に心強いのだが、しかしサーモバリック爆弾を搭載した自爆型スカラベとは、相手もなかなか悪辣な事を考える。
サーモバリック爆弾は爆発する際、周囲の酸素を爆発的に消費する上に強烈な衝撃波を伴う。閉鎖空間では一番出くわしたくない爆薬だ……起爆すれば衝撃波や圧力でやられるし、運よくその不可視の鉄槌から逃れる事が出来ても、今度は酸素が爆発で消費され尽くした事による酸欠や一酸化炭素中毒という二次被害が相手に牙を剥くのだから笑えない。
そんなものを艦内で使うのかと思うが、そもそもテンプル騎士団叛乱軍は構成員の大半が機械の歩兵であり、生身の人間は数えるほどしかいないのだそうだ……そもそも呼吸をせず、使い捨てにしても替えが利く機械の兵士であれば巻き添えにしても問題は無い、という思い切りがあるからできる強引な作戦なのだろう。
《こんのぉぉぉぉぉぉ!》
ヴヴヴ、とモニカの機甲鎧が腰だめでミニガンをぶちかます。ドラゴンのブレスさながらの激しいマズルフラッシュが薄暗い通路を照らし、スカラベたちを次々に鉄屑へと変えていくが、しかし通常タイプのスカラベが盾になったり、嫌なタイミングで戦闘人形がPKPペチェネグで制圧射撃をかけてくるものだから、なかなか自爆タイプの進撃を止められない。
制圧射撃をかけようにも、相手は機械だ。人間のように「撃たれたら死ぬのではないか」という恐怖に起因する抑止は期待できない―――要するに機械だからビビらないのだ、連中は。
拙いな、と思ったその時だった。
《ダンチョさん、派手に行くヨ!!》
CS/LR42で射撃していたリーファが動いた。
ライフルから手を離してスリングに保持を任せるや、中国軍で運用されていた”67式柄付手榴弾”を両手の指に挟むようにして片側3つ、合計6つのそれを一斉に投擲したのである。
お前そんなアニメキャラみたいな投げ方があるか、とツッコみたくなったが、しかし今はその圧倒的火力から来る制圧力はこれ以上ないほど有用と言えた。
ドムンッ、と爆発が連鎖する。スカラベや戦闘人形の一団が6個の手榴弾の爆発で豪快に吹き飛ばされ、抉られ、蹂躙されていく。やはり戦争に勝つには火力こそが正義なのだという事を証明する一撃、と言っていいだろう。
リーファ曰く『火力是烹飪和戰鬥的關鍵(料理と戦争は火力が命)』だそうだが、実際そうなのかもしれない……火力は正義なのである。
遮蔽物から飛び出した。
今のリーファの一撃が、戦局を見事にひっくり返していた。手榴弾の爆撃でスカラベの一団がごっそりと吹き飛び、自爆型のスカラベも爆発や破片にやられて残り3体まで大きく数を減らしている。
反撃ののろしを上げるなら今だ、今しかない。
「突っ込むぞ!!」
前に出ながらブローニングM2と頭部の5.56mm対人機銃を連射。弾幕を張りながら前進し、自爆型のスカラベを背面のコンテナもろとも撃ち抜いた。
サーモバリック爆弾はC4同様、撃ち抜いても誘爆する事はない。信管が動作すれば危険な代物だが、逆に言えば信管が動作した正規の起爆手順を経ない限りは人体を傷付ける事は無いのだ。
俺の突撃に、多くの機甲鎧隊が続いた。クラリスが進撃しながら25mmチェーンガンを掃射、戦闘人形のどてっ腹にあまりにも大き過ぎる大穴を穿って撃破する。
ピー、と甲高い電子音。
視線をサブモニターに向けると、頭部の対人機銃の残弾が50発を下回ったところだった。既に赤くハイライト表示されており『Залишилося лише кілька куль(残弾僅か)』という警告メッセージが表示されている。
今のうちに弾薬補給リクエストを出しておく。
機甲鎧の状態は随時リュハンシク城に控えているシャーロットの元へと送られている。そこでシャーロットは戦闘機の遠隔操作と並行しながら機甲鎧1機1機のステータスを確認し、燃料補給や弾薬補給のリクエストを受ければ近隣の補給装備持ちの機体にその情報を伝達、前線での素早い補給を行うという、極めて高度な連携を実現させているのだ……無論、戦闘機を遠隔操作で飛ばしながら。
なんだろう、最近シャーロットもパヴェルと同じ匂いがしてきたのだが……あれか、テンプル騎士団の人ってみんなそうなのか。
とはいえ、ここで攻撃の手を緩めるわけにはいかない。弾薬とは使うものであり、出し惜しみするような事があってはならない―――もったいないから、という考えで戦局を停滞させるような事は厳に慎むべきなのだ。今ばかりは日本人的な思考を封じなければ。
ガッ、とブローニングM2に薬莢が噛み込んだ。『Погане викидання стручка(排莢不良)』の警報メッセージよりも先に排莢不良を察知、コッキングレバーを引いて引っかかった空薬莢を強制排出してから射撃を再開。その間、頭部の5.56mm対人機銃で弾幕を張っていたものだから50発ほどの残弾は一瞬でゼロになり、『Куль протипіхотного кулемета не залишилося(対人機銃残弾なし)』のメッセージが上がってくる。
戦闘人形からの反撃で左肩の装甲に7.62×54R弾の徹甲弾が食い込んだ。至近距離からの攻撃に少々ダメージを受けたが、構わずそのまま敵機を蹴飛ばして頭を踏みつけ、押し潰す。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
滴り落ちる汗を拭い去りながら呼吸を整えた。
そろそろ部隊を二手に分けるべきだ……タンプル砲の発射を阻止するため管制室を目指す一隊と、艦橋を制圧するための一隊に部隊を分けて―――。
ぞくり、と全身の毛が逆立つ感覚。
次の瞬間、通路の向こうから14.5mm重機関銃の弾雨が迫り、残存のスカラベを攻撃していた機甲鎧の1機を立て続けに直撃、被弾した機を擱座させてしまう。
幸いパイロットは無事だったようで、仰向けに倒れた機体のハッチを強制開放しサバイバルキットのAK-19を手にしながら脱出。機体はその直後に漏れ出した燃料に引火して爆発した。
「何だ今のは!」
《ご主人様、敵の機甲鎧ですわ!》
「!?」
ぎょっとしながら通路の奥を睨みつつ、ブローニングM2を応射して遮蔽物へと隠れた。
通路の奥に、確かに紅い複眼状のセンサーをぎらつかせながら接近してくる機甲鎧の一団の姿が見える。手にしているのはおそらくソ連製のKPV重機関銃だろうか。
史上初の”機甲鎧同士の戦い”がこんなところで繰り広げられるとは。
後方から弾薬コンテナを吊るしたドローンが飛来するや、遮蔽物に隠れている俺の機甲鎧の頭部ハッチを解放して、中にある弾薬箱を排出、弾薬コンテナをそのまま挿入してからハッチを閉鎖していった。
5.56mm弾350発が頭部の対人機銃に装填された事を確認。ヒュン、と14.5mm弾の弾雨が遮蔽物の縁を掠めていくのにビクつきながらも、静かに息を吐いた。
機甲鎧が想定しているのは手足で7.62×51mmNATO弾の徹甲弾、胴体やコクピットブロックは12.7mm弾……それ以上の貫通力を持つ14.5mm弾なんて、被弾したらどうなるか考えたくもない。間違いなく装甲はぶち抜かれ、コクピットに飛び込もうものならばこのクッソ狭いコクピットの中はケチャップか、あるいはトマト缶で一杯になること間違いなしだ。
シャレにならねーなと思う一方で、冷静に反撃のタイミングを計る自分もいる事に少し驚いた。少し前までは人を殺す事はおろか、傷付けてしまっただけでも罪悪感から吐いていたようなヘタレが、ここ2年で随分と変わったものだ。
ふう、と息を吐きながら冷静に敵の発砲した回数を数える。
弾幕が途切れる瞬間を待って、俺とクラリスは同時に飛び出した。
特に示し合わせたわけでもない、俺とクラリスの同時攻撃。M2ブローニングと5.56mm対人機銃、それから25mmチェーンガンの弾雨を真っ向から撃ち込まれ、14.5mm弾の威力を頼りに正面から迫っていた敵の機甲鎧たちが次々に火の手を上げていく。
5.56mm弾に耐えた敵機の頭部を12.7mm弾が撃ち抜き、コクピットブロックをクラリス機が装備する25mmチェーンガンの絶大な威力の砲弾がぶち抜く。
気分はさながら恋のキューピットだった。射止めるのはもちろん相手のハート(直喩)である。
ドン、と胸を貫かれてそのまま仰向けに倒れていく敵の機甲鎧。史上初の機甲鎧同士の戦闘は、割とあっさり終わってしまった。
「クリア」
《クリアですわ!》
「ここで部隊を二手に分けよう」
呼吸を整えて仲間たちに言った。
「クラリス、シェリル、それからシスター・イルゼは俺と来てくれ。モニカは残りの全戦力を率いて管制室を押さえろ」
俺たちは―――俺たちの目標は、ただ一つ。
「俺たちは、艦橋を―――ミリセントを押さえる」
ナイフでパラシュートを切り裂き、すぐに着地地点を離れた。
端末を取り出して生産済みの銃の中から使い馴染んだAK-15を召喚。ロングバレルにドットサイトとブースター、グレネードランチャーというバチクソに重いコイツは、テンプル騎士団時代から使い慣れている1丁だ。
とにかく降下地点を離れ、空を見上げた。
上空ではまだ戦闘が続いている―――ミカ率いる降下部隊も敵艦内部に突入を果たしたようで、空中戦艦の左舷からは火の手が上がっていた。それでいてシャーロットが遠隔操作するJ-20たちは敵艦の周囲を旋回、機関砲やミサイルで敵の無人機を撃墜しては時折敵艦へとちょっかいをかけ、航空優勢を堅持している。
状況は優勢と言えるが、しかし油断はできない。既に敵艦の前方にはクレイデリアへと通じているであろう次元ゲートが開いており、後はタンプル砲からイコライザーの弾頭をセットしたミサイルを発射するだけで、連中の計画は完遂されてしまう。
加勢したいところだが……ヘリでピックアップしてもらい俺も突入するべきか、と思ったその時だった。
「……」
―――森の中に、何かが居る。
微かではあるが気配を感じた―――動物や魔物ではない、武装した人間の気配だ。
気配の消し方が不十分だが……それなりの手練れなのだろう。テンプル騎士団の増援か?
まあいい、障害になるなら排除するまでだ。




