決死の突入
パヴェル「テンプル騎士団を止める方法」
デスミカエル君「 ウ チ の マ ッ マ を 突 っ 込 ま せ る 」
ガチギレギーナ「?」
モニカ「デスミカエル君に人の心は無いっぽい」
範三「ミカエル殿の母君は戦略兵器か何かでござるか?」
シェリル「戦略兵器ママ概念」
《アクーラ1の緊急脱出を確認》
その知らせを聞いて、俺は機甲鎧のコクピットの中で胸を撫で下ろした。An-225の機首にあるカメラからの映像が映し出されているサブモニターには雲海の上で開く落下傘が映し出されており、最大望遠となっているその映像の中で、パヴェルがこっちを見ながら簡易タイプの義手で親指を立てている。
怪我もしておらず、無事なようだ。
「直ちに救護隊を。あの馬鹿を死なせるな」
《了解です。我々も年末の新刊楽しみにしてますので》
「……ん?」
聞き間違いだろうか……年末の新刊 is 何?
一応言っておく。今の通信の相手はAn-225を操縦する戦闘人形の兵士である。シャーロットの手により開発された、人間に近い姿で、人間に近い仕草が特徴的な、限りなく人間に近い機械の兵士たち。
自我らしきものはあるが、人間の”心”のようなものまで再現するには至っておらず、行動や発言の節々にまだぎこちない”機械っぽさ”が残っているのだが、それはさておき。
はて、コイツらも薄い本を嗜むのだろうか。
いや、そんな筈はない。きっと思考回路のバグだったり、その他の不具合だったりするのだろう。後でシャーロットに相談して修正してもらおう(と言ってもアイツの事だからどうせ『素晴らしい! 性欲に目覚め己の性癖を確立するとは! これは貴重なデータだよリガロフ君、修正するなんてもったいない!』とか言って取り合ってくれないと思う)。
とりあえず、パヴェルに関しては薄い本の続巻を望むファンがいる限り死ぬ事はなさそう。まあ新刊出る度に尊厳破壊されてるのは俺なんですけども。
「……ありがとうパヴェル、仕事は見届けた」
息を吐きながらコクピット正面、計器類の右下にあるスイッチを弾く。
スリープモードに入っていたメインシステムが立ち上がり、戦闘モードへと切り替わっていった。火器管制システムが稼働を開始し、機体の傍らのウェポンラックに用意されている重火器を自分の武器と認識。オートマチックモードで武器を掴み、アクティブへと持っていく。
「後は任せろ」
落下傘と共に雲海へ沈んでいく戦友。推定落下地点を後続の部隊のマップに転送し終えるや、An-225の格納庫内部の照明が消えた。
ゴウン、と重々しい音を立てて、機体後部のハッチが解放されていく。
本来、ウクライナで建造されたAn-225に機体後部のハッチは存在しない。貨物類は機首側のハッチを解放して搬入出するのだが、空挺降下作戦や物資の空輸に用いる際、機体後部のハッチがあった方が便利である事から、リュハンシク守備隊仕様のAn-225では機体後部にもハッチを追加している。
「ミカエルよりパイロット、パヴェルの話では敵艦左舷の防空網ががら空きだ。11時方向へ進路変更リクエスト」
《了解、11時方向へコース変更。降下まで120秒》
「各員降下用意」
マイクに向かって告げるや、他の機甲鎧たちが一斉に起き上がった。手には既にブローニングM2重機関銃(連続射撃時間を考慮し初期生産型の水冷タイプを改造)や25mmチェーンガンを改造したものを装備、臨戦態勢に入っている。
降下するのは機甲鎧だけではない。武装した歩兵部隊もだ。
降下後、二手に分かれてタンプル砲の発射管制室と艦橋を押さえる。最優先目標はタンプル砲の発射阻止であるが、可能であればこの一連の事件の首謀者であるミリセントの身柄の拘束もしておきたい。
抵抗する場合は殺害も辞さない―――こればかりは、明確にしておいた。
”強い祖国のため”……御大層なお題目だが、しかし連中はいくら何でも殺し過ぎた。
ビー、とブザーが鳴り響くや、スピーカーから《降下、降下、降下》とジャンプマスターの声が聞こえてくる。
それを合図に、機甲鎧隊が続々と格納庫から身を躍らせた。ジャンプした機甲鎧のバックパックから大型のパラシュートが展開、減速しながらも眼下に鎮座する敵の巨大空中戦艦『パンゲア』の甲板へと降下していく。
機甲鎧たちが降下したのを確認してから、俺も機体を格納庫の外へと躍らせた。
ゴウッ、と腹の下に込み上げてくる浮遊感。ジェットコースターに乗った時のような……いいや、これは違う。転生前の幼少期、防波堤の上から海に飛び込んだ時の感覚を思い出す。子供にとっては断崖絶壁のようにも思えた防波堤からのダイブはかなりの勇気が必要で、近所の同級生と一緒に集まっては「一番度胸のある奴は誰か?」なんてお互いに張り合ってたっけ。
平和だね、子供は。暇さえあればなんでもかんでも誰が一番なのか決めたがる。
―――まあ、後に続く子供たちがそんな時間を過ごせるように、俺たちはこうして戦うわけだが。
パラシュートで減速しつつ、空中で機体を制御。両手両足を伸ばして大の字になり空気抵抗を全身で受けながら、空中戦艦『パンゲア』目掛けて降下していく。
ドパン、ドパン、と周囲で速射砲の砲弾が弾けた。ガガガ、と破片が機体の肩を打ち据え、被弾警報のビープ音がコクピット内に鳴り響く。
右側で火の手が上がった。不運にも、敵の放った対空砲火が味方の機甲鎧をぶち抜いたのだ。手足の装甲で7.62×51mm徹甲弾、胴体の装甲でも12.7mm弾に耐えられる程度の装甲しか持ち得ない機甲鎧が、推定57~76mmクラスの速射砲を受けて無事でいられる道理もない。
装甲をぶち破り機内で炸裂した砲弾に内側から破壊され、早くも1機の機甲鎧が大破、空に散った。
「左に寄れ、左に寄れ!」
マイクに向かって叫んだ。
「左舷が手薄だ、左側に寄れ!」
パヴェルとシャーロットが徹底的に叩いたのは左舷の対空兵器群とレーダーだ。しかし右舷の対空火器は未だ健在で、迂闊にキルゾーンに入ろうものならば瞬く間に撃ち落とされてしまう。
最大仰角でこっちを狙う速射砲の群れにゾッとしつつも左舷目掛けて機体を降下させていく。当たるな、当たってくれるな……これ以上誰も死んでくれるな、という必死の祈りはどうやら天に通じたようで、次の瞬間には空中戦艦の真っ黒な甲板が目の前にまで迫っていた。
スイッチを弾き爆裂ボルトを点火、バックパックのパラシュートをユニットごと強制排除。ボボボン、と背面からの軽快な炸裂音を聞きながら脚部、足の裏にある滑落防止用スパイクを展開し、人様の空中戦艦に盛大に爪痕を立てながら急制動。脚部に内蔵された耐衝撃ダンパーが降下時の衝撃の大半を殺してくれたおかげで、コクピットの中でそれほど揺さぶられずに済んだ。
降下には成功―――だが、油断は許されない。
《敵!》
「!!」
甲板のハッチが開いた。
人間が入り込めるかどうかというサイズのハッチから、勢いよくフリスビーのような黒い円盤が射出(恐らく高圧ガスで射出しているのだ)。一瞬だけ空中に浮遊したその円盤から4本の”脚”が生えるや、上部から対人機銃の銃身が伸び、戦闘態勢へと移行していく。
”スカラベ”だ。
テンプル騎士団が開発した無人兵器。小型で遮蔽物の隙間にも入り込むことができ、機銃と腹部の超高出力レーザーで人間を効率よく殺していくための殺戮マシーン。
おそらくはそれの”艦載仕様”といったところか。
身体に入り込んだ雑菌を死滅させる白血球さながらに湧き出てきたスカラベの一団へ、俺は容赦なく銃撃を浴びせた。
水冷型ブローニングM2から吐き出される12.7mm弾と、頭部に搭載された5.56mm対人機銃の掃射を受け、スカラベの群れが羽虫さながらに薙ぎ払われていく。いくら装甲で守られているとはいえ手榴弾の破片や拳銃弾から身を護る程度であり、12.7mm弾と5.56mm弾の敵ではない。薄っぺらい装甲はティッシュさながらに引き裂かれ、1機、また1機と無残な残骸を晒していった。
「降下地点の安全を確保しろ!」
機甲鎧に乗る戦闘人形たちに向かって命じた。
「歩兵部隊をやらせるな!」
ガガガ、とブローニングを腰だめで連射しつつ視線を上へと向ける。空中戦艦の上空を離脱しようとしているAn-225の後部ハッチから歩兵部隊も身を躍らせたようで、星空を背景に灰色の落下傘が咲き乱れた。
彼らを援護するべく、俺は空中戦艦パンゲアの右舷へと足を踏み入れた。
案の定、歩兵部隊を狙わんとCIWSや速射砲の砲身が天を睨む。そうはさせるか、とかなり無理をして最大仰角で狙いを定めるCIWSの機関部をブローニングで撃ち抜き、砲身を殴りつけてひん曲げ、速射砲の給弾ベルトを引き千切る。
手伝えと言うまでもなく、クラリスの乗る機甲鎧もこっちにやってきて対空兵装潰しに参戦。装備した25mmチェーンガン(防盾付き)を腰だめに構えるや、セミオートで速射砲の砲塔を撃ち抜き次々に沈黙させていく。
彼女の背後から迫ってくるドローンやスカラベに銃撃を加えて破壊、無防備なクラリスの背中を守ろうとするが、しかし敵の数が多すぎた。
1機、2機、3機……スカラベを立て続けにスクラップにしたところで足元に迫っていた2機が俺の機体に取り付きやがったのである。
即座に頭部の5.56mm対人機銃で1機を撃破。しかしもう1機がコクピットハッチの前に張り付いたかと思いきや、腹部にあるレーザー発振器に向かって紅い光をチャージし始めた。
スカラベの腹部には、超高出力の近距離レーザーがある。
遮蔽物を溶解、または遮蔽物、戦車などの装甲車両内部の人間を諸共に殺傷するための兵器であり、その威力は【5秒の照射でエイブラムスの上面装甲を溶解させる】ほどである、とシャーロットは主張している。
「こんっ……のぉ!!」
グローブ型コントローラーに通していた左手をぎゅっと握った。
ガシャンッ、と左手の甲にあったナックルガードがスライド。近接戦闘用のスパイクが展開するや、俺はそれを力任せにスカラベに叩きつけた。
ゴシャアッ、と金属の潰れる音を高らかに、原形を留めないほどに粉砕されたスカラベが甲板の上を派手に転がった。
ルカの奴が提唱した”機甲鎧用近接兵器”がよもやこんなところで役に立つとは……。
あいつ、前に言ってたんだ。『機甲鎧にも白兵戦用の武器を持たせるべきでは?』と。
けれども近接武器は、刃物として扱うのであれば鋭さが、鈍器として使うのであれば硬さと重さが必要になってくる。けれどもペイロードに制限がある以上、優先させるべきは重火器の充実であるのは当然であるし、近接武器を重視し過ぎて飛び道具がクッソ貧弱、という事になっては本末転倒である。
ナイフを製造するにしても機甲鎧サイズのナイフとなれば重量が嵩むのは目に見えていたので、白兵戦用の装備は持たずに銃器類を装備、接近してくる敵に関しては接近される前に撃滅するか友軍との連携でカバーする事とされたわけだが……。
万一武器を喪失した場合や接近を許してしまった場合に備え、敵を殴りつけるためのナックルガードが妥協案として装備された。
機甲鎧はそれなりに頑丈だが、マニピュレータはデリケートだ。少し魔物を殴りつけただけで関節が逝ってしまい、動作不良の原因となってしまう事もある(実際過去に魔物を咄嗟に殴りつけ、整備担当のルカを泣かせたこともあった)。
可動式のナックルガードであればそれほど嵩張らないので、まあマシと言えばマシである。
《ミカエル殿!》
パラシュートで降下してきた範三の声が聞こえた。
振り向くとそこには、十一年式軽機関銃を腰だめでぶっ放しながら突破口を切り開かんとする範三の姿が。そしてその傍らではリーファが中国製アサルトライフルのCS/LR42を構え、迫りくるドローンを次々に撃ち抜いたり蹴り飛ばしたり(!?)しているところだった。
「クラリス!」
彼女を呼ぶなり、腰だめで機関銃を撃ちまくりながら前に出た。歩兵部隊の行く手を阻んでいたスカラベを撃ち抜き、あるいは踏み潰して前へ前へと進んでいく。
接近してきたドローンを狙ったところで、ドローンの一団が7.62mm弾の弾雨で薙ぎ払われる。
ミニガンを装備したモニカの機甲鎧だ。肩に弾丸とレティクルのマーキングがあり、腰の後ろには7.62mm弾用の弾薬コンテナを背負っている。出撃前、あの弾薬コンテナを装備するためだけに脚部のバランサーを調整したのだそうだ……こだわりが凄い。
が、彼女の加勢もあって突破口の形成には成功した。
数に物を言わせてぐいぐいと押し込んでくる無人機たちを押し留めている間に、範三とリーファが率いる歩兵部隊が前進。艦内へ続くハッチに取り付くや、ハッチにC4爆弾を設置し始める。
《爆炸!(爆破!)》
リーファの声と共にC4が炸裂、腹の底へ押し込んでくるような重々しい爆音を轟かせる。
吹き飛んだハッチから艦内へ突入していく歩兵たち。彼らの無防備な背中を援護するように弾幕を張りつつ俺たちも艦内へと突入、後方から迫ってくる無人機たちにブローニングM2の弾薬箱が空になるまで弾丸をぶちまけれてから、俺はアクセルを全力で踏み込んだ。
決着をつけるぞ、ミリセント。
テンプル騎士団との因縁―――その全てに。
十一年式軽機関銃
日本軍が採用していた軽機関銃。6.5mm弾を使用する。独特なフォルムをしているが、一番特徴的なのは機関部左側面に搭載された弾倉であり、なんとこの弾倉にライフル用の5発入りクリップを複数個装填する事でそのまま使用する事が出来たとされている。
CS/LR42
中国製新型アサルトライフル『QBZ-191』をベースに、使用弾薬を中国独自規格の5.8mm弾から、西側諸国で一般的な5.56mmに改めた輸出仕様。それに合わせてマガジン周りも形状が変更されている。




