タッチダウン
ミリセント「同志団長、我が軍でもミカエル君作りませんか」
セシリア「……ゑ?」
ミリセント「あのバニラの香りのもふもふ男の娘、偽物でもいいので製造すれば我が軍の士気も上がりますし任務の合間にモフったりすればメンタルにも効きます。モフる抗うつ剤としての需要が見込めます」
セシリア「」
戦闘機特攻パヴェル「 パ チ モ ン は 許 さ な い ! 」
ミリセント「アバーッ!!」
尊厳破壊ミカエル「それより俺の尊厳への配慮は」
尊厳破壊ルシフェル「多分ありません」
「同志大佐……あなたまで」
警報の鳴り響く艦橋で、ミリセントはそう呟いた。
力の象徴たるセシリア・ハヤカワの夫としてその隣に立ち、彼女の右腕として共に戦ってきた名高い”ウェーダンの悪魔”。彼もまたテンプル騎士団の全盛期を象徴する人物であり、敵対者たちにとっての悪夢であり、そして兵士たちにとっての英雄だった。
彼の戦果に鼓舞され、戦場で彼に支えられ、また彼からの教えを受け巣立っていった兵士は今なお多い―――速河力也という男の名は単なる人命に留まらない。もはや一種の、戦場で語り継がれる概念と化している。
彼ならばわかってくれると思っていた。
彼ならば共に戦ってくれると―――かつてのテンプル騎士団を、強かった祖国を取り戻すために再び銃を手に取ってくれるであろう、と。
しかし現実は、どこまでもミリセントの期待を裏切る。
ぎり、と歯を食いしばった。
「―――撃ち落とせ」
思考回路に憎悪を迸らせながら、ドスの利いた声で命じるミリセント。その命令を受けたパンゲアのAIが即座に命令を健在な武器システム全体に伝播、最優先攻撃目標を接近中のSu-57Rと設定し、健在な速射砲やミサイル、CIWSの射線を向けつつドローンや無人戦闘機たちを差し向ける。
接近中の敵機を意味する紅い反応へ、蒼いマーカーが殺到していった。
対空砲が火を吹く。速射砲が、空対空ミサイルが、CIWSが火を吹き、一直線に向かってくるSu-57Rへと向かっていった。
それに加えてドローンたちや無人戦闘機たちがミサイルを発射。凄まじい数のミサイルや砲弾が敵機―――速河力也の操るSu-57Rへと殺到していく。
攻撃を命じながら、ミリセントは畏れた。
あの攻撃が、敵に向けられている事を。
もし自分がパイロットであれば、あんな密度の弾幕を向けられれば生還の可能性を捨てざるを得まい。一発でも被弾すれば即座に空中分解、燃え盛る破片を四方八方へ撒き散らしながら夜空に散る事となる。
だが、しかし。
一瞬、ミリセントはモニター越しに幻覚を見た。
ほんの僅か一瞬―――接近してくる手負いのSu-57Rの周囲を、無数の白い天使の羽が舞っていたのだ。
何かの見間違いであろう。
戦闘中に胸中に生じた、極度のストレスや脳内物質の過剰分泌が見せた一瞬の幻。思考回路のバグ。シナプスの異常―――。
だって、それは有り得ない事だったから。
仮にも相手はウェーダンの悪魔である。
数多の転生者を屠り、戦場でその名が知られ誰からも恐れられた恐怖という概念そのものが、守護天使の加護を得ながらミリセントの喉笛目掛けて突っ込んでくるとは何の冗談か。
しかも天使の羽が散るその中に―――数名の使者たちの幻影が、朧げにではあるが重なった。
それはミリセントの、テンプル騎士団叛乱軍の理念を真っ向から否定するが如き事である。
戦争に参加し血みどろの前線を生き抜いて、祖国では英雄として祭り上げられている戦死者たち。
既に肉体の滅んだ彼らまでもが、ウェーダンの悪魔の―――速河力也の肩を持つというのである。
有り得ない、そんな事は認めない。
目を見開き、わなわなと唇を震わせながら、ミリセントは叫んだ。
「落とせ―――あの痴れ者を叩き落せェッ!!!」
コクピット内に響き渡るビープ音。
空中分解の恐れがある事を告げる警告音声。
ギギギ、と軋む音を奏でる機体の装甲。
どれをとっても絶望的な状況に変わりは無かった。右側のエンジンはエア・インテークから抉られて吹き飛び、右側の尾翼も喪失。主翼と垂直尾翼のフラップも脱落するか外れかけでガタガタと揺れており、旋回を補助する装備品としての機能を果たしていない。
おまけにウェポン・ベイのハッチは融解して吹き飛ぶか、溶着してしまい動かない状態。主翼にマウントしていたガンポッドも使用不能で、残っているのは27mmリボルバーカノンの炸裂弾―――弾数僅か13発のみ。
旋回もヨーもできない、それどころか機体を下から押し上げてくれているスカイゴーストたちの助けなしでは方向転換もままならない今の状況では、兎にも角にも絶望的だ。目の前に居座る敵の巨大空中戦艦に損傷を与え、友軍の突入を支援するという役目を果たせる公算も少ない。
だが、しかし。
息を吐いた。
絶望的な状況でも、希望は捨てない。
むしろ高揚していた―――俺こそが、この俺こそが英雄たちの導き手なのだ、と。
「ぶちかますぞ、お前たち」
告げるなり、Su-57Rを下から支えてくれていたX-36『ジェイコブ』、『コレット』、『マリウス』の3機が離れた。微かに歪んだ機首の装甲で敵機を睨むや、機体のスリットから漏れていた蒼い光が紅い輝きへと変貌していく。
賢者の石の活性化時に見られる発光現象―――賢者の石を原料として製造された半導体の限界稼働。
そこから先は、解き放たれた猟犬の如しだった。
夜空に紅い光の残像を描きながら、向かってくるミサイルやドローンたちを迎撃するX-36たち。中に人間を乗せていないから、パイロットという脆弱な生体部品を慮る必要のない超機動がなし得る、人知を超えたマニューバ。文字通り”消える”かのような速度で迫る3機のX-36たちが、接近中のミサイルや敵のドローンを地獄へと叩き落していく。
ヘッドオンでミサイルを撃墜、爆炎を突き破ってからクルビットで180度ターンした『ジェイコブ』がこちらへ向かうSu-57を背後からミサイルで攻撃。フレアを放出しながら回避するSu-57だが、しかしミサイル攻撃で追い立てられた彼の真上にはX-36『コレット』が、覆いかぶさるように迫っていた。
次の瞬間、キャノピー内部にある制御ユニットを機銃で撃ち抜かれ、糸の切れた人形のようにSu-57が落ちていった。
忠犬のように随伴するX-36『マリウス』がミサイルを全弾発射。接近中の空対空ミサイルを片っ端から叩き落して、目の前を炎の華で彩ってくれる。
3機の無人機が俺の周囲に集合、縦型の輪形陣を描くように動きながら機銃で敵機を迎撃していく。
バッ、と『コレット』の小柄な機体に火の手が上がった。
敵艦から放たれる速射砲の弾幕に捕らえられたのだ―――小柄な身体でなおも体勢を立て直そうとするコレットだったが、俺たちが健在である事を知って安堵したのか、そのまま主翼を脱落させながら錐揉み回転に入り、炎の彗星と化した。
残り2機。
ヘッドオンで接近してくる敵機の反応。衝突警報を意味するビープ音が響く。文字通り『ぶつけてでも落とす』つもりらしい。
X-36『マリウス』が加速、前に出た。
それは解き放たれた矢のようだった。エンジンノズルの炎と、装甲の繋ぎ目から漏れる紅い光。俺はここだ、と自分の存在を夜空に刻みつけるようにして疾駆したマリウスが、機関砲を放ちながら突っ込んでくる敵のドローンに真正面からぶち当たる。
エア・インテークの辺りをやや下側から突き上げる形で激突した両機は、瞬く間に火球へと姿を変えた。
敵艦との距離が近付く。周囲で炸裂する速射砲がSu-57Rを揺さぶり、機体に着実にダメージを与えていく。
主翼のフラップが完全に脱落し、背面の装甲が剥がれ落ちる。胴体で融着していたウェポン・ベイのハッチが衝撃で剥離、脱落し、機体後方に大きな破片が舞い散った。
X-36『ジェイコブ』が躍り出る。
その後ろ姿が告げている―――『水先案内人は引き受けた』と。
バレルロールしながらミサイルを全弾発射、機銃を連射してドローンを片っ端から撃墜していく『ジェイコブ』。全く何も命令していないにもかかわらず、プログラムに無い動きを連発して突破口を開いてくれた彼に続き、炎の花園を突き進む。
直後、『ジェイコブ』の背面で火の手が上がった。
機関砲―――敵艦からのものだ。
ぐらり、と体勢を崩す『ジェイコブ』だったが、まだ力尽きてはいない。なんのと言わんばかりに後続の速射砲を回避、機銃で更に2機のドローンを撃墜して、敵艦載機群の完全突破を成し遂げる。
そこから一気に加速する『ジェイコブ』。CIWSからの砲火を受け機体を炎上させながらも、無人機にあるまじき執念を見せつけるかのように空中戦艦へ肉薄するや、ひっきりなしに火を吹くCIWS群へと突入し爆発、敵の対空兵器群の一角に空白を作り上げる。
「……ありがとう」
かつての戦友たちの名を冠した無人機たちに、小さく礼を言った。
きっと―――ほんの少し、ほんの少しだけ、先に逝った戦友たちが力を貸してくれたのだと、そう思う。
ならばその期待を裏切るわけにはいかない。
死者の願いを叶えてやるのは、いつだって生者だ。
死者を想ってあげられるのは、いつだって生者だ。
死者のために命を燃やすのは、いつだって今を生きる我々だ。
だからこの命、盛大に燃やしてみせよう。
死者たちの眠る天からでも見えるほど、赫く、赫く。
防空網の隙間に飛び込んだ。
これでもう、連中は俺を止められない。
どの道、もう損傷を重ねたSu-57Rに方向転換する能力は無い―――このまま突っ込み、Su-57よりも一回り大きなこの機体そのものを質量弾として攻撃に転用、左舷の敵の防空兵器群にトドメを差す。それが俺の狙いだった。
もちろん機体と運命を共にするつもりはない。直前になったら脱出するが、しかし限界まで軌道修正は行わなければならない。
最後の最後でミスりました、というのはいくら何でも笑えないのだ。
「よし、これで―――」
《Внимание, радар облучен(警告、レーダー照射を受けています)》
聴きたくなかったビープ音。
意識をレーダーに向けると、ノイズの走るレーダーに微かに反応が1つ―――凄まじい速度で迫ってくる敵機の存在が、そこにある。
意識を後方へと向けた。軋みながらも旋回した複合センサーのターレットが最大望遠で捉えたのは、今まさに敵艦へ突入しようとしているSu-57Rに肉薄し撃墜、特攻を阻止せんとするテンプル騎士団のSu-57M。
あのマーキングからして、最初に突破した航空隊の1機だろう。
ここまで追ってきた執念には敬意を表すが、しかし―――。
「―――空気読めってんだよォ!!」
叫んでも、しかし敵機は止まらない。
レーダー照射に対する警告を促す警報が、やがてミサイル接近を意味する警報へと変わった。
敵機がミサイルを撃ったのだ。
やっと、やっと追い付いた。
Su-57Mのコクピットで意識を機体の推力に集中させていたホムンクルス兵のパイロット、アビゲイルは飢えた捕食者のような目でSu-57Rの背中を睨んだ。
確かに恐ろしい相手であった、というのは認めよう。
パイロットの練度が違う―――あれは二度の世界大戦を最前線で生き延びた古強者にしか出せない気迫で、戦後にテンプル騎士団に入隊したアビゲイルたちでは到底到達しえない高み、その片鱗である。
だが、今の状況はどうか。
相手は満身創痍、推力は半減し機体は大きく損傷している。背面は削がれ、右のエンジンノズルはエア・インテークからごっそりと捥ぎ取られて、尾翼は右側が欠落。フラップは脱落し主翼もいつ千切れるか分からない状態で、ウェポン・ベイのハッチも脱落しステルス性はもはや意味を成していない。
第一、いくらRシステムが驚異的とはいえ、今目の前に居るSu-57Rは彼女らの世界における冷戦中の旧式機である。いくらコスト度外視の高性能機とはいえ、時代が進めばより洗練された後発機の流れに押され埋もれていくのが世の常だ。いくら高性能な蒸気機関車でも、新幹線には太刀打ちできないのである。
ミサイルをロックオンし、放った。
テンプル騎士団の英雄を葬る事には若干の痛みを覚えたが、裏を返せばあの速河力也に、ウェーダンの悪魔に引導を渡すという大役の裏返しでもある。こんな誉れ、今の平和な時代では到底得る事は出来ないだろう。
ウェポン・ベイから躍り出たミサイルがSu-57Rの背中へと迫る。
バフバフバフ、とフレアを大量に放出するSu-57R。ミサイルがそれに惑わされて軌道を逸れ、明後日の方向で爆発するが、アビゲイルは続けて機関砲での撃墜を試みようと接近する。
その時だった。
ババンッ、とSu-57Rのキャノピーで小さな爆発が連鎖したのは。
損傷が伝播し機体が空中分解を始めたのかと思ったが―――違う。
パージされ、後方へと流れていく装甲で覆われたキャノピー。
煙とフレアの光の向こう、露になったのは機械化された肉体を機体へと繋ぐ各種端子と……無人のコクピット。
(あれ―――パイロットはどこに)
満月を頂く星空。
そこから降り注ぐ月明かりに、ふと人型の影が落ちる。
それはカールグスタフ無反動砲を担いだ、速河力也その人だった。
「―――は?」
Su-57Rのパイロットが緊急脱出する事を想定して開発された、簡易型の義手と義足。
ほぼフレームに外骨格を足したような簡素極まりないそれでカールグスタフ無反動砲を担いだパヴェルが、アビゲイルの乗るSu-57Mのコクピットに狙いを定めながら―――にい、と悪魔じみた笑みを浮かべる。
その口が、言葉を紡ぐ。
【ぶっ殺してやるぜジュテェェェェェェェェェェェェェェム】、と。
死刑宣告と共に放たれた対戦車榴弾が、正確無比な命中精度でSu-57Mのコクピットを真っ向から直撃した。
如何に戦闘機と言えど、対戦車用の砲弾の直撃など微塵も想定していない。砲弾は装甲で覆われたキャノピーをぶち破り機内のアビゲイルにまで達するや、彼女の腹を直撃したところで起爆。無慈悲極まりない理不尽なメタルジェットがアビゲイルの胴体を射抜き、コクピットを爆風で押し流す。
ドン、と背後で空中戦艦にSu-57Rが激突する爆発が生じ、その爆炎を背にパヴェルはパラシュートを開いた。
カールグスタフ無反動砲を投げ捨て、視線を夜空へと向ける。
「―――ミカ、頼んだぞ」
無数の星々が連なる暗黒の海原。
そこに、きらきらと白色の光が散る。
ラウラフィールドを解除したAn-225が発する氷の破片が、星明りを反射して生じた光なのだろう。
しかし今の彼にとってそれは、舞い散る天使の羽のように見えた。
Rシステム搭載機の脱出機構
Rシステムは(パイロットに対する非人道的な仕打ちを別として)非常に有用な操縦システムであり、従来の兵器を過去のものにすると言っても過言ではない代物であったが、同時にパイロットを機体と接続するという特性上、緊急脱出用のシステムの開発も急務となった。
そこで考案されたのが、パイロットとの四肢の接続部そのものに可変機構を持たせ、緊急脱出の際には四肢のないパイロットのための簡易的な義肢とするというものだった。
脱出装置の動作と同時に変形機構が動作しつつパイロットの肉体を機体から切り離し、接続を強制解除。完了すると間髪入れずにキャノピーが強制排除され、座席と共に上方へ射出される仕組みとなっており、現在のテンプル騎士団ではこれが採用されている。
なお、Rシステム搭載機の数が少ない事、更には実戦投入された有人機の喪失数が今だ0である事からこの脱出装置が実戦で使用された事例は無く、パヴェルが使用したのが初めての事例となっている。
簡易義肢
上記の脱出機構に組み込まれた簡易義肢。普段はパイロットの四肢を機体と接続するプラグなどの接続部となっているが、脱出装置の動作と共に変形機構が作動、簡易的な手足となって脱出後のパイロットの生存を補助する。
人工筋肉は無く、剥き出しのフレームを簡易的な外骨格で動かす方式を採用しており、限界まで簡素化されたマニピュレーターは5本指ではなく鉤爪状の3本指。また戦闘用、あるいはサバイバル用に折り畳み式のブレードを両腕に搭載しているほか、両脚のフレーム内には信号弾を装填した口径26mmの小型迫撃砲を備える。
これ自体が一種のサバイバルキットのようなものとなっているが、そもそもRシステム搭載機の数が少ない上に実戦での有人機の喪失も無かった事から、実戦で使い潰されるより耐用年数オーバーで破棄される物の方が多かったようだ……。




