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技術担当者を解雇したら戦闘機で復讐しに来た上に計画が頓挫しそうな件について

園児服ミカエル君「ぴえ」

ルシフェル「ぎゃははははははははwww」


園児服ルシフェル「ぴえ」


クラリス「ン゛ン゛ッ゛」←尊死


《―――きや……りきや…………力也》


 懐かしい声。


 聴きたくても、もう二度と聴けない妻の声。


 耳元で、吐息が感じられるほどの距離で囁くその声の主は、間違いなく彼女なのだろう―――セシリアなのだろう。


 闇に溶けかけていた意識が、その声に掬い上げられる。


 ゴツ、ゴツ、と外から響いてくる硬質な音。いったい何の音だろうか……うるさいなさっきから、と若干の苛立ちを抱きながら目を開くと同時に、コクピット内に響き渡るビープ音と、緩やかに下がっていく高度表示が目についた。


 結論から言うと、俺はまだ生きていた。


 何と悪運の強い事か―――俺は確か、セシリアらしきパイロットが乗る敵機と相討ちになって、それからどうなったか……。


 まだ混濁する意識を強引に迸らせ、機体各所のシステムチェック。


 火器管制システムに問題はないが、しかし機体そのものに深刻な損傷が生じていた。


 敵機―――Su-57SMが搭載していた試作レーザーキャノン。おそらくはあれが掠めたか、あるいはあれが纏うプラズマの余波を受けた結果かは定かではないが、Su-57Rの右側のエンジンと尾翼の半ばほどが捥ぎ取られていて、主翼や垂直尾翼のフラップもガタガタと揺れたり固着してしまって使い物にならなくなっていた。


 ウェポン・ベイのハッチもプラズマを受け破損、脱落。塗装も至る所が剥げ落ちて、機体を何とかその推力だけで飛ばしている左側のエンジンもいつ力尽きるか分からない。


 場合によっては機体を棄て脱出する選択をしても良いレベルの損傷だが、しかしそうできない理由があった。


 気を抜けばそのまま墜落しかねない、俺のSu-57R。


 ボロボロになったソイツの下に潜り込んだ3機の無人機(UAV)―――X-36”スカイゴースト”たちが、今にも墜落しそうな俺の機体を下からぐいぐいと押し上げようとしているのである。


「お前ら……?」


 X-36スカイゴースト―――3機のこいつらには、『ジェイコブ』、『コレット』、『マリウス』とかつての戦友たちの名をTACネームとして割り振っている。


 彼らの任務は俺の突入支援であり、場合によっては盾として、あるいは矛として、無人機らしい犠牲を顧みない強引な戦術のために使い潰される事こそが存在意義である筈の空の幽霊(スカイゴースト)たち。


 こんな行動は命じていない―――プログラムにも存在しない筈。


 なのにどうして……?


 ふと、以前死にかけた時の事を思い出す。


 死者たちが集う酒場に、俺がやってきた時の戦友たちの反応リアクション


 まだ来るんじゃない、帰れ、ここに来てはいけない―――そんな彼らの声なき叫びが視線に宿っていたように、そう思えた。


 今だから言えるのは、少なくとも俺の死に場所はあそこではないのだ、という事。


 では、今は?


 今も、なのか。


 俺の死に場所は、まだまだ先だと―――こんなところで死んではいけないと。


 ”生きろ”―――死者たちが、俺を置いて先に逝きやがった大馬鹿野郎たちがそう告げているように思えて、緩みかけた涙腺にも力が宿る。


 死にかけの機体に鞭を打ち、高度を上げた。ギギギ、と装甲や主翼が軋み、システムが空中分解警報を発してくるが、今はとにかく敵に向かって飛ぶことが出来さえすればいい。


 雑念を払い、飛んだ。


 生きるために、飛んだ。


 仲間たちのために―――飛んだ。


















《対空砲7番、9番、13番沈黙》


《左舷対空警戒レーダー、動力ストップ》


《左舷第8区画で火災、第11区画でシアンガス発生》


 鳴り止まない警報に、ミリセントは唇を噛み締めた。


 ドローンを突破し、あろう事か総旗艦たるパンゲアに対艦ミサイルのタッチダウンを決めた5機のJ-20たち。


 被弾、炎上するパンゲアをあざ笑うかのように上空へと抜けた彼らは上空で散開ブレイク。総旗艦に牙を突き立てた不届き者を成敗せんと追い縋るドローンたちの攻撃を躱し、逆に1機、また1機と返り討ちにしていく。


 機関砲に小柄な機体を砕かれたドローンが火を吹きながら斜めに落ちていくのを見て、ミリセントは怒りの滲んだ声を張り上げた。


「”ムー”をこっちに回せ!」


《空中戦艦ムー、撃沈された模様》


「……なんだと?」


 空中戦艦ムーは、パンゲアと同じく撃沈を免れた貴重な空中戦艦である。


 テンプル騎士団叛乱軍空中艦隊の中核を成す4隻の空中戦艦たち―――『パンゲア』、『アトランティス』、『ムー』、『レムリア』のうち、血盟旅団との交戦で喪失したのはレムリアとアトランティスの2隻だ。


 だから残されたパンゲアにイコライザーを搭載し、ムーと艦載機、ドローン群に防空任務を任せていたのだが―――その守りの要となるムーが撃沈されたという知らせは、ミリセントの背筋に悪寒を走らせるには十分すぎた。


 勝利が決まっていた戦いが、分の悪い賭けに成り下がりつつある瞬間。


 勝利が陰り、敗北が可視化され始めるその境目を、ミリセントはたった今明確に認識した。


 負ける―――今この瞬間において、最も考えたくない事だった。


《同志団長の反応喪失》


「……やはり、紛い物ではここまでが限度か」


 本物であればこうはならなかっただろう―――本物なら、正真正銘本物のセシリア・ハヤカワだったのならば、こんなに弱くなかったはずだ。戦に対する迷いなど微塵も持ち得なかったはずだ。自らの抱く理想のため、信念のために突き進み、立ち塞がる敵を全て粉砕していくような強さを見せつけてくれた筈だ。


 それがどうだろうか。この程度の―――この程度の雑兵すら食い止められないとは。


「もう良い、発射だ!」


《警告。まだ射角調整が完全ではありません》


《補助薬室の点火同期作業に遅れが生じています。今撃てば着弾座標が63%ほどズレます》


「構わん、次元の向こう側に撃ち込む事さえできれば事足りる!」


 イコライザーの加害範囲は地球全土に及ぶ。


 特定の人種、言語、文化、性別、その他身体的、内面的特徴―――条件を複雑に設定する事で、その条件に該当する人間だけを狙い撃ちで死に至らしめる”民族浄化兵器”ともいえるイコライザーの魔の手は、地球全土をカバーするほど広範囲なのだ。


 その死の刃から逃れるには、地球を捨てて宇宙船で宇宙へ逃れるか、あるいは次元の壁を超えて別のパラレルワールドへ逃げ込むしかない。


 着弾座標がズレたところで、炸裂する場所が大気圏内であれば関係ないのだ―――地下に居ようが遠洋に居ようが、地球の裏側に居ようが、シェルターの中だろうが関係ない。発射されたイコライザーが炸裂すればホムンクルス兵の遺伝子を持つ人間すべてが、世界人口の8割が瞬時に死ぬ。


 そしてそれは、次元の壁を超えたこちら側の世界には波及しない。


 既に次元ゲートは開き、こちらの世界と向こうの世界は強引に繋がった状態だ。後はあのゲートの中へと正確にイコライザーを撃ち込めば、計画は成功する。


 テンプル騎士団の、ミリセントが思い描く理想の世界に。


 そのための贄として、世界人口の8割を殺す。


 残った2割で世界を再生するのだ。


「艦首ちょい上げ、照準合い次第固定!」


《了解》


 ドン、と艦橋内のモニターにミサイルが迎撃される映像が映し出された。


 CIWSの正確無比な対空射撃を掻い潜り、すれ違いざまに機関砲を撃ち込んでいく1機のJ-20―――垂直尾翼には”赤いリボンとクロユリの花束”のマーキングがある。


 おそらくはシャーロットの操縦する機体なのだろう、明らかに他の機体と挙動が違う。


 背後から迫る無人型のSu-57。機関砲の射撃を回避したかと思えば、唐突に機首を起こしてコブラで急減速。迫るJ-20の背中に接触するまいと回避したSu-57は結果として敵機を追い越して(オーバーシュートして)しまい、無防備な背中を晒す事になる。


 その背中に無慈悲にも機関砲の砲弾が何発も突き刺さり、Su-57は賢者の石の装甲を散らしながら錐揉み回転、無数の炎の礫を撒き散らしながら空に散った。


「シャーロット」


 その名を口にすると、不快感を覚える。


 生まれつき、身体に複数の障害を抱えていたフライト138のホムンクルス兵。大人のエゴに振り回された結果生まれてしまったその哀れな生い立ちには同情するが、しかしそこから先はミリセントには理解できない。


 生身の身体を捨て、機械の身体を得る―――なんとおぞましい事か。


 今の彼女の肉体には、熱く紅い血が通っていないのだ。冷たいオイルが血液の代わりに身体を巡り、脳に埋め込まれた電子回路とチップが思考を補正し、人工筋肉と人工骨格、ショックアブソーバーを備えた機械の足で大地を踏み締める鉄の味が滲んだ機械の身体。


 そのおぞましさに、ミリセントは嫌悪感すら覚える。


 そしてそんな彼女が、技術責任者として叛乱軍の兵器開発を一手に手掛けていた事も。


 どうしてそうも諦めが悪いのか。


 なにゆえそこまで”生”に執着するのか。


 生まれ持った肉体を棄て、機械の身体を得てまでも。


 ミリセントにはその執念が、1ミクロンほども理解できない。


















 『人間とは、執念を持つ怪物である』。


 遥か昔―――それこそ全てのホムンクルス兵たちの始祖にしてオリジナルとなったタクヤ・ハヤカワ、その父親であり最強の転生者であったとされているリキヤ・ハヤカワの時代。


 世界を一度支配したという伝説の吸血鬼、『レリエル・クロフォード』が遺したその言葉は、人間の本質を見事に言い表していると言えよう。


 人間が怪物と呼ぶ相手には執念がない。


 生きようという意志はあれど、自分よりも強者を前にして乗り越えよう、打ち破ってみせようという執念までは持ち合わせていない。


 人間だけだ―――食物連鎖において上位に位置する絶対的捕食者を前に、”乗り越えよう”と戦いを挑む種族は。


 そのための力を、人間たちは貪欲に求めてきた。


 それが剣であり、魔法であり、銃であり、大砲であり、法であった。


 シャーロットの場合はその執念のベクトルが、技術に……いや、”探求心”に振り切れていただけなのかもしれない。


 知りたい、解き明かしたい、頭の中で理解したい―――そして己の技術として取り込みたい。そんな満足する事のない、底のない欲求が今のシャーロットを生んだ。技術を貪欲に求め、取り込み、自らのものとして昇華していく今のシャーロットを。


 彼女が歩んだ地獄のような今までの人生を、ミリセントは書類でしか知らない。


 だからミリセントに、シャーロットという人間は決して理解できないだろう。書類だけで判断し、上辺だけでヒトを見るような人間には、地獄の底から這い上がってきたシャーロットは決して理解できない。


 コブラでオーバーシュートさせた敵機を背後から撃ち、そのエンジンと主翼を粉々に砕く。火達磨になり、装甲の破片を撒き散らしながら錐揉み回転していく敵機をバレルロールで回避しながら上昇、無防備な腹を晒すドローンを機関砲で叩きのめす。


 爆炎を突き破り、炎を纏いながらさらに上昇するシャーロットのJ-20。そんな彼女の背後に追い縋ろうと無人型のSu-57が2機のドローンを管制しつつ追い縋るが、次の瞬間には背後から飛来したミサイルがドローンを撃墜。慌てて回避に転じたSu-57の無防備な背中を、背後に忍び寄った別のJ-20が食い破る。


 3つの爆炎を尻目に宙返り。機首を空中戦艦パンゲアへと向け、シャーロットは漆黒の翼を躍らせる。


 ちらり、と視線を次元ゲートの方へと向けた。


 何の変哲もない夜空の一角が、ぱっくりと真っ赤に開いている。


 既にパンゲアの艦首は上下に展開、砲身が露出し発射シークエンスは最終段階に迫っていると見えた。いつミリセントが発射スイッチを押してもおかしくない状況―――遥か彼方のリュハンシク城に居てもなお、その背筋を冷たい感触が伝う。


《こちらミカエル、間もなく敵艦上空に到達する。シャーロット、状況知らせ》


「敵艦のレーダー及び対空砲を破壊、されどまだ健在な対空兵器が―――」


 ビープ音。


 舌打ちをしながらバレルロール、然る後に急旋回しフレアをばら撒いた。パンゲアのミサイル発射機から発射された空対空ミサイルたちがフレアの欺瞞に引っかかり、空中に複雑な白煙を描いてどこかへと飛び去っていく。


 現状、レーダーの破壊には成功している。


 しかし対空兵器がいくつか健在なのだ。それに加えて敵の艦載機の数も残っていて、今降下させるのは危険なのではないかという思考が働く。


 だが―――今降下させなければ、発射に間に合わない。


 タンプル砲の砲口内部へミサイルでも撃ち込むかと考えたが、もしそれでイコライザーがこっちの世界で起爆すればホムンクルス兵であるシャーロットとシェリル、クラリスも死滅する事になる。


 そんな事は、ミカエルは望まない。


 かといって強引に降下させれば仲間たちに犠牲が―――!


 どうすれば、と歯を食いしばったその時だった。






《待たせたな、ヒヨっ子共!!》





 ヒグマのような低い声。


 ハッとしながらレーダーを見たそこには、いつの間にか新しい反応が生じていた。


 生きていた―――やってきたのだ、”ウェーダンの悪魔”が。


 



《ぶっ殺してやるぜジュテェェェェェェェェェェェェェェム!!!》





 かつては”悪魔”と呼ばれた男ではあるが―――しかし今だけは、守護天使に思えた。





シャーロットのエンブレム:『赤いリボンとクロユリの花束』


クロユリの花言葉:【復讐】

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ゴーストが宿りSu-57Rを懸命に押し上げるX-36が、満身創痍になりながらヤマトを曳航して救出した山南さんのアンドロメダ改に少し被りました。嘗ての戦友たちも、今少しこの世に舞い戻りパヴェルに力を貸し…
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