表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

807/980

巨鯨狩り

ミカエル「催眠アプリ?」

パヴェル「そ。作ってみたからとりあえず喰らえーい」

ミカエル「ハッ、そんなエロ同人じゃないんだから……効くわけねーじゃん」

パヴェル「あれ……おかしいな?」


スク水ミカエル君「とりあえず今日一日スク水で過ごすわ。当然だよな」


パヴェル「 効 い て る 」



 幼き日のシャーロットは、ある日空を飛ぶ夢を見た。


 真っ白な、美しい鳥へと姿を変え、大空へと羽ばたく夢。誰にも縛られず、何のしがらみもない自由な空へ。


 雲を突き抜けて、渓谷の合間を潜り抜け、橋の下を潜りビル群を睥睨しながら自由に飛ぶ夢。


 今にして思えば、あれは身体を満足に動かせなかった自分に対する不満が、空を飛ぶ鳥への憧れという形で具現化したものではないか―――合理性を追求し、オカルトの類は一切信じない無神論者であるシャーロットではあるが、しかし幼少期のその経験だけは脳裏に焼き付いていた。


 その夢が、22歳にして現実になるとは誰が考えただろうか。


 機械を通じ、J-20というステルス戦闘機と接続されたシャーロットの意識。視界には大地の裂け目のようにも思える渓谷の岩肌が映り、不規則に突き出たそれらが凄まじい速度で後方へと流れていく。少しでも操縦を誤れば、彼女の操る【J-20R】(※J-20のRシステム搭載型)は編隊機と共に岩肌へと激突して鉄屑と化し作戦はプランBへと移行する事となるだろう。


 とはいえ、シャーロット本人がJ-20に乗っているわけではない。パヴェルは自分でSu-57Rに搭乗し作戦空域で戦っているが、シャーロットはリュハンシク城の地下にある自室から遠隔操作(リモートコントロール)でJ-20を飛ばしている。


 だから仮に機体が撃墜されても、機体が失われるだけでシャーロットまで運命を共にする事はない。神経を接続し脳波と電気信号で操縦してこそいるものの、痛覚まで繋がっているわけではないので被弾し主翼をもぎ取られたところで痛みがフィードバックされる事も無いのだが、しかしシャーロットも科学者だ。自分が寝食を惜しみ、手塩にかけて調整を施した兵器に対する愛着はあるし、何より作戦の成否を託された身でありながら操縦をミスり岩肌に激突するなどという醜態を晒す事は、シャーロットのプライドが許さない。


 意識をちらりとデータリンク中のSu-57Rに向ける。パヴェルの操るSu-57Rは現在敵空中戦艦(恐らく空中戦艦ムーだろう)と交戦、レーザーキャノン装備の敵機からの攻撃を躱しつつ、空中戦艦にダメージを与えているところだった。


(同志大佐が身体を張っているんだ。無様な結果など許されない)


 期待には応えなければ。


 視線を上へと向けた。


 装甲で覆われたキャノピーに搭載されている複眼型センサーが旋回、上方を向く。シャーロットの視覚と連動したそれに映し出される映像の中では、複数の警戒型ドローンが警告上空を通過しているところだった。


 主翼の下にサイドワインダーを吊り下げたドローンたち。テンプル騎士団叛乱軍の識別データと一致しない機体を発見次第、敵機の位置を友軍に通報しつつ搭載したミサイルによる迎撃を行う”空域指定徘徊型”のドローンだ。


 しかし空を舞う番犬の如きドローンたちの真下、渓谷の中を高速で通過していくJ-20たちに、漆黒の番犬たちは全く気付かない。


 ドローンの脅威を認識しながらも、しかしシャーロットは全く焦る事はなかった。


 それはそうだろう―――あのドローンたちを設計、開発したのはシャーロットなのだから。


 索敵範囲は広く、敵機発見の情報が全軍に共有されるまでのタイムラグは僅か0.3秒。それと同時に機体の制御が索敵モードから攻撃モードへと切り替わり、周辺を警戒しつつも発見した敵機の排除を優先して行うようソフトを組んである。


 つまり一度発見されれば集中攻撃を受ける事になるわけだが―――しかしその警戒網にも、穴がある。


 低空を、それも渓谷の合間を縫って飛んでくるような敵機を正確に認識できないのである。


 一応は敵機の存在は認識する―――だがしかし不鮮明にしか確認できないため、低空を飛ぶ敵機を補足した場合は接近してのダブルチェックを行い、それから敵機と断定し攻撃してくるのだ。


 シャーロットが何度も改良を試みてもなかなか解決できなかった問題であり、テンプル騎士団叛乱軍への在籍があと5日伸びていれば、その欠点を完全に克服するためのアップデートを行っていた筈だった。


 しかし5機のJ-20を引き連れて飛ぶシャーロットに気付かないところを見ると、そのアップデートは行われていない可能性が高い。シャーロットの頭上を警戒するドローンたちは機体下部のセンサーポッドを明後日の方向へと向け、指定された空域内を巡回するばかりだ。渓谷の中を飛ぶシャーロットに気付いた敵機は1機もいない。


(まあ、アップデートファイルは削除したからねェ)


 自分を使い捨てにしようとした報復に、ミカエルにも手伝ってもらいテンプル騎士団叛乱軍のサーバーにハッキングをかけて自分の発明品のデータを回収、残った分のバックアップはウイルスを放流して根こそぎ破壊し尽くしたのだ。それも修復を試みようとすれば接続した端末にも瞬時に感染、ファイルを片っ端から破壊するおまけ付きである。


 これの修復ができる人物がいるとすれば、造った張本人のシャーロットか、テンプル騎士団の誇る天才―――フィオナ博士とステラ博士くらいのものであろう。


 その弱点を知っているからこそ、侵入経路に渓谷を選んだ。


 バレルロールしつつ渓谷にかかる橋の下を通過。意識をマップに向けると、空中戦艦パンゲアが潜んでいるであろう予測範囲があと75㎞まで迫っていた。


 ふう、と息を吐く。


 攻撃目標は空中戦艦パンゲアの対空火器、そしてレーダー。敵の眼と拳を潰し、後続の突入部隊が突入しやすい状況を作るのがシャーロットの任務だ。失敗すれば健在な対空火器が突入部隊に牙を剥く阿鼻叫喚の地獄となるだろう。


 脳裏にミカエルの顔が浮かんだ。


 つい少し前までは敵同士で、殺し合う関係だったシャーロットとミカエル。


 元々は敵だった女に、しかし自分の命を預ける―――こうして考えてみると、なかなか正気の沙汰とは思えない。


 裏切ったらどうするつもりだったのか、とシャーロットは思うが―――しかし一方で、そういう合理性が通用しない相手である事も分かっていた。


 ミカエル的な言い方をすれば、「信じている」のだ。


 シャーロットならやってくれると。共に戦ってくれると。


「……ハッ」


 空気清浄機越しの清潔な空気、Gとは無縁の操縦席、撃墜されても死ぬことのない遠隔操作。


 現場の臨場感を微塵も感じない機械の揺り籠(クレイドル)の中で、シャーロットは笑った。


「リガロフ君……君はホントにお人好しが過ぎる」


 おかげで調子が狂わされる。


 でも―――だからこそ。


 自分には持ち得ないものを持っているからこそ、彼女に、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフという存在に惹かれたのかもしれない。


 失敗したくない―――ミカエルの、仲間たちのためにも。


 以前までの自分では持ち得なかった感情に気付き、シャーロットは目を細めた。


「ホント……調子が狂うねェ」


 意識を前方へと向けた。


 渓谷を抜ける―――それと同時に機体の武器システムをアクティブに。ウェポン・ベイが一斉に解放された事によってレーダー反射断面積が増加、2秒ほど遅れてレーダー照射を受けている旨を知らせるビープ音が鳴り響く。


 キャノピーの向こう―――そこに、巨大な空中戦艦が浮遊していた。


 パンゲア級1番艦、テンプル騎士団叛乱軍空中艦隊総旗艦『空中戦艦パンゲア』。


 シャーロットの操るJ-20Rの存在に気付いたドローンたちが一斉に旋回、ミサイルのロックオンを開始する。それと同時にパンゲアの船体各所に搭載された空対空ミサイルやCIWSも展開し始めるが、しかしもう遅い。


 巨鯨を屠るための銛は、既に投げ放たれたのだから。


 J-20たちから発射された虎の子の対艦ミサイルが、敵艦へと一直線に伸びていく―――。


















《返答期限が過ぎました》


「……タンプル塔からの返答は無い、か」


 薄暗い艦橋の中。自分以外に人間のいない、しかしそれでいて広く、壁面のスリットから漏れる蒼い光を浴びながら腕を組んでいたミリセントは、予想通りの展開となってしまった事に落胆していた。


 何たる事か。


 今のテンプル騎士団本部に、かつての強いクレイデリアの復活を望む者は誰もいないというのか。声を挙げる事すらできないというのか。


 こうして何度も呼びかけていれば、もしかしたら―――もしかしたら、あの頃のクレイデリアを、力こそが全てだった全盛期のテンプル騎士団復活を望む一派が決起してくれるのではないかと最後の最後まで期待していたミリセント。もし彼女らに呼応し決起の様子が確認できれば、まだ祖国も捨てたものではないと思う事は出来ただろう。


 しかし結果はこの有様だ。度重なる呼び声に呼応するどころか、返答すらもない。


 全てが腑抜けてしまった。


 祖国も、軍隊も、人民も、全てが。


 もうあのクレイデリアに、かつての栄光は微塵も残っていない。武器を捨て、敵と歩み寄り対話で物事の解決を図らんとする平和主義者たちにより、二度の世界大戦を勝利に導いた大英雄セシリアの偉業は喰い潰されてしまった。


 国を奪われておいて、尊厳を踏み躙られておいて、あの愚民たちはいったい何を学んだのか。


 祖国を、家族を、財産を、全てを奪われたあの大敗北から、何を。


 落胆こそしたが、しかし同時に迷いも完全に消え失せた。


 ならばこそ、このイコライザーの炎で腑抜け共を―――祖国を食い荒らす害虫たちを焼き払い、あるべき世界を取り戻すのみ。


 この一撃は決して叛逆の証などではない。世界再生のための一撃、その号砲なのだ。


(イコライザーによる攻撃を承認する)


《了解、起動コードを》


(”Д-5436678392ё”)


《コード認証中―――認証完了。イコライザーによる攻撃を実行します》


《艦首ちょい上げ、艦首下部スラスター出力20から25%へ》


《仰角+15度》


《艦首装甲解放、砲身展開》


 艦橋の床が、ゆっくりと後方へ傾いた。


 艦首下部のスラスターが船体を持ち上げ、仰角を付け始めたのだ。


 それと並行して、ステルス機の機首を思わせる艦首の装甲が上下に展開。まるで獲物を前に大口を開けるワニのように開いたかと思いきや、そこから螺旋状に回転しつつ、口径200㎝の要塞砲―――”タンプル砲”の砲身が姿を現す。


 船体側面からも艦内に収納されていた補助薬室が続々と展開。それはまるで裁きの炎で大地を焼き尽くさんとする、神話に登場するエンシェントドラゴンの威容を思わせた。


《次元ゲート、開きます》


 艦首側―――前方の空間が、唐突に紅く裂ける。


 まるで巨人の腹にナイフを突き立て、力任せに引き裂いたような禍々しい光景。それは科学の力で強引に引き裂かれた空間の、あるいは次元の傷口のようにも見えた。


 今頃、クレイデリア連邦首都『アルカディウス』上空にも同様の空間の裂け目が出現している事だろう。ここへとイコライザーをセットしたミサイルを撃ち込めば、それですべてが終わる。向こうの世界のホムンクルス、あるいはその遺伝子を持つ人間は瞬時に死に絶え、世界経済も秩序も何もかもが崩壊するのだ。


 世界の全てをリセットし、セシリア・ハヤカワの理想を受け継ぐミリセントたちが新たな秩序を作り上げる。力が全てを支配する世界を、人類が本来あるべきカタチを。


 これはそのための犠牲なのだ。


 絶対的な力による統治。その理想実現のための対価として、これからミリセントはたった一発のミサイルで、90億人の人間を殺す。


「……すべては”100年先の未来”のため、【ハヤカワ家100年の理想】のために」


 そのために、テンプル騎士団に殉じる覚悟をした。


 これからそれを実行に移すのだ。


 今のミリセントは、チェックメイトを告げるべく、最後の一手を打とうとしている状態と言っていい。あとはこの(ポーン)を掴んだ手を、盤面にそっと下ろせばいいだけだ。


 しかしその寸前になって―――艦橋内に聴きたくないビープ音が響き渡る。


「!」


《左舷、距離7500に敵機を確認。数5》


「警戒ドローンは何をしていた?」


《敵機は渓谷を低空飛行し接近した模様。ドローンの索敵範囲外です》


「小癪な真似を……対空戦闘!」


《対空戦闘開始。ミサイル、CIWS、撃ち方始め》


《敵機ミサイル発射。回避間に合いません》


 囮だったのか―――今になって、ミリセントは理解した。


 リュハンシク方面から馬鹿正直に突っ込んでくる航空隊―――速河力也(パヴェル)のSu-57Rとその随伴の無人機たちこそが本命であると、そう思っていた。


 しかしそれ自体が陽動だったのだ。


 パヴェルのSu-57Rに意識を向けさせつつ、セシリアの乗ったSu-57SMという切り札を差し向けさせ、がら空きの母艦を対艦攻撃装備のJ-20たちに襲撃させる。


 ミリセントは相手の作戦にまんまとはまったのだ。


《―――やあ、久しいねぇミリセント》


「シャーロット……!?」


 ノイズ交じりに艦橋に響くのは、間違いなくかつての戦友の―――そして使い捨てるつもりだったシャーロットの声。


 無線は幾重にも暗号化しているし、セキュリティも万全である筈だが、しかし彼女はそれすらも易々と突破しチャンネルに割り込んできた。


《これはボクとシェリルからの餞別だ。遠慮せず受け取りたまえよ》


《―――直撃、来ます》


 CIWSの迎撃を掻い潜ったミサイルの一団は、もうすぐそこまで迫っていた。




 ズン、とパンゲアの巨体が激震した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
反乱軍のシステムやドローンは彼女が作ったのですから、その性能や弱点は文字通り親の顔より熟知してるでしょうし、シャーロットからすればないも同然のセキュリティですね。しかもアップデートファイルや元の開発デ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ