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ウェーダンの悪魔、空へ

ミカエル「また尊厳破壊された……」

本物セシリア「……」


本物セシリア「私の受けた仕打ちがこちらだ」


土下座ミカエル君「すみませんでした」


ルシフェル「うーんこれはガチの尊厳破壊」


 『第一次、第二次世界大戦中、ヴァルツ帝国軍が被った損害の2%は速河大佐単独での戦果であるとされている』


 『テンプル騎士団の最高栄誉勲章である”特級赤星英雄勲章”の受章者は、現在に至るまで速河大佐ただ1人だけである』


 『彼は特戦軍所属の指揮官であるが、Rシステム搭載機のテストパイロットとして空を飛んだ事もあり、その際に確認戦果5機、未確認含め8機という戦果を記録しており、歩兵でありながられっきとしたエースパイロットとして名を連ねている』




 テンプル騎士団本部、”ウェーダンの悪魔”速河力也大佐に関する公開情報より


















 唐突なビープ音と共に、”それ”はレーダー上に現れた。


 敵機接近の警報音。それと共に、テンプル騎士団側の航空隊―――Su-57のコクピットに座り操縦桿を握っていたホムンクルス兵のパイロット、”アビゲイル”は頭の中身を戦闘モードに切り替えた。それに呼応するように上空を旋回していた無人型のSu-57たちが彼女の機体の周囲に集合、編隊を組んで敵機の迎撃へと向かう。


 アビゲイルの操るSu-57もまた、従来型のSu-57にテンプル騎士団由来の技術を注ぎ込んだ改良型だ。現地改修型であり、彼女たちは便宜上【Su-57M】と呼称しているモデルである。


 キャノピーもガラス張りではなく装甲で覆われ、外部の様子は機首下部に搭載されたカメラからの映像でキャノピー内側に張り巡らされたモニターに投影される仕組みとなっている。また機体の操縦も従来式ではあるが、加えてパイロットの電気信号を拾う事で細かい動きを補正する事が可能となっており、パイロットの四肢切断や機械化を必要としない、”簡易型Rシステム”という立ち位置となっている。


 アビゲイルがパイロットスーツの上から首に装着している、武骨な首輪のようなデバイスがそれだ。


(”シザー1”よりCP(コマンドポスト)所属不明機(アンノウン)が接近)


CP(コマンドポスト)よりシザー1、交戦を許可する》


(了解―――待って、これは)


 息を呑んだ。


 敵機の反応はある―――若干映り辛い事からステルス機である可能性はあるが、問題はそこではない。


 接近中の敵機のスピードが異常なのだ。


 所属不明機(アンノウン)の速度はマッハ5を超えており、更に加速を続けている。編隊を組んだシザー隊が旋回して進路を変更、接近中の敵機をヘッドオンでの迎撃を試みようとしている間にも、既に所属不明機(アンノウン)の速度はマッハ7.5にまで達している。


(速過ぎる―――ミサイル?)


 極音速ミサイルの類ではないか。そう思い今の装備での迎撃は可能かと真面目に検討し始めたアビゲイルの脳内に直接響いたのは、レーダー照射を受けている旨の警告音―――パイロットをやっていて一番聴きたくないビープ音だった。


「ミサイル! 散開(ブレイク)散開(ブレイク)!!」


 コクピットで叫び、急旋回。それに呼応するように編隊機も編隊飛行を解き、ミサイル回避のために散開ブレイクしていった。


 彼女たちホムンクルス兵には”魔力通信”という通信手段がある。いちいち言語を発しなくても思考を魔力に乗せて相手に伝達する事が可能な、外部からの干渉を一切受けない後期生産型のホムンクルス兵にのみ許された芸当である。


 それでも思わず声を口に出してしまったのは、彼女がそれだけ焦っているという事だろう。


 マッハ7.5で飛行する所属不明機(アンノウン)から発射されたミサイル―――最初は4発だったミサイルの反応が、しかし唐突に増加し殺到してくる。


 その数、32発。


(多弾頭ミサイル!?)


 ビープ音が鳴り止まない。操縦桿を倒し、急旋回してミサイルを回避。しかしやり過ごしたと思ったミサイルが彼女の後方で急旋回、反転しなおも追尾してくる。


 上下左右が二転三転する滅茶苦茶な視界の中、カッ、と紅い炎の華が咲いた。


 燃え盛る金属片が飛び散り、黒煙が夜空へと流れていく。


 急旋回を繰り返し猛烈なGが身体を苛む中、レッドアウトしかけの真っ赤な視界の端に編隊機の1機が撃墜された事を示す表示が見えた。4番機がミサイルの飽和攻撃を回避し損ね、3発もミサイルをまとめて叩き込まれたのだ。


 とはいえパイロットは乗っていない、無人機だ。人員の損耗を気にする必要はないが、しかし依然として敵機の正体は不明なままである。


「くそ、くそっ……シザー4が喰われた!」


 ごう、と夜空がく。


 顔を上げたアビゲイルは、その時確かに見た。


(流れ星……?)


 それはほんの一瞬、差し迫った死の中で垣間見た一瞬の光景。


 夜空の中を、断熱圧縮熱により生じた紅い炎を纏って飛ぶ1機の黒い悪魔。


 Su-57をベースにカナード翼を追加、エンジンノズルの大口径化、テールコーンの延長―――そして主翼を上下から挟み込むように搭載された追加ブースター。


 それは紛れもなく、Su-57R―――ヒトとしての尊厳を捨てた者だけが手にする、悪魔の力の具現だった。

















 

 アビゲイルの動揺と思考、そして目にした光景の全ては魔力通信を通じ、セシリアの頭の中へと直接送り届けられていた。


 魔力通信は後期生産型のホムンクルス兵にのみ許された特権だが、彼女たちホムンクルスのオリジナル、その直系の子孫にあたるセシリアはその全てを一方的に受信する事が出来る。オリジナルの末裔、ホムンクルス兵たちの最上位個体としての特権だ。


 ドビュッシーの『月の光』が流れる薄暗い環境の中、艦長席に座っていたセシリアは目を開けて身体を起こした。彼女の闇色の瞳に、最高の愉悦を控えているかのような喜びの色が浮かぶ。


 傍らに控えていたミリセントは、セシリアが抱いた感情を鋭敏に感じ取っていた。


「……何も同志団長自らが出向かなくても」


「どの道アビゲイルでは止められんさ」


 分からんか、と言いながらセシリアは艦橋を後にした。


「―――相手はウェーダンの悪魔(私の夫)だぞ」


 ウェーダンの悪魔―――セシリアがそうであるように、その異名を持つ男もまたテンプル騎士団の力の象徴として(そして左派系メディアからは戦争犯罪の象徴として)見做されている。


 第一次、第二次世界大戦では最高の転生者討伐数を記録し、その記録は未だ破られていない。第一、速河力也(パヴェル)という男が単独で挙げた戦果だけでも()()()()()()()()()()()()()()2()%()()()()()という試算結果が出ているのだ。

 

 世界大戦が終わり、緊張状態にこそあれど大きな戦闘も無かった冷戦時代に入隊してきた青二才たちとは根本から違うのである。


 セシリアには分かる―――あの男は、速河力也という夫は、戦争の中で生き、戦争の中で死んでいった生粋の兵士だ。文字通りの”戦争の悪魔”の具現である。


 そんな男が最高の装備を携えて向かってきたのだ。並のホムンクルス兵では太刀打ちするどころか、足止めすら不可能だろう。


 空中戦艦『パンゲア』の格納庫へ降り、無人の格納庫内で出撃可能な状態に整備されていたSu-57のうちの1機に乗り込んだ。カナード翼の追加とエンジンの大口径化、エア・インテークの大型化にテールコーンの延長といったSu-57Rのアップデートを通常のSu-57Mにも反映した、テンプル騎士団仕様の『Su-57SM』だ。


 その加速力と機動力は凄まじく、機体に軽さと頑丈さを併せ持つ賢者の石を使用した事で機体強度もさらに向上。極音速ミサイルさながらの超加速と無人機並みの機動性を獲得するに至ったが、しかし当然ながら生身の人間による操縦を企図したものではなく、無人化、あるいはホムンクルス兵のように頑丈な肉体を持つ種族のパイロットが操縦する事を前提とした、()()()()()の機体だ。


 軍服姿のままコクピットに滑り込むや、座席に背中を預けた。


 ガラス張りではなく、内側にモニターを配したキャノピーがゆっくりと閉鎖され、装甲で覆われたキャノピーの内側にパンゲアの格納庫内の映像が映し出される。


 ごうん、と巨大なクレーンアームがセシリアのSu-57SMを掴んだ。そのまま機体を持ち上げて移動させていくと、格納庫に隣接する発艦区画の床がゆっくりと解放されていく。


 眼下に広がるのはアラル山脈の斜面、そしてうっすらと艦を包み込む純白の雲。


《同志団長、敵機は既に艦隊に接近。現在”ムー”が対空戦闘中です》


(ん、了解した)


 さて、と操縦桿を握り締めるセシリア。


 やはり、戦は良い。


 これほどまでの胸の高鳴りを、かつて感じた事があっただろうか。


 弾丸が掠め、砲弾が降り注ぎ、ほんの少しの運の差で生きるか死ぬかが分かれる戦場―――血肉散らばり鉄火燃ゆる死地でこそ、輝くものがあるとセシリアは信じている。


 だからこそ。


 ―――この一戦を、限界まで楽しもうと心に決めた。


「セシリア・ハヤカワ、出る」


 Su-57SMが推力を得るや、機体を吊るしていたクレーンアームのロックが外れた。


 一瞬、Su-57SMが空中に投げ出されるが、それも一瞬だ。瞬く間に化け物じみた推力が大地に呑まれんとしていた機体を前へ前へと押し出して、紅い輝きを放つ漆黒の翼を満月頂く星空へと飛翔させる。


 黒き死の鳥が、空へと放たれた瞬間だった。

















 身体が押し潰されそうだった。


 追加ブースターを起動した瞬間、身体がシートに押し付けられる。そのままシートを突き破り、コクピットの内壁に肉体がめり込んでケチャップさながらに潰れてしまうのではないか―――そんな低予算スプラッター映画みたいな一幕を真面目に想像してしまえるほどに、そのGは殺人的なものだった。


 Su-57Rの主翼を上下から挟み込む形で追加装備された外付け式ロケットブースター。多弾頭ミサイルを搭載可能なパイロンまで有するそれは、【敵に発見されようとも対応する前に防衛網を突破し敵艦隊にタッチダウンする】という、相当頭のイカれた作戦を現実のものとするために用意された急増品だ。


 機体がぐんぐん加速していく―――電子音と共に《Опасно G(オーバーG)》と音声が流れ警告を促してくるが、そんな警告に耳を貸している場合ではない。敵機はすぐそこまで迫っている。


 骨や体内の機械部品が軋む音を全身で感じながら、多弾頭ミサイルを解き放った。


 追加ブースターに搭載された4発の空対空多弾頭ミサイル。シャーロットの設計により開発されたそれは、1発につき8発の空対空ミサイルを搭載、それぞれが個別の標的をロックオンし突っ込んでいく事が可能という、一対多を想定した武装だった。


 発射されたミサイルたちが夜空へ伸びていくや、カバーが外れて中から子弾たちが勢いよく散布される。炎を灯し、流星さながらの勢いで敵機へと突っ込んでいく。


 ロックオンされた事を悟った敵機(Su-57か?)たちは即座に散開ブレイク。中にはフレアをばら撒いてまで逃れようとする敵機もいたが、追尾してくるミサイルは1発だけではない。回避したと思ったら正面から挟み込むように飛んできたミサイルが2発も機首下部を直撃して、1機のSu-57が空に散った。


 慌てふためく敵機たちを尻目に、その頭上を悠々と通過。敵航空隊の隊長機らしき機体が反転して追尾してくる素振りを見せたが、既にマッハ7.5まで達したこのSu-57Rに肉薄など出来るものか。


《Дополнительное топливо для ускорителя, осталось 30%(追加ブースター燃料、残り30%)》


 加速終了まであと少し。


 まだか。


 敵艦隊はまだか。


 身体にのしかかるGに必死に耐え、歯を食いしばる。


 星空の天蓋とその中心に浮かぶ満月。


 眼下に広がる雲海。


 レーダーの端に、反応があった。


 ―――大物だ!


 コクピット内で流れていた楽曲が切り替わる。


 プレイリストに入れていたお気に入りのジャズが流れ始めると同時に、追加ブースターの燃料がゼロになった。


《Бустерное разделение(ブースター分離)》


 燃料を使い果たした追加ブースターが自動で分離。固定具が外れ、メタルイーターの作用で急激に分解されながら夜空へと散っていく。


 それを尻目にウェポン・ベイを解放。腹に抱えていた2発の対艦ミサイルが顔を出すや、敵艦からレーダー照射を受けている事を知らせるビープ音が鳴り響いた。


 戦闘態勢に移行したテンプル騎士団の空中戦艦が上昇。雲海から舞い上がるや、空対空ミサイルをこちらに向けて放ってくる。


 ミサイル接近を告げるビープ音が喧しい。


 意識を前方に集中させるや、Su-57Rに搭載した機関砲―――27mmリボルバーカノン(ガトリング機関砲と比較しスピンアップの時間が惜しいためこちらを選択した)が火を吹くや、こちらに接近中だったミサイルの弾頭を機関砲の射程ギリギリの距離で砕いた。


 カッ、と目の前で紅い炎が這い回る。


 爆炎を突き破りつつ急減速。ミサイル接近に加えて失速の警報が鳴り響く中、機首を真上へと向け、機体の腹で空気抵抗を受ける。


 ”コブラ”と呼ばれるマニューバだった。


 その状態から急加速―――真上を向いたSu-57Rが、太陽目掛けて舞い上がるイカロスさながらに真上へと突き進んでいく。


 高度9000……9500……10000。


 ここだ、というタイミングで機体を減速。ストールターンで反転するや、背後から追ってきた空対空ミサイルがこちらを追えずに通過、夜空で炎の華を咲かせた。


 爆炎を背に受けながら逆落としの急降下。空中戦艦がミサイルによる迎撃を断念し、速射砲で弾幕を張りながら回避運動を取り始める。ボン、ボン、と夜空に高射砲さながらに砲弾がばら撒かれて黒い華が咲き乱れるが、そんなもので俺を落とせるものか。


 ミサイルのロックオンを始めたその時だった。


 唐突に、脳裏に冷たい感触が走った。


 このまま飛んでいたら拙い、という理屈のない危機感。


 正体不明のその感覚の赴くままに急降下を断念、急旋回で回避に移る。


 直後だった―――ズビュウ、と血のように紅い閃光が、回避しなければ間違いなくSu-57Rのコクピットがあったであろう空間を通過していったのは。


「レーザー兵器……だと?」


 叛乱軍の連中、本部ですら実験段階だった兵器を実用化したというのか?


 驚きながらも、夜空の果てを睨んだ。


「この気配、まさか」


 星の海の遥か彼方―――常軌を逸した殺気と共に、接近してくる”何か”がいる。







「―――生きていたのか、セシリア!」






 

夫婦喧嘩レベル100

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― 新着の感想 ―
何だったらまえがきでレギーナさんに「何となく」でしばき倒された、本物の同志団長であった。この人も姉を三度も失う、夫や娘に先立たれる、両親は処刑されるなど、そりゃ復讐鬼にもなるよねって経歴をお持ちですし…
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