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星空を越えて

ミカエル「喉乾いたぁ~……モニカ、魔術で水出して」

モニカ「しょうがないわねぇ♪」ばしゃー


パヴェル「やっべ冷却水がねえ……モニカ、水」

モニカ「しょうがないわねー」ばしゃー


ノンナ「あ、スープに使うお水足りない……モニカお姉ちゃん」

モニカ「はいはーい♪」チョロチョロ


シャーロット「モニカ君、半導体製造の洗浄工程に使いたいから超純水を出してくれたまえ」

モニカ「一気にハードル上がったわね」ばしゃー

シェリル(何気にウチの魔術師で一番有能なのモニカなのでは???)



 リュハンシク城の中が一気に騒がしくなった。


 動いたのだ―――テンプル騎士団が。


 俺の中のミカエルの記憶によると、テンプル騎士団は撃ち破らなければならない相手。この世界の裏側で度々暗躍し、不幸をばら撒いてきた忌むべき存在。そんな連中の計画が最終段階を迎えており、それを阻止するために血盟旅団の全戦力が差し向けられようとしている。


 メンテナンス用のベッドから、ゆっくりと起き上がった。うなじや背中のコネクタに繋がっていたコードが外れ、少しずつ、メンテナンス用の装置と半ば一体化していた自分の肉体が本来あるべき輪郭に戻っていくのを感じた。機械という”群”からルシフェルという”個”へ戻っていく瞬間、と言うべきだろうか。


「さて、ボクもやるべき事があるから失礼するよ」


「ドクター、どちらへ?」


 相変わらず自分の体格とサイズの合っていない黒い上着(テンプル騎士団の士官用コートだが肩のワッペンが取り外されている)を羽織り、大きな袖を萌え袖にしながらメンテナンスルームを後にしようとするドクター・シャーロット。彼女の背中にそう問いかけると、彼女は楽しそうに笑いながらこっちを振り向いた。


「これから楽しい時間が始まる」


「?」


「なあに、自分たちこそ完全と思い込んでいる愚か者に一発喰らわせるだけさ」


 何の事か、すぐに分かった。


 ドクター・シャーロットは生まれつき多くの障害を抱えていた。彼女の属するフライト138は”欠陥品”と呼ばれるほどの個体群で、設計した錬金術師たちの期待通りのスペックを発揮したのは僅か2割のみであるという。


 数多くの障害を持って生まれ、自力で立って歩く事すら叶わない肉体を棄て、機械の身体に乗り換えたドクター・シャーロット。一度どん底を見てきたからこそ、底辺を這い回っていたからこそ許せないものがあるのだろう―――エゴで、あるいは政治的理由で、イデオロギーを大義名分として自分のようなホムンクルス兵を製造して失敗したと知れば無かったものとして振舞い、今やこの世界の神にでもなったかのように振舞うテンプル騎士団叛乱軍。


 理想に共感こそすれど、同時に許せない存在であったに違いない。


「ああ、そうそう」


 自走式車椅子に座りながら、ドクター・シャーロットは言った。


「そういうわけだからルシフェル君、キミのスリープモードはお預けだ」


「はあ」


「リガロフ君もこの通り出撃するからねェ。キミは彼女が不在の間、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフとして振舞ってくれたまえ」


「構いませんよ、元よりそういう目的で生み出されたのが俺ですから」


「うんうん、いいねェ。生みの親であるこのボクに従順だから、キミは大好きだ」


「俺への好意はオリジナルへの好意という事になりますよ」


「まあその通りだ。リガロフ君の事も大好きさ、気に入っている」


「研究対象として、でしょう?」


「失礼な、同じ女(同性)としてだよ」


「言っておきますが、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフの性別は男性です」


「そんな筈はない。データを取った時にシステムにも女性と判断されていた」


「機械のスキャンすら欺く性別……だと……?」


 なんなんだろう、俺のオリジナルって。


 実は自分で男だと思い込んでいるだけで、実は○○○ついてるだけの女性なのではないかという疑いまで出てきたからホント笑えない。冗談はやめてほしいものだ……冗談、だよね?


「とにかく、ボクもリモートで作戦に参加するからその辺よろしく」


「はあ」


「ああ、それとボクの研究室の入り口にあるおやつBOX、そろそろ在庫がなくなりそうだからスナック類の補充を頼む。次は塩味多めで」


「分かりました」


 以前にドクター・シャーロットの自室を覗いてみたが、まあ酷いものだった。


 部屋の中は同人グッズと空のスナック菓子の袋にタンプルソーダの瓶が散乱し、ゴミ屋敷というかなんというか……人間の堕落の極みを垣間見たような、そんな気持ちになった。


 きっとニートや引きこもりに無駄に高い技術力と仕事、それから生き甲斐を与えつつ部屋に引きこもらせているとあんな感じになるんだろうな……。


 俺、こんな人に作られたのかと変な気分になりながらも、自走式の車椅子に乗り込んでエンジンキーを回す博士を見守った。


 ガソリンエンジンを後部に搭載した自走式車椅子(※実質的に1人乗りの自動車では?)に乗りながらウッキウキで笑みを浮かべ「ぶーん!!!」と子供みたいに叫びながら自走式車椅子で走り去っていくドクター・シャーロット。人生楽しそうで何よりです。


 さて、と。


 とりあえず公務でもやってればいいのかな、とメンテナンスルームを後にした。


 執務室に向かって歩いていると、廊下で不安そうに窓の向こうを見つめる少女の存在に気付く。


 確か彼女は―――篠原茜しのはらあかね


 ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフの暗殺に投入された転生者の1人で、しかし間一髪のところでオリジナルの慈悲で降伏を促されそれを受諾、殺される事無く無事に保護された転生者だ。”観察保護期間”中は城の中で生活させ、それ以降は資金面などをオリジナルが自費を投じて支援する手筈となっており、彼女の観察保護期間もそろそろ終了間近である筈だ。


「あっ、ミカエル様」


「アカネ、どうしたんだいこんな時間に」


「いえ……なんだか外が騒がしくて」


 確かにそうだろう、とは思う。


 ここは城だ―――軍事拠点であってホテルではない。


 ごう、と窓のはるか向こう、星空の中を5機のステルス機(中国のJ-20だ)がV字形に編隊を組みながら飛び去っていった。黒を基調とした塗装に、装甲の繋ぎ目から紅い賢者の石の光が漏れている。


 きっとアレに乗っているのは戦闘人形(オートマタ)のパイロットなのだろう……あるいはドクター・シャーロットの遠隔(リモート)操作(コントロール)か。


「戦争、ですか?」


 胸に手を当て、どこか怯えたように声を絞り出すアカネ。


 無理もない。第二次世界大戦後、戦争に巻き込まれる事無く平和な時代を過ごしてきた日本人にとって、戦闘機が飛び交い銃声が轟き、戦車や戦艦が砲火を交える戦場とは非日常のそれだ。決してそれが日常になってはならないのだ。


 戦火に脅え、戦争を忌避する―――良かった、まだ彼女はまともな人間なのだ。


 その事に安堵しながら、俺はそっと嘘をつく。


「驚かせてすまない、夜間訓練だよ」


「訓練……ですか」


「ああ。敵は昼間に攻めてくるとは限らないからね」


 まあ、ある意味では戦争なのだが。


 テンプル騎士団―――連中との因縁を断ち切るための、最後の戦い。


「それよりも居住区の防音設備をもう少しアップデートさせよう。戦闘機のエンジン音が聞こえては、眠るものも眠れないだろう。寝不足は美容と健康の天敵だ」


「あ、はあ……ありがとうございます」


 さあ部屋に戻りなさい、と彼女にそう促し、窓の向こうを見つめる。


 ドン、と一瞬だけ凄まじい速度で1機の戦闘機が夜空を突き抜けていったのが見え、ああパヴェルだな、と瞬時に理解した。


 ともあれ……無事に帰って来いよ、みんな。


 帰ってきたら全員でお祝いだ。


















 何気なく、ルカにスマホでメールを送っていた。


 元気か、ちゃんとご飯食べてるか……オカンみたいだな、と自嘲してしまう。


 けれども血の繋がりはないとはいえ旅を共にした弟分、大事な仲間だ。キリウでちゃんと生活できているか、どうしても心配になる。


 スマホをポケットに押し込み、格納庫内で待機する大型輸送機―――【An-225”ムリーヤ”】へと乗り込む。本来のAn-225には無い機体後部のハッチ(改修され追加された設備だ)から広大な格納庫内に足を踏み入れると、機内では総勢30機の機甲鎧(パワードメイル)たちが積み込まれ、整備兵たちの手によって最終調整を受けているところだった。


 俺たちは作戦の第二段階で活躍する事になる。まずパヴェルやシャーロットの遠隔操縦を受けた航空隊が敵航空隊を突破、空中戦艦に肉薄し対空装備とレーダーを破壊する。これで敵艦は対空戦闘能力と索敵能力を完全に、あるいは大半を失う事になる。


 そうなったところで俺たちの出番だ。敵艦へ向かって機甲鎧(パワードメイル)で降下、艦内に突入し敵空中戦艦を制圧。イコライザーの発射を阻止しテンプル騎士団首脳陣を殲滅、連中の計画を完全に頓挫させる。


 矛先を向けられているのは、俺たちだけではない。


 しかし仮に、連中の計画が上手く行ったとしたら―――予想されるのは最悪の未来だ。


 テンプル騎士団は次元の壁を超え、自由に別の異世界と自分たちの世界を行き来する事が出来る。つまり、仮にテンプル騎士団叛乱軍のような連中が組織を掌握してしまったら、より強力になった連中がこの世界の侵略に乗り出さない確率は0%とは言い切れなくなってしまうのだ。


 そしてそれ以前に、向こうの世界が危機に晒されている―――推定で世界人口の8割が死に絶えるであろう未曽有の大破壊が、すぐそこまで迫っているのだ。


 始まろうとしている大虐殺を、指を咥えて見ているわけにはいかない。死にかけている者がいるならば救いの手を差し伸べる、それは次元の壁を跨いでいても当然であろう。


「ご主人様」


 自分の機体の調整をしていたクラリスがこっちにやってきた。いつものメイド服ではなくパイロットスーツ姿で、脇にはヘルメット―――ではなく、頭に角があるホムンクルス兵に配慮した形状のヘッドギアを抱えている。


「調整は万全か?」


「いつでもいけますわ。ご主人様の機体はあちらに」


 彼女が指差す先に、確かに見覚えのある機体があった。


 黒を基調とした機体が多い中、1機だけ頭頂部から眉間にかけて白いラインが描かれた機体がある。黒い塗装も相俟ってハクビシンを彷彿とさせる塗装だった。


 指揮官機として通信能力を強化するため、頭部には角のような大型アンテナが1本追加されているのも外見上の特徴だ。


 クラリスと別れて自分の機体に向かう。解放されているコクピットに乗り込んでエンジンキーを捻りパワーパックを始動、コクピット内上面にあるパネルにずらりと並ぶスイッチを指先で端から弾いていき、メインシステムが正常に立ち上がったのを確認してから計器類をスタンバイ。


 改修前の機体はタコメータを多用したアナログなコクピットだったけど、シャーロットの手によって徹底的な改修を受けた最新型の機甲鎧(パワードメイル)は違う。クリーンな液晶画面にタッチパネル、燃料計や速度計、残弾表示はデジタル表示という現代的な設計だ。


 計器類やセンサーをチェックし、機内に一緒に持ち込んだサバイバルキット……というよりも”歩兵戦キット”を確認。AK-19や十分な数の予備マガジン(しかも最初に装着されているのは90発入りのドラムマガジンである)、手榴弾、それから俺の触媒である剣槍など、必要な装備は全部そこに収まっている。


 万一、敵艦突入後に機体が撃破されてしまった場合はこれを使って戦闘を継続する事になる。まあ、そうならずに作戦が完了するのが一番だが。


《間もなく離陸準備に入る。機甲鎧整備担当者を除き、各員は退去せよ》


 An-225の操縦を担当する戦闘人形(オートマタ)の淡々とした放送を受け、出撃時刻が迫っている事を悟る。


 座席に背中を深く預け、深呼吸を3回ほど繰り返した。


 今頃、パヴェルは作戦展開地域に向かっている筈だ……早ければ、既に戦闘を開始しているところか。


 うまくやれよ、パヴェル。


















 空を飛ぶのは、遥か昔から人類の夢だった。


 人間に翼はない―――だからこそ、鳥のように、あるいは竜のように空を舞う事が人間の憧れであった。イカロスが蝋の翼を手に、太陽に近付き過ぎてしまった気持ちも理解できるというものだ。


 視界に広がるのは暗黒の空。


 無数の星と白銀の満月を頂く夜空に、純白の雲の海のコントラスト。きっと多くの人は天に存在するという国をこのような風景で想像するのではないだろうか。間近に迫る空と雲の大地―――少なくとも俺はそうだった。


 無論、これは自分の目を通して見ている映像ではない。


 機首下部にあるセンサーユニット、そこに搭載された高性能カメラを通して見ている映像だ。視界を動かす感覚に連動しセンサーユニット内のターレット型カメラが旋回、リアルタイムでの周囲確認を可能としている。


 まるで両手を広げ、空を飛んでいるような感覚。


 四肢切断と身体の機械化―――人間らしさをかなぐり捨て、己の尊厳を合理性という大義名分で踏み躙った結果得られたのがこれだ。


 よくミカの尊厳を散々軽いだの何だの、俺たちもこの話を書いてる奴もどいつもこいつも全員ネタにしているが、本当の意味で”人間としての尊厳を破壊している”というのはきっと俺のような有様を言うのだろう。


 だがしかし、そんな悪魔の技術でも人を救う事はある。


 俺たちは今、人を救うために動いている―――次元の壁の遥か向こう、顔も見た事もない我が子の命を救うために。


《予定地点を通過。”マリオネット隊”、低空飛行に移ります》


(了解した)


《ご武運を、大佐》


 シャーロットの声。


 リュハンシク城に控えているシャーロットもまた、同じようにRシステムを用いて随伴機のJ-20のうちの1機を操縦している。彼女の場合は俺のように機体に直接乗り込むのではなく、周囲のAIが操縦する無人機に通信を中継してもらいながらの遠隔操作だが。


 シャーロット率いるマリオネット隊が黒い翼を翻し、雲の海へと潜っていった。


 レーダーによる索敵を防ぎつつ、奇襲を行うための低空飛行を試みようというのだ。対空中戦艦用の対艦ミサイルはJ-20たちがたっぷりと積み込んでいる。


 俺の役割はこのままSu-57Rで敵艦隊へ真正面から突入。防空のため周囲に展開しているであろう航空隊を理不尽にも叩き潰し、敵艦隊へ真っ向から殴り込みをかける事だ。


 こうして目立つ事で敵の注意は間違いなくこちらに向く―――つまるところ陽動だ。シャーロット率いるマリオネット隊が敵艦隊にタッチダウンするその瞬間まで、敵の注意をこっちに引き付けておけばいい。


 意識を両腕と背中へと向けた。


 Su-57Rの背中と主翼下部に積載されていた3機の無人機(UAV)―――戦闘用に改造されたテンプル騎士団仕様の『X-36 スカイゴースト』たちが分離されるや、キャノピー内に搭載されたメインユニットに蒼い光を灯して目を覚ます。


 搭載してきたスカイゴーストは3機―――それぞれに『ジェイコブ』、『コレット』、『マリウス』とコールサインを振り分けている。


 かつての部下たちの名前―――特戦軍時代、数多の激戦を潜り抜けてきた初期の隊員たちの名前。


「―――征くぞ、お前たち」


 息を吐き、両脚に力を込めた。


 機体後部、ちょうど主翼を上下から挟み込むように搭載された追加ブースターのノズル内に、仄かに紅い灯が燈る。









「―――”アクーラ1”、吶喊する」








 次の瞬間、身体中に凄まじいGがかかった。






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― 新着の感想 ―
アクーラ1が…同志大佐が空に戻ってきましたね。 終始シリアスなパヴェルを見るのも久しぶりな気がします。彼はテンプル騎士団の凶暴性を何より熟知していて、もしも向こうの世界を殲滅した場合、その後に肥大化…
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