空中戦艦攻略作戦
ミカエル「ざぁ~こ♪」
ルシフェル「おねーさんお耳よわよわ~♪」
バイノーラルマイク「」
ASMR視聴中クラリス「あ゛っ、あ゛っ、あ゛っ」
シェリル「ちょっとアレ拙いのでは」
シャーロット「あのままだと死ぬねェ」
パヴェル「【ハクビシン獣人メスガキ男の娘に耳攻めされてわからされるASMR】、血盟旅団公式サイトで販売中。冒頭サンプル分は無料配布! 無断転載は殺す!」
『私にとっての父親とは、映像に残された記録が全てだった』
『一度でいい、会って呼んでみたい……”お父さん”と』
テンプル騎士団団長、リキヤ・ハヤカワⅡ世の手記より
1889年 11月25日 午前3時43分
ノヴォシア帝国 マズコフ・ラ・ドヌー上空
夜空に浮かぶ満月が、白銀に照らし出す白い海。
雲だ―――雲の海だ。
大地を埋め尽くす重厚な雲が織り成す、天空の海原。
飛竜に跨り、天空を自由自在に駆けまわる竜騎士たちですら、この高度には至れない。
故に空とは、人類にとっては未知の領域であり続ける。
唐突に、空が紅く裂けた。
刃物で切り裂かれたかのように広がった裂け目から、巨大な舳先が躍り出る。
ステルス機のように鋭角的で、レーダーに映らないようステルス性を考慮した形状の艦首。その艦首下部には複眼のように蒼い輝きを放つ部位があり、そこがその艦の艦橋であると分かる。
アメフトのボールを前後に伸ばしたような、あるいは原子力潜水艦をよりずんぐりさせたような形状は、艦底部の左右からヒレのように伸びるフィン状構造物の存在もあって、さながら空を悠然と泳ぐ巨大なクジラを思わせた。
全長540m、重量およそ11000tにも達するそれは、テンプル騎士団がセシリア政権からリキヤ政権に移行した後に初めて建造した、超大型の空中戦艦だった。
ベガ級戦略空中戦艦、その一番艦『ベガ』。
テンプル騎士団が戦力の83%を喪失し、軍縮へ転じる契機となった事件―――『フィオナ博士の大叛乱』にて、テンプル騎士団は保有する空中戦艦と空中空母の全てを喪失、空軍の戦力は90%にも達する大打撃を被り、事実上の機能不全に陥っていた。
それを解消するべく、削減された予算の中で建造が計画、急ピッチで就役したのがテンプル騎士団叛乱軍が強奪していった4隻のパンゲア級空中戦艦であり、このベガ級空中戦艦はその欠点を解消する形で建造された後続艦だ。
既に二番艦『デネブ』が就役済み、三番艦『アルタイル』も来週には進水式ならぬ”進空式”を控えている。
薄暗い艦橋の中、モニターに映る映像を見てリキヤは目を細めた。
異世界―――そんなものが本当に存在するとは、夢にも思わなかった。よくあるネット上の小説や漫画、アニメの中だけの話であると思っていたものがいざ現実として目の前に広がると、認識がおかしくなりそうだ。
「次元転移、完了」
「船体各所に損傷は見受けられず」
「対消滅機関、安定稼働中」
ちょっとした劇場のような広さの艦橋に、しかし人間の乗員は艦長と団長を含めて僅か6名のみだ。
他は全てAIがやってくれる。艦の細かい調整や攻撃、回避運動、機関出力の調整、索敵―――人間はそれらを担当するAIが挙げてくる報告を確認し、承認するか否かを判断する。全てをAI任せにではなく、最終的なチェックはあくまでも人間の手で行う、というのが今のテンプル騎士団の方針だった。
AIが収まった装置と並んで観測やシステムチェックを行う若手のホムンクルス兵たちの背中を見つめながら、リキヤはぽつりと呟く。
「すまないな、アバルキン艦長」
視線を左へと向けた。
艦長席に腰を下ろしているのもまた、蒼い髪と白い肌、紅い瞳に頭から生えた角が特徴的なホムンクルス兵だ。しかし純血のホムンクルス兵ではなく、ハイエルフとの混血であるようで、頭髪の下からはやや上向きの白く長い、尖った耳が伸びている。
顔には微かに皺があり、老いの兆しが見え隠れしていた。
ホムンクルス兵の寿命は短い。
生まれながらにしてテロメアが短く、短命を宿命づけられたホムンクルスたち―――それは長寿の種族との混血であっても例外ではないらしく、空中戦艦ベガの指揮を預かる”レオニード・アバルキン”大佐も己に迫りつつある老死の気配を察しつつあった。
彼はまだ41だ―――ホムンクルス兵であれば、40を過ぎた辺りから肉体の急激な老化が始まる。1年足らずで別人のように老い、50代まで生きる事が出来れば長生きとされる。
【人生50年】―――ホムンクルスたちは、人間の半分も生きられない。
「なあに、他ならぬ貴方の頼みだ」
大きな軍帽を目深に被り、アバルキン艦長は昔と変わらぬ笑みを浮かべた。
「こんな老いぼれでよろしければ、いつ何時でも駆け付けますよ」
「ありがとう、艦長」
アバルキン艦長は、リキヤの母親―――セシリアとも長い付き合いだ。
フィオナ博士の大叛乱の際、自らを犠牲に博士を道連れにしようとしたセシリアの生き様を見届けたのは、当時の最新鋭潜水艦『ノーチラス』の艦長を務めていたこのアバルキンだった。
セシリアの背中を追い、現実を受け入れられず叛乱軍に加わってしまった同僚のボグダンを止められなかったことを、アバルキンは未だに悔やんでいる。
この作戦に志願したのも、それが理由だ。
亡き戦友の弔いを―――そして誰もが敬愛したセシリアの名を、これ以上汚させないために。
老骨を今一度戦場へと立たせるには、十分すぎる理由といえた。
作戦展開地域まではまだ時間がある。
リキヤは艦長に「すまんが、今一度よろしく頼む」と短く告げ、敬礼してから艦橋を後にする。
艦内のエレベーターに乗り込み、自室へと向かった。彼のために宛がわれた部屋は当然ながら私物の類などは無く、この作戦で使用するための装備一式くらいしか物が置かれていない。
椅子に腰を下ろし、ポケットからスマホを取り出した。
こういった電子機器は、母であるセシリアの代で軍やテンプル騎士団だけに留まらず、民間にも多く普及した。インターネットにテレビ、自動車に高性能な家電、ゲーム機―――他国の100年先を征く高度な技術力と生活水準はクレイデリア人の誇りであり、優越感を感じる要素でもあった。自分たちこそが未来である、という自負すらあった。
スマホの画像フォルダを開く。
カメラで撮影した写真にインターネットでダウンロードしたイラスト、他人には見せられない性癖置き場といった画像フォルダの中から”資料”と名付けられたフォルダをタップすると、そこに数枚のカラー写真が表示され始める。
それは、家族の写真だった。
かつて復讐に全てを捧げ、人間らしさすらかなぐり捨てて復讐を成し遂げようとした1人の哀れな男。”ウェーダンの悪魔”の異名を欲しいがままにした復讐の鬼が、しかし垣間見せた父親の顔だった。
幼い愛娘を抱き上げる父、妻と肩を組み楽しそうに笑う父、膝の上で寝息を立てる愛娘と妻を撫で、さてどうしたものかと少し困惑する父、キッチンで調理するエプロン姿の父―――。
他愛もない、それでいて何の変哲もない家族の日常、その1ページ。
こうした写真やホームビデオ以外には、テンプル騎士団のプロパガンダ映像と作戦記録の中でしか、リキヤは自分の父親を―――速河力也という男を知らない。
彼の父は、復讐のためではなく家族のために死んだ。
撤退する友軍を支援するためにただ1人戦場に踏み止まり、満身創痍の身体に鞭を打ちながらも敵軍の前に立ちはだかって、その総大将の首を道連れにして逝った―――。
リキヤをその腹に身籠った、妻のセシリアを逃がすために。
だからリキヤは、父を知らない。
幼少の頃から、学校の先生に『家族についての作文を書いてみましょう』『お父さん、お母さんの似顔絵を描いてみましょう』と言われる度に手が止まった。父の顔も、母の顔も分かる。けれども彼にとっての父とは記録映像の中の父で、プロパガンダ映像の中の父で、ウェーダンの悪魔と恐れられた父で―――それ以上の解像度は、持ち合わせていなかった。
その父が、この世界に居る。
戦死した後、”二度目の異世界転生”を果たして。
テンプル騎士団叛乱軍と幾度となく交戦したという記録は確認されている―――もし彼も動いているならば、戦場で会う事があるかもしれない。
その時は―――もし機会があったら、是非とも話をしてみたい。
父がどんな人なのか。
記録上の父ではなく、ありのままの父、その素顔を。
四肢を取り外され、担架に乗せられたパヴェルが運ばれていった先は病室などではなく、戦闘機の格納庫だった。
既に格納庫には1機のステルス戦闘機―――Su-57が用意されていて、整備士たちが機体の最終調整を行っているところだった。
Su-57は同世代のステルス機の中では大柄な方とされているが、格納庫に眠っているその1機は更に大型だった。特に外見上の差異と言えるのがエア・インテークの大型化とエンジンノズルの大口径化、後方警戒用の装備が詰まったテールコーンの延長と、機首へのカナード翼の追加などである。
ステルス性の低下をある程度許容し、機体の加速性能及び運動性能を極限まで高めた仕様―――パヴェル曰く【Su-57R】と呼ばれる、テンプル騎士団の独自改修型だそうだ。
担架で機体の下まで運ばれたパヴェルを抱きかかえ、タラップを登ってコクピットへと収める。
整備士にバトンタッチすると、戦闘人形の整備士は勝手知ったるかのようにパヴェルの手足の断面から覗くコネクタへとプラグやケーブルを接続していった。うなじにあるプラグにも数本の細いケーブルを接続すると、パヴェルは一瞬だけ目を見開いてから息を吐く。
Rシステム―――パイロットの四肢を切断、更には身体の機械化を前提とした兵器の操縦システム。
それを搭載しているからこそ、この機体はSu-57”R”なのだという。
パイロットの尊厳もクソもない、生体部品と見做した鬼畜の所業。
パイロットの搭載を終えるや、格納庫上部からクレーンアームが降りてくる。
クレーンがぶら下げているのは大型のブースターだ。スペースシャトルが大気圏を離脱する際に装着しているそれを想起させる、ミサイルのような物を束ねたロケットエンジン。
何を想ったか、それをSu-57Rの機体後部に嵌め込む形で搭載し始めたのである。
作戦会議の際、パヴェルが立案した作戦を思い出す。
作戦の第一段階として、まず航空隊が出撃し敵空中戦艦に接近。敵航空隊を突破し対空装備、レーダーを無力化。空中戦艦の眼と耳、それから拳を潰してから今度は第二段階だ。ラウラフィールドを用いて偽装した輸送機から機甲鎧隊を投下、敵空中戦艦を艦内から制圧する。
ミサイルの発射を阻止するため、この作戦は電撃的に行う必要がある。
その先陣を務めるのがパヴェル率いる航空隊、というわけだ。
そして俺たち血盟旅団の面々は機甲鎧に搭乗、敵艦内部へと突入しミサイルの発射を阻止する。
「ミカ、悪いが音楽セットしてくんねーか」
「ん」
コクピットで眠ったように目を閉じていたパヴェル(眠っているのではなく意識を電子化して機体各所の最終調整を行っていたようだ)がそう言ったので、ポケットから彼のスマホを取り出して音楽再生アプリを起動、大好きなジャズが何曲も入ったプレイリストを再生してやる。
「サンキュ」
「無茶すんじゃねーぞ」
「分かってるよ、お前に救ってもらった命だ……無駄にはしないさ」
「全部終わったら、派手に打ち上げでもしよう」
「おう、そん時は期待してろ。上質なオリーブオイルとアルデーニャ産の生ハムの原木がある」
「お、そりゃあ楽しみだ」
じゃあ、次は城でな―――そう言ってタラップを降り、後の事は整備兵に任せた。
《航空隊、滑走路への侵入を許可する》
《整備班は直ちに退避せよ。繰り返す、整備班は直ちに退避―――》
無機質で淡々とした戦闘人形たちの館内放送を背に受けながら、格納庫を後にした。
パヴェルだけではない―――俺たちもベストを尽くさなければ。
そうでなければ、未来は決して守れない。




