決戦の時、迫る
ラスプーチン「実は生きてた」
白目シェリル「な、ななななななっ……な ん で す っ て ー ! ? 」
甲高い音と共に、世界地図の中からノヴォシア地方にあるアラル山脈が凄まじい勢いでズームアップされていく。
雪化粧……なんて比喩表現が生易しく思えるほどの積雪量に、まずはそこから息を呑んだ。雪が積もった、という言葉が物足りなく思える―――”雪に呑まれた”と言うべきだろう。あるいは、大地一杯の雪を盛り上げ、固めて巨大な雪山にしたかのような、そんな光景だ。
画像は最終的に、アラル山脈の中腹と、そこに停泊する1隻の空中戦艦の姿を映し出した。
ステルス機を思わせる形状の艦首と、艦首下部に設置された艦橋。船体の左右からはエンジンポッドが突き出していて、エンジンポッド後部には二重反転プロペラが設置されている。
船体はステルス性を意識しているのだろう、全体的にのっぺりとしていて、エンジンポッドが無くセイルの類でもあれば新型の原子力潜水艦にも見えなくもない。
「……先ほど、カルロスから情報提供があった」
懐かしい名前だ、と思う。
カルロス―――転生者殺しの一件で世話になった写真家。しかし写真家というのは表の顔で、カルロスというのもおそらくは偽名なのだろう。凄腕の諜報員であり、狙撃手でもある彼は一時期血盟旅団と行動を共にしていた時期があり、シェリルとシャーロット以外は彼と面識がある。
よほど性能の良いカメラで、あるいはドローンで撮影したのだろう。テンプル騎士団の空中戦艦の姿は、カラー写真の中に鮮明に収められていた。
スライドショーが始まる。
数秒ほどの間隔を空けて、画像が次から次へと切り替わっていった。停泊する空中戦艦と、その頭上で哨戒任務中のもう1隻の空中戦艦(恐らく同型艦だろう)。その次は艦底部のハッチが開き、戦闘人形たちが重機を使って何やらミサイルの弾頭のようなものを艦内へと運び入れている様子が映し出される。
それを見ていたシャーロットの目つきが変わった。
「―――”イコライザー”」
「……あれが?」
スライドショーが止まり、ズームアップが始まった。
画像のノイズが除去されていき、段々とズームアップされた弾頭部が鮮明になっていく。
見間違いでなければ、後方の解放されたハッチから覗く艦内には大陸間弾道ミサイルと思われる超大型のミサイルの一部も写り込んでいた。
イコライザーは核弾頭のように、大陸間弾道ミサイルの弾頭部に搭載して使用する兵器だ。という事は、連中は掘り起こした最後の1発の再整備と、それを使用するためのミサイルの準備まで終えている事になる。
この写真が撮影された日時も考慮すると、もう既に弾頭はミサイルへ搭載され、最終調整の段階に入っている筈だ―――イコライザーの使用まで、時間がない。
「だが、どうやって大陸間弾道ミサイル級のミサイルを撃つ? ミサイルサイロなんてどこにも―――」
そこまで言うと、シェリルがこちらを見ながら説明してくれた。
「タンプル砲から発射するのです」
「……なんだって?」
失礼します、とパヴェルからリモコンを受け取ったシェリル。彼女の隣にシャーロットが立つや、映像が切り替わって巨大な図面が映し出される。
「タンプル砲の口径は200㎝にも達する超大型の要塞砲でね、発射するのは砲弾だけではない。かつての戦車砲、ガンランチャーがそうであったように、タンプル砲は”砲弾とICBMの撃ち分け”に対応しているのだよ」
くっくっくっ、と笑いながらとんでもない説明をかますシャーロット。大陸間弾道ミサイルがどんなものか想像できていない異世界人たちの中で、俺とクラリスは息を呑んでいた。
冷戦中、戦車が凄まじい速度で進化していく中で、やがて強靭になっていく装甲を従来の戦車砲で撃ち抜くのは不可能なのではないか……できたとしても戦車に搭載することが難しいレベルの主砲が必須になり、限界がやってくるのではないか、という危惧が東西両陣営の中に蔓延し始める。
そこで成形炸薬弾を用いた対戦車ミサイルが戦車を撃破する切り札として着目され、対戦車ミサイルの発達と共に、それを戦車に搭載する事で敵戦車と遭遇した際に火力において優位に立つ試みも行われた。
その産物が、冷戦中に研究された”ガンランチャー”である。
口径152mmの主砲から、通常の砲弾の他に対戦車ミサイルも発射できるようにする事で、敵戦車を遠距離から一方的に撃破する事が期待された先進攻撃システムは、しかし複雑すぎる構造と信頼性の低さ、そしてAPFSDSという新型徹甲弾と滑腔砲という、2020年代でもなお現役のコンビが登場した事により後世にヒントを残しながらも、戦車砲としては廃れてしまったという歴史を持つ。
シャーロットが言う事が正しいならば、タンプル砲はそのガンランチャーを要塞砲サイズまでスケールアップしたガンランチャーなのだ。砲弾は200㎝砲弾、ミサイルはロシア製大陸間弾道ミサイルの”トーポリM”……。
「それだけではありません」
「タンプル砲はいわゆる”多薬室砲”……合計16基の補助薬室が、メインの薬室がある砲身の後部へ放射状に延びるように搭載されているのさ」
多薬室砲で有名なのは、第二次世界大戦末期にドイツ軍が実験していたものだろう……フランスの占領地域に配備し、ドーバー海峡を超えてイギリス本土を直接砲撃するというイカレたその兵器は、実験の難航と連合軍の反撃によりフランスの占領地域を手放す事になり、結果的に計画諸共阻止された経緯がある。
200㎝級のガンランチャー、おまけに多薬室砲……いったい何のために?
「これを用いる事により射程距離は砲弾使用時で380~430㎞にまで達しましたが、真価を発揮するのはICBMを使用した場合です」
「これを見たまえ」
シャーロットが映像を切り替えた。
タンプル砲によりミサイルが発射された場合のシミュレーションだろう。CGで再現されたタンプル砲の仰角が真上を向いた状態で停止している。
シャーロットがリモコンを操作するや、ミサイルが発射された。
「大陸間弾道ミサイルは装薬の爆発から防護するためのカプセルに封入した状態で装填。発射されたミサイルはそのまま大気圏外まで打ち上げられ、そこでカプセルから分離。推力を温存したまま慣性で衛星軌道を進み、目標に迫ったところで大気圏へ突入―――宇宙空間では燃料を殆ど使わず慣性を利用する事から、【実質的な射程距離は無制限】。その気になれば地球の裏側だって核攻撃できる」
卒倒しそうだった。
タンプル砲から発射されたミサイルがカプセルから分離して大気圏を離脱、宇宙空間で弾頭をばら撒き、放出された弾頭が大気圏へ突入して、隕石のように紅い光の雨と化しながら敵国の領土を核攻撃する―――そんな気の狂ったようなアニメーションを見せつけられ、しかもそれをさも当然のようにさらりと言うものだから、言っている内容と態度の温度差でヒートショックを起こしそうだ。
これを設計した人間は、とんでもない奴だ。
地球の裏側すら射程に収める事が可能な大量破壊兵器。それがタンプル砲の正体なのである。
単なる大口径の超大型砲などではないのだ。
そしてテンプル騎士団叛乱軍は、あろう事かそんな兵器を空中戦艦に搭載してしまったというのである。
「オリジナルのタンプル砲と比較すると機能は大きく制限、砲身も強引な切り詰めにより反動の増大と61%の弾速の低下、射程距離も200㎞程度まで短縮されてしまいましたが……イコライザーを発射する事が目的であれば、目を瞑れる些細な欠点でしょう」
「既に弾頭をセットしたミサイルの装填は完了、最終調整に入ってる頃だろうねェ」
「……連中はすぐ撃つか?」
「いや、発射の前に本部に対し最後通牒を突きつけるだろうさ。要求内容は軍事主義への回帰、及び”永久安寧保証機構への再加盟”、そしてテンプル騎士団首脳陣の総辞職。これらの要求を1つでも呑まなければイコライザーは発射される」
「……想定される被害は?」
「そうだねェ……抹殺対象の設定条件にもよるけれど、抹殺対象を”ホムンクルスの遺伝子を持つ者”に限定した場合……」
被害は分かり切っている―――けれどもどう説明したものか、とシャーロットが少し考え込んでいる間に、パヴェルがきつく結んでいた口を開く。
「―――クレイデリアで人口の9.8割、世界人口で見れば8割が死ぬ」
絶句した。
クレイデリア―――パヴェルやクラリス、シャーロットにシェリルたちの祖国だけでも9.8割に達する人間が死に絶える。
向こうの世界全体で見ても、8割の人間が死ぬ―――そんな事があっていいのだろうか。
たった一発のミサイルで。
「……そんなにか」
「向こうの世界は何度も戦争を経験してきた。その度に大勢が死に、それを補うようにホムンクルス兵が量産され世界人口は爆発的に増えた。ホムンクルスじゃなくても、親の代や祖父、それよりも前の祖先の代にホムンクルスが居る混血の人間も多い。イコライザーはそういう血縁者まで根絶やしにする兵器だ」
だからなのだろう。
だから当時のテンプル騎士団団長、タクヤ・ハヤカワはイコライザーという兵器を恐れた。
特定の人種、性別、文化、言語……様々な条件を細かく設定し、特定の相手だけを殺す事が可能な民族浄化兵器。それを自分たちが使うならばまだしも、組織の内乱や何らかの理由でそれが敵対組織の手に渡ってしまえばとんでもない事になる。
それを恐れたタクヤ・ハヤカワはイコライザーの記録を全て抹消、存在しない兵器として扱った。
「……俺の息子、ホムンクルスの血が入ってる」
「え」
冷静に振舞っていたパヴェルの手が、震えていた。
「祖先の代だ。母方の……セシリアの祖先に、ホムンクルスがいる」
彼にとってはこれ以上ない悪夢であろう。
命を賭して守り抜いた自分の妻と、そのお腹の子供。
顔も見た事もない息子が―――叛乱軍のテロで死にかけるなど。
発射を許してしまえば、パヴェルは文字通り妻子を失う事になる。自分と妻の遺した未来を、再び失う事になる。
その恐怖を思い起こしているのだろう、彼の額には脂汗が浮かんでいた。
「パヴェル」
過去の絶望を思い起こしていた彼に声を掛けると、パヴェルは顔を上げた。
「大丈夫、絶対にそんな事はさせない。必ず阻止する」
「ミカ……」
「シャーロット、最後通牒を含めた発射までの猶予は?」
「推定だけど、甘く見積もって72時間……厳しく見積もっても36時間だねェ」
世界地図を見た。
ここからアラル山脈まではそう遠くない―――空路を使えば目と鼻の先だ。
問題はこの積雪量で陸路が使えない事だ。せめて他の季節であれば列車に大量の兵器と兵士を詰め込んで殴り込み、なんて真似ができたのだが……圧倒的ペイロードが強みの列車が使えないのは手痛い。
となると空路しかないわけだが……。
「さて……どう戦うべきか」
こちらの戦力は十分だ。航空戦力はあるし、空港もある。パイロットはAI制御か戦闘人形が担当するからその辺は気にしなくていい。
しかし相手は依然として大量の無人兵器を保有しているし、まだ空中戦艦が2隻―――『パンゲア』と『ムー』の2隻が健在である以上、強引に攻めるわけにはいくまい。おそらくイコライザー発射態勢にあるパンゲアをムーがカバーする形で迎え撃ってくるはずだ。
かつてない激戦になるのは確実だろう。文字通り、命を懸ける事になるかもしれない。
俺たちの世界には関係ない事だ―――確かにそうだ。
しかし大勢の人が死にかけているというのに、それを見殺しにする道理もない。
それにあんな組織がテンプル騎士団を掌握する事になれば―――次元の壁を超えてこっちの世界に自由に来れると分かった以上、再侵略に乗り出さないという保証もない。
ここで徹底的に叩く必要があるのだ。
そのために、大勢の命と俺たちの未来のために、ここで命を懸ける。
仲間たちを見渡した。
一緒に旅をしたギルドの仲間たち。
かつては敵だった者たち。
共に笑い、共に苦しみ、共に悲しみ、しかし共に逆境を乗り越えてきた。
今の俺たちならば、越えられないものはない筈だ。
「みんな―――決戦だぞ」
テンプル騎士団と、決着をつける時が来た。
第三十五章『凶星のプラネタリウム』 完
第三十六章『100年先の未来まで』へ続く




