生身の身体、機械の身体
ミカエル「ぴえ」
メカエル「ぴえ」
困惑レギーナ「?????????」
サリエル「にーにふえたー」
人類の行動領域が空に広がったその時、戦争は二次元から三次元へと昇華した。
歩兵同士がぶつかり合う、平面的な戦争は時代遅れとされ、航空機を偵察や爆撃、航空支援に活用し、ついには航空機同士の空戦も勃発するようになった”立体的な戦争”は、より熾烈さを増した。
ライト兄弟が飛行機を完成させてから、僅か11年後の事である。
ヘッドセットから聴こえてくるのは、クラシックの名曲『ラデツキー行進曲』。それも随分とアップテンポのアレンジが特徴的で、プツプツというノイズも混じっている事から音源はレコードなのだろう。ノイズとは基本的に不快なもので曲を台無しにする不純物だが、中にはそのレコード特有のノイズにも味わい深さを見出す人間も確かに存在する。
なるほど、よく分からないものだ。
顔を上げ、ヘッドセットを外して格納庫から外に出た。
リュハンシク城の後方―――ちょうどリュハンシク市とリュハンシク城の間に配置された飛行場、その滑走路。
戦闘機から大型の輸送機(それこそAn-225級も例外ではない)に至るまで受け入れ可能な大規模飛行場。シャーロットによる戦闘人形大量生産と並行し、最初期にロールアウトした個体たちが手動となって建造した飛行場は、早くも機能しつつあった。
管制塔とイージス・アショアが見守る滑走路には、しかし冬季にもかかわらず積雪は無い。
それもその筈、十分な厚みと強度を確保した滑走路の下には蒸気配管を何本も通してあるためだ。リュハンシク城地下にある大規模ボイラーで生じた蒸気を飛行場にも送る事で滑走路を下から加熱、積雪や凍結による事故を防止しているのである。
もちろんこれは冬季限定だ。雪解けの次期が過ぎればここで生じた蒸気は全てタービンへとぶち込み発電へと回す手筈となっている。基本はリュハンシク城や防衛関連施設へと優先的に電力が送られるが、余剰分はリュハンシク市の貧困層を中心に送電する事としている(富裕層や貴族の屋敷の地下には自前のボイラーがあるためだ)。
さて、そんな徹底した凍結・積雪対策が施された贅沢な滑走路へと3機のステルス機が降りてくる。
ステルス機ではあまり見ないカナード翼が特徴的な、中国のステルス戦闘機『J-20』。黒を基調とした塗装となっているその大柄な機体には、よく見ると幾重にもスリットが刻まれていて、そこから装甲のインナーに用いられている賢者の石の紅い光が漏れているのが分かる。
賢者の石の積極的な採用による装甲強度のUPと軽量化―――シャーロットの手により魔改造された中国製ステルス戦闘機は、原型機と比較するとおよそ47%の性能UPを果たしたとされており、他の機体と比較して化け物じみた性能を手にしたと言っても過言ではあるまい。
減速した先頭の1機が、ランディング・ギアを滑走路へと押し付けた。ギャウッ、とタイヤの擦れる音。やがて減速したJ-20が滑走路でぴたりと止まるや、誘導員の誘導に従い格納庫の方へと進んできた。
着陸したJ-20は、間近で見ると中国軍が採用しているそれと比較すると別物である事が分かる。
最大の相違点は機体各所からアクセントのように漏れる紅い光だが、それよりも目を引くのはキャノピーだ。
通常、戦闘機のキャノピーはガラス製のもので覆われており、パイロットスーツ姿のパイロットが外からでも拝めるようになっている。
けれどもこのJ-20は違う―――キャノピーはガラスで覆われておらず、代わりに機体全体を覆う装甲と同材質のもので覆われているのだ。
キャノピーを覆う装甲には、紅く輝く複眼状のセンサーがある。
まるでSF映画の世界からやってきたような怪物は、ゆっくりと格納庫の中へとやってきて静かに止まった。
すかさず整備兵たち(彼らもシャーロットが造った戦闘人形だ)たちが駆け寄るや、タラップを立て掛け始める。彼らに道を譲ってもらいタラップに足をかけると、パシュ、と空気の抜けるような音と共にJ-20のコクピットが解放され始めた。
中から聴こえてくるのはやはりラデツキー行進曲―――シャーロットはこの曲を好んでいるようで、戦闘中でも研究開発中でも、とにかく所構わずこれを……というか、クラシックをよく聴いている。
シャーロットに限らずシェリルもだ。クラリスはあまりクラシックを聴かないのだがパヴェルはクラシック……というかジャズをよく聴く。
なんだろう、パヴェルや彼に近い年代のテンプル騎士団の関係者は音楽を聴く趣味でもあるのだろうか。
コクピットの中は、倫理観を踏み躙ったような機械がぎっしり詰まっていた。
操縦桿の類はない。計器類も、フットペダルの類も何もなく、ただ中に詰め込まれているのは座席と無数のケーブルばかりだ。戦闘機のコクピットというよりは極小サイズのデータサーバーのようで、よく見ると座席から伸びる無数のケーブルはそのコクピットに収まる小柄な人物の肉体に接続されているのが分かる。
「やあやあ、リガロフ君」
俺と顔が合うなり、パイロットのシャーロットはにんまりと嬉しそうな笑み(目元のクマのせいでちょっと怖いぞ貴様)を浮かべた。
「くっくっくっ、こんなクソ寒い中出迎えとは感心、感心。さあ、早いとこ降ろしてくれたまえ」
視線を彼女の身体から手足へと向ける。
シャーロットの小柄な身体には無数のケーブルが接続されているのだが―――両腕と両脚も取り外されており、断面から覗くプラグにも太いケーブルが差し込まれている状態だった。胴体と頭だけの状態と言えば分かりやすいか。
以前にも、このおぞましいシステムを見た事がある―――パヴェルがだいぶ前に、T-14を1人で操縦する際にこの兵器と操縦者の肉体を接続する【Rシステム】を使用していた。
テンプル騎士団が生み出したこの【Rシステム】ほど、倫理観を踏み躙った発明は存在しないだろう。
人間の四肢を切断、それに加えて脳と脊髄の一部を機械化する事で戦闘機や戦車、果ては戦艦や空母といった兵器と人体を接続、脳から発せられる電気信号と操縦者の思考を用いて兵器を操縦する新システムとして考案、試作され実用化まで至ってしまったのがこのRシステムであるという。
これにより、素人でも頭の中で動きをイメージするだけで兵器を自分の身体のように扱えるという大きな利点が生じ、パイロットの訓練期間短縮にもつながったうえ、手足を失った傷痍軍人にも活躍の場が用意された(とは言うが傷痍軍人は心身のケアをしっかりと行いつつ戦場から遠ざけてあげるべきではないかと思う)。
それに加え、通常の操縦が『思考・判断→機体を操縦→機体が反応』という3つのプロセスを要するのに対し、Rシステムは『思考・判断→機体が反応』という2つのプロセスで済むため、ベテランパイロットの操縦と比較しても反応速度が速くなりやすく、従来の有人機との優位性は歴然であると判断された。
しかしそれは【パイロットの四肢切断及び身体の機械化】を前提にしたシステムであり、倫理的にも大きな問題を抱えていた事からあのテンプル騎士団でも積極的な採用は行わず、あくまでも試験目的の少数採用に留まった……とパヴェルから聞いている。
が、シャーロットであれば倫理的問題もクソも無い。
彼女は元々、首から下が機械の身体だ。だから彼女の場合は手足をプラモデルみたいに取り外し、ケーブルを接続するだけでこのRシステムの恩恵を受ける事が出来るのである。
そして他にこの機体を飛ばすパイロットたちもまた、機械でできた戦闘人形。だから倫理的問題は一切考慮しなくていい。
整備担当の戦闘人形にも手伝ってもらってシャーロットの身体に接続されている大小さまざまなケーブルを取り外し、まるで小さい子供を抱き上げるように、コクピットという鋼鉄の揺り籠の中から胴体と頭だけの状態になったシャーロットを抱き上げる。
彼女を落とさないよう細心の注意を払いながらタラップを降り、下で車椅子をスタンバイしていた整備員に預けた。
他の格納庫に入ったJ-20たちも同じだった。数人がかりで整備兵がタラップに足をかけ、コクピットから頭と胴体だけの状態になったパイロットを引っ張り出している。
まるで赤子のようだ―――コクピットではなく、鋼鉄の子宮から生まれてくる赤子たち。
人間らしさをかなぐり捨て、兵器を制御する生体部品に成り下がった赤子たち。
ごく稀に、SF映画で発達し過ぎた科学技術に対し警鐘を鳴らす作品とかあると思う。
それの原作者ってどういう心境でその作品を作り上げたのか―――未知なる技術への恐怖か、それとも新技術を制御するよう人類に促すためか。
少なくとも、個人的には前者であると思う。
おぞましい操縦システムで動く戦闘機たち。
それを目の当たりにした今の心境は、まさにそれだった。
「―――分かった、ありがとう」
俺の影武者から報告を受け、彼を労う。
案の定、俺の不在の間にも魔物の襲撃はあったそうだ。錬金術の一撃で全滅させたそうだが、おかげでノヴォシア側からミカエル君は『雷獣』、『竜殺しの英雄』に続き、【串刺し公】という何ともおっかない異名で呼ばれる事となったらしい。
ともあれ、ラスプーチンは死んだ。
これで襲撃が少しは止まってくれればいいのだが……。
「んじゃ、俺は博士のところ行ってくる」
「ん、シャーロットのところで何するんだ?」
「ん、メンテ。その後寝る」
俺、機械だから……そう言いながら、ミカエル君の影武者は踵を返す。
「……そういやさ」
「ん」
「お前の事、これからなんて呼べばいい?」
「影武者でいいだろ?」
「いや……何というか、1人の人間として扱ってあげたいし、いつまでも呼び方が”影武者”って嫌だろ?」
「別に気にしないぞ俺は」
さらりと言うが……良いのか、それで。
「いいのかよ」
「ああ」
「お前それ……アレだぞ、EDのスタッフロールでお前のところだけキャラクター名『影武者』になるんだぞ? 嫌じゃね?」
「いや生々しい例え話されて草ァ!!」
なんだろ、自分の記憶と同じ思考パターンを持つからなのだろう、発言が似通っているというかノリが全く同じというか。
顔も声も喋り方も全く同じ2人の人間のやり取りを見ながら微笑むクラリスと、その隣でほっこりしながら紅茶を啜るシェリル。メイド服のクラリスとは対照的に燕尾服で男装キメてるんだけど似合ってるなオイ。
「え~……じゃあなんか名前付けてくれよ」
「”メカエル君”じゃダメか」
「そういうノリ前書きだけにしてくれません?」
「ごめんね」
「いいよ」
却下喰らった、鬱。
えぇ……どうしよ、自分で提案しておいてネーミングセンスが絶望的なんですが。
ふと、そこで妹のサリエルの事を思い出した。
何でか分からないが、母さんは俺と妹に天使の名前を付けている。俺の名前の由来は大天使ミカエル、サリーは死を司る大天使サリエルがその由来となっている。
だったらその命名規則から天使の名前でいいんじゃないか。
そうと決まれば脳内の中二病知識が役に立つ……自分の黒歴史と向き合う羽目になり盛大に自爆する事になってしまったが。
大天使ミカエルと何か関係のある天使は居ないか、と思ったところでとある名前に白羽の矢が立った。
「……”ルシフェル”とか?」
「あー……いいんじゃね?」
「OK?」
「うん、まあ嫌いじゃないよ。そんじゃ俺がルシフェルでお前がミカエル、これでおk?」
「おk。よろしくねルーちゃん」
ミカエルとルシフェル、悪くないんじゃない?
ミカちゃんとルーちゃん、うん悪くない。我ながらナイスネーミング。
まあこれはもちろんお互いにお互いを呼び合う時に使う名前なので、俺が不在の間彼には表舞台でミカエルを演じてもらう事になるわけだ。ルシフェル、という名前が関係者以外に公になる事はたぶんないだろう。
ルーちゃんはどこか嬉しそうにスキップしながら部屋を後にしていった。名前がもらえて嬉しかったのだろうか……いつまでも影武者呼ばわりはさすがに可哀想だしなぁ。
さて、任務も終わったし公務もルーちゃんが進めててくれてたみたいだから少し休む時間が出来た。
何か飲もうかな、とクラリスに紅茶をお願いしようとしたその時、ブブブ、とポケットの中のスマホが嫌な振動を発した。
取り出してみると、画面にはAKを抱えたヒグマのアイコン―――パヴェルからの着信だった。
画面をタップし着信に応じる。
「もしもし?」
《ミカ、良いニュースと悪いニュース……どっちから聞きたい?》
「……良いニュースから頼む」
今は悪いニュースを聞いて沈みたくないのだ。
《テンプル騎士団の居場所を特定した。アラル山脈の中腹に居るらしい》
「で、悪いニュースは?」
息を呑んでから問うと、パヴェルはスマホの向こうで息を吐いた。
《―――連中が、”イコライザー”の最終調整に入った》
というわけでメカエル君に『ルシフェル』という名前がつきました。
ルシフェルはルシファーのフランス語読みだそうです。




