マッドサイエンティスト
「テスト協力依頼だぁ?」
アルカンバヤ村の一件が全て片付いた翌日、朝食のハムエッグ(卵はハーピーの卵の残りだ)をもぐもぐしながら、冒険者管理局から通達された”本物の昇級試験”の依頼書をチェックしながら目を細める。
密造銃を全部憲兵隊に突き出して提出証明書を貰い、クラリスに肉球をドチャクソぷにぷにされながら眠りについたのが昨日。これでもう、アルカンバヤ村の件は決着した。村の防衛は罠で、本当は”組織”とやらが俺たちを分断し葬るために用意した舞台だった、というのが俺たちの見解だ。連中はそのために村1つを潰した……正気の沙汰じゃない。
赤化病を広めた貴族に、その背後にいると思われる組織。それらの調査は引き続きパヴェルに任せる事になり、俺たちはとりあえず冒険者として依頼をこなす日々を送る事になったのだが……随分とまあ、異質な仕事が回ってきたものだ。
クライアントは『リュドミラ・フリスチェンコ』博士。ザリンツィクにある”帝国第七技術研究所”の主任技術者で、なんとあの戦闘人形の解析や改良にも関わっている天才技術者なのだそうだ。
首都にある中央技術研究所にも時折呼ばれる天才技術者から名指しで指名されたのはまあ、なかなかに光栄な事だとは思う。けれどもその内容が”戦闘人形のテストへの協力”というのは、なんかこう……アレじゃね? 冒険者の仕事じゃなくね? という感じはする。
とはいっても実質的に冒険者は何でも屋みたいな扱いだ。それに報酬金の額もなかなか悪くない……報酬は全額前払いで3万5千ライブル、しかも良いデータが採れれば報酬金額の上乗せも検討するという、今の俺たちからすればこれ以上ないほど良い条件だった。
「なあなあミカ姉、”おーとまた”ってどんな奴なんだ?」
「んー、でっかいカマキリみたいなやつ」
「でっかいってどのくらい?」
ブロッコリーを皿の端に退け、ソーセージを咀嚼しながら訪ねてくるルカ。こら、好き嫌いしちゃだめでしょ。ちゃんと食べなさい……そういうミカエル君もイクラとかウニが駄目なので人の事言えないけど。
「3mくらいか?」
「さんめーとるってどのくらいだ?」
「ミカエル君2人分」
ミカエル君、身長150㎝。つまり俺の頭の上にもう1人俺が立っていればジャスト3m、実に分かりやすい。
「―――でっっっっっっっか!!!」
どこぞの某モニカみたいに叫ぶルカ。なんだこれ、流行ってるのか? ちなみに今のは90dB、モニカ師匠の足元にも及ばない。
ちなみにそれに反応したのか、隣でチキンスープを飲んでいたモニカがブフッて吹き出した。おいおい、何やってんの……ほら布巾。
「おーおールカちゃん、なーに? お姉さんの真似しちゃって可愛いなあこのこのぉ♪」
「うわっ、やめろって! もふもふすんな! うわー、やーめーろー!」
ミカエル君より1.2倍くらいもっふもふのルカの頭をもふもふするモニカ。なんだかんだでルカ君もみんなに受け入れて貰えているようでミカ君何よりです。
さて、依頼の詳細を確認しておこう。
テスト会場はザリンツィクにある第七技術研究所、その敷地内にあるテストエリア。軍用、民用問わず、イライナ地方にこれから普及していくであろう最先端の技術がテストされる場所なのだという。
そこで博士が試作した新型戦闘人形と模擬戦を行い、データ収集に協力する事。それが依頼の内容で、具体的にどんな戦闘人形が出てくるとか、そういう情報は一切ない。
まいったな……できれば事前情報が欲しいところだ。苦手な属性はどれだとか、どういう攻撃が効く、みたいな具体的な情報じゃなくても良いから、なんかもうちょっとこう……こう……。
だってお前、期末テスト前でもテストの出題範囲くらいは公表するもんだろ? 少なくとも平成生まれのミカエル君が学生の頃はそうでした!!
まあいい、以前に交戦したタイプのやつを参考に対策しておくか……。
日時は明日の午前9時。それまでに準備を整えておかなければ。
戦闘人形の利点とは何か?
強靭な装甲、歩兵を上回る機動力、そして圧倒的攻撃力―――どれをとっても脅威だが、最大の利点は”撃破されても兵士に損害が出ない”、これに尽きる。
知ってるか? どれだけハイテクな装備を保有する軍隊であっても、一番高価な部品はそれらのハイテク装備ではなく”人間の兵士”なのだ。少なくとも人命を尊重する国では。人命を軽視する国ではそんな事はないけどね。
まあ、どうして人間の兵士が一番高価なのかというと、結局は使えるレベルにまで育て上げるのに手間と金がかかるのだ。訓練にだって金はかかる。訓練用の機材やら何やらに金がかかるし、基礎体力の向上に座学、銃の扱い方に敵の殺し方……そういう技術を頭に、身体に叩き込むのにも時間がかかる。
そこまで金をかけ、手塩にかけて育てた兵士たちを一瞬で焼き尽くすのが戦争なのである。お手軽にポンポンポンポン兵士を吹き飛ばされてはその軍隊は大損だ。だから最低限の犠牲で済む方向で兵器開発が進むのは当然の流れと言えるだろう。
その解答例がドローンとか無人機だ。
こっちの世界で実用化された戦闘人形も無人兵器の一種といえる。人間が乗り込む必要がなく、予め設定されたプログラムに基づいて判断、行動し、敵を殺傷する機械の兵士たち。戦場で撃破されてしまっても、後方にいる軍人たちは痛くも痒くもない。
とはいえ、いくら兵士に損害が出ないとはいえ次々に撃破されては困るだろうから、それなりに頑丈に出来ている筈だ。ラノベみたく剣でバッサリ斬るなど夢物語に思えるほどには。
というわけで装備はとにかく威力を重視した。メインアームはアルカンバヤ村防衛戦からお世話になっているAK-308。ハンドガードにはお馴染みのM203を搭載し、機関部上にはPK-120とブースターを装備した。スコープではなくドットサイトとブースターの組み合わせとしたのは、テストが行われる場所がどういう環境か予測できないからだ。少なくともスコープが必要になるほどの交戦距離になるとは思えないが……。
サイドアームはいつものMP17。果たして9mmパラベラム弾で戦闘人形を止められるのかは疑問が残るが、至近距離で装甲の隙間とかセンサー部に撃ち込むのであればまあ、ワンチャンあるだろう。
あとは手榴弾を3つと、魔術用の触媒として鉄パイプ(これそろそろ変えようか検討してる)を装備。こんなところか。
「あっ、ミカエルさん」
社用車のある格納庫まで装備を背負って歩いていると、食堂車にいた修道服姿の女性が声をかけてきた。アルカンバヤ村の唯一の生存者であり、現在は血盟旅団で”保護”しているシスター・イルゼだ。
本当だったら他のエレナ教の教会まで連れていきたい所なんだが……エレナ教はノヴォシアの宗教ではなく、グライセン王国の宗教。しかも彼女のいたアルカンバヤ村の教会はノヴォシア初のエレナ教の教会だったようで、彼女を他の教会に連れていくには国境を越えていかなければならない。
さてどうしたものか。ノヴォシアと隣国を挟んで睨み合っているグライゼンまで行くか、それともいっそギルドの仲間として加盟を促してしまうか。そこは本人の意向次第だが、判断がつくまでは保護という扱いになっている。
食堂車で呼び止めた彼女は、ポケットから緑色の液体の入った瓶を取り出した。
「これを持って行ってください」
「これは?」
「聖水と調合した”ホーリーエリクサー”です。傷口の治療に加え、毒や火傷、呪いの解除にも対応しているんですよ」
「え、マジ? すっげえ……」
普通、傷口の治療と毒や火傷、呪いに麻痺といった、いわゆる”状態異常”は別の扱いになる。だから傷口の治療が終わっても体内に毒は残るし、呪いは継続する。そういう状態異常を完全解除するには別のアイテムを使ったり、彼女のようなシスターに解除魔術をかけてもらう必要があるのだ。
それをこれ1つで解消できるとは、なかなかに先進的である。
「ありがとうシスター」
「いえいえ、私も何かお役に立てればと。それより試験、頑張ってくださいね」
笑みを浮かべながら送り出してくれるシスター・イルゼ。聖女ってこういう人の事を言うのだろうか。俺この人が教会にいるなら毎日祈りに来てもいいわってなる。
手を振って彼女と別れて格納庫に入ると、先にブハンカを点検して待っていたクラリスがどういうわけかむすっとした顔をしていた。傍から見ればいつも通りに見えるんだが、付き合いが長いミカエル君だからこそ分かる。長いスカートから覗く竜の尻尾が縦に揺れていて、先端部が時折ぺちぺちと床を叩く。あれはクラリスの機嫌が悪い時の無意識的なサインなのだ。
ちなみに機嫌がいい時は尻尾を全力で左右に振る。かわいい。
なんかさ、表情とか言葉以外に尻尾やら耳で意思表示できる獣人とか竜人っていいよね、良くない? 最近の俺の性癖なんだけどみんなに届け。
「どうしたんだよクラリス?」
昨日の事まだ引き摺ってるのかと思ったんだが、どうやらそうではないらしい。
「ご主人様はイルゼさんと随分仲が良くなったようで。何よりですわ」
「悪かったって」
「……もっとクラリスにも構って下さいまし」
「分かってるよ」
かわいい。
見た目は大人びてるのにこういう子供っぽいところがあるの、ギャップがあっていいと思います。
ブォンッ、とエンジンが始動し格納庫の中で反響を繰り返した。ブハンカの咆哮が合図だったかのように、格納庫のハッチが警報音と共にゆっくりと開き、外に広がる雪景色が露になる。
相変わらずパヴェルが朝早くから除雪に精を出してくれているおかげで、17番ホームの周囲はそれほど雪が積もっていない。線路も雪の中から顔を覗かせているくらいだ。
ブハンカが走り出し、格納庫を後にする。ちなみに今回は俺とクラリスのみでの依頼で、モニカはお留守番。クライアントからの指名なので仕方がない。チビたちの遊び相手をお願いしてきたのでまあ問題は無いだろう、多分。
ノヴォシアは冬になると列車も運行を取りやめる。積雪のレベルがとにかくヤバく、まともに列車の運行も出来なくなるレベルだからだ。列車も、車も、人々の往来も止まる静寂の冬。けれども工業都市ザリンツィクはその限りではなく、静まり返る他の都市とは違って、ここの工業地区は鉄を打つ音に溢れていた。
車に乗ってカーラジオを聞いていても響いてくる金属音。ちらりと見てみると、開けっ放しになった巨大なシャッターの向こうで、巨大なクレーンが巨人の剛腕みたいな砲身を吊り上げているところだった。
きっと戦艦の主砲、その砲身だろう。
こっちの世界では戦艦はまだ準弩級戦艦の全盛期。列強諸国は建艦競争で鎬を削り合い、広大な海をもその版図に収めようと躍起になっている。
新聞から得た情報ばかりなのでアレだが、おそらくあれは進水式を間近に控えた新造戦艦『インペラトリッツァ・カリーナ』の二番艦に用意された主砲の砲身なのだろう。計画では同型艦を8隻、そしてそれの発展型を更に8隻揃える計画だという。膨大な時間とコストがかかりそうだ、大丈夫だろうか。絶対途中で計画変更とかで削減されそう。だって今は戦艦が文字通りの恐竜的進化を果たしている真っ最中。最後の艦が無事に処女航海に旅立つ頃には旧式に成り下がっていそうで悲しみを感じる。
どのくらいの悲しみかというと、ギャルゲーに出てくる幼馴染くらいだ。あれと同じくらいの悲しみが計画から滲んでいるように思えてならない……幼馴染が好きな諸君には申し訳ないが。
さてさて、俺が生きているうちに大和みたいなでかい戦艦は目にできるだろうか?
別の工場では、手足を折り畳まれた状態でコンテナに詰め込まれる戦闘人形たちが見えた。納入先はきっと騎士団だろう。ノヴォシア地方にある首都に送られるのだろうか。
噂では、今回のクライアント―――リュドミラ・フリスチェンコ博士の功績でノヴォシアの技術水準は半世紀進んだ、とまで言われている。本当だったら首都のもっとデカい研究所に引き抜かれてもおかしくない人材だ。
ではどうしてイライナに留まるかというと、まあ、同じイライナ生まれのミカエル君も何となくその事情が見えてくる。
ここだけの話……実は、イライナ人はノヴォシア人にあまり良い印象を持っていないのだ。
そりゃあそうだろう、元々イライナ地方はイライナ公国という独立国家だった。それを戦争でノヴォシアが一方的に併合し今に至る。豊富な食料も、鉱物資源も、技術も全てを搾取し胡坐をかくノヴォシア人と、汗水流しながら日夜血の滲む努力を続けるイライナ人。両者の間に軋轢が生じない方がおかしい。
一部じゃノヴォシア帝国から独立しイライナ公国を再建しようぜという声もあるほどだ。
色々考えている間にでっかい建物が見えてきた。雪のように白いレンガで造られている、力強くも透き通るような質感の建物。必要以上に装飾する事を好まず、しかし黄金にも劣らぬ美しさを生み出すイライナの伝統的な建築様式のその建物。正門には『第七技術研究所』と刻まれたプレートがあり、警備兵がマスケットを背負って直立不動で警備している。
入り口でブハンカを停車させ、運転席の窓を開けるクラリス。「何の用だ」と問い詰めてくる警備兵に、管理局から発行された依頼書を提示すると、警備兵の警戒するような表情が緩くなった。
「ああ、博士の依頼した冒険者の方でしたか。それはとんだご無礼を」
「いえいえ、それより寒い中お疲れ様です」
「どうも。駐車場は入って左手にあります」
正門がゆっくりと開いていく。巨人の家にでもやってきたんじゃないかと錯覚してしまうほどの大きさだ。距離感とかいろいろバグりそうである。
言われた通りに正門を潜って左折し、雪だらけ(とはいっても除雪してある)の駐車場にブハンカを停める。
安全運転ありがとうクラリス、と心の中で思いながら助手席から降り、後部座席に積んでいたAKを取り出したその時だった。
「―――ふーん、アンタらがミカエルとクラリスね?」
「?」
すぐ近くから声が聞こえて振り向くと、そこには随分とサイズの大きな白衣に身を包んだ子供が立っていた。雪と同じく真っ白な髪に長いウサギの耳。目はイチゴのように赤く、背はだいたい俺と同じくらい……いや、ちょっと小さいか。
そのせいなのか、身に着けている白衣も随分と大きい。まるで子供が親の服を着ようとしているかのような、そんな感じだ。白衣の袖から手は出ておらず、裾も地面に引き摺っていて、まるで騎士が羽織るマントのよう。けれども騎士のような勇ましさよりはなんというか、マッドサイエンティストっぽさを感じてしまうのは気のせいではあるまい。
「そうだけど、君は? フリスチェンコ博士の助手? あ、娘さん?」
「違うわよばーか♪ IQ全部母親の子宮に置いてきたんじゃないの?」
……は?
え、ちょっ、え? 待って、待って待って。何コイツ、地味に腹立つんですけど。
「アタシがリュドミラ・フリスチェンコ博士よ。脳味噌雑魚過ぎじゃない? ざーこざーこ♪」
ええと。
今回のクライアント―――どうやらメスガキらしい。




