ド変態よ、夜空に散れ
テンプル騎士団のCM
『あなたのお悩み、ありますか?』
『隣人トラブル? しつこいマスコミ? 近所を拠点にしているテロリスト?』
『 ご 安 心 く だ さ い !』背後で爆発ドーン
『我々テンプル騎士団は、皆さまの色んなお悩みをお電話一本で解決します!』
『子供のお世話から留守番、迷子の飼い猫探しに家庭教師! 武器、弾薬の提供サービスから軍事教練、火力支援に歩兵部隊の海外派遣まで!』
『電話一本のお悩みをAK一丁で何でも解決いたします! それがテンプル騎士団なのです!』
『あなたをつけ回すしつこいマスコミも近所のテロリストも、全員まとめてその辺の川に浮かべます!』
『ご家庭から戦場まで ~テンプル騎士団~』
ミカエル「 な ん だ こ れ 」
パヴェル「これ複数バージョンあってな」
ミカエル「Hun?」
パヴェル「奥さんに語り掛けるバージョンと仕事で大忙しの夫に売り込みをかけるパターンと、それから家で1人で遊んでる子供の遊び相手になるバージョンまでは知ってるし 俺 も 出 演 し た 」
ミカエル「 嘘 だ ろ オ イ 」
音楽プレーヤーの曲が切り替わった。
ゆったりとしたアンビエントな曲から一転、トランペットの荒々しい音が連なるジャズが再生されるや、ついついそれを口ずさんでしまう。操縦桿を握る指先も勝手にリズムを刻み出し、それはまるで音楽に身体が操られているかのよう。
というよりは、音楽が身体に染み付いているのだ。
現役の頃を思い出す。24時間、その中から切り取られた僅か数分の間に夥しい数の命が散っていく戦場で、作戦開始前に聴いていた音楽は決まってジャズだった。
休暇が明け、再び軍服に袖を通し荷物をまとめて戦場へ戻るまでの数時間。迎えの飛行機の中で、ヘリの中で、あるいはバスの中でもジャズを聴いていたのを思い出す。
速河力也という1人の夫として、父として、妻子と穏やかな日常生活を送る空間から、砲弾が降り注ぎ銃弾が飛び交い、毎分毎秒誰かが必ず死んでいく戦場という極限状況。その境目を潜り抜ける通過儀礼―――俺にとっての音楽とは、そういうものだった。
とんでもなく物騒なパブロフの犬は、未だこの機械の身体に染み付いているらしい。
脳の奥深く、あるいは神経の末端に至るまで。
一度焼き付いたこの習慣は、おそらく消える事は無いだろう。
だからなのだろう……ジャズが流れた瞬間、すっ、と脳味噌の中から余計な思考が消えた。
まるで自分自身が、パヴェルという1人の人間が一つの巨大な戦闘コンピュータ、あるいは火器管制システムにインストールされたソフトウェアの1つになり果てたような、何とも現実離れした感覚を覚えた。人間と機械との境界線が曖昧になる瞬間、と言うべきだろうか。
そんな哲学的な思考さえも排除され、頭の中に浮かぶのは作戦目標と、その目標を完璧に達成するにはどうすればいいかという兵士としての思考回路。何度も何度も実戦を経験し最適化されてきた脳味噌がすぐに今使うべき武装と狙うべき目標を取捨選択、操縦桿にある赤い発射スイッチを押し込む。
ドババババ、とガンポッドが吼えた。
本来武装を搭載せず、貨物や人員の輸送に用いるソ連の大型ヘリコプター”Mi-26”。
それに各種レーダーやレーザー照準システム、火器管制システムを組み込んだうえで武装したのが、このMi-26”ウォーロード”である。
ペイロードの許す限り、Mi-24ハインドのスタブウイングを大型化したそれに武装を山ほど搭載できる重攻撃ヘリ―――より攻撃的な兵器として仕上がったMi-26ウォーロードの大型スタブウイング、その末端に2基並んで搭載された12.7mm連装ガンポッドがマズルフラッシュを迸らせるや、唐突にミカエルの背後から姿を現したデータのない重攻撃ヘリの出現に混乱するような素振りを見せる黒騎士2体の上半身を砕いた。
ブローニングM2重機関銃―――これの弾薬として使用される12.7mm弾の破壊力は、人体相手には過ぎたる代物だ。一撃で上半身が吹き飛び、手足に当たろうものならば四肢欠損は確定である。そんなものをフルオートでばら撒いてくる機関銃8丁分の火力が叩き込まれるのだから、相手からすればたまったものではない。
ミカに被害を与えないようガンポッドで周囲の敵を掃射した後、続けて機体下部左右に1門ずつ搭載した50mm機関砲の発射スイッチを押し込んだ。
ドフドフドフ、と昔の戦車砲みたいな口径の機関砲が火を吹くや、ミカから少し離れた位置でようやくAKを構え反撃を試みようとしていた黒騎士一同が爆炎に呑まれた。黒い装甲が爆風に屈し、吹き飛んだ破片が黒騎士たちの頭部やら胴体に突き刺さって次々に機能を停止していく。
悪魔じみた炸裂弾の掃射―――ダメ押しに、ロケット弾もお見舞いすることにした。
マシンガンみたいな速度で矢継ぎ早に撃ち出されていく、ハイドラロケットの連続射撃。廃工場の屋上はさながら絨毯爆撃を受けたかのように吹き飛んで、ミカを背後から撃たんとしていた黒騎士の一団がこれで完全に殲滅された。
やっぱり火力は良い。あればあるほど良い。
火力があれば相手に対し優位に立てる。優位に立てなくとも見せつければ相手の士気を挫けるので意味はあるのだ。あり過ぎて困るような事など(居住地付近での戦闘や非戦闘員が残っている市街地での戦闘、人質の救出作戦など多岐に渡る)決して無いのである。
火力とウォッカと、それからウチの公爵様に乾杯。
こいつ、いつか俺をうっかり殺すつもりなのかもしれない。
絶対にありえないであろう事にすらそんな半ば冗談じみた疑念を抱いてしまうほど、パヴェルが黒騎士たちに叩きつけた火力は常軌を逸していた。
最小火力ですらブローニングM2、それを連装で収めたガンポッドが4基の計8門である。そんな数の50口径に睨まれ掃射を受けるのだ、俺だったら裸足で逃げたいし何かの悪夢だと思いたい。
嘘だろお前、と思いながらも周囲への警戒を怠らない。
やがてこっちに機体後部のハッチを向けたMi-26ウォーロードが、後部のハッチを開き始めた。
あんな重装備のヘリをほぼ同じ高度でぴったりと滞空させ、廃工場の屋上に接舷するかの如く機体を寄せる―――さりげなく披露される化け物じみた操縦技術(信じられるか、これ全部パヴェルがやってるんだぜ)を見せつけられていると、解放された後部ハッチからカーチャとシェリルが援護のために躍り出た。
フォアグリップ付きのAK-308を装備し瓦礫の山をよじ登って追撃してくる黒騎士を狙撃するカーチャ。その隣ではまさかのマドセン機関銃(※日露戦争で活躍したような旧式の機関銃である)を腰だめで構え、FALの30発入りマガジンが刺さったそれを豪快に連射して弾幕を張るシェリルが、7.62×51mmNATO弾の余りあるストッピングパワーで黒騎士2体をまとめて排除、離脱する時間を稼いでくれる。
仲間たちの援護を無駄にしないためにも、俺はすぐさまヘリの格納庫へと飛び込んだ。自身の安全を確保するなりAK-19を構え、カーチャとシェリルが射線に入らないよう最大限に注意を払い発砲。再装填に入ったシェリルを狙おうとしていた黒騎士に5.56mm弾のヘッドショットを2発叩き込んで黙らせ、離脱する時間を稼ぐ。
シェリルが格納庫へ飛び込むや、マドセン機関銃で弾幕を張りカーチャの離脱を援護。
全員が格納庫に乗ったところでパヴェルがヘリのハッチを閉鎖し、Mi-26ウォーロードは一気に高度を上げ始めた。
ガンガンガン、と分厚いハッチ越しに5.45×39mm弾が殴りつけてくる音が負け惜しみのように聴こえてくるが、もう俺たちを止める術はない―――任務を終えたミカエル君を乗せたMi-26ウォーロードは勝ち誇るようにエンジン音を響かせるや、機首に搭載されたデバイスからナノマシン入りの氷の粒子を散布開始。全長40mにも達するクジラのような巨体が、瞬く間に暗黒の空へと溶けていく。
《作戦終了―――お疲れ様だ、ミカ》
「……」
作戦終了―――その言葉を合図に、身体から力が抜けた。
身体の中、神経の一片に至るまで張りつめていた緊張がそれを合図に一気に解けて、緩み、消えていく。
格納庫内に用意されていた椅子に腰を下ろして、何気なく先ほどまで銃を握っていた右の手のひらを見た。パイロットスーツのグローブで覆われたその小さな手のひらは、しかしよく見ると小刻みに震えているのが分かる。
ああ、やっぱりまだ慣れていないのだ。
殺しや戦いに。
腹を括っていても、心が、身体がそれを拒否している。もうやめろ、殺しなんてしたくない―――そんな悲痛な叫びをマスキングして、今日も銃を握り敵を撃つ。
こんな事を続けていたらいつか壊れるんじゃないかな、などと他人事のように考えていると、オイルと硝煙の臭いが漂う格納庫の中に香ばしい香りが漂い始める。
あ、これなんだっけ……戦闘終了直後、まだ戦闘モードから完全に切り替わっていない思考回路がバグを起こし、思いつく前に俺の傍らに暖かいコーヒーの入ったマグカップが差し出される。
「はい。寒かったでしょミカ?」
「あ、ああ……ありがとう」
カーチャに差し出されたコーヒー入りのマグカップを受け取って、少し冷ましてから口へと含んだ。
浅煎りのコーヒー豆を使った、苦味控えめのすっきりとした味わい。砂糖とミルクもあってかなーり甘くマイルドになったそれが、身体の細部まで染み渡っていく感覚を覚える。
心身共に蓄積していた疲労が和らいだような、そんな感じがした。
「きゅう」
「あら、その子は?」
「拾った。城で飼う」
ダンプポーチの中から顔を出した小太りのハクビシン。ふっくらした体格のせいなのだろう、顔つきは丸くてどことなく愛嬌がある。
カーチャに撫でられご満悦のハクビシン。ついには俺の膝の上からカーチャの肩の上に飛び移り、彼女の頬に身体を擦り付け始めた。あの野郎浮気しやがって……俺というハクビシンがありながら。
ふと窓の向こうを見た。
暗黒の海原―――幼少期、母さんが買い与えてくれたイライナのSF小説で、まだ宇宙という存在がどういうものなのかを知らないこの世界の小説家は宇宙をこう例えた。『幾千幾万もの光が散りばめられた暗黒の海原』と。
そんな星々の中、紅く光る星がある。
凶星、だったか。不幸の予兆とされ、イライナは……というか中央大陸諸国において忌み嫌われる禍々しい星。
そういや母さんも、キリウの屋敷で星空を見ている時に紅い星が見える時に限ってカーテンを閉め、早く眠るよう俺に促してから胸の前で十字を切っていたっけ。
迷信じゃないのかな、と思いつつもコーヒーに視線を落としてもう一口それを口に含み、視線を窓に戻す。
窓の向こうに、ラスプーチンの顔があった。
驚く暇すら与えられなかった。
いや、脳が視覚から得た情報を正常に処理し切る前に事態が動いた、と言うべきだろうか。
ヒュパッ、と目の前を鉄臭く熱い何かが突き抜けていったかと思いきや、ヘリの格納庫の壁が外部の装甲諸共寸断され、人間1人分が通り抜けられるだけの穴がぶち開けられる。
そこから入り込んできた強風で、格納庫の中は一気に大惨事になった。
異常を知らせる警報がそこかしこで鳴り響き、耳に装着したインカムから《どうした、何があった!?》とパヴェルの声が聴こえてきたが、応答している時間は無い。
そうしている間にも、血塗れになった怪僧ラスプーチンが格納庫にぶち開けた穴を通って、格納庫の中に侵入してきたからだ。
「お前……どうして」
「はぁ、はぁ……ふふふっ、言ったでしょう」
にたぁ、と血まみれの顔を歪ませて、ラスプーチンは嗤う。
「この怪僧ラスプーチンに、死という概念は存在しn」
ドガガガガガ、とマドセン機関銃が吼えた。
マドセン機関銃を腰だめで構え、ラスプーチン目掛けて発砲するシェリル。日頃いつも無表情で、どんなタスクも機械的に、あるいは事務的に淡々とこなす彼女が顔に浮かべているのは嫌悪一色だった。一番会いたくない相手、意図的に避けていた相手との邂逅という悪夢。それが現実のものとなってしまったのだから仕方がない。
情け容赦のない7.62×51mmNATO弾のフルオート射撃。フルサイズライフル弾の掃射を真っ向から受け、更に身体から出血して僧衣を赤く染めようとも、ラスプーチンは歩みを止めようとしない。視線をシェリルの方へと向け、ゆっくりと歩み寄る。
「シェリル……はぁ、会いたかったですよ」
「……来ないでください、気持ち悪い」
「うん、実にいいねぇその表情。これから毎日その顔を拝めるなんて興奮するじゃないか」
マガジンを交換しコッキングレバーを引こうとするシェリル。そんな彼女目掛けて、血塗れのラスプーチンが腕を振るう。
ギュンッ、と限界まで圧縮された鮮血の高圧カッターが迸り、マドセン機関銃を瞬く間に寸断した。
こんな化け物に機内で暴れられたら……!
ちらり、とシェリルの方を見た。
彼女にしては珍しく、今にも泣き出しそうな顔。
どうやったらコイツを殺せるか……どうやったらこの状況を打破できるか。
そんな思考の停滞にきっかけを与えてくれたのは、格納庫内に唐突に響いたブザーの音だった。
赤い警報灯が点滅するや、ごうん、と重々しい音を立てて機体後方にあるハッチが強制開放され、モスコヴァ郊外を流れる巨大な河の威容が眼下に広がる。
カーチャだ。ラスプーチンの注意がシェリルだけに向いている間に回り込んで、ハッチの緊急解放スイッチを押したのだ。
唐突に解放された物資搬入出用の大型ハッチ。そこから流れ込む更なる気流に、ラスプーチンの注意がそちらへと向いた。
その瞬間に俺は動いた。床を蹴って走り出すや、いったいどういう状況を想定していたのかは知らないし知りたくもないが―――パヴェルが機内に積み込んでいた2発のレーザー誘導爆弾、その片方に取り付いて、爆弾を乗せている金属製パレットに取り付けられている手動レバーを思い切り引き倒す。
ぼふっ、と唐突に巨大な落下傘が格納庫の中で花びらく。
このレーザー誘導爆弾はパラシュート付きのパレットに乗せられている。投下の際は格納庫内でパラシュートを展開、その際に生じる空気抵抗で機外へ引きずり出された後、パレットから切り離された爆弾は安定翼で標的を追尾しながら精密に相手を爆撃する―――そういう仕組みになっている。
唐突に解放されたパラシュートは、荒れ狂う空気抵抗に従って広がるや、シェリルにばかり注意が向いていたラスプーチンの身体をアメーバさながらに包み込んだ。
いくら屈強なホムンクルス兵であろうと唐突に視界を奪われ、身体の動きを封じられればたまったものではない。それも全くの想定外の事態だったからなのだろう、お得意の血属性魔術で強引に突破するという選択肢も選ぶ暇がなかったようだ。
そうこうしている間に空気抵抗を受けたパラシュートに引っ張られ、レーザー誘導爆弾を乗せたパレットは真正面からラスプーチンに盛大に激突。ごしゃあっ、と自動車が衝突するような轟音と共に、ラスプーチンの身体がパレット諸共機外へと押し出されていく。
床を蹴って何とか踏ん張るラスプーチンだったが、そんな彼が晒した隙を俺たちが見逃すはずもない。
「ミカエル、これを」
「ぴえ」
何故か機内に積み込まれていたユニバーサル・ランチャーの発射機を手渡してくるシェリル。しかもパヴェルお手製の携行用カタパルトにセットされていたのは、何の当て付けか、1本のリコーダーだった。
ああ、殺れと。
彼女の意図を理解しつつ、ランチャーを肩に担いだ。
「―――あばよド変態!」
さらばド変態、夜空に散れ。
引き金を引くなり、黒とアイボリーのツートンカラーのリコーダーがカタパルトから射出された(!?)。
猛烈な風を受けているからなのだろう、『ピュエ~』と間の抜けた音を発しながら飛んでいった一般的なリコーダーは、シェリルの怨念もあってかラスプーチンの顔面を直撃。それだけで済めばギャグなのだが、あろう事か俺が任務中に散々ヘッドショットして穿った眉間の傷口にぶっ刺さり、そのまま後頭部までをぶち抜いてしまう。
「シェ゛り゛っ」
がくん、と頭を大きく揺らすラスプーチン。
そのまま爆弾との力比べに負けた彼は、レーザー誘導爆弾諸共機外へと放り出された。
眼下に広がる河の一角。
遥か下方にある水面で、ドン、と腹の奥底に響くような爆音と共に真っ白な水柱が屹立し、ラスプーチンというド変態の墓標となった。
「……今度こそ死にましたよね」
「……そう願いたい」
さすがに次は無い筈だ。
え、『二度あることは三度ある』?
馬鹿野郎、『三度目の正直』にしてくれ……もうやだアイツと戦うの。
マドセン機関銃
デンマーク製の軽機関銃。それまで塹壕や陣地に据え付けて使用するのが当たり前だった機関銃を『歩兵が持って運ぶ』事を可能とした軽機関銃、その中でも初期に位置する機関銃の1つであり、ライフルのような銃床と機関部からやや左にオフセットされた状態で上に伸びるマガジンが特徴的。
デンマーク軍はもちろん、様々な国に積極的な売り込みが行われ、第一次、第二次の両大戦を様々な陣営で戦い抜いた老兵。日本に関わりのあるところでは日露戦争においてロシア帝国軍がこれを活用、日本軍を苦しめた。対応弾薬も幅広く、構造は複雑だが信頼性が高いのが強み。
シェリルが使用したマドセン機関銃はFAL用の30発入りマガジンを使用した7.62×51mmNATO弾仕様。銃身下部のバレルジャケットにはバーティカル・フォアグリップを搭載するなど変なところが近代化されている模様。
AK系の銃を使い慣れている筈のシェリルが何故これを引っ張り出したのかは謎。趣味だろうか?




