雷血相討つ
ミカエル「ぴえ」
影武者「ぴえ」
モニカ「……見分けつかなくない?」
イルゼ「見た目も声も仕草も同じで喋り方まで完コピですからね……」
シャーロット「ふんす!」
ミカエル「そういやお前名前どうしよ」
影武者「影武者でいいんじゃね?」
ミカエル「良くねーよこれからおまけで雑に扱う時不便なんだよそれだとよ」
影武者「待って俺も尊厳破壊の対象入ってるの???」
ミカエル「……機械のミカエル君だし”メカエル君”でいいか」
メカエル「」
ゴウン、とハッチが解放される。
Mi-26”ウォーロード”の機体後部に搭載されたハッチが展開するや、中からするすると黒い落下傘が伸び始める。やがて空気抵抗を存分に受けた落下傘が後方へと引っ張られていき、格納庫の内部に積載された積荷―――金属製のフレームで覆われたパレットを、モスコヴァの夜へと投下していく。
大きく振られながら夜空に投げ出された金属製のフレーム。
パパパンッ、と炸裂音が響くや、フレームが空中分解するかのように剥離し始めた。各所に搭載された爆裂ボルトが点火して、邪魔になるパーツを強制排除したのだ。
フレームの中から露わになったのは、大剣とも大槍とも受け取れる姿をした異形の武器―――ミカエルの”剣槍”。
近接武器として、そして魔術の触媒として見るとすこぶる優秀な代物ではあるものの、剣身のサイズは文字通り大剣並みであり、柄を短縮してもその大きさはミカエル本人の身の丈以上だ。通常の戦闘時には何の問題もないが、今回のような潜入任務となると取り回しに難があるが故に携行に難儀する事となる。
しかし、状況が変わった。
ラスプーチンの暗殺は失敗―――火災から逃れながらの戦闘にシフトしてしまった以上、もう隠密行動は何の意味も成さない。
一酸化炭素中毒で倒れるか、焼死する前にマイカ宮殿を脱出しなければならない。それも可能であればラスプーチンを暗殺した上で、だ。
難易度が爆発的に上昇したこの作戦を完遂するためには、魔術の力が必要不可欠である。
だからこそパヴェルは独断で触媒の投下を指示したのだ。
夜空に投げ出された剣槍が、夜風に嬲られながらもその切っ先を燃え盛るマイカ宮殿へと向け、一直線に降下していく。
戦場へ。
主の元へ。
ゴッ、と頭部に奔る鈍い衝撃に、ラスプーチンの意識は揺らいだ。
まるで巨人がその剛腕を振り上げ、全身全霊で殴りつけてきたかのような衝撃。頭は大きく揺れ、頭蓋の内に鎮座する脆弱な脳味噌が激しく揺さぶられて、鈍い頭痛と共に意識が一瞬遠退く。
何があった、とは思わなかった。
視界の端にそれは見えていたからだ―――瀟洒な装飾でこってりと飾り付けられた巨大なシャンデリア。闇を照らす灯火よりも煌びやかな黄金で彩られたそれが唐突に落下、その勢いと自重で以てラスプーチンを押し潰そうとしているのである。
(狙ったか!)
直径にして2m強、重量にして30㎏を超える超大型のシャンデリアの落下は、ホムンクルス兵の屈強な肉体を以てしても大きなダメージは避け難かった。常人であれば頭蓋骨陥没か脳を潰されるか、そうでなくとも手足の一本は折り潰され、肋骨や臓器は滅茶苦茶になっていただろう。
そんな大重量のシャンデリアの落下をまともに受けても軽度の脳震盪で済んでしまうホムンクルス兵の肉体は、なるほど戦闘に最適化したものと評しても差し支えないだろう。
ぎり、と歯を噛み締めながら、ラスプーチンは右手の人差し指の先端を犬歯で薄く噛み切った。ブヅッ、と皮が裂ける鋭い痛みと共に、指先にじわりと熱く鉄臭い鮮血が溢れ出る。
魔力を込め、それを振るった。
血属性魔術―――あらゆる属性の魔術の中にあって、最も異端に近い属性。自らの体内を流れる鮮血を武器とし、あるいは盾として敵を屠り、身を護る禁術に近い魔術は極めてトリッキーで、見切るのは困難を極める。
ゾッ、とミカエルの背筋に冷たい感触が走る。
虎を前にしたハクビシン―――絶対的な捕食者を前に、逃げるという選択肢すら奪われた動物はつい硬直してしまう。逃げても延命措置にすらならないという残酷極まりない現実に、思考どころか生存本能までもがフリーズしてしまうのだ。
だが、ここで今までの経験が彼女の肉体を突き動かす。
幾度となく死闘を繰り広げてきた、遥か格上の相手との激戦。それはミカエルにとっての絶対的捕食者で、食物連鎖では上に位置する格上で、けれども知略の限りを尽くし、力を振り絞って、時には仲間の力を頼って乗り越えてきたミカエルにはまだ余裕があった。予想外の攻撃に対処できるだけの余裕が、まだ心の片隅に残されていたのだ。
咄嗟に左へ身体を傾けたミカエル。
直後だった―――ヂュンッ、とグラインダーをコンクリートブロックに接触させたかのような甲高い接触音と、微かに舞い散る火花……そして焦げる血の臭い。
顔を覆う目出し帽と、その上から装着した防護プロテクター越しにミカエルは確かに見た。
僅か一瞬―――振るわれたラスプーチンの指先から迸った赤黒い鮮血が薙ぎ払われるや、鞭、いや大剣の如き鋭い斬撃と化して、彼を真上から押さえつけんとしていたシャンデリア諸共加害範囲内のあらゆる物体を切断していたのである。
「ッ!?」
間一髪、といったところだ。
もし反応がもう少し遅れていたのならば―――深々と斬撃の傷跡と、それからラスプーチンの鮮血を刻みつけられた床の上に、又下から脳天までを真っ二つにされたミカエルの無残な死体が横たわっていたのかもしれない。
(血の……斬撃なのか……?)
血属性魔術の使い手と戦うのは、これが初めてではない。
以前にも経験だけならばあった―――ハンガリアでの一件、イシュトヴァーンとの戦いで血属性魔術は目にしているミカエル。しかしイシュトヴァーンが自らの剣に血を纏わせてバフをかける攻撃補助的な運用に留まっていたのに対し、ラスプーチンのそれは根本から異なる魔術と言ってもいいだろう。
血の斬撃に、血飛沫を用いた散弾攻撃。おまけに凝固させた血液を槍のように投じる遠距離攻撃―――いずれも相手を一撃で仕留めるための、攻撃力に特化したものばかりだ。
イシュトヴァーンと使ってくる魔術が違うのは、おそらく信仰している宗派が異なるためなのだろう。各属性には様々な宗派が存在し、それによって使用可能な魔術に差異があったり、宗派特有の最上級魔術が存在するケースも珍しくはない。
AK-12SKを構え、反撃に転じるミカエル。シュカカカカ、とサプレッサーで銃声を軽減された5.45×39mm弾が疾駆、ラスプーチンを狙うが、しかし結果は先ほどの再演―――とはならなかった。
両腕を目の前で交差させつつ蒼い外殻を展開するラスプーチン。ホムンクルス兵の外殻だ。己の表皮を単分子構造となっているドラゴン(クラリス曰く『サラマンダーのもの』だそうだ)の外殻へと変化せしめ、飛躍的に防御力を向上させるホムンクルス兵特有の能力である。
ブローニングM2どころか、より大口径のブッシュマスターの機関砲にも易々と耐えるレベルの防御力を誇るが故に、往々にしてホムンクルス兵は『人間サイズの戦車』と評される。
ガガガ、と甲高い音を立てて弾かれる5.45×39mm弾たち。
そろそろマガジンの中身が空になる―――離脱するか、と考えたミカエルの視界に、腕を横に薙ぐラスプーチンの姿が映る。
咄嗟に上半身を後ろへのけぞらせたミカエル。そのまま両手で足元の床に触れんとしているようにも見えるほど身体を大きくのけぞらせた彼女のすぐ目の前を、赤々と煌めき鉄の臭いを発する超高圧の血の斬撃が通過。ミカエルを寸断し損ねたその一撃はマイカ宮殿内部の柱を水圧カッターのように易々と切り刻むや、柱のいくつかを倒壊させその破壊力を見せつけた。
(おいおい……コイツ適性なんぼだよ)
DやCではこうはなるまい―――仮にそうであっても、先ほどからラスプーチンがそうしているように魔術の連発など出来る筈がないのだ。適性が低ければ、それに比例して体内の魔力量も上下するのが当たり前であり、例外は特異体質である”クロスドミナント”のみである。
(推定でA……甘く見積もってもB-とかその辺か)
なんでミカエル君の相手は格上ばかりなんですかね、と心の中で悪態をつきながらも、しかしミカエルは冷静だった。
確かにラスプーチンの血属性魔術の威力と多様性は脅威だ。汎用性が高いという事はそれだけ手札が多いという事であり、相手に選択肢の多さを突きつけ警戒を強いる心理的効果も期待できる。しかもそんな魔術の使い手が、よりにもよって人の顔を見て駆け引きをするのが得意なラスプーチンなのだから救いようがない。最悪の組み合わせである。
だがしかし、欠点もある。
(……)
ちらり、と視線を先ほどの斬撃が当たった床や柱に向けた。
深々と斬撃の痕がこれ見よがしに刻まれた床や柱は、破片だけでなくべっとりと血糊に塗れている。
ラスプーチンの肉体から放たれた鮮血によるものだろう。
(血を操る……対象はおそらく”自分の体内の血液”のみ)
先ほどの攻撃を見ていれば、それは明白だった。
最初は血の散弾で、次は瘡蓋の槍で、そして今度は血の斬撃で。いずれも自分の体内から迸った血を使役した魔術であり、それ以外の血―――例えばミカエルの体内の血液にまで干渉してくるような、そういう類の攻撃は見られない。
それに加え、推測ではあるが頭や心臓に被弾しても生きていた理由も、この体内の血を操る魔術に秘密があるとミカエルは睨んでいた。
先ほどの戦闘で、傷口から鮮血と一緒に凝固した血も溢れていた事が疑念のきっかけとなり、体内の血を操る魔術という推測でそれが現実味を帯びた。
つまるところ、【被弾が予測される部位の血管内で血液を急激に凝固させる事でボディアーマーのように弾丸を防いだ】というのが、不死身の怪僧ラスプーチンのトリックの正体であろう。血属性魔術師であれば血液の凝固や強度の急激な向上は朝飯前であるし、それならば先ほどのように同じ部位へ二度、ほぼタイムラグなしで銃弾を叩き込んだ時だけダメージが通ったというのも辻褄が合うというものだ。
(ノビチョクは……これも血か)
体内の血液を操る魔術―――それはつまり、体内の血流を完全な制御下に置く事を意味する。
推測にはなるが、おそらくラスプーチンはリコーダーで摂取してしまったノビチョクが血流に乗って身体中へ行き渡る前に汚染された血液を隔離、臓器に影響を及ぼさない肉体の末端に一時的に貯蔵して、それを攻撃に転用すると同時に体外へ排出したのであろう。
血流をコントロールできるが故に毒も効果が薄い―――銃弾も、凝固した血液で止められてしまう上にあのキメラの外殻という二重の防御である。
ならばどうしろと、と頭をフル回転させるミカエルだったが、次の瞬間頭上で生じた爆音にハッとしながらバックジャンプ、目の前に落下してきた見覚えのある剣槍を目にして目を丸くする羽目になる。
それは見間違う筈もない、自分の触媒だった。
ゾンビズメイの外殻を素材として用い、インナー素材に賢者の石をふんだんに使用したこの世に2つとない完全なミカエル専用の触媒。
念のためヘリに積み込んでいたそれを、パヴェルが独断で投下してくれたのだろう。
(サンキューパヴェル!)
ドン、と床に突き刺さった剣槍が抜けた。
ふわりと浮かんだそれは、まるで意志を持っているかのように空中浮遊。鋭利極まりない穂先をラスプーチンへと向け、いつでも飛びかからんと言わんばかりの構えを見せる。
「その大槍……間違いない、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵ですね?」
「……」
問いには答えない。
対話するには言葉が不可欠だが、しかしもはや互いに譲れぬものをかけた本気の戦いとなってしまった以上、そこに対話が、言葉が入り込む余地など微塵も残されていないのだ。
「なるほどなるほど……面白い。かの高名な雷獣のミカエルとこうして対峙することができるとは。このラスプーチン、身に余る―――」
トン、と軽く足踏みした。
次の瞬間だった―――ラスプーチンの周囲の床が唐突に隆起するや、足元の床、磨き抜かれた大理石たちが剣山さながらに盛り上がり、べらべらと言葉を紡ぐラスプーチンの肉体を引き裂かんと彼に迫ったのである。
目を見開き仰天しながらも、両手の指先から血流を放ち大理石の棘を寸断していくラスプーチン。数本の棘が彼の僧衣を浅く裂き、肩口を、頬を切り裂いたが、与えたダメージといえばそれだけのものだった。
だが、それでいい。
剣槍は、触媒は手元に届いた―――魔力の増幅装置としての役割も持つ触媒が手元にあれば、怖いものはない。
ドン、と剣槍が弾かれたように前に出る。
獲物へと追い縋る猟犬の如くラスプーチンへ肉薄した剣槍が縦回転、彼の肉体を叩き切ろうとする。しかしそう簡単にはいかず、直後に響いたのは肉を割く音でも彼の断末魔でもなく、ガァン、と堅牢な装甲を殴りつけたような硬質な音だった。
弾かれた剣槍が進路を変更、一旦ラスプーチンの後方へ逃れていくような挙動で距離を取っていく。
その間にAK-12SKのマガジンを交換したミカエルは、無慈悲にもラスプーチンへ銃口を向けていた。
「なんと野蛮な!」
喋っている最中に攻撃されたからなのだろう―――苛立ったような口調でラスプーチンは言った。
「人の話は最後まで聞けと親に教わらなかったのか! ……ああ、そうか。害獣の親も害獣だったか。己の保身のために貴族の当主の前で薄汚い尻を振り、誘惑して忌み子を孕んだ雌猫風情に、そんな常識を教えられるだけの教養も無かったと見える!」
怒りは確かにあった。
自分だけを罵倒されるならば、まだそれでよい。
この生まれも、害獣という不名誉な呼ばれ方も全て自分のものだ。不満があるならば自分を、このミカエルを好きなだけ詰ればよい。好きなだけ罵倒すればよい。
だが―――その矛先が家族へ向けられるというならば、害獣とて鋭利な牙を剥く。
空気が変わった。
本能的に死を意識してしまうような感覚に、一瞬ばかりラスプーチンは気圧される。
次の瞬間には、AK-12SKが静かに火を吹いていた。PBS-4サプレッサーで軽減された銃声と5.45×39mm弾、情け容赦のないフルオート射撃がラスプーチンへと迫る。
もし彼が冷静な判断力を堅持していれば、もう一瞬速く動けただろう。一瞬あれば外殻による防御も、回避も叶ったであろう。
しかし彼はミカエルの逆鱗に触れていた―――猛獣の尾を盛大に踏み抜いてしまったわけである。
ガンッ、と眉間に飛び込む5.45mm弾のヘッドショット。
衝撃に頭が大きく揺れ、表皮が抉れて血が迸る。
が、しかし彼には大したダメージにはならない。
ミカエルの推測通りだった。ラスプーチンは体内の血流をコントロールすることで、被弾が想定される部位を流れる血液を急激に凝固させ、身体の内に堅牢な防壁を築く事で銃弾から身を守っていたのである。
1発、2発―――アサルトライフルの射撃を、魔力で補強された血栓が受け止めていく。
しかし被弾が集中しているのは、よりにもよって頭だ。
手足程度であれば、数秒血流が止まるだけであればあまり大きな問題はない。しかしよりにもよって頭である。血管中に意図的に凝固した血液を生み出す関係上、それは人為的に引き起こした脳梗塞とも言える状態を数秒間続けることを意味しており、既にラスプーチンの手足には激しい痺れが、意識の混濁が、それぞれ牙を剥きつつあった。
今にも手放してしまいそうになる意識を必死に繋ぎ止め、反撃の機を窺うラスプーチン。
あと少し、あと少し―――そんな彼の願いは、ついに叶った。
ミカエルがAK-12SKのマガジンを使い切ったのだ。
頭を揺さぶる不快極まりない被弾の衝撃が消え、解放された血流に脳が悲鳴を上げる。この苦痛の礼は何倍にも増して返してやらなければならない、多額の利子を付けて返済してもらわなければ気が済まぬ―――ようやく巡ってきた反撃のチャンスだったが、しかしミカエルもそこまで甘くはなかった。
「―――」
すぐ目の前に、ミカエルが迫っていた。
ガッ、とラスプーチンの頭を小さな手が鷲掴みにする。
振り払う暇すらなかった―――次の瞬間には彼女の肉体から青い電撃が、電圧にして30万ボルトにも達するそれが牙を剥き、ラスプーチンの肉体に喰らい付いていたのだから。
悲鳴を上げる事も出来ず、白目を剥いて仰臥するラスプーチン。
そんな彼の頭と胸に2発ずつ、ミカエルは改めてAKのライフル弾を撃ち込んだ。
「……俺の母ちゃんを馬鹿にするからさ」
ドスの利いた声でそう吐き捨て、小さな暗殺者は踵を返す。
銃弾を撃ち込まれたラスプーチンの身体から、紅い鮮血が流れ出ていた。
イライナのモデルとなっているウクライナにおいて、実際に大天使ミカエルは信仰の対象とされているそうです。
ちなみにこれは狙ったわけではなく書いた後で気付きました。大体リーファが仲間になった辺りで。




