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不死の怪僧、ラスプーチン

ラスプーチン「シェリルの等身大抱き枕が欲しいです」

パヴェル「ポーズとか構図とか指定ある?」

ラスプーチン「表面はこう、ツンとした感じの無表情というか他を寄せ付けない冷たい感じの表情でテンプル騎士団の制服姿の彼女を。裏面はバチクソにえっちな感じでお願いしたいんですがいくらで引き受けていただけますか」

パヴェル「5万ライブルからで」

ラスプーチン「では10万、全額前金で支払いますのでぜひお願いしたい」

パヴェル「よし」

シェリル「待って」


 カメラ越しにラスプーチンの最期を見届けた。


 ミカが胸元に装着しているボディカメラの映像。サプレッサーを装着したナガンM1895で側頭部を撃ち抜かれたラスプーチンが動かなくなり、慈悲深く側頭部を一撃で撃ち抜かれた骸を晒している。


 死体の傍らに歩み寄ったミカは、うつ伏せになった状態でこと切れているラスプーチンの死体を爪先で蹴るようにしてひっくり返した。ごろん、と側頭部から血を流して動かなくなった男の死体が仰向けになる。


 そのまま心臓に2発、ナガン弾をぶち込むミカ。


 お手本通りの手順だった。


 暗殺など、”標的の確実な抹殺”が必須条件となる任務ではこうして確実に標的を殺すのが望ましい。頭を撃ち抜いたから、心臓を撃ち抜いたから……それだけでは不十分だ。


 撃たれればまず助からない急所を的確に撃ち抜き、確実に殺す。もしかしたら死んだように見せかけてまだ息があり、後になって蘇生するかもしれない―――消したはずの標的が生きているというのは、暗殺者や要人暗殺を請け負う特殊部隊にとっては最大のやらかしだ。


 だから標的を消す際には頭に一発、心臓に二発。


 ミカの優しすぎる性格上、暗殺をする事などまずないだろうと思っていたのだが……念のため教えておいてよかった、と今になって胸を撫で下ろしている。


 さて、これで暗殺任務は済んだ。


 次は脱出だ。標的を暗殺したら作戦展開地域から速やかに離脱、回収地点へと向かう事が望ましい。


 モニターでミカの様子を確認しつつ左手で手元にある小型PCを立ち上げ、ドローン制御アプリを起動。自分で組んだソフトウェアは正常に動作するや、ラウラ・フィールドで透明になっているヘリのハッチから1機の小型ドローンが飛び出していった。


 一応ミカには回収予定ポイントの座標を送っているのでスマホでマップを確認してもらえば一目瞭然だが、いちいちスマホを見ている余裕も無いだろうからドローンに誘導させる。


 急降下したドローンが現場へと駆け付ける消防隊の頭上を通過し、炎上するマイカ宮殿の割れた窓から飛び込んでいった。燃え落ちるカーテンや絵画の合間をすり抜け、応接室へと接近していくサポートドローン。


《……終わった》


 ミカがそおう呟くや、隣にやってきた顔色の悪いシェリル(お前もう休んでろ)がやってきてマイクを手に取った。


「……清々しました。ありがとうミカエル」


《50万はナシか……懐が寒くなるな》


 おどけた調子で言うミカエル。そう言えばシェリルと何かそういうやりとりをしていたっけ。ラスプーチンをリコーダーで殺したら50万払うだの何だの……リコーダーで殺すって、だからノビチョクをあのリコーダーに塗りたくってたのかアイツ。


「よく言うよ。とりあえずお疲れ様だミカ。通気ダクトを通って早く逃げろ。さもないと満漢全席にされるぞ」


《へいへい》


 さて、ドローンもそろそろミカと合流する。


 火の手もまだ応接室にまでは達していない。通気ダクトを通っていけば炎に巻き込まれずに無事に宮殿の外に出られる筈だ。


 ラスプーチンの死体も、この炎が処理してくれる。死体が発見されたらされたで『ラスプーチンの死因は焼死であり事故であった』という偽情報を流す事で当局の捜査を攪乱する手筈だ。真相が公になるとしたら、それはきっとミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフという英雄が遥か昔の英雄として教科書に載るような遥か未来の話だろう。


 まあ、これで全て終わりだ。


 そう思い、オペレーターを容態の回復しつつあるシェリルにバトンタッチしてドローンの操縦に専念しようかと席を譲りかけたその時だった。


 ミカが突入した通気ダクトのハッチから応接室へと飛び込んだサポートドローンの映像に、とんでもないものが映ったのだ。




 ―――むくり、とラスプーチンが起き上がった。




「ミカ!!!」


 俺が叫ぶと同時に、ミカは後ろを振り向いてナガンM1895の銃口をラスプーチンへと向けた。


 まるで長い間油を差していない機械のようにぎこちない動作で起き上がるラスプーチン。ぎぎぎ、と機械が軋むような音が今にも聞こえてきそうなほど緩慢な動きで身体を起こす彼に、ミカは容赦なく引き金を引き搾った。


 パス、パス、パスッ。


 3発の7.62mmナガン弾を胸板にぶち込まれ、ラスプーチンは身体を大きく揺らした。それでもなお倒れる素振りを見せない彼の虚ろな目がミカを睨むが、しかし次の瞬間にはナガンリボルバーのシリンダーに残された最後の一発の弾丸がラスプーチンの眉間へと飛び込み、彼に今度こそ引導を渡した。


 がくんっ、と大きく頭を後ろに揺らし、そのまま仰向けに崩れ落ちるラスプーチン。まるで舞台上の演劇俳優が迫真の演技を披露するかのように、芝居じみた感じで両腕を大きく広げ、そのまま再び動かなくなった。


 ミカの息遣いが聴こえてくる―――アイツも今のはさすがに予想外だったらしい。未知の脅威を目の前で認識したせいなのか、ミカの息は上がっていた。


「……カーチャ、ミカの触媒の投下準備を」


「パヴェル、今のはいったい」


 カーチャも何が起こったのか理解できていないようだった。


 ホムンクルス兵には飛竜の外殻を瞬時に清々して身体に展開することで、防御力を飛躍的に向上させる能力がある。大口径の重機関銃や機関砲の砲弾すら弾いてしまうそれは最新型の主力戦車(MBT)に匹敵するほどの防御力を誇り、故にテンプル騎士団のホムンクルス兵は『人間サイズの戦車』と評される事も珍しくない。


 だがしかし、それは外殻の展開が間に合った時の話だ。


 外殻を展開していない状態であれば、如何にホムンクルス兵であろうと、常人と比較して多少骨格の密度が異なり、筋肉や内臓もそれに比例して強靭であるだけの人間に他ならない。


 確かに常人では扱い難い重火器を軽々と持ち上げるその筋力に、その馬鹿力を長時間維持できるスタミナは脅威であろう。


 だが、それは真っ向勝負するからその差を見せつけられてしまうだけの話であり、相手の強みに付き合わずに暗殺してしまえば、そんなものは関係ない。


 ―――その筈だった。


 側頭部に一発、心臓に二発、胸板に三発―――そして眉間に一発。


 ナガンリボルバーのシリンダーに装填された弾丸7発を全て使い切ってもなお生きているホムンクルス兵など……聞いた事が無い。


 アイツがセシリアのような再生能力を持っているのならば話は別だが、しかし映像を見る限りでは傷口が再生している様子もないのだ。撃たれた傷跡はぱっくりと開いたままで、赤ワインのような血が溢れ出ている。


 7発すべての弾丸を撃ち込まれてもなお、ラスプーチンは起き上がる素振りを見せた。


 痙攣する手で身体を支え、ケタケタと狂ったような笑い声を発しながら起き上がるラスプーチン。この世のものとは思えない異常な光景に、現場にいるミカどころかモニター越しに監視している俺たちでさえも息を呑む。


「なんだ、こいつは」


 今まで遭遇してきたどの敵ともベクトルの違う不気味さが、このラスプーチンには確かにあった。

















 ナガンM1895をホルスターに戻し、スリングで保持していたAK-12SKを構える。ハンドガード下に装着したハンドストップを握り込み、ストックを肩の付け根に押し付けるように力を込めて構える、ミカエル君が多用するCクランプ・グリップ。


 パシパシッ、とAK-12SKが火を吹いた。


 薬室に装填された5.45×39mm弾が目を覚ます。発射ガスに突き飛ばされるようにして短い銃身内で加速、しかし銃口に搭載されたPBS-4サプレッサーにより減速に転じた弾丸は、されど十分とは言い難い消音効果の中でラスプーチンの眉間と首筋にそれぞれ食らい付いた。


 弾速の速い5.45×39mm弾とサプレッサーはあまり相性がいいとは言えない組み合わせだが、サプレッサーに期待するのは銃声の低減だけではない―――マズルフラッシュの減殺によって射撃位置を隠匿する事も期待して装着する事もあるのだが、しかし今はそんな事はどうでもいい。


 7.62mmナガン弾7発に加え、5.45×39mm弾を2発―――それも片方は眉間に叩き込み、もう片方は首筋という常人であれば致命傷になる筈の場所だ。なのになぜ、この男は平然としているのか?


 これは何かの悪い夢だ、と思考が現実逃避を始めそうになったその時だった。


 ロシア製ドットサイトのPK-120、そのレティクルの端でぎらりと黒光りする何かが一瞬だけ見えた。それと時を同じくして、身体の中に冷たい感触が走る。それは食物連鎖の中で下位に位置するジャコウネコ科の動物たちが持ち得る―――というより、喰われる側に立たされるが故に発達した危機察知能力なのかもしれない。


 ぎょっとした瞬間には、半ば反射的に身体を左へと逸らしていた。


 ヒュン、と何かが、一瞬前まで俺の眉間があった場所を突き抜けていく。


 弾丸ではない。鋭利な形状の金属……おそらくは投げナイフか、投擲で相手を殺傷する武器の類だろう。


「くっくっくっくっくっ……ぁぁぁあ、今のを躱すんですね」


 ケタケタと血まみれの顔で笑いながら、ラスプーチンはくいっと左手の中指でメガネを押し上げた。


 続けて右手を振るうラスプーチン。シェリルの言う”同期の恥晒し”という言葉を見事に裏切る、熟練の暗殺者のような迷いのない動作で投げ放たれたのは、磨き抜かれた鋭利な投げナイフだった。


 反射を防ぐためなのだろう、艶のないグレーで仕上げられた鋭利なそれは、手に持って振うナイフと比較すると投擲の際に投げやすく、また上着や袖の中に武器として仕込みやすくするために薄く造られているようだった。


 そんなものを3本同時に、さながら散弾の如く微妙に角度をつけてばら撒いてくるのである。それも至近距離で、だ。やられる側はたまったもんじゃない。


 イリヤーの時計を用いて時間停止を発動、停滞した時の中で投げナイフの投擲を回避してやり過ごす。


 時間停止の効果時間が過ぎ、もはや切先に誰も居なくなった空間を、3本のナイフたちが虚しく突き抜けていった。


「……おや?」


 必中を期した投擲だったのだろう。


 だがしかし、こっちには時間停止という大きなアドバンテージがある。僅か1秒しかないが、一瞬の判断ミスが勝敗を決する戦闘において1秒の猶予というのはこれ以上ないほどの優位性を誇るのだ。


 確実に当たると踏んだ一撃を回避され驚くラスプーチンに、AK-12SKのセミオート射撃をお見舞いする。


 彼が同期の中で劣等、というのはどうやら本当らしい。


 軟体動物の如く身体をくねらせる事で弾丸を回避するが、完全回避には至らない。数発の弾丸がラスプーチンの身体を掠め、その肌を浅く切り裂いていく。


 ―――動きがシェリルやシャーロットと比較すると”重い”。


 彼女たちには軽やかさがある。人知を超えた身体能力、ヒトの姿をしておきながらそれは非常にアクロバティックで、圧倒的な筋力が生み出す破壊力との組み合わせは敵対者にとってはまさに悪夢の具現でしかない。


 だが、このラスプーチンにはそれがない。


 確かに反射速度と身体能力、そして何より弾丸を撃ち込まれても死なない謎の打たれ強さには目を見張るものがある。しかし打たれ強さを除けば、どれも鍛え方次第では常人でも辛うじて再現可能な範疇に留まっていて、クラリスやシェリル、シャーロットといった人間というカテゴリに分類していいかどうか悩んでしまうような、マジモンの化け物と比較すると動きが鈍いと言わざるを得ないのだ。


 されどそれは一般的なホムンクルス兵を基準とした場合の話。


 常人の範疇で言うなれば―――コイツも十分化け物だ。


 カールグスタフ無反動砲を担いで100㎞行軍で息が上がったから落ちこぼれだと? シェリル、良い事を教えてやろう。あんなバチクソに重い鉄の塊を担いで100㎞行軍なんてベテランの軍人でも苦行でしかない。お前たちホムンクルス兵なら3つくらい束ねて休憩なしで100㎞踏破できるのだろうが、常人にはまず不可能と言うか極めて困難である。


 結局、基準となる比較対象がおかしかったというのがこの一件の顛末なのだろう。何となくそんな気はしていたが。


「―――あなた、今時間を止めませんでした?」


「……」


 ぎらり、とメガネのレンズを輝かせながら問うラスプーチン。


 ―――バレてるわ。


 お構いなしに発砲、相手に動揺を悟らせないようにしながらとにかく動く。


 初見であれば、瞬間的な超加速とかそういうシンプルな能力を疑う方が多数派だろう。それをごく限られた情報の中、止まった時間の中を自由に動く俺の姿を認識できない筈の相手がその答えに行き着くなどイレギュラーでしかない。


 かといってぎょっとしていれば相手に動揺を悟られ、こちらの能力を推理されてしまう。


 そうなれば勝ち目はない―――シェリルの言う通り、コイツの話術は危険だ。精神的に揺さぶりをかけてくる可能性は否定できない。


「なるほど、動揺を隠すためなのでしょうね。攻撃が一段と激しくなった」


 裏目に出たか。


 クソが、と心の中で悪態をつきながら手榴弾を投擲。バックジャンプして応接室を飛び出し、後方で炸裂する手榴弾の爆音を聴きながら通路を突っ走る。


《ミカ、撤退の判断は早い段階で決めろ》


「分かってる」


 火の手が回りつつある。


 早くしないと、マジで満漢全席になってしまう。




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