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暗殺作戦決行

・ブチギレギーナ

 レギーナマッマ第一形態。怒りが頂点に達したマッマの修羅、その具現。ワンパンでパヴェルの四肢を切断し、クラリスを火星まで吹き飛ばす力を持つ。


・バチギレギーナ

 第二形態。大地を強く踏み締めるだけで地殻変動が生じその辺の火山が手当たり次第に大噴火する。あと目とか口から炎を吐く。


・ガチギレギーナ

 最終形態。どす黒い血のようなオーラを身に纏い、ミカエル君の尊厳を傷つけるものすべてを分子レベルまで粉砕する。目と口からビームを吐く。



 凶星きょうせい、という概念がこの世界では信じられている。


 曰く『夜空に瞬く血のように紅い星であり、それは不幸の象徴である』のだという。


 それを見てしまった王の国はその代のうちに滅亡へと至り、凶星を目にした軍の将軍は次の戦に必ず敗れ、凶星の輝く夜に生まれた大貴族は当主の不正によりお取り潰し―――そんな信憑性に疑問符が付くような話が、イライナやノヴォシアの民話には散見される。


 だから血のように紅い星は不幸の象徴なのだ、と。


 まあ、転生前にSNSを通してネットリテラシーをそれなりに身に着けた(つもりの)ミカエル君的には具体的な情報源(ソース)がないので鵜呑みにしておらず、「あーハイハイ面白いね」程度の認識ではある。


 ここから見える星空にも紅い星が見える。あれが大昔の人の言う”凶星”なのだろうか。じゃあ、その理屈なら凶星を見てしまった俺も不幸になってしまうのだろうか?


 屋根裏でコートを脱ぎ棄てながら、ふと幼少の頃に母さんが色々と星座とか星にまつわる話をしてくれた事を思い出す。月にはウサギさんがいるのよ、とかなんとか、そういうロマンチックな話ばかりだったけれども、凶星に関する話もしてくれたっけ。


 バラクラバをかぶり、その上から防弾プロテクターを装着。顔全体から後頭部にかけての広い範囲を覆うプロテクターはシャーロットの自信作だ。隠密作戦用に目立たないシルエットにしたコイツは賢者の石を素材に用いた事で高い防御力を誇り、7.62×51mm弾でさえも完全防護してくれる。ただし衝撃を相殺してくれる機構は必要最低限しか持ち合わせていないので、ヘッドショットを喰らおうものならば脳震盪を起こしてぶっ倒れる可能性がある事に留意するべきだろう。


 傍から見れば大昔の騎士の兜、それも主張控えめな目立たない鉄仮面を思わせるそれを装着。ヘッドセットと併用することも想定しているのだろう、耳の周囲に装甲は無く、また前方の視界を確保するために両目のところには穴が開いている。


 艶のない黒を基調としたそれには眉間の部分に白いラインが描かれており、ずいぶんとまあ遊び心に満ちた塗装になっている。


 脱ぎ捨てたコートの重ね着の下から出てきたのはインナー代わりのパイロットスーツ―――そう、機甲鎧(パワードメイル)のパイロット用に支給されているものだ。


 機甲鎧(パワードメイル)はコクピットにあるハンドルやグローブ型コントローラー、アクセル、クラッチ、ブレーキなどを用いて操縦する兵器だが、細かい動きに関しては操縦者の身体から発せられる電気信号を拾って補正する仕組みになっている(これにより多少は人間的な動きが可能となる)。


 その電気信号をより正確に機体に伝達するため、それに最適化した服としてシャーロットが開発したのがこのパイロットスーツだ。ボディスーツみたいな感じで肌にぴったりと密着するデザインになっており、ボディラインがはっきり表れるのでクラリスとかシスター・イルゼが着ると非常にえっちだと思いますいいですよねこういうの。


 まあミカエル君が着たところで需要は無いだろう。今クラリスの「そんな事ありませんわ!!!!」という魂の咆哮が聴こえたような気がしたが聞き間違いという事にしておこう。


 脱いだ服をダッフルバッグに詰め込んで、時限発火装置を仕込んだ改造火炎瓶をセット。


 そんなミカエル君の着替えシーンを間近で見ていた野生のハクビシンを手招きすると、前足でキャンディを押さえながらカリカリとキャンディを噛んでいたハクビシンは一声鳴いてからこっちにやってきた。


「いきなりで悪いけど、ここから逃げた方がいい」


【【悲報】俺氏、巣を失う】


「気持ちは分かるが、ここに居たら危ない。向こうにある屋敷に逃げるんだ。さもないと焼きハクビになってしまう」


【【悲報】食材3秒前】


「いきなり住処を追うような事になってしまって申し訳ないけど……分かってくれ」


 ダッフルバッグから最後のキャンディを取り出し、野生のハクビシンにあげた。こんなので住処から追い出してしまった事の罪滅ぼしにはならないだろうけど……。


【【朗報】キャンディおいしい】


 ごめんな、と小声で言いながらハクビシンの頭を撫でると、まるで飼い猫みたいにごろんと寝転んでこっちに腹を見せてきた。無防備なお腹をナデナデしていると指先をガブリと甘噛みするハクビシン。なかなか放してくれないコイツを撫で回しているうちに、満足したのか野生のハクビシンは咥えていた俺の指から口を離して一声鳴くと、【ほんじゃあお嬢ちゃん気をつけてな】と言い残し、天井の穴から逃げていった。


 願わくば彼がこの苛酷極まりない冬を乗り越えてくれる事を祈ろう。


《火焔爆弾、起爆タイマー起動》


 オペレーターを担当するシェリルがインカム越しにそう告げた。証拠隠滅も兼ねてダッフルバッグにセットした、火炎瓶に時限式のタイマーを取りつけた火焔爆弾のタイマーが起動したのを確認してその場を離れる。


 時間になれば着火装置が作動して、瓶の口を塞いでいる布切れに着火する。そうなれば後は瓶の中にたっぷりと収まっている特殊混合燃料(パヴェル曰く『その辺のSNS垢よりよく燃える』)に引火して爆発的に燃え上がり、マイカ宮殿は瞬く間に炎に包まれる。


 さて、後は最期の仕込みを。


 通気ダクトの金網を押さえているネジをプラスドライバーで外し、するりと通気ダクトの中へインするミカエル君。そのまま狭い通気ダクト(ミカエル君はミニマムサイズなので余裕がありまくる。パヴェルは多分無理)の中を這って進み、下に取り付けられている金網から部屋の中を覗き込んだ。


 確かここだ、応接室は。


 瀟洒しょうしゃな調度品に彩られた部屋の中、真っ白なクロスの敷かれたテーブルの上には色とりどりの小さなケーキ(プチフール)が所狭しと並べられた大皿が置かれている。


《間違いない、ここです》


「だろうな」


《ラスプーチンはお菓子類に目がない男でした》


「いわゆるスイーツ男子ってヤツか」


《そんな可愛げのある奴じゃありません。全世界のスイーツ男子に失礼です》


「ごめんね」


《いいよ》


「それで」


《え、あぁ続くのねコレ、はい。ええと、ラスプーヂッ》


 あ、噛んだ。


《……あのアホンダラはお菓子類と紅茶に目がない男ですが、その中でもああいうプチフールが大好物です》


「確かだな?」


《間違いありません。テンプル騎士団の新入団員歓迎式で出てきたビュッフェでも肉料理とかメインディッシュそっちのけでプチフールばかりもしゃもしゃしてました》


「なるほど」


 金網を外し、ダクトの縁にフックを引っかけてからワイヤーで懸垂降下。音もなく部屋のカーペットの上に着地したミカエル君は、ポーチから耐衝撃ガラスの容器に収まった透明な液体を取り出すなり、それをプチフールの上にそっと垂らしていった。


 ロシア製の毒ガス『ノビチョク』の原液だ。いくら強靭な肉体を持つホムンクルス兵でも、世界で最も危険な毒ガスの原液をうっかり摂取してしまえば耐えられまい。


 ホムンクルス兵の肉体は常人を遥かに超えるほど屈強で、多少の毒物では”毒”として作用しない。免疫がドラゴン級なのだそうだ……だから眠らせるのであれば象を眠らせるレベルの麻酔薬を用意しなければならないらしい。


 が、そんな人間サイズの化け物でもノビチョクの原液にかかればイチコロである。異世界でも通用する化学兵器とか怖すぎるのだ。そしてそんなものをお小遣い感覚でポンと渡してくるパヴェルも。


 プチフールへの仕込みを終え、部屋の片隅にそっと件のリコーダーをセット。


 シェリルのものだと分かるよう、購入後に彼女の筆跡をコピーしてシェリルの名前も刻んである。未だにシェリルに未練のあるラスプーチンならばあっさり引っかかるだろう、というシェリルの見立てだが、果たしてそれがどこまで上手く行くか。


 そろそろだな、と時間を確認し、ワイヤーを伝って再び天井を走るダクトへ這い上がる。するりとダクトの中に入るや金網をセットしてしっかりと蓋をし、そこから部屋の中を見守った。


《……なかなか来ませんね》


「これワンチャン部屋間違えたとかない?」


《そんな筈がありません。この私の完璧なサポートに死角などありませんよ》


「本当かァ~?」


《でも確かに来ませんし待ってる間暇ですね、しりとりでもしますか》


「小学生か」


《私から行きますね、りんご》


「ゴスロリ」


《り? り、り、り……りぃ?》


「オイまだ始まって3秒だぞお前」


《待ってください語彙力のストックが》


「ただのポンコツじゃねーか!」


《失礼な。こう見えて転生者戦闘教育課程次席―――》


 ガチャ、と扉が開いた。


 扉の向こうから姿を現したのはこのマイカ宮殿の主、ピュリコフ公爵と―――黒い僧衣に身を包んだノヴォシアの祈祷僧、ラスプーチン。


 ―――間違いない、奴だ。


 ピュリコフ公爵と何度か他愛もない会話を交わすラスプーチン。しばらくするとピュリコフ公爵は席を外し、部屋の中にはラスプーチンただ1人となる。


 椅子に腰を下ろした彼は、早くもテーブルの上のプチフールに手を付けた。大きめのイチゴの乗ったそれを口へと運び、口元に笑みを浮かべながら咀嚼するラスプーチン。


《アイツ無駄に良いもの食べてるんですよね。こっちは食料が厳しく制限されて栄養サプリばっかりだったのに》


「……もしかしてお前、アイツへの恨みの何割かは食べ物関連だったりする?」


《そんなわけないじゃないですか。私は最新ロットのホムンクルス兵、完璧で完全なのです。たかが食べ物が粗食だったからといって弱音は吐きません》


《じゃあ今夜からお前だけ栄養サプリにするか》


《お願いします同志大佐それだけはやめてください何でもします靴でも何でも舐めます何なら大佐の犬になりますからワンワン》


「プライド」


 最新ロットの誇りはどうしたんだお前。


 薄々思ってる事なんだが……シェリルってアレか、もしかしてポンコツだったりする?


 想定内の出来事のうちはまだ対処できるけど、それがキャパを超えた途端にポンコツになるイメージがあるんだけど……いや、外れててほしい。この予想はガチで外れててほしい。仲間になったホムンクルス2人組のまだまともな方なんだから……。


《え、今私の事まともって言いました?》


「なんでお前心読んでくるの」


《”以心伝心”というやつですね》


「以心伝心とは決して一方的に相手の心を読む行為の事ではないと思われ」


 そんなおバカなやり取りをしている間に、ラスプーチンの視線がリコーダーの方に向いた。


 特に怪しむ素振りすら見せず(少しは怪しめ)、席から立ち上がってリコーダーを手にするラスプーチン。微かに手を震わせる彼の視線の先には、クレイデリア語で”シェリル”と刻まれた名前が。


 ちらりと周囲を見渡し、密室である事を確認するラスプーチン。固唾を飲んで見守っていると、インカムから『私ちょっとお花摘みに行ってきます』とシェリルの離席する声が。


 オイコラ。オペレーターが勝手に職務を放棄するんじゃねえ。


 少し遅れてインコムの向こうから、おそらくは盛大に虹を吐いているであろうシェリルの『おろろろろろろろろ』という声が……あ、幼少期のトラウマ思い出したのか。大変だなアイツ。


 などと見守っていた次の瞬間だった。


『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ愛しいシェリルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……すんすん……ちょっと匂い違うけど多分シェリルのだぁぁぁぁぁぁぁ……間違いないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ』


「……」


 帰りたい。


 なんなのコレ、なんなのコレ。


 オペレーターはポンコツだし眼下に居る暗殺対象は過去イチ級のド変態(確定)だしクソ寒いし腹減ったしなんか俺も吐き気が……うぷ。


『どうしたんだいシェリルぅ、まさか俺が恋しくなって戻ってきたのかい?』


『ええそうよ(※ラスプーチン裏声)』


『嬉しいじゃないかシェリルぅぅぅぅぅ! やっぱり俺たちは相・思・相・愛☆』


『愛してるわあなた。抱いて(※ラスプーチン裏声)』


『落ち着くんだシェリル、まずは口づけからだ……むふっ、むほほほほほほほほ』


 思わず目を背けた。


 じゅる、じゅるじゅるぢゅる……なんだろ、なんか未知のクリーチャーが人間の脳を啜ってるようなえげつない効果音が聴こえてくるんだけどこれリコーダー舐めてるだけだよね? そうだよね?


《すみません、取り乱してしまいm―――ヴ゛ォ゛ェ゛ボ゛!!!》


《大変よパヴェル、シェリルが吐いた!》


《うわマジかお前……うわうわうわ、カーチャ布巾! あとゴミ袋!!》


 シ ェ リ ル 、 ま さ か の リ ス キ ル 。


 ラスプーチンがキモ過ぎて過去のトラウマをダイレクトに直撃されて嘔吐×2のシェリル。今回の任務は彼女には苛酷だったかもしれない。いや、現場でそれを見せられてる俺が一番苛酷だと思うんですがそれは。


 なんだろうね、クラリスのこういう行為に関しては俺も好意を抱いているからある程度マシに思えるのかもしれないけど、全然好意を抱いていない相手にここまでされるとあれだけ精神的ダメージ受けるんだなって。


《わ、私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット私は最新ロット》


《パヴェル、シェリルが壊れた》


《叩けば直るだろ》


「そんな昔のテレビじゃないんだから」


 いや待て、待て。


 ちょっと待て、馬鹿やってる場合じゃないぞコレ。


 シェリルのリコーダー(という事になっている)をレロレロ舐め回しているラスプーチンを見て、俺はある事に気付く。


 



 ―――こいつ、さっきからノビチョクの原液を摂取してるのに全然効いてないのでは?





パヴェル「ん、今何でもするって」

シェリル「えっそれは……」

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