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鎮魂


「ご主人様っ、ご主人様ぁっ!!」


「落ち着きなさいよ馬鹿っ! ちょ、力強っ―――」


 じたばたと暴れるクラリスを必死に食い止めようと努力するモニカ。彼女も体を鍛えているから筋力は(女性基準で)標準以上と言っていいくらいだと思うんだが、クラリスとの差があまりにも大き過ぎた。


 大体、クラリスの筋力は人間基準で考えちゃダメな気がする。グリズリー……すら可愛く思えてくるレベルだ。戦車とか重機とか、そのレベルに片足突っ込んでいるような気がするのは俺だけじゃない筈だ。


 いつか戦車と相撲でもやってほしい。できればM1エイブラムス辺りと。


 さてさて、普段は冷静(?)なクラリスさんがこんなにも荒ぶっている理由は単純明快、アルカンバヤ村の再調査に向かう人員の選抜に不満があるのだ。


 再調査に向かうのは3名。俺、パヴェル、そして土地勘があるシスター・イルゼの3人。


 もう一度言う、メンバーは俺、パヴェル、シスター・イルゼの3人。それ以外はお留守番である。


「ご主人様っ! クラリスは、クラリスはっ! こんな理不尽認めませんわっ! 許容できませんわ!!!」


「うぎぎぎぎぎ行くなら早く行きなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉここはあたしに任せてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「なんか死亡フラグみたいになってて面白いなモニカ(あの女)


「ウチの自慢の娘ですー」


「に、賑やかですねぇ……」


 意外と面白い奴だなぁ、とか言いながら運転席に座るパヴェル。そうでしょう、ウチの自慢の娘なんです。他にもいちいちリアクションの声がデカかったりとかね、するんですけどね、どうです? 面白いでしょうモニカ?


 多分、出会った時の第一印象で俺たちを真面目なギルドの冒険者だと思っていたのだろう……それはまあ、半分は正解だ。今彼女が目の当たりにしているのは不正解となった残りの半分である。


「クラリス、すぐ戻るから」


「我慢できませんわご主人様! クラリスにご主人様のいない孤独な一日を過ごせと仰るのですか!?」


「いやたった一日……」


「嫌ですわ! そんなの嫌ですわぁっ!!」


「ほんじゃ出発しますね~」


「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 クラリス、魂の叫び。


 190dBくらいは出ていたと思われる大音量を尻目に、無慈悲に開く格納庫のハッチ。ブハンカのライトが点灯し、オリーブドラブのバンは再び雪の降り積もったザリンツィクの大地へ。


 さて、クラリスにはちゃんとお留守番していてもらおう……いや、仕方がないのだ。戦力的に考えるとクラリスにも来てほしいのだが、そうすると今度は列車の守りが手薄になる。できればパヴェルとクラリス、血盟旅団の最高戦力のどちらかには列車に残っていてほしい。


 魔物とか野盗程度ならまだしも、あのロボットみたいな連中が襲撃してくるとなれば、列車の防衛をルカ1人に押し付けるのも酷というものだ。というか無理だろう。ルカはまだやっと銃の扱いに慣れ、的に”狙ってある程度当てられる”というレベル。ちょっと銃に詳しい素人でしかないのだ。


 そりゃあクラリスとパヴェルの2人が来てくれれば心強いのだが、今回はあくまでも調査と密造銃の回収が目的。帰ってきたら列車が破壊され、残った仲間も全滅していました、という事態は避けたい。そこは理解してほしいものだ。


 車は線路を離れて車道を突っ走り、あっという間にザリンツィクの市街地の外へ。車道は完全に雪に埋もれていて、道路の外側を縁取るように生えた電柱や道路標識で、辛うじてどこが道路なのか分かる程度。さっきからカーラジオの音声に紛れて聞こえてくるガリガリという音は、フロントバンパーが雪を擦る音だ。


 帰ってくる時は辛うじてスタックせずに済んだが、今回はどうだろうか。


「……」


 窓の外を見つめるシスター・イルゼの顔には、やはり不安そうな表情が浮かんでいる。


 彼女にとってあの村は故郷だ。村人たちは家族も同然で、だからこそ故郷を捨てるという選択に大きな躊躇いがあったのだろう。思い入れがあればあるほど、ヒトはそれを捨てる事が難しくなる。物だろうと、故郷だろうと。


 運転席でハンドルを握るパヴェルの目つきは険しい。いつもは調子のいい兄貴みたいな感じだというのに、今日の彼はまるで外敵の気配を察知した肉食獣のような、そんな目つきだった。調査と言っておきながら、チェストリグに詰められるだけAKのマガジンを詰め、しまいには100発入りの弾薬箱と分隊支援火器まで持ってくるのだから、彼が今回の事態をどれだけ重く見ているのかが窺い知れる。


 助手席に立て掛けられているのは、ソ連が開発した”RPD機関銃”だった。AK-47と同じく7.62×39mm弾を使用する分隊支援火器で、ソ連製の兵器らしく堅牢でパワフルな逸品である。とはいえ、弾薬が統一できてもAK装備の歩兵と組ませるには、ベルト式の機関銃はちょっと不便だったらしい。AKのマガジンを使いまわせないからまあ、仕方がない事なのだが。


 それもあってRPKに置き換えられる形で退役していった銃だが、RPDにはRPKにはないベルト式機関銃ならではの強み―――弾数の多さがある。


 持ってきたビスケットの缶の蓋を開け、中身を一枚取り出した。それをシスターに差し出すと、彼女は申し訳なさそうな顔でこっちを見つめてくる。


「ほら、どうぞ」


「ええ……ありがとうございます」


 やっぱり不安なのだろう。


 せめて生存者が1人でも居てくれればいいのだが―――はっきり言ってそれは絶望的だ。


 村から逃げてくる時にすれ違った、大量の魔物たち。仮にもし村にまだ”まともな人間”が残っていたとしても、あれだけの数の魔物の攻撃を迎え撃てる戦力はもう、あの村には残っていなかった筈だ。


 でも―――もしかしたら、という思いは確かにある。


 どうか1人でも生きていてくれという祈りを、抱かずにはいられなかった。












 変わり果てた風景に、俺たちは言葉を失った。


 アルカンバヤ村―――いや、”跡地”と言った方が良いかもしれない。


 崩れ去った民家に半壊した納屋。それら全てが雪に埋もれ、ノヴォシアの過酷な冬の中に消えようとしている。騎士たちが兵舎代わりに使っていた酒屋や集会所、そして非戦闘員の避難先となっていたエレナ教会も全てが崩れ去り、残っているのは雪原から突き出た残骸の一部くらいのものだった。


「そんな……」


「……」


 絶望するシスター・イルゼ。抑え込んでいた感情がじわりじわりと滲み出す彼女とは対照的に、パヴェルは冷静だった。いつ、どこから敵が飛び出してくるかも分からない状態。周囲を警戒するその姿は、確かに”元特殊部隊”という経歴を裏付けるものに他ならない。


 教会のあった場所で車を停め、エンジンをつけっ放しにしたまま外に出た。ズボッ、と脛の辺りまで一気に雪に沈み、その冷たさに身体中にぞくりとした嫌な感覚が奔る。


 シスター・イルゼだけを車に残すわけにもいかず、彼女を連れて教会の中へ。正面の入り口はバリケードで封鎖されていた。ここに避難していた人々の最期の抵抗だったのだろう。礼拝堂の椅子や使わなくなった机、木箱などがバリケードの素材として再利用されている。


 裏口の手前で、パヴェルと目配せした。こっちはいつでもいいぞ、と合図を送ると、彼は慣れた足さばきで右足を振り上げ、木製のドアを容易く蹴破ってしまう。


 バンッ、と暴力的な音が雪の中に響き、薄暗い教会の通路が露になった。AK-19に装着したライトを点灯させて中へと転がり込み、通路の奥に誰も居ない事を確認してからハンドサイン。パヴェルに安全を伝え、礼拝堂の方を覗き込む。


 確かここに大勢の非戦闘員が避難していた筈だ。しかし、誰もいる気配がない。生きている以上は完全に殺す事の出来ない気配と、生存者の息遣いも聞こえてこない時点でまさかとは思ったが―――どうやらその予想は当たっていたらしい。


 ひんやりと冷たい大聖堂の中。光の英霊エレナの像が見下ろす、慈愛に満ちている筈の空間の中、そこにはいくつかの赤錆の山があった。錆び付いた金属の粉末―――それと一緒に床に落ちているのは、人の着ていた形跡のある服だった。


 コートにズボン、スカート、ザリンツィク地方の民族衣装……それが赤錆の粉末と一緒に、大聖堂の中で寒さに晒されていたのだ。


 ライトで照らしながら歩み寄り、そっとしゃがみ込む。間違いない、パヴェルが列車で見せてくれたあの粉末と同じものだ。列車を襲った連中を返り討ちにした結果、そのロボットみたいな奴らはこの粉末へと姿を変えていったという。


 金属を捕食する未知の微生物―――奴らはそんなものを用意していた。万一任務に失敗し、技術を解析されるのを防ぐための措置であることは考えるまでもない。あのロボットみたいなやつが機能を停止するか、あるいは鹵獲の危険が生じた際に一気に活性化して部品を全て平らげ、こうした赤錆の粉末に変える事で証拠の隠滅を図る。それが奴らの手口なのであろう。


 その粉末が……あのロボット共がいた証拠がこんなにある、という事は。


 それが何を意味するのか、もうこの時点で答えが出たようなものだった。


「……やっぱり、まともだけなのはアンタだけみたいだ。シスター・イルゼ」


 信じられない、とでも言いたげな表情で、瞳を震わせながら大聖堂を見渡すシスター・イルゼ。手が汚れるのも厭わずに赤錆の粉末を手で掬い取った彼女は、目から涙を流しながら何度も何度も呟いた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ごめんなさい。


 守ってあげられなくてごめんなさい。


 助けてあげられなくてごめんなさい。


 贖罪の言葉を発する彼女の肩に手を置き、首を横に振る。


「違う、それは違うぞシスター」


「え……」


「悪いのはアンタじゃない。むしろアンタは皆を救おうとした。あんな極限状況であろうとも心折れることなく、最後まで人々の拠り所であり続けた。シスター、アンタに罪はないよ」


「ですが……」


「その通り」


 RPDを担ぎながら、光の英霊エレナの像を見上げていたパヴェルが、ポーチから取り出したウォッカの酒瓶を俺に渡しながら言う。


「悪いのはアンタじゃない。悪いのはこんな状況を作りだした連中だ。アンタらをここまで追い込んだ連中だ」


 罪を憎んで人を憎まず、とよく言うが、ありゃあ間違いだ。悪いのは罪じゃない、人だ。結局罪を犯すのも、戦争を始めるのも人間なのだ。人間が全ての火種を撒き散らし、世界を燃やす。


 全ての発端がヒトだというのなら、この世界全ての闘争もまたヒトの手によって終わらせるべきなのだろう。


「シスター、エレナ教ってお酒飲んじゃダメ的な戒律ってあるのかい?」


「いえ、お酒は大丈夫です」


「そりゃあよかった」


 パヴェルから受け取ったウォッカの蓋を開け、その中身を静かに、大聖堂の床に注いだ。冷たい床に落ちたアルコールの雫。それが弾ける音が、英霊エレナの見下ろす大聖堂の中に響く。


 ちょっと強すぎるお酒だけど、これで勘弁してほしい。


 エレナの像の前でロザリオを握り、目を瞑って祈りをささげるシスターの隣で、俺もそっと手を合わせた。












「……帰ろう」


 マスケットの束を肩に担ぎ、雪に塗れたそれをブハンカの後部座席に積み込み終えたパヴェルが、吹雪の中でもはっきりと聞こえる声で告げる。


 結局、生存者は1人も居なかった。魔物に食い殺された……わけではないようで、騎士たちが兵舎代わりに使っていた酒場や集会所の中には、大聖堂と同じように赤錆の山がいくつもあった。


 魔物の大攻勢を前に不利を悟って自壊したか、それとも俺たちに逃げられた時点で用済みと判断され証拠を抹消するために消されたか。


 後部座席に座り、シスターと一緒にシートベルトをかけると、ブハンカは再び雪の中を進み始めた。さすがソ連やロシアで普及しているバン、雪道にはめっぽう強いようで、ノヴォシアという雪国でも積雪を意に介さずに走ってくれる姿には頼もしさすら覚える。


 生存者はいなかった―――これ以上ないほどの悲劇だが、シスター・イルゼの顔からは来た時のような迷いにも似た表情が消えたように見えて、ちょっとだけ安堵する。


 死者の事を思い出していつまでも泣いていたら、きっとその死者は心配で成仏できない。だから生き残った者は死者を弔い、前を向いて進むしかないのだ。そして時折、死者の事を思い出してあげればいい。そうすれば生者も死者も互いに救われるのだと、俺はそう思う。


「ミカエルさん」


「ん」


「本当にありがとうございました」


「……ああ」


「貴方の言葉に、私は何度も救われました」


「俺だって、シスターには何度も助けてもらった。お互い様だよ」


 こんなにも真面目で信仰深い人が、理不尽な現実に心を折られていくなんて、そんな馬鹿な話があっていい筈がない。


 さて……ザリンツィクに戻ったら、この密造銃を憲兵に提出してしまおう。


 こっちの世界では魔物の脅威が依然として存在している。許可の無い銃の所持は違法で憲兵に発見されれば投獄される羽目になるが、事前に憲兵隊に届けを出し、終わった後に憲兵へ提出するという条件付きであれば、銃の所持だけでなく密造も許可される。


 だからこれは憲兵に提出しなければならない。そうじゃなきゃ、俺たちは強盗の罪ではなく銃器密造の罪でノヴォシア中を追い回されることになる。


 これを片付けたら、次は強盗計画だ。


 ザリンツィクに赤化病を流行させた貴族共にもお灸を据えてやる必要があるし―――そいつらもきっと、”組織”とやらに繋がっているだろうから。


 これだけの悲劇を演出してくれたんだ、”礼”は弾まないとな……!



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