マイカ宮殿にて
レギーナ「パヴェルさん? ウチの息子の等身大フィギュアを無許可で販売したという話を聞いたんですけども」
パヴェル「ハッ、俺を止めようってつもりらしいがそりゃあ無理な話だぜお母さんよォ!」
本気パヴェル「ぶっ殺してやるぜジュテェェェェェェェm」
ガチギレギーナ「何か言う事は?」
四肢切断フルボッコパヴェル「 前 が 見 え ね ェ 」
ノヴォシア帝国 帝都モスコヴァ
マイカ宮殿 22:10
この世は力こそが全てである。
テンプル騎士団八代目団長、セシリア・ハヤカワの言葉はまさにその通りである、とラスプーチンは信じている。
力があれば何でもできる。外敵を打ち払うだけに留まらず、二度と侵略しよう、などと馬鹿な真似ができないように一族郎党尽く皆殺しにする事も出来る。相手を殲滅するならば徹底的に、容赦なくやるのが一番なのだ。見せしめになって今後の抑止力となるし、被害を受ける相手も皆殺しにすれば未来に禍根など残さない。結局のところ『復讐の連鎖』などという概念は中途半端に復讐を終わらせてしまうから起こるのであって、報復する相手の家族や恋人、友人、その他親しい関係者を含めて皆殺しにしてしまえば復讐の連鎖など簡単に断てるのである。
力があれば、それができる。
相手を滅ぼし、屈服させる―――それこそが戦争の本質だ。
勝者が得るのはすなわち『歴史を創る権利』である、とラスプーチンは思う。
勝者は自分に都合のいい歴史を、敗者を徹底的に悪と歴史に記してしまえば、それは遥か未来まで永遠に記録として残るのだ。たとえ自分たちに非があろうとも、そんな都合の悪い”真実”は都合の良い”嘘”で塗り固め、熟成させてしまえば真実は嘘へ、嘘は真実へと裏返る。
”正義は勝つ”とはそういう意味だ。ヒーローだから勝つのではない、勝つからこそヒーローなのである。
頬杖を突きながらセダンの後部座席でモスコヴァの街並みを見つめているうちに、マイカ宮殿が見えてくる。
かつてシベリウス地方から流れ着いた祈祷僧は、今や帝室お抱えの助言者だ。先代皇帝の病を治療し死の淵から救い上げるという奇跡を見せてやるだけで、多くの人間は簡単に平伏した。
真相を知っているのは娘のカリーナくらいのものだろう―――あれは先代皇帝を癒したのではなく、機械人間にすり替えたに過ぎないのだと。
その後も奇跡を馬鹿正直に信じた大貴族たちが、ラスプーチンの前に長蛇の列を作った。
『病を癒してほしい』、『永遠の命が欲しい』……権力の味を知り、されど年老い”死”が秒読みに入った老醜たちの欲深さは全く以て醜悪極まりない。
思い出すだけで背筋が冷たくなる。あれはもはやヒトではなく、ヒトに限りなく近い汚物だ。排水路の底に沈殿した汚泥だ。人間とはあそこまで醜くなることが出来るのか、とラスプーチンはあの時の事を思い出して吐き気を覚える。
が、同時にテンプル騎士団の計画は一気に進んだ。
彼の奇跡を頼って集まった大貴族たちは、ラスプーチンの発する甘い言葉に簡単に引っかかった。彼らから資金を吸い取れるだけ吸い取り、用済みになったら後は機械人間にすり替えて組織の傀儡とした。
これでノヴォシア傀儡化計画は一気に進み、今や帝国はテンプル騎士団の意のままに動く状態と化した。皇帝カリーナもその力を信じ込み、テンプル騎士団を帝国を救う使者だと勘違いしている。
(哀れなものだ)
用済みになれば捨てるだけだというのに。
同志団長、セシリア・ハヤカワは「力こそが全て」と述べた。
今のテンプル騎士団に力はない―――そしてラスプーチンにも、だ。
セシリアの言葉は妄信しているが、同時にその言葉にずきりとした痛みを覚える。
ラスプーチンはシェリルの同期、彼女と同じくホムンクルス兵の最新ロットとなるフライト140に属する最新型ホムンクルス兵である。
フライト140のホムンクルス兵は、シャーロットの属するフライト138が本来の遺伝子に含まれない要素を詰め込み過ぎた結果バランスを崩し失敗した事の反省を受け、”能力の高水準化”と”遺伝子の安定化”を最優先事項として調整された個体群である。
技術的冒険を徹底して避け、保守的な調整に留めた結果、彼女らの原型となったタクヤ・ハヤカワに近しい戦闘能力を獲得するに至ったホムンクルス兵たち―――その最新ロットの中にあって、しかしラスプーチンは落ちこぼれだった。
彼が弱かった、というのは語弊がある。
1人の兵士として見ると、ラスプーチンは十分に合格範囲に入っている。今後の訓練次第ではさらに技能を伸ばし、活躍の場を増やしていくであろう。
―――だがそれは、”普通の人間の兵士”として見た場合の話。
ホムンクルス兵の尺度で見ると、しかし彼は落ちこぼれだ。
正確に言うと”ラスプーチンの周りが優秀過ぎた”と言うべきか。
AKの構造を瞬時に理解し分解結合を簡単にやってのける高度な学習能力、そして教官の説明と一度の実演でそれを完璧に真似してみせる理解度。
体力面でもラスプーチンの同期たちは化け物ばかりだった。カールグスタフ無反動砲を3つ担いで平然と100㎞行軍を終える同期や、T-90戦車にワイヤーを括りつけてそれを引っ張り50㎞も平然と前進する同期。
隣の培養ポッドから生まれた同期のホムンクルス、シェリルに至っては戦闘訓練で優秀極まりない成績を叩き出し、対転生者戦闘教育課程においては次席で卒業するほどの結果を見せた。もし彼女が叛乱軍に参加する選択肢を選んでいなければ、きっと今頃特殊作戦軍からスカウトがあったに違いない。
幼い事から彼女に好意を寄せていたラスプーチンとしては、彼女に置いて行かれた……これ以上ないほどの疎外感を感じずにはいられない。
対する彼はAKの分解結合を何度か間違い、カールグスタフ無反動砲を担いでの100㎞行軍で息を切らし、戦車を引っ張り回すほどの筋力も持ち合わせていなかった。
彼が落ちこぼれなのではなく、周りが化け物であった―――1人の兵士として見れば、ラスプーチンは落ちこぼれなどではなく平凡に過ぎただけなのだ。
そんな彼にも、しかし武器はあった。
言葉だ。
相手の顔を見て言葉を発する―――そうしているうちに変化してくる相手の表情や小さな仕草から、相手の心理状態を把握する術に長けていたラスプーチンは、教育課程修了時にこう評価されている。
【ホムンクルスにしては身体能力と瞬間的な判断力に難があるも、話術に関しては高評価。兵より政治家に向く】
ホムンクルス兵の教官にも『貴様は兵より詐欺師に向く』と言われ、ラスプーチンは悟った。
この手は銃を握るために非ず。
この口は相手を言いくるめるために在り。
力こそが全て―――ラスプーチンにとっての”力”とは、紛れもなくこの話術なのである。
「到着しました」
「ああ、ありがとう」
運転手に礼を言い、セダンを降りた。
僧衣の襟を正し、咳払いをしてからマイカ宮殿の方へと歩いていく。
宮殿、と呼ばれているが実際に皇帝が住んでいる場所というわけではなく、今はピュリコフ公爵家が所有する屋敷という事になっている。元はフランシスからやってきた建築職人たちが技術の粋を集めて建造した建物で、今日のノヴォシア建築様式の礎となった歴史的建造物である。
そんな美しい建物も、しかし老いた大貴族の醜い欲望に晒されていると思うと哀れだ。
「これはこれは、ラスプーチン殿」
警備兵を引き連れてやってきたのは、小太りで背の低い虎の獣人だった。顔には皺が十重二十重に浮かび、垂れ下がった瞼に真っ白に染まった頭髪は老い先短いであろう事を暗示している。
年老いた人間は2つに大別される。
片方は年老い多くを経験した事で老人としての威厳にあふれた者。そしてもう片方は、ただただ年を取って醜く老いただけの者。
わざわざ出迎えに来てくれたピュリコフ公爵はまさに後者だった。
身に纏うコートも必要以上に黄金の装飾と家紋が刻まれていて、自分にはこれだけ富があるんだぞ、権力者があるんだぞと周囲に喧伝しているかのよう。”能ある鷹は爪を隠す”とはよく言ったものだが、本当に威厳のある大貴族というのは富を必要以上にひけらかさないものだ。言わずとも周囲がその姿勢に敬意を表するからこそ真に威厳にあふれた貴族たりえるのであって、必要以上に富を見せびらかす事ほど醜い内面を晒し出すに等しい行為はあるまい。
溢れ出す嫌悪感を澄ました顔の裏に隠し、人当たりの良い紳士を装って応じる。
「ピュリコフ公爵様、わざわざこんな寒い中お出迎えに来てくださるとは」
「いやいや、貴殿には何度も救われているしお世話になっているからな。さあ、とにかく中へ。今宵のモスコヴァは冷えるからな」
ピュリコフ公爵と私兵たちに誘われ、マイカ宮殿の正面から中へと足を踏み入れていく。
ホムンクルス兵として発達した嗅覚は、中にラスプーチンの好物がある事を瞬時に捉えた。フルーツに生クリームの甘い香りとバターの香ばしい匂い。それに加えて芳醇なワインの香り―――今夜ラスプーチンが訪れる事を見越し、彼の好物ばかりを用意していたのだろう。
そうまでして彼の持つ”奇跡”に縋ろう、甘い汁を啜ろうという姿勢には嫌悪感を覚えるものだが、しかし好物をどっさりと用意してもらい、一族の主が直々に出迎えてくれるのだから悪い気はしない。
2階の一室に通されたラスプーチンは、部屋の中を見渡してテーブルの上に視線を向けた。
豪華絢爛な家具や調度品が所狭しと並ぶ部屋の中。荘厳さすらも感じさせるが、しかしそんなものはもはや眼中には無い。
テーブルの上にある皿、その上にどっさりと用意されたプチフールに釘付けだった。
「雇った菓子職人に用意させた。遠慮はいらない、たくさん召し上がるといい」
「何から何まで申し訳ありません、公爵様」
「いやいや……それよりも」
そっとラスプーチンの傍らで「例の話、頼んだよ」と耳打ちするピュリコフ公爵。
この男もまた、多くの大貴族たちと同じだ。眼前にまで迫った死に脅え、永遠の命を望んでいるのだ。
死とは全てを手放す事に他ならない。今まで築き上げた富も、人脈も、権力も―――そして己の命でさえも、例外なく。
そして権力者であればあるほど、それを恐れる。
人間誰しも甘い汁は長い間啜りたいものだから。
「ではしばしごゆっくり。私は少し……”準備”をしてくるのでね」
大貴族たちにはこう伝えてある―――『不老不死の祈祷は困難を極めるため、決して無償ではできない』と。
だから永遠の命を渇望する大貴族たちは、大金を支払う。
愚かなものだ―――その大金はそっくりそのままテンプル騎士団の活動資金となり、永遠の命をもたらす祈祷など擬態型の戦闘人形へのすり替えに他ならないというのに。
ピュリコフ公爵が部屋を出ていき、部屋の中にはラスプーチン1人となる。
しんと静まり返った一室の中、彼はそっと椅子に腰を下ろし、赤々としたイチゴの乗ったプチフールへと手を伸ばした。甘酸っぱいイチゴの食感と生クリームの甘み、ふんわりとした生地の食感が癖になる。
数日ぶりのプチフールを堪能するラスプーチン。
次はどれに手を付けようか、と目移りしていた彼の視界にとんでもないものが入り込んできたのは、その直後だった。
「……?」
部屋の一角に置かれた、ブラックとアイボリーの二色で彩られた楽器。
筒状の本体には規則的に穴が開いている―――そう、リコーダーだ。多くの小学生が音楽の授業で手にする教材であり、義務教育とは切っても切り離せない関係にあると言っていいだろう。
懐かしいものだ、と席から立ち上がりラスプーチンはリコーダーに手を伸ばした。おそらく片付け忘れてしまったものなのだろう……そう思いながらリコーダーをまじまじと見つめ、そういえば幼少期にシェリルに想いを伝える勇気が湧かず、彼女のリコーダーを舐めてお茶を濁した事もあったなと嫌な事を思い出していた彼は、そのリコーダーに刻まれていた文字を見て目を見開く事となった。
【Shёrrill】
「―――」
ノヴォシア語でもイライナ語でもなく、慣れ親しんだ母語―――クレイデリア語で書き綴られたそれは、間違いなく持ち主のものなのだろう。
文字のクセにも見覚えがある。
間違いない―――ここにあったリコーダーは、間違いなくシェリルのものだ。
ラスプーチンが想いを寄せ、そして今でもその感情を燻らせる事もある少女、シェリルのものだ。
なぜそれがこんなところに、などという常識的な思考はもはや働かない。
想いを寄せる片思いの少女の私物、誰も見ていない密室―――そんな条件が重なってしまえばやる事は一つだけである。
彼の欲望は、もう止まらなかった。
ガチギレギーナ「ごめんなさいは?」
残骸パヴェル「すみませんでした」




