串刺し公ミカエル
パヴェル「見てくれミカ! この”等身大ミカエル君フィギュア”、絶対売れるよコレ!」
ミカエル「」
パヴェル「いろいろ拘ったんだコレ。髪の毛とかケモミミの質感を再現するためにシャーロットが培養してくれたミカエル君の抜け毛を使用して、バニラの香りはお前の体臭を参考に再現しt」
ミカエル「 折 る ね ☆ 」
フィギュア「死」
血涙パヴェル「何やってんだミカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ナレーター「この後死ぬほど量産した」
遠くから響く、獣たちの咆哮。
地響きのような足音に、城壁の上であっても伝わってくる殺気。
今日のリュハンシクの夜空は珍しく晴れだ。空は藍色に澄み渡り、白銀の星たちが眩い光で地表を照らしている。この地に極寒の猛吹雪をもたらす雪雲は遥か彼方に去っており、されどこの日の最低気温は-36℃。十分苛酷すぎる寒さだった。
はるか向こう、マズコフ・ラ・ドヌー郊外の方から立ち昇る雪煙。
リュハンシク城の城壁の上に用意させた椅子に腰かけ、アームレストに置いた肘で頬杖をついていたミカエル―――いや、彼女と瓜二つの容姿に同じ声、同じ記憶を持つ影武者は何も言わずに片手を差し出す。
すかさず手のひらに生じた、ひんやりとしつつもずっしりとした感触。傍らに控えるクラリスが用意してくれた双眼鏡だ。
それを覗き込み、魔物たちの数と距離を頭の中に焼き付ける。相変わらずオークやゴブリン、今回は珍しくハーピーも含んだ、中規模な魔物たちの百鬼夜行。毎度飽きずによく来るものだとつくづく思わされる。
「―――クラリス」
「―――はい」
いつもの彼女であればこう応じた筈だ。「はい、ご主人様」と。
しかし本物のミカエルが影武者に城の留守を任せてノヴォシアへと旅立ってからというもの、クラリスは影武者の傍らに控えてこそいるものの、未だに一度たりとも影武者を『ご主人様』と呼んでいない。
彼女の心境は、判る。
クラリスとの付き合いが長いミカエル、その記憶さえも複製してインストールされているから、彼女がどういう人間なのかという事も影武者は把握していた。彼女のミカエルに対する忠誠心はもはや妄信的と言っても良く、彼女の目の前でミカエルの存在を否定したり傷つけたりする事は、それこそ核ミサイルの発射スイッチを押すに等しい愚行と言ってもいいだろう。
それほどまでに忠誠を誓っている彼女にとって、やはり面白くないに違いない。
主人と全く同じ容姿で、全く同じ声で、全く同じ振る舞いを見せる偽物を、嘘でも「ご主人様」と呼ばなければならない事が。
結局のところ、クラリスにとっての「ご主人様」は天上天下にミカエルただ1人、という事だ。
(羨ましいものだ)
頬杖を突きながら、影武者はそう思う。
ミカエルは幸せ者だ。こんなにも忠誠心を抱いた家臣に恵まれ、仲間に恵まれ、家族や姉弟にも恵まれた。生まれこそ最悪だったものの、徐々に周囲に認められ、愛されていった。こんなにも満ち足りている人間はこの世界中を探し回ってもそう多くは無いだろう。
自分もそうであったなら、とつい影武者は思ってしまう。ミカエルが一身に受けるその愛、それに包まれたらどれだけ暖かい事か。それだけ安心できる事か。どれだけ心が安らぐ事か。
そんな願望が芽生える一方で、合理的な考えもあった。
「君の気持は分かるが、もう少し自然に振舞ってくれないと困るね」
「……善処いたします」
やれやれ、と心の中で肩をすくめた。
基本的にミカエルは、いつもクラリスとセットで居る事が多い。単なる買い物の時であろうと、公務で外出する時であろうと常に傍らにはクラリスが控えていて、逆にミカエルが単独行動するというケースは極めて珍しいのだ。
だからなのだろう、あらゆる外部の組織にも”ミカエルは常にメイドとセット”であると認知されており、内面的にも外面的にも、クラリスという存在はミカエルの半身と言ってもいい。
そういう事もあって、本物のミカエルは敢えてクラリスをリュハンシクへ置いていく決断をした。
本人の姿が新聞のカメラマンに収められ、世界中へと発信されるのである―――その時に傍らにクラリスがいなかったら、その違和感まで世界中に広める事になる。
確実なラスプーチンの暗殺を遂行するため、彼女は世界を欺かんとしているのだ。
「今ばかりは、この俺をミカエル本人だと思ってほしいものだ。さもないと計画がバレて、本物を失望させることになる」
「……」
「まあ、でも気持ちは分かるよ。君とミカエルの信頼関係は、もう言葉で言い表せないレベルだろうから」
音楽を頼むよ、と影武者が言うと、クラリスは返事を返さずに傍らの小さなテーブルの上の蓄音機をセットし始めた。やがて針をかけられたレコードがくるくると回り始め、プツプツというノイズ交じりの旋律を奏で始める。
シャーロットの影響もあるのだろう―――流れてきたのはシャーロットのお気に入りのクラシック、ラデツキー行進曲だった。
魔物の群れがマズコフ・ラ・ドヌー郊外からイライナとの国境に差し掛かる。
先頭の一団が国境を超え、最後尾の一団も今まさにリュハンシク州へ足を踏み入れんとしたその時だった。
とん、と影武者の小さな足が、城壁の上で小さなステップを踏む。
それが合図だった。
生じた変化は唐突で、一瞬だった。
魔物たちの足元を埋め尽くしていた純白の雪。
次の瞬間、それが鋭利に磨き抜かれた氷の槍となって、魔物たちの足元から剣山の如く突き上げられたのである。
足元で唐突に生じた氷の槍衾は小柄なゴブリンをいとも容易く串刺しにし、大柄なオークでさえもズタズタに引き裂いた。手足が千切れ、肉が削げ、腹が裂けて臓物をぶちまけるオーク。そんな瀕死の重傷であろうとも氷の槍は容赦なく生じ、弁慶よろしく身体中を槍衾に射抜かれた無残なオークの死体が出来上がる。
低空を飛んでいたハーピーであってもそれは関係ない。人間に近い華奢な肉体が3本から5本程度の氷の槍に慈悲もなく刺し貫かれ、溢れ出た鮮血でさえも瞬く間に熱を奪われ凍てついていく。
砲火すら交える事が無かった。
ただの一度のステップ―――それもクラシックを聴く片手間に繰り出した、ただ一度の錬金術で勝負がついたのである。
(なるほど、錬金術とはこういうものか)
オリジナルの記憶にあった方法を再現しながら、影武者はその威力に感嘆する。
これこそが難解な学問を修めた者にのみ許される力―――錬金術。
リュハンシクの安寧を脅かさんと、ノヴォシア側から迫っていた魔物たちの足音も咆哮も、もう聞こえない。
城壁のはるか向こう、国境付近にあるのは無数の槍衾に身体中を串刺しにされ罪人の如く磔にされた、魔物たちの死体だけだった。
のちにミカエルはノヴォシア側から『雷獣』、『竜殺しの英雄』に続き、新たに【串刺し公】の異名で呼ばれる事になるのだが、それはまた別の話である。
すぽんっ、とコミカルな効果音と共にマイカ宮殿を取り囲む鉄格子の隙間をすり抜けるミカエル君。そのままダッフルバッグを鉄格子の隙間を通してキャッチ、見張りの兵士に見つかる前に雨樋を掴んで天井までよじ登る。
ずん、ずん、と迫ってくる警備の戦闘人形。6本の脚と両腕に搭載された巨大なブレードは獲物を求めて徘徊するカマキリのようにも見えるが、しかしカマキリであるならば首元に水冷式の機関銃なんて積んでいない筈だ。
大貴族”ピュリコフ公爵”が所有する宮殿というわけあって、警備はかなり厳重だった。兵士の武装も今流行りの連発式レバーアクションライフル、それもごてごてと機関部周りに装飾が施されている。
こう見えてもミカエル君は貴族の端くれなので貴族の私兵の事情については知ってる。ああやって外部に一族の富を誇示するために意図的に派手にしているのであって、断じて銃の設計者を泣かせるためにあんなことをしているわけではない。
まあ、あのエングレーブには何の戦術的優位性も無いのだが。
ああいう銃の装飾とは無縁なミカエル君、基本的に実用性一択なので銃を黄金に染めようとかゴテゴテにしようなんて考えた事はない。
強いて言うならアレだ、ダッフルバッグの中にあるAK-12SKのスリングスイベルにクリアレッドカラーのハート形キーホルダーを付けてきただけだ。
屋根の上に登ったところで上空を舞う竜騎士に警戒した。今のところこっちに戻ってくる気配はないが、屋根の上が連中の死角という甘い考えは捨てた方が良さそうだ。
《ミカエル、あちらに》
「ん」
シェリルが言おうとしている事は分かった。
マイカ宮殿の屋根の一角。雪の積もったその中を、寒そうに身を震わせながら歩いていく野生のハクビシン。やがてそいつはビー玉みたいにくりくりした目でこっちを見るや、特に鳴くわけでもなくそのまま屋根の上に開いた穴からもぞもぞと屋根裏へ潜り込んでいった。
同胞に出来てミカエル君に出来ない筈がない。竜騎士が戻ってくる前に俺もその穴に顔を突っ込むや、そのままするりと屋根裏へ身を滑り込ませる。
まさか俺が入ってくるとは思っていなかったのだろう。宮殿の屋根裏を住処にしていた贅沢なハクビシンはこっちを見るなり、目を見開き耳を立て、ヒゲを前方に起こして臨戦態勢に入る。
「落ち着け落ち着け、仲間だろ」
【【悲報】ワイの家に侵入者】
うー、と唸り声まで発し始めた野生のハクビシンにとりあえず懐から取り出したほかほかキャンディを与えてみる。
すんすん、とピンク色の鼻を鳴らしながらこっちに寄ってくるハクビシン。キャンディの甘い香りに興味を持ったらしく、さっきまでの敵意はどこへやら、俺の膝の上によってキャンディを要求してくる。
やっぱりお腹空いてたのね、とキャンディをあげると俺の膝の上でボリボリ噛み砕き始めた。
【【朗報】キャンディおいしい】
「よしよし」
野生のハクビシンを膝の上で撫でまわし、喉元をゴロゴロさせつつ尻尾でモフる。すると指を甘噛みしてきたので、とりあえず満足して放してくれるまでそのまま撫で続けた。
信頼を勝ち取ったようで(フッちょろい)、ついにはお腹までごろんと横になって見せてくれるようになった野生のハクビシン。遠慮なくお腹をモフりつつ、とりあえずそろそろ本格的な暗殺の準備に取り掛かる。
ダッフルバッグからAK-12SKを取り出す。バッグのサイドにある小型のポケットから青いダクトテープを取り出して、最初に装着する分のマガジンを1つに連結させた。いわゆる”ジャングルスタイル”という方式の現地改造だ。
これならば【マガジンを外す→空のマガジンを投棄orダンプポーチへ→新しいマガジンを引っ張り出す→装着→コッキングレバーを引いて初弾装填】という工程を大幅短縮。【マガジンを外す→マガジンを装着する→コッキングレバーを引く】というふうに、再装填の隙を減らせる。
ただし欠点は多い……というか欠点の方が多い。マガジンの接続部から銃弾が露出するわけだから汚れやすく、最悪の場合動作不良や装填不良の原因になったりするし、戦闘中にマガジンの接続部をぶつけて破損あるいは変形させてしまい、土壇場で『マガジンが付かない!』なんて事になりかねないので、パヴェルには『死にたくなけりゃやめろ』と真顔で言われた事がある。
まあ今回は室内戦だし、マガジンぶつけて変形させたら別の使えばいいかと割り切る事にした。
ロシア製ドットサイトのPK-120を装着し、銃口には同じくロシア製サプレッサーのPBS-4を装備。ハンドガード下にはハンドストップのみを装着して、俺の得意とするCクランプ・グリップがしやすいように銃を最適化しておく。
サイドアームのナガンM1895には専用のサプレッサーを装備する。
コイツは数少ない、”サプレッサーの恩恵を受けられるリボルバー拳銃”として知られている。
通常、リボルバー拳銃はシリンダーと銃身の間にある僅かな隙間からガス漏れを起こしてしまう。これはリボルバーの構造上の欠点であり止むを得ない部分なのだが、このガス漏れが弾速や威力に対してマイナスに作用してしまうし、単純にシリンダー近くに指を置いていたら吹き飛んでしまう危険があった。
その欠点を克服したのがこのナガンM1895である。発砲の際にシリンダーが僅かに前進して銃身に密着することでガス漏れを防ぎ、更に薬莢が弾頭部まで伸びている特殊な専用弾薬を用いる事で完全に密閉、リボルバーの宿痾とも言えるガス漏れを完全に解消することに成功している。
そしてそのガス漏れ防止はサプレッサー使用可能という思わぬ長所を生み出すに至った(シリンダーからガスが漏れれば銃口で銃声を消しても意味がないからだ)。
とはいえその利点を手放しで喜べる銃出ないのも確かで、構造はリボルバーにしては複雑であり、おまけにスイングアウトも中折れも出来ない固定式のリボルバーだから、弾切れになったら7発分の薬莢を一発ずつ排出してからさらに一発ずつ装填しなければならないという、リロードタイムに息吹を感じるレボリューションな人向けの一品に仕上がっている。
後は時限式の着火装置を備えた火炎瓶7本。作成に用いた酒瓶はパヴェルさんにイッキして用意してもらいました。この場をお借りして感謝申し上げます。
他は手榴弾各種とナイフ、そんなもんだ。ミカエル君にしては珍しく軽装……おっと、コイツを忘れてた。
ダッフルバッグの中から引っ張り出した買い物袋―――その中から出てきたのは、何の変哲もないリコーダー。
一緒に持ってきた小瓶を開け、小型の刷毛を使って口をつけるところ(ゴメン正式名称わかんない)に小瓶の中身を塗りたくる。
中身はロシアの毒ガス『ノビチョク』、その原液。
実際にカーチャはこれを仕込んだ暗器でテンプル騎士団のホムンクルス兵を一名撃破しており、ノビチョクがホムンクルス兵にも有効であるという事は実証済みだ。
後はこれを適当にこう、ラスプーチンの来そうな部屋に置いておけば後は勝手にペロペロして死ぬというわけだ。我ながら完璧な暗殺計画である。
しかし、何だろうか。
この作戦―――ミカエル君史上最も間抜けな作戦になりそうなのは、たぶん気のせいではないだろう。
そしてナガンM1895は、史実においてラスプーチン暗殺に用いられた曰く付きの拳銃である。




