複製品
ミカエル君無限増殖バグについて(※悪用厳禁!)
現在、『ミリオタが異世界転生したら没落貴族の庶子だった件』内にてミカエル君が増殖するバグが確認されています。オートセーブの通知が出た瞬間にサーバーからログアウトする事で、どうやら中途半端に保存されたデータまで次回ログイン時に読み込んでデータを補完してしまう事でミカエル君が無限に増殖してしまうバグが発生しているようです。
プレイヤーの皆様はログアウトする際、必ずオートセーブの通知が消えるまで待ってからログアウトするよう心がけてください。
なお、運営会社のCEOパヴェル氏は『面白いバグだから修正しない』と笑いながら明言していますが、既にこのバグを悪用しミカエル君を使っての金策を試みた数名のユーザーがガチギレギーナ氏による家庭訪問を受けておりますので注意しましょう。
以上、プロデューサーのモニカでした!
作戦決行2時間前
州都リュハンシク リュハンシク城
ドッペルゲンガーに遭遇した人間の心境はきっとこんな感じなのだろう―――普段の生活では決して有り得ない、そして感じる事のないであろう感覚に想いを馳せながら、ベッドの上に横になっている小柄な人物に視線を向ける。
スペック通りであれば身長は150㎝ジャスト、体重は53㎏。一応は戦うために訓練を積んでいる事から体格はそこまでひょろっとしているわけではなく、小学生みたいな小柄な身体にしては筋肉はある方だろう。
されど極端に筋骨隆々というわけではない。無駄を省き、必要なところだけに狙いを絞ったすらりとした体格はネコ科の肉食獣を彷彿とさせるスタイルで、しっかりと”戦うための身体”が出来上がっている事が服の上からでも分かる。
髪は黒く、前髪の一部と眉毛、睫毛はそれに対して雪のように真っ白だ。闇の中に差した光のようにも見える色合いに縁取られた肌は真っ白で、頭からはネコ科の動物ともまた違うジャコウネコ科のケモミミが伸びている。
手のひらには木登りをする際に滑り止めの役割を果たすよう発達した、ネコとは大きく異なる肉球があって、お尻から伸びるもふもふの尻尾はネコのそれよりもはるかに長い。
ガラスのカバーで覆われたベッドの中で眠っているのは、小柄なハクビシンの獣人。
―――俺だ。
ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフその人だ。
言葉を失い、隣で目を見開くクラリスの心境も分からなくはない。ドッペルゲンガー……いや、それ以上に忌むべき技術を、よりにもよって長年行動を共にした主人に向けられればそうもなるだろう。危害を加えられるわけではない、と頭で分かっていてもだ。
人間誰しもそうだ。理性では切り替えろというが、しかし心はなかなかそれに従わない。今まで敵、恐るべき存在と認識していたものが唐突に仲間になったものだから、余りにも鞍替えの早い現実に心の更新が追い付かずにエラーを吐く……そんな感じだろう。
人間の心は、残酷な現実にとことん弱い。
あっさり折れ、砕け、希望を見失ってしまう。
弱肉強食、というサイクルで見ればそれは篩にかけられ、淘汰されるべき存在なのだろう。強さだけが物を言い、暴力を律する法もない自然界では弱さは罪、強さこそが正義であって、弱い側に立たされた存在は立場を弁えた生き方をするか淘汰されなければならない。
そしてそれに法という枷を設け、弱い者にも生きる事を肯定したのが人間社会だ。
俺はそれを、圧政に苦しむ弱者たちに救いの手を差し伸べるためならば何だってする。
これはその、覚悟の第一歩だ。
「やあやあ、時間通りだねェリガロフ君?」
やけにテンションの高い声が薄暗い研究室の向こうから聴こえてきた。
視線を向けるとやはり声の主はシャーロットで、ついに自分の足で歩くのも億劫になったのか自走式の車椅子に乗っている。タイヤはオフロードカーみたいにごつくて、背面に接続されたバッテリー、それから彼女の電気信号を車椅子に伝えて操縦するためなのだろう、ケーブルが制御ユニットへと伸びているのが分かる。
ケーブルは制御ユニットとシャーロットのうなじにあるプラグを繋いでいるようだった。本人曰く「こういう時に首から下が機械であるというのは融通が利く」との事だが、時折思うのだ。シャーロットは人間らしさをかなぐり捨てているのではないか、と。
サポートドローン1機を引き連れながら現れたシャーロット。車椅子の油圧式サスペンションが動作するや、うぃーん、と重苦しい音と共に車椅子の座席がジャッキアップを開始。数秒でクラリスと同じ目線までシャーロットが上昇していく。
「どうだい、腕によりをかけて精巧に造ったキミの複製さ」
「……期待以上だ」
誰がここまでやれといった、と言いたくなるほどのクオリティであることは疑いようがない。
間近で見るが、皮膚の質感といい顔や身体の造形といい、とても造り物とは思えない出来栄えだった。いくらクラリスでもこればかりは見抜けないのではないか―――ナイフで指先に刃を走らせ、その内側を流れる血を見るまでは。
「起動できる?」
「いいとも」
あっさりと言うなり、シャーロットはベッドに備え付けられていた端末に手をかざした。呼応するように紅い光が漏れるや、立体映像で投影されたキーパッドが出現。シャーロットの白い指が実体のないキーパッドの表面を統べるようになぞり、起動コードを入力していく。
起動コード、【R-621】。
ベッドを覆っていたガラスケースが開くと同時に、中で眠っていた俺のコピー……精巧に再現された擬態型の戦闘人形がぱちりと目を開けた。
ネコ科の動物を思わせる形状の瞳。その色合いは銀色で、夜空に頂く満月のよう。
ゆっくりと起き上がった”彼”は無表情で周囲を見渡すと、俺の姿を認めるなり口元に親しげな笑みを浮かべた。
「やあ」
「……やあ」
「君が本物のミカエルだね? 俺は偽物のミカエル、よろしく」
自虐ネタのつもりなのだろうか。
まるで自分自身が喋っているような声と、声も姿も、口調に至るまで全く同じ人間が目の前に居る事に脳がエラーを起こしかける。
「あ、ああ、よろしく」とぎこちない返事を返すのが、俺には精一杯だった。
「そんな堅い顔しなくても。別に本物になり替わろうってわけじゃあないんだ」
「いや……なんかさ、自分と同じ人間が目の前に居る感覚で頭がバグってる」
何とか言語化するや、偽物のミカエルはけらけらと笑った。
「あっはっは、それじゃあドッペルゲンガー初体験ってわけだ」
「すっげー変な感じがするよ」
それだけじゃない。
今まで、こうやって特定の人物をすり替える形で紛れ込んだ擬態型の戦闘人形は、俺たち血盟旅団にとって―――ひいてはイライナにとって最大の脅威だった。
知らぬ間に本物とすり替えられ、こちらの情報は全てテンプル騎士団に筒抜けなのだ。そうでなくとも、いつ自分が”すり替え”の対象になるか分かったものではなく、俺たちにとってこの擬態型は頭痛の種でしかなかったのである。
「まあー……アレだ、ほら、イライナの事情とか人物関係とか、その辺はドクター・シャーロットからインストールしてもらったキミの記憶のおかげで把握してるよ」
「それは話が早い」
「機械の利点だからな。本物不在の間、俺は影武者を務めればいい……そういう事だな?」
「まあそうなる」
作戦はこうだ。
12月中旬、キリウで大規模な軍事パレードが開かれる。
国内外へイライナの軍事力を誇示する武力の祭典。それに俺たちリュハンシク守備隊も招待されており、航空戦力を含めた機甲部隊の一部を空輸、歩兵部隊と共にキリウの大通りを行進させる事となっているのだ。
一応、それには俺も出席する事となっている。イライナの英雄が出席するとなれば国民からの注目度も上がるだろう。
その一方で誰も思わない筈だ―――パレードに出席したミカエルが実は偽物で、本物はこの機に乗じラスプーチン暗殺作戦を決行するなど。
イライナの軍事パレードともなればノヴォシアの注目は当然そちらに向く。それは帝室も例外ではないだろうし、帝国にテンプル騎士団との連絡員として派遣されているラスプーチンも同じである筈だ。
第一、ミカエル本人がパレードに参加して戦車の上で敬礼するのである。誰もそれが偽物で、本物は今まさにノヴォシアへ潜入してラスプーチンの首を狙っているなど思いもするまい。
……それに万一、俺が返り討ちに遭うような事があったら。
考えたくない最悪の可能性も、計算に入れてある。
そしてそれは、口にしなくともこのコピーは理解している筈だ。
「誕生早々に重役を押し付けてしまい申し訳ないが……ひとつ頼んだよ」
「機械相手にそんな畏まらなくてもいいよ。機械は人間に奉仕するのが当たり前なんだ」
「でもさ、複製とはいえこんなにも立派な自我を持ってるんだ。とても酷使できる都合のいい駒とは思えないね」
ぽん、とコピーの肩に手を置いた。
「まあなんだ……せっかく生まれたんだ。その命、大事にするといい」
「……優しい奴、って記録にはあったけど、相当なお人好しだなアンタ」
「生まれつきでね」
たぶん一生治らないと思うよ、と続けると、クラリスが胸を張った。
「それがご主人様の良いところです」
「なるほど」
納得したように言うや、何度か咳払いをするコピー。
何をするつもりかと思った次の瞬間だった。
「ざぁーこ♪ 寒さと命に気を付けて無事帰って来い♪」
「は……はぁ~? 言われなくてもぉ、ミカそれくらいできるんですけど~???」
唐突のメスガキボイス。思わず俺もメスガキボイスで応戦してしまう。
頭上では二頭身ミカエル君ズと”メカ二頭身ミカエル君ズ”がミカミカ言いながらパイ投げ合戦してる……何やってんだお前ら。つーかメカ二頭身ミカエル君ズって何。
シャーロットお前……何もこんなところまで再現しなくても……。
現在
ノヴォシア帝国 帝都モスコヴァ郊外
ミカエル、帝都モスコヴァ到達まであと165㎞
《”スカーミッシャー”より”ウォーロード”、空中給油完了。本機はこれより作戦展開地域を離脱する》
「”ウォーロード”了解。給油感謝する」
パヴェルの感謝の言葉を聞きながら、増設したスタブウイングに給油用プローブ付きの給油タンクを搭載した”空中給油仕様Mi-26”が進路を変更するや、見間違いでなければその世界最大クラスの巨体を機首から段々と透明にしながら旋回、離脱に入った。
【ラウラ・フィールド】と呼ばれる装備による恩恵だった。
ラウラ・フィールドとは”ナノマシンを含んだ氷の微細な粒子を展開する事で光を屈折させ、対象物を透明にする事が可能な一種の光学迷彩システムであるという。
しかも添加されているナノマシンの作用により、レーダーから発せられる伝播の接近を感知するや”真逆の位相の電波を発して相殺”する事により、レーダーを用いた探知すら無効化できるのだそうだ。
これを用いればヘリだろうと戦車だろうと戦艦だろうと、視覚的にも電子的にも透明になる事が可能というわけである。
燃料を腹いっぱい飲まされた俺たちのMi-26、通称”ウォーロード”が加速。同じように機首に搭載したデバイスから氷の粒子を放出して透明になっていく。
冬季封鎖により陸路は完全に遮断されているため、ノヴォシアへの潜入には空路を用いる事にした。
また暗殺作戦という性質上、大人数での潜入は現実的ではないため、あくまでも現地に潜入するのは俺1人、他は上空にいる母機で待機し無線やドローンでのバックアップに留める……という作戦の方針も決まっている。
なのだが。
機体の窓から外を見た。
そこには本来、輸送ヘリであるMi-26には存在しえないMi-24じみた大型のスタブウイングがででんと居座っていて、そこには凄まじい数の重火器が吊るされている。
パイロンの下には特注のハードポイントが設けられ、その下には『ヘルファイア対戦車ミサイル』が4×4で16発、その隣のパイロンには『ハイドラロケット』を装填したロケットポッドが4基、互い違いにマウントされている。そのさらに外側、一番端っこにあるパイロンにはブローニングM2重機関銃を連装で収めたガンポッドが2基仲良く並んでおり、その火力は生半可な機甲部隊であれば単機で殲滅できるほどのものだ。
しかもこれと同じ武装が、反対側のスタブウイングにも同じ数だけ搭載されているので実質×2。パヴェルは本当にこの作戦が暗殺任務である事を理解しているのだろうか?
それだけで終われば、まあまだ笑い話で済むかもしれない。
けれども視線を下へと向けてみれば、胴体下部側面にマウントされた物騒な砲身が見えてくる。
『XM913 50mm機関砲』―――アメリカが試作した、大口径の50mm機関砲の砲身。それが胴体下部側面に1基ずつ、合計2基も搭載されている。
大昔の戦車砲みたいなサイズの砲弾をバカスカ撃ち込むことが可能なそれまで搭載して、コイツは帝都を火の海に変えるつもりなのだろうか?
視線を後ろに向けた。
貨物用の格納庫には装備品の収まったコンテナが1つ、それからいったい何に使うつもりなのかは定かではないけど、金属製のフレームで固定されたレーザー誘導爆弾と思われるクソデカアメフトボールが2発、きっちりと用意してある。
道中、空中給油仕様に改造したMi-26から複数回にわけて給油を受けるリレー方式でリュハンシクからモスコヴァ上空まで浸透するという作戦は、しかし思いのほか上手く行きそうだ。この世界では航空戦力が未発達(というか”空軍”という概念がない)という二次元の戦争が主流であって、それに伴い対空砲も対空ミサイルも、高性能なレーダーサイトもない。
ここまでは順調だ。
だがしかし、問題はここからである。




