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イライナ軍事パレード

シャーロット「ラスプーチン暗殺するならシェリルが使ったリコーダーを餌にすれば簡単なのでは?」

ミカエル「天才か??????」


シェリル「カジュアルに人の心の傷ほじくるのやめてくれます?????」



 私があの男と出会ったのも、血のように紅い星が昇る夜だった。


 ルビーを打ち砕き、暗黒のキャンバスに散りばめたような禍々しい星空の下。病床に臥し死を待つのみとなった父上を目にしたその奇妙な祈祷僧は、私の顔を覗き込んでこう言った。


 ―――『私の奇跡をご覧に入れましょう』。


 その後、父上の体調は劇的に回復した。


 辺境のシベリウスから流れてきた胡散臭い祈祷僧が、皇帝の病を一晩にして完治させたのだ。


 



 ―――その男の名を、ラスプーチンという。

















 

 1889年 12月18日


 イライナ地方 首都キリウ



 火炎放射器まで投入した徹底的な除雪作業が施された、首都キリウの大通り。


 外気温は-20℃に達しているが、これでもキリウでは()()()()()()()であるという。


 そんな苛酷極まりない極寒の中、されど大通りには人だかりができている。


 大通りには数多くの店が軒を連ねる。喫茶店から料理店、居酒屋に洋服店、貴族御用達のブランド品が並ぶ高級店から宝石店に至るまで、客層から販売する物に至るまで多様性に富んでいる。


 しかし物流も停滞する冬季封鎖中となれば、どの店も今ある在庫でやり繰りしなければならず、在庫をさばき切った店はシャッターを下ろして来春まで閉店というのが当たり前だ。


 冬季封鎖中の折り返し地点となる12月、その中旬ともなればどの店もシャッターを下ろしているのが一般的であり、大通りが買い物客で賑わうような事はまずない。


 では、民衆は何を目的に大通りに集まっているのか?


 その答えは大通りに等間隔に並ぶ兵士たちと、首都キリウ上空を舞う飛竜たちを見れば何となく想像がつく筈だ。飛竜たちの背には防寒着姿の竜騎士(ドラグーン)が跨り、調教を受けた飛竜たちの尾にはイライナ公国の国旗がロープで結び付けられている。


 雪の中ではためく、黄金の大地と青空を象ったイライナ公国時代の国旗。二色の美しい色を背景に、正面に描かれるは力の象徴である三又槍。


 大通りに等間隔に並ぶ兵士たちの肩には『Сили оборони Елейнського князівства(イライナ公国国防軍)』という記述が入ったワッペンがある。


 イライナ最高議会で承認された、『国防のための軍事力再整備に関する法案』―――”軍備法”とも略して呼ばれるそれが12月初頭に、アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァ公爵の力強い後押しによって可決した事を受け、イライナ地方に配備されていたノヴォシア帝国騎士団イライナ方面軍はその名称を『イライナ防衛軍』と改称、指揮系統を含めた大規模な改革が推し進められた。


 イライナ独立の暁にはさらに名称を『イライナ公国国防軍』へと改称、専守防衛を基本方針とした国防のためだけの軍隊として再編される事も付帯決議として盛り込まれたのである。


 イライナ方面軍を母体とし、リガロフ家や独立に賛同した大貴族たちの私兵部隊を吸収する事で国家の軍隊として生まれ変わったその全容が、今日執り行われる軍事パレードで初のお披露目となるのだ。集まった民衆は生まれ変わらんとしているイライナの力の象徴を一目見ようと、極寒の中であろうと関わらず駆け付けたわけである。


 その中でも特に注目されているのが、この軍事パレードのためにはるばる最東端の地リュハンシク州から駆け付けた、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵率いるリュハンシク守備隊であろう。


 既に幾度となく魔物の襲撃を払い除け、その力を遺憾なく発揮したという知らせは、既にキリウ・タイムズでも大々的に取り上げられている。


 曰く『連発銃を装備した歩兵たち』、『空を飛ぶ機械の飛竜』、『自走する鋼鉄の大砲』といった先進的な兵器の数々は、民衆だけでなく国内外の軍事関係者からも注目されており、大通りの中心にある大貴族や要人用の座席には国内外の軍事関係者たちが詰めかけ、リュハンシク守備隊の入場を今か今かと待ちわびていた。


 要人用の見物席の一角で、銃剣付きの単発小銃を抱えて行進してくる歩兵部隊に拍手と敬礼を送りながら、アナスタシアはちらりと横目で見物席の中の空席を見る。


 今回の軍事パレードには、お隣さんであるノヴォシアの軍事関係者や外相も招待していた。それはそうだろう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 しかし彼らはご覧の通り欠席と相成った。欠席理由は「公務多忙」との事であるが、それが勝手な軍の改称と軍拡、そして独立国のような振る舞いに対する抗議としてボイコットしたのであろう事は火を見るよりも明らかだった。


 相手の眼前で中指を立て、公衆の面前で罵倒するような振る舞いができるのは、ひとえに国内での共産主義者(ボリシェヴィキ)による武装蜂起を警戒しての事であろう―――イライナ独立阻止のために派兵すれば国内で彼らが武装蜂起するのは明らかで、そうなれば二正面作戦を強いられる。今の弱り切った帝国では、国内外の脅威に対応する事は極めて難しいのだ。


 客席や路肩の群衆から歓声が上がった。


 そろそろリュハンシク守備隊の出番だったか、と視線を戻したアナスタシアだったが、しかしシャシュカを手にした指揮官に率いられて大通りを行進するのは先進的な装備に身を包んだリュハンシク守備隊ではなく―――”足の生えた機関銃”に搭乗する兵士たちだった。


 フリスチェンコ博士の手により量産された、”量産型パワードメイル”部隊だ。


 あらゆる地形を走破するための2本の脚の上に、360度旋回が可能なターレットを搭載し、そこに銃弾や砲弾の破片からパイロットを防護する簡易装甲と水冷式機関銃を搭載した、()()()()()()()の新兵器。


 これまであのような兵器はプログラム通りに動く無人兵器、カマキリのような姿の戦闘人形(オートマタ)が主流であったため、唐突に現れた新しいタイプの機械の兵器は多くの民衆と軍事関係者の度肝を抜いた。


 最新鋭となる水冷式の機関銃は、正しく運用すれば歩兵の隊列を容易く一掃できる兵器として知られる。それに”脚”が生え、自走しながら鉛弾をばら撒いてくる事が戦場においてどれだけの脅威となるか。


 総勢45機の量産型パワードメイルたちが通り過ぎるや、新たなアナウンスが入る。


《Наступним увійде гарнізон Рюхансік(続けて、リュハンシク守備隊です)》


 会場が沸いた。


 リュハンシク守備隊―――彼らと共に、現役の大英雄ミカエルもパレードに参加するという情報は既に公開されている。


 民衆の多くは、ミカエルが目的なのだろう。


 現役の冒険者として数々の功績を打ち立て、庶子という立場から公爵家の三男として正式に迎え入れられ、ついには祖先たる大英雄イリヤーに並ぶ活躍をした事から正式に竜殺しの英雄(ドラゴンスレイヤー)の称号を皇帝(ツァーリ)から直々に授与された()()()()()()


 その慈悲深い振る舞いと可憐な容姿から、国民からの人気も高いとされている。


 リュハンシク守備隊の入場は、初手から多くの観客の度肝を抜いた。


 開幕と同時に、聞き覚えのない轟音が響き渡る。


 観客の前に姿を現したのは頭上で風車のようなプロペラを高速回転させて飛行する、さながら機械の飛竜のような兵器だった。


 Mi-24スーパーハインド―――イライナの国旗を象ったのだろう、機体の下半分が青く、上半分が黄色に塗装されたスペシャルカラーリング機が2機の同型機を引き連れて飛来するや、機体下部に吊るしたイライナの国旗を展開し大通りの上空を通過していく。


 空を飛ぶ未知の兵器の登場に、大通りで歓声が上がった。


 続けて入場してくるのはリュハンシク守備隊の歩兵部隊のようだ。


 着剣したAK-19を抱えた兵士たち。マルチカム迷彩のコンバットシャツとコンバットパンツに身を包み、その上からプレートキャリアと軍帽を身に着けた兵士たちが、先頭に立つ同じ服装の指揮官―――血盟旅団所属の団員、範三に引き連れられて一糸乱れぬ足取りで進んでくる。


 先ほどまでここを行進していた歩兵たちとの装備の違いに、多くの観客は息を呑んだ。


 この世界では珍しい斑模様の迷彩に、黒く、短く、異形としか形容しようのない小銃。


 それが遥か未来の装備である事を知るのは、リュハンシク守備隊の上層部―――血盟旅団の面々しか知り様がない。


 全てが異質な装備に身を包んだ歩兵たちに注目が集まる中、先頭を進む範三が無造作に式典用の軍刀を引き抜くや声を張り上げた。


かしらァァァァァァァァァッ!! 右ッ!!!!』


 軍刀を横に振るうや、後続の兵士たちが一斉に行進方向から見て右側にある高官たちの方を向いた。


 それに呼応するように、イライナの軍事関係者が敬礼を返す。


 歩兵たちが去るや、続けてやってきたのは”機械の歩兵”たちだった。


 シャーロットの協力で量産に成功した、テンプル騎士団の技術を応用して製造された量産型パワードメイル、テンプル騎士団グレードモデル。


 銃座に脚をつけた粗末なパワードメイルとは違う―――より人間に近く、より滑らかな直立二足歩行が可能な高性能モデル。それらが先ほどの歩兵たちと同じように、一糸乱れぬ動きで入場してくるや、水冷タイプのブローニングM2重機関銃を抱えながら号令を受け、先ほどと同じように高官たちの方を向く。


 『イライナ機甲歩兵隊』と名付けられた彼らは、機甲鎧(パワードメイル)の運用に特化した新しい部隊だった。


 それに続いて入場してくるのは、重厚な装甲を搭載した装甲車たち。


 がっちりとした装甲と武骨な履帯を持つ車体は突進してくるイノシシのような迫力があるが、その最も恐ろしいのはそこではない。


 車体の上に搭載された35mm機関砲と、虎の子の対戦車ミサイルを搭載した砲塔。歩兵部隊に対し強力な火力による支援を提供することが可能な歩兵戦闘車(IFV)―――自衛隊で採用されている『89式装甲戦闘車』の車列だった。


 入場してきた15両の89式戦闘装甲車。その車列に少し遅れる形で、戦車部隊も入場してくる。


 強力無比な120mm滑腔砲を搭載した主力戦車(MBT)『ヤタハーン』。89式よりも巨大な車体と、強力な主砲を搭載した砲塔が醸し出す威圧感は陸の覇者さながらで、こんな機械の怪物に狙いを定められれば生きた心地もしないだろう。


 その車列の先頭を進む車両だけ、よく見ると車体が延長され、後部が大きく盛り上がっているのが分かる。


 兵員輸送能力を付与された重歩兵戦闘車(IFV)、BTMP-84。血盟旅団がそれをベースに改造、車体を延長し砲塔をヤタハーン砲塔に換装した西側仕様の『BTMP-84-120』。


 血盟旅団と共に激戦を潜り抜けたその車両のハッチからは、小柄な人影が顔を覗かせていた。


 戦車兵用のヘッドギアを装着しながら、高官たちと共に居る長女へキレのある敬礼を送るその人物こそが、多くの民衆の支持を一手に集めるイライナの大英雄、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフその人だった。


 いたるところからミカエル様、ミカエル様と歓声が上がる。


 イライナの軍事力を国内外へ誇示する試みは、誰の目から見ても大成功と言えた。


 ノヴォシアにとっては―――これ以上ないほどの脅威と映ったに違いない。


















 同時刻


 ノヴォシア地方 マズコフ・ラ・ドヌー上空




 カチ、カチ、カチ。


 シリンダーを回し、ローディングゲートから1発ずつ弾丸を装填していく。


 遥か古い時代のリボルバー拳銃、その装填方式は非常にしんどいものだ。現代の拳銃のようにマガジンを外し、新しいものと交換するのがどれだけ画期的だったか。最初にこの方式を思いついた人は国民栄誉賞を受賞するべきだと思う。


 そんな事を考えながら、弾丸の装填を終えた”ナガンM1895”をホルスターへ。コイツは世にも珍しい、”サプレッサーで銃声を大きく抑える事が可能な”リボルバーだ。どうしてか、という事を述べたら多分尺が足りなくなるので今回は割愛しておく。


 コイツ用のサプレッサーもホルスターの脇に用意しておいたホルダーへ収め、ケースの中にあるメインアームに手を伸ばす。


 傍から見ればAK-12のカービンモデルに見えるが―――AK-12のカービンモデル、『AK-12K』よりもさらに銃身が短縮されており、マガジンのサイズに目を瞑ればSMGのよう。


 AK-12の超短銃身モデル、『AK-12SK』。


 AK-74に対するAKS-74Uに相当するコンパクトモデルだ。


 威力はそのままにサイズを小型化した事で取り回しは良好になったため、室内戦や近距離戦で威力を発揮してくれるだろう。半面、銃身が短縮された事で命中精度と射程距離の面で不安が残るが、室内戦のみを想定するのであれば欠点は表面化しにくい筈だ。


 マガジンに5.45×39mm弾をクリップで装填しながら、傍らにあったキャンディを口に放り込む。


 窓の外を見た。


 特殊作戦用に調整された、漆黒のMi-26の機内は驚くほど静かで、時折気流に煽られて機体が微かに揺れる程度。眼下にはマズコフ・ラ・ドヌー市街地の煌びやかな夜景が雲に紛れてちらつき、さながら大地に生じた星空のよう。


 今頃、キリウでは盛大な軍事パレードが執り行われている事だろう。


 そして民衆は熱狂している筈だ―――()()()()()()()()姿()()()()


 よもやミカエルがもう1人、マズコフ・ラ・ドヌーの上空をヘリで飛んでいるとは世にも思うまい。


《敵勢力圏内に侵入した。”ラウラ・フィールド”起動》


 パヴェルの声と共に、Mi-26の機体が()()()()()()()()()()()()()()()


 イライナ国民たちの熱狂。


 それを隠れ蓑に、ラスプーチン暗殺作戦はひっそりと開始された。




 

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― 新着の感想 ―
我々(ミカエル君s)は貴方です。 少しは尊厳を爆破される経験をするといいよ、シェリル。後、割と心の傷だったのね… 範三の頭右で駐屯地祭などでよく見た、陸上自衛隊の部隊観閲を思い出しました。彼、こう言…
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