根本的解決手段
クラリス「あっ、落とし穴に!」ズボッ
ミカエル「大丈夫か!?」
クラリス「ええ、怪我はありませんが……なんだか両足の感覚がありませんわ」
モニカ「まさかその落とし穴、いわゆる”感覚遮断落とし穴”ってヤツでは?」
ミカエル「エロ同人で死ぬほど見たやつだ!!!!(150㏈)」
ミカエル「でもコレR-15だから弁えてね」
クラリス「はい」ズボッ
モニカ(自力で脱出してる……)
撃針が装薬を目覚めさせる。
一気に燃え上がった装薬の爆発が、薬室内の砲弾を一気に砲身外へと押し出した。重力の束縛から解き放たれた砲弾が衝撃波のドレスを纏いながら砲口を後にし、イライナの雪空目掛けて撃ち出される。
やがて運動エネルギーが減少に転じるや、砲弾の矛先は段々と空から下へと傾き、雪が埋め尽くす地面へと向けられる。
落下の勢いを乗せた砲弾が楽着地点に選んだのは、リュハンシク城外周部に広がる雪原地帯。遮蔽物も何もない真っ白な地面を行くオークの内の数体が、その風切り音に気付き視線を空へと向けたが、全てはあまりにも遅すぎた。
ドン、と雪原に着弾する寸前に起爆した砲弾は、ちょうど爆風と破片を魔物たちの頭上にぶちまける絶妙なタイミングで炸裂したのだから、その加害範囲内にいた魔物たちからすればたまったものではなかった。散弾のような勢いで拡散した破片に側頭部を撃ち抜かれ、衝撃波に内臓を潰され、引き千切られ、爆炎に身体中を焼かれる魔物たち。
得体の知れない脅威の出現に、しかし慌てふためく暇もなかった。次の瞬間には第二、第三の風切り音が彼らの死刑宣告と化すや、矢継ぎ早に次の砲弾が降り注ぐ。
リュハンシク城内に配備された虎の子の重砲―――280mm臼砲『Br-5』の破壊力は尋常ではなかった。
口径だけならば巡洋艦クラスに匹敵する大型の砲弾を、仰角を大きくつけて敵の頭上へ落下させる―――その破壊力はまさに巨人の一撃で、第二次世界大戦においてもソ連軍が投入、敵対勢力に対し猛威を振るった。
現代においては射程の短さや迅速な陣地転換が困難である事などが要因として重なり、”臼砲”というカテゴリの兵器は廃れてしまって久しい。
迅速な陣地転換ができないというのは大きく、現代においては陣地転換の遅れは死を意味する―――少しでも遅れれば反撃の砲撃が頭上から降ってくるし、航空優勢を握られていれば空爆が飛んでくる。その点、射程が短い臼砲である事、そして陣地転換が迅速に行えない事はマイナスにしか作用しない。
しかしそれは現代戦においての話だ。
この異世界の戦闘では、話がまた違ってくる。
こちらと同規模の重砲を装備している敵なんてテンプル騎士団程度のもので、仮想敵としているノヴォシアは牽引式の大砲が精々。射程でも威力でもこちらが勝っているし、それに加えてこちらはマズコフ・ラ・ドヌーの国境からリュハンシク城外周までをキルゾーンに収める事さえできればいい。
越境攻撃が可能な重砲は別に用意しているし、必要であればミサイルや自爆ドローンによる攻撃も想定している。
「撃ち方やめ、撃ち方やめ」
機甲鎧のサブモニターに視線を向け、上空を旋回する観測ドローンからの映像を確認しつつ戦闘人形たちに命じる。
既にドローンの眼下に広がる雪原は悲惨な事になっていた。
さながら暴風雨が駆け抜けていった後のようだ。雪原のいたるところが掘り起こされ、大小さまざまなクレーターが地表に生じている。
幼少の頃、公園の一角で見つけたアリジゴクの巣を思い出した。ああやって擂り鉢状に穴を掘って、落ちてきたアリやダンゴムシなどの小型の虫を捕食するウスバカゲロウの幼虫だ。
雪原に穿たれた砲弾の穴はそれを思わせた。とはいっても擂り鉢状に抉れた大穴の縁でバラバラになって死んでいるのはアリやダンゴムシではなく、魔物たちの死骸だった。上半身だけになったオークにゴブリンの千切れ飛んだ手足、もはや誰のものなのかも判別することが不可能となった肉片に臓物の一部。
これで魔物の襲撃は何度目か―――数えるのも億劫になり、パヴェルに至っては襲撃の事を”定期便”なんて呼び始めたものだから、魔物たちの侵攻をこうやって撃退するのがすっかり日常の一部になってしまったような感じすらしてしまう。
城門が開いた。
ソ連製の装甲車『MT-LBu』が3両、その背中に機甲鎧たちを乗せて城の外へと出ていった。これから山のように雪原に転がる死体の処理に入るのだ。
大型の燃料タンクを背負い、大型火炎放射器を腰だめに構えた機甲鎧たちがMT-LBuの背中から下車。雪の上に転がり無残な骸を晒すゴブリンやオークたちを、火炎放射器の炎で情け容赦なく焼き払っていく。
《キリがありませんね》
コートにウシャンカを身に着けた防寒着姿のイルゼが、俺の機体の傍らまでやってきて言う。開けてください、とジェスチャーを送ってくる彼女の言葉通りにコクピットのハッチを解放すると、イルゼは「お疲れ様です」と言いながらパンかごを差し出してくれた。
黒パンと、それから缶に入った温かいスープがある。
「ああ、ありがとう」
そういえば朝食がまだだった事を思い出し、コクピットの中でやっと朝食にありついた。
段々とではあるが、魔物たちの襲撃の時間帯がいやらしい時間になりつつある。深夜や早朝、食事中に会議中……どういうわけか、こっちが一番やって欲しくないタイミングに限って魔物たちの襲撃がある。
当然、イライナ最高議会はこの一連の襲撃を『ノヴォシア側が意図的に起こした魔物のスタンピードである』として、外交ルートを通して正式に抗議している。
もちろんノヴォシア側の言い分は『この襲撃は連日発生している雪崩に起因するもので、帝国がイライナへ魔物をけしかけるような事は決してない』とどこ吹く風だ。まあ、証拠が見つからない以上は言いがかりでしかないのだが、それにしては随分と相手が嫌がる時間帯にピンポイントで発生するものである。
スープを啜ると身体の中から温まる感じがした。数種類の豆とジャガイモを刻んだイライナハーブと共に煮込んだものらしい。量はそれほど多くないが、小さくカットしたベーコンの脂が味に深みを与えているような気がして、持ち運びに便利な缶ではなくバケツで欲しくなる味である。
「ご馳走様」
美味しかったよ、ありがとうとお礼を言うとイルゼはニコニコしながら空のパンかごを受け取った。
「これ、自信作なんですよ」
「え、イルゼが作ったの?」
「はい。お母さんがよく作ってくれたものなんです」
家庭の味だったか……。
この辺は家庭環境にもよるだろうけど、人生で一番脳裏に焼き付く味というのはやっぱり母親の手料理だったりするのかもしれない。他にも美味しいものはたくさんあるだろうし、少し高いお金を払って高級店で食事をすれば一生の思い出になるけれど、それでもおふくろの味には到底及ばないものだ。
俺も転生前、母さんが作ってくれたカレーの味が忘れられない。そこまで辛くなくて、まろやかでコクがあって、一緒に入ってる豚肉が信じられないくらい柔らかくて……。
いかんよだれが。
「すっげえ美味しい」
「うふふっ、それは良かった。お口に合ったようで何よりです」
「またいつか作ってよ、また飲みたいなこれ」
「……ええ、私の手料理でよければ」
ちょっとだけ顔を赤くするイルゼのリアクションに、俺はハッとした。
「またいつか作ってよ」なんて、本音がポロっと出たにしても色々と誤解を招く表現だったかもしれない。疲れていたからなのか、それとも美味しいものを食べさせてもらってついホッとしてしまったからなのか……両方だろうな、きっと。
窓の向こうにキリウの街が見えてくる。
雪化粧、という言葉が可愛く見えるほどの積雪は、しかしノヴォシアが近いリュハンシクと比較するとだいぶマシに思えてくる。北海道や青森で生まれ育った猛者たちが他県の雪を「この程度か」と思ってしまうのと同じ感覚なのかもしれない。まあ元岩手県民のミカエル君から言わせてもらうと岩手の雪は青森とか北海道の足元にも及ばないのでその。
《機長より乗客の皆様へ。強風のため機体が揺れる恐れがあります。クソ雑魚三半規管をお持ちのお客様は座席にある紙袋をご利用ください》
間もなく着陸です、と続くパヴェル機長のアナウンス。
俺たちが乗っているのはソ連の大型輸送ヘリ『Mi-26』。実用化されている輸送ヘリの中では世界最大クラスの巨体を誇る機体であり、物資の運搬から兵員の輸送に至るまで活躍の幅は広い。
ヘリは確かハインドしか飛ばした事が無いと発言していたパヴェルだが、Mi-26なんていつの間に飛ばせるようになったんだろうか……訓練したんだろうか、独学で。
それはさておき、俺たちが乗っているMi-26はリュハンシク城に配備が進んでいる機体のうちの1機だ。黒を基調とし、機体の両サイドに白いラインが描かれている。主な用途はイライナ公国首都キリウへの移動をはじめとした公務用だ。分かりやすい話が領主専用のエアフォースワンみたいなもんである。
事前にキリウ守備隊には『空路で向かう』旨は伝えてあったが、しかしやっぱりみんな飛竜で来ると思っていたのだろう。誘導のために周囲を飛ぶ飛竜と、その背に跨る竜騎士の動揺がマスク越しにも伝わってくる。
そりゃあこの世界で空を飛ぶ機械なんてのはまだ実用化されておらず、アメリア合衆国でライト兄弟が頑張って実験を繰り返している段階だ。そんな世界でいきなりソ連の大型輸送ヘリを出されれば、こっちの世界の人も慌てふためくというものである。
同時に、これはイライナ軍人、そしてイライナ国民に向けたアピールだ。
『イライナを守るリガロフ家にはこれほどの技術と軍事力がある』という、一種の身体を張ったプロパガンダ。これで国民の安心を勝ち取ると共に、ノヴォシア側への威圧とするのだ。
だから力は堂々と見せつける。
俺には『目立ちたくない』とか言いながら本気を出さない奴の考えが分からない。力は抑止力として活用しておくに限るのだ。なのに何故ナメられる道を自ら進んで突っ切るのか。
リガロフ邸が見えてくる。
外れにある飛竜用の発着場へと案内されたようで、窓の外では赤く発光する誘導灯を手にした誘導員が大きく手を振っているところだった。
8枚の羽を持つMi-26の巨大なメインローターが強烈なダウンウォッシュを生じさせているようで、発着場では雪風が盛大に舞い上がっているところだった。周囲で待機している飛竜たちがざわめき、翼をばたつかせている姿が見える。
王者に道を空けよと言わんばかりに発着場へと降り立つMi-26。貨物室のハッチが開くや中からブローニングM2重機関銃(※銃身を冷却水タンクで覆った珍しい”水冷タイプ”のM2だ)を装備した4機の機甲鎧が降りてくるや、儀仗兵のようにヘリのハッチの外に整列して待機する。
参りましょう、とクラリスに促され、俺はウシャンカをかぶりながら外に出た。
やっぱりリュハンシクよりは幾分か暖かい―――気温は-29℃か。
駆け寄ってきたリガロフ家の私兵たちに敬礼で出迎えられ、俺も敬礼を返す。
「ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ様、お待ちしていました!」
ヘリのエンジン音に負けじと、私兵部隊の隊長が声を張り上げる。
「どうぞあちらの車へ! アナスタシア様が首を長くしてお待ちかねです!!」
言われた通りに車に乗り込んだ。
そうだ、そのためにここへとやってきたのだ。
―――問題の根本的解決のために。
「連日の防衛戦、ご苦労だな」
姉上の執務室へと通されるや、第一声がそれだった。
姉上も姉上で苦労しているのだろう。領主に就任するべくキリウを発ったあの日と比較すると、姉上の表情は幾分か険しいものだった。とはいっても彼女と接した事のある人ならば辛うじて気付ける程度の変化で、大半の人はスルーしているだろうけど。
大方、ノヴォシアとの政治的なやり取りに心血を注いでいるのだろう。是が非でもイライナ独立を阻止、広大な穀倉地帯を帝国に繋ぎとめておきたいノヴォシアは、ある時は利権を、またある時は武力をちらつかせ巧みに手を回してくる。そんな帝国にはっきりと拒絶の意思を示し、かといって必要以上に刺激してさあ開戦、という事態にならないギリギリのラインを探りながら攻める―――そんな立ち回りを毎秒要求されるのだ、姉上の精神的疲労は察するに余りある。
「姉上こそ、お疲れでしょうに……突然押しかけて申し訳ありません」
「いいさ、私も末妹の顔が見れて元気になったよ」
性別についてはもうツッコむまい。
前書きでも散々間違われているのだ、今更本編で修正が入る事も無いだろう……チクショウめ。
「それにこのタイミングでここを訪れたという事は―――何か大きな計画があるな、貴様」
首を縦に振り、ちらりとクラリスに目配せした。
ロングスカートの裾をつまみ上げながらお辞儀するクラリスは、他のメイドたちに退室するよう促すや、メイドたちが執務室を出ていったのを認めると、誰も入って来れないようドアの前に立ち塞がりそのまま直立不動の姿勢をとる。
人払いが済んだところで、本題を切り出した。
「連日の魔物による襲撃、これを我々はノヴォシアによる意図的に引き起こされたスタンピードであると踏んでいます」
「それで」
「今のところは損害ゼロで防衛に成功していますが、それはそれで戦闘に割かれるリソースも無視できません。そこで私はこの問題を永久的に、根本的に解決する手段をとる事としました」
こればかりは俺の一存で決められる事ではない。
冒険者ギルドで活動していた時は少人数の仲間と話し合って方針を決めていたが、領主となった今では迂闊に行動を起こす事も出来ない。姉上が絶妙なバランスでイライナの舵取りをしているところで足を引っ張るような真似は厳に慎むべきだ。
「つきましては、姉上に許可を頂きたく」
「言ってみろ」
頷いてから、言葉を紡ぐ。
一つだけ確信している事がある。
―――この作戦は、歴史が動くと。
「―――皇帝陛下の側近にしてテンプル騎士団の使者、ラスプーチンを暗殺するのです」




