『黒の軍隊』
シェリル「モニカって喘ぎ声大きそうですよね」
シャーロット「窓割れそうwww」
モニカ「ぞ゛ん゛な゛ご゛ど゛な゛い゛も゛ん゛!゛(3゛0゛0゛0゛0゛㏈゛)」
窓「死」
『ノヴォシアの冬は人を殺す』―――この辺に住んでいる人間ならば、下手すりゃ親の声より聴いた言葉かもしれない。
他にも『働き者だけが勝利する』、『冬に認められる努力を惜しむな』など、険しく苛酷な冬への備えを戒める言葉は数多い。それだけ集めればそのうち電話帳くらいの厚さの格言図鑑みたいなの作れるんじゃないだろうか(同人イベントで売れるかどうか程度だろコレ需要的に)。
さて、冬になれば食料供給も著しく制限されるため、どの家庭も冬季の食料消費について事前にキッチリと計画を立てて臨むことになる。
それは血盟旅団も例外ではない。
保存の利かない卵や肉、魚といった生鮮食品を最初に使ってしまい、そこから段々と保存の利きやすい食品へとシフトしていくのが一般的だ。だから冬季の最初の内は豪勢な食事にありつけるのだが、中盤から終盤にかけては保存食ばかりになってしまい、食事が億劫になる事など珍しくない。
まあ、列車で旅をしていた時はパヴェルが工夫を凝らしてくれたおかげでそこまで酷く飽きるような事は無かったのだが。
というわけで今日の食事の時間。
書類仕事が控えているので食事は執務室まで、と注文を付けていたのだが、クラリスはその指示通りに食事を執務室まで持ってきてくれた。
「失礼します」と一声かけてから部屋に入ってくるクラリス。彼女の後方には2名のメイドが控えており、クラリス自身の(普段は)落ち着いた凛とした佇まいもあって、さながら長年貴族に使えたメイド長のような風格すらある。
ちなみに後ろに控えているメイド2名は城で働いてもらうために雇ったメイド……ではなく、彼女たちも戦闘人形だったりする。シャーロットが製作した女性型ボディに人工皮膚をかぶせて人間に似せた、機械の従者たちだ。
何で使用人を雇わないのかというと、理由は単純明快。”リュハンシク城は常に危険に晒されているから”である。
ノヴォシアからすれば俺は最優先で消したい人間だろうし、そうじゃなくてもリュハンシク城は立地的にマズコフ・ラ・ドヌーからリュハンシク州へと至る侵攻経路のど真ん中に位置している文字通りの城塞だ。イライナ侵攻にあたり最初にぶち当たる関門であり、最大の難所でもある。
というわけで親ノヴォシア的な政策を展開していた以前までのイライナならばまだしも、皇帝の威光に唾を吹きかけ中指を立ててはネット掲示板で誹謗中傷しまくるかの如き暴挙を繰り返しつつ、『べ、別にアタシだって独立したくて独立目指してるわけじゃないんだから! 勘違いしないでよねっ!』というツンデレムーヴをかます現在のイライナ(デレましたか?)ではノヴォシアの怒りのボルテージも上がりに上がり、そろそろ皇帝陛下の脳の血管がブチ切れないか心配である。良いお医者さん紹介しますよ……って何の話でしたっけ?
まあ、とにかくリュハンシク城は攻撃の標的になりがちで、そうなれば駐留する兵士はともかく城で雇う使用人にも危害が及ぶのは必定。有事の際に避難誘導をするために人員を割かなければならない事も考慮すると、それならば最初から人命に気を遣う事もない機械の兵士と機械の使用人で城を固めてしまい、血盟旅団の主要スタッフのみを人間としてしまえばよいという結論に至るのも当然というものだ。
それにこれは、下手に使用人を何人も雇い入れノヴォシア帝国やテンプル騎士団側のスパイが城内に入り込むのを防ぐ意図もある。
そういうわけで血盟旅団の主要スタッフ以外に生体反応のない、何ともSFチックというかディストピアじみた城が1889年のイライナに爆誕したわけである。
「お疲れ様ですご主人様。お食事をお持ちしました」
「ありがとう」
「本日の昼食は黒パンとサラダ、サーモンのバター焼きとウハーです」
ウハーは魚と野菜を用いたノヴォシアの伝統的な料理だ。母さんの故郷でもあるアレーサでは名物となっていて、母さんの実家を訪れた時にはよく食べたものである。
「それからこちら、ゴブリンの串焼きでございます」
「Oh……」
後ろに控えていたメイドがそっと机の上に置いた皿の上には、鉄の串に刺さった大きめの肉が乗っていた。居酒屋とかで出てくる焼き鳥よりも一回りくらい大きな肉には微塵切りにされたイライナハーブのパウダーと黒胡椒がまぶしてあるようで、何とも香ばしい。
正直、これを『ゴブリンの串焼き』と言わなければ大きめの焼き鳥か、あるいはシュラスコ的な牛肉or羊肉の串焼きにしか思えないだろう。
もちろん原料となった肉は、3日前の襲撃で仕留めたゴブリンたちの肉を再利用したものだ。
協議の結果、『文化的にゴブリンを食用とする事に抵抗のあるイライナ人に、冬季の食料としてとはいえゴブリンを提供するのはいかがなものか』という意見もあった事からリュハンシク州議会内で再度検討がなされ、基本的にオークの肉を食用として労働者や農民を優先して提供する一方でゴブリンの肉は保存食として加工、希望する者に支給する事として決着を見た。
それでもゴブリンの肉は余りに余ってしまい、そのままでは廃棄する事になりそうでもったいなかったので、リュハンシク城のスタッフでありがたく頂く事とした。
とはいえ元々あまり食用としての需要がないゴブリン肉、それを毎回食事に出されると精神的に参ってしまいそうなので、こうして食事に一品ずつ出して少しずつ計画的に消費していく事としている。
第一弾がこの串焼き、というわけだ。
いただきまーす、と手を合わせてから、真っ先にゴブリンの串焼きに手を伸ばした。
「ゴブリン特有の臭みを抜くため、血抜きと5時間ミートハンマーで殴打して筋を解してからはずっとイライナハーブと共に熟成させた肉を使用しているとの事です。その後ニンニクを親の仇のように用いた特性のタレに12時間ほど漬け、イライナハーブと黒胡椒を徹底的にまぶして焼き、更にその上からスパイスをまぶしたものである……とパヴェルさんから説明が」
「親の仇スパイスは草」
まあゴブリン肉が不評な点は”魔物としての姿が人間に近く、それを食べる事に抵抗を覚える”事が最大の要因なのだが、そうでなくとも『可食部が少ない』『肉に独特の臭みがある』『筋っぽくて食べるのに難儀する』という食肉らしからぬ理由が揃い踏みで、逆にベラシアの人なんでこれ食べようと思ったのかと真面目に問いかけてみたくなる。
ともあれ、そのくらいスパイスを消費しないと食えたもんじゃないという事だろう。
……え、ヴォジャノーイの幼体? あれはやめろ、思い出させるな。誰だあんな産業廃棄物作ったの。
というわけで勇気を出して一口ぱくり。
「……」
「……いかがでしょうかご主人様?」
「……なんだろ……あの、”シュレッダーにかけた段ボールを湿らせて固めたような”食感がする」
「え」
「なんかパサパサもっさりしてて」
「……ちょっと一本頂いてみても?」
「どうぞどうぞ」
失礼いたします、と断りを入れてからぱくりとゴブリン肉を口へと運ぶクラリス。もっちゃもっちゃと咀嚼しつつ、顔色一つ変えない彼女が視線だけをこちらに向けてこくりと小さく頷く。
「……ええと、なんというか」
「不味くはないけど別に美味いわけでもない……って感じ?」
味自体は悪くない。
なんだろう、羊肉っぽさがある。羊肉を更に硬くして、獣臭さをマシマシにしたような感じだろうか。
しかもそれを5時間にもわたる殴打と熟成、スパイス、タレへの漬け込みというバチクソに手間のかかる調理工程を経てこのザマである。そりゃああまり食べたいという人を見かけないわけだ。
とはいえこれも冬季では貴重なタンパク源。残さずもっちゃもっちゃしなければ。
クラリスと2人で串焼きを平らげ、出された料理も食べ終えて、食後の紅茶でも持ってきて貰おうかと口を開きかけたその時だった。
ヴヴヴヴヴ、とポケットの中で振動するミカエル君のスマホ。取り出して画面をタップしてみると、そこには『Атака ворога(敵襲)』と表示されており、続けて画面を下へとスクロールさせていくや、吹雪の中を舞うドローンからのものと思われる空撮写真が表示される。
魔物たちだ―――またリュハンシク目掛けて、魔物の群れが接近中らしい。
今度は300体ほどらしいが、それでも十分な数だ。
「ご主人様」
「……クラリス、IT-1の投入を」
「では、それでは」
「ああ、そうだ」
この一連の襲撃―――証拠はないが、背後にはノヴォシア帝室の影がある。
これらの攻撃が全て、イライナ独立を妨げるために連中が仕組んだものであるというのならば、ノヴォシア側もこの戦いを観測している事だろう。
ならばそれを、逆手に取ろう。
徹底的に殲滅し、力の差を見せつけて―――連中の士気を削いでやるのだ。
「―――既に姉上からの許可は取り付けてある」
だから責任については気にしなくていいよ、と言ってのけ、口元を拭い去りながら俺は立ち上がった。
「―――対消滅兵器の投入を許可する」
冷戦中に誕生した対戦車ミサイルは、戦車にとっての大きな脅威となった。
そして同時に、それを戦車の火力として取り込む動きも東西両陣営で加速していき、その中で様々な戦車や装備が誕生、試作、採用されていき、またあるいは兵器開発史の裏側へと埋もれていった。
ソ連が西側戦車の脅威に対抗するべく開発、採用した『IT-1』もその中の一つである。
T-62の車体の上に、主砲を取り除いたかのような丸みを帯びた砲塔を搭載したそれは、自衛用の同軸機銃を搭載するだけの奇抜な車両であった。戦車砲のない戦車など、自走可能な銃座でしかないためである。
しかしこのIT-1は、爆発的な勢いで進化していく戦車に対抗するための切り札を有していた。
それが戦車砲の代わりに搭載されていた、『ドラコーン対戦車ミサイル』だ。
リュハンシク城の城門が解放されるや、場内から3両のヤタハーンに護衛された2両のIT-1が雪原へと躍り出た。
原型となったIT-1と比較すると、リュハンシク守備隊に所属するIT-1は装備の大幅な近代化が図られている事が分かる。砲塔周囲を埋め尽くす爆発反応装甲を始めとした増加装甲の数々にアクティブ防御システム。それらを装備した姿はウクライナの最新型戦車『オプロート』を彷彿とさせるもので、冬季迷彩に塗装され雪原へ溶け込んだ車体は、雪の中獲物に狙いを定める捕食者のような貫禄があった。
『目標を確認』
IT-1に乗り込む戦闘人形の戦車兵が、感情の起伏を感じさせない声で淡々と告げる。
砲塔上部に増設された複合センサーポッドを介した映像には、雪原を猛進してくる魔物たちの群れが見える。AIによる計測では総数315体……そのうちの28体はオークであるようだ。
3日前の襲撃と比較すると規模こそ少ないものの、間隔の短い魔物による襲撃が何度も続けば、疲労や精神的負担もどんどん大きなものとなっていくであろう。
―――それが人間の兵士であれば、の話だが。
今のリュハンシク守備隊は兵員のほぼ全員が戦闘人形だ。人命の損耗防止、及び防諜の観点から採用された策であるが、しかし機械であるが故に人間に対して有効な嫌がらせ攻撃を実質的に無効化できるという点では、ノヴォシアの読みは大きく外れたと言っていい。
『対消滅ミサイル、発射用意』
砲手が手元のパネルをタッチして操作するや、砲塔内部の装填機構が動作を始めた。ケースに収まった状態で装置に装填されていた【ドラコーン改】が発射機と共に稼働。砲塔上部のハッチが解放されたかと思いきや、そこから勢いよく車外へと躍り出る。
ミサイルを防護していたケースが剥がれ落ち、露になるドラコーン改対消滅ミサイル。黒い弾体に紅い光を漏らすスリットが特徴的な禍々しいそれが、折り畳んでいた安定翼を展開して発射準備を終えた。
ドラコーンミサイルがソ連で短期間のうちに姿を消した要因は、ミサイルそのものと、それを運用するためのシステムが大掛かりで嵩張るものであったからだ。
ミサイルを使うために戦車の車体を流用したミサイル戦車を使用しなければならず、しかも車内が極めて狭いため再装填に手間がかかる兵器では運用に難があり、同時期に歩兵でも携行可能でコンパクト、それでいて十分な破壊力を持つ『9M14マリュートカ対戦車ミサイル』が開発されていた事もあって、ドラコーンミサイルとIT-1は共に姿を消していった。
しかしそれが、よもや異世界で脚光を浴びる事になるとは夢にも思わないだろう。
ドラコーンミサイルは大型のミサイルであるがゆえに、逆に言えば内部容積に余裕があり、対消滅エネルギーを充填するのに十分なサイズと言えた。
それに加えて、それを運用するのは戦闘人形―――機械の兵士であるが故に、人間の兵士のようにいちいち不平不満を述べる事もない。
それらの理由から、血盟旅団では戦闘補助用の兵器として転用していたIT-1を、リュハンシク守備隊では『対消滅ミサイル運用車両』として採用する事としたのである。
ミサイルのサイズとしては対戦車ミサイルの域を出ないが、しかしその破壊力は戦術核ミサイルにも匹敵する。そして核兵器とは違い、周囲に有害物質による二次被害をもたらす事のない”クリーンな兵器”である。
既に魔物たちは全てイライナ領内だ―――ノヴォシア領に被害が及び、後から難癖をつけられる事もなくなる。
加えて事前に、ミカエルは対消滅兵器の使用について、長女アナスタシアから【イライナ領内での使用に限り許可する】と確約を得ていたのだ。だから自分の権限で対消滅兵器使用を命じた事については、責任問題にはならない。
『―――発射』
抑揚のない声で、砲手が足元の発射ペダルを踏み込んだ。
ボシュ、とロケットモーターに点火し発射される2発の対消滅ミサイル。-45℃の極寒の中、吹き付ける吹雪すらも突き抜いて飛翔した2機の破滅の矢は、一旦雪空へと急上昇するかのような挙動を見せた。
それはまるで、蝋で造った翼を手に、太陽を目指して舞い上がらんとするイカロスの姿を彷彿とさせる。しかしヒトが空ではなく大地に生きる者である、弁えよと大地へ落とされたイカロスの如く、そのミサイルたちも急降下へと転じた。
真上から魔物たちの群れのど真ん中を目指した、急転直下のトップアタック。
風を切る音と共に迫る襲撃者の存在に数体のゴブリンが顔を上げたが、その頃には既にミサイルは内に秘めた破壊のエネルギーを解放、周囲に白い泡のようなエネルギーを解き放っていた。
泡立った洗剤がもうもうと広がっていくかのように、眩い純白の閃光が凄まじい勢いで弾けるように広がっていった。魔物の群れが、雪原が、そして天を舞う雪空すらも呑み込む対消滅エネルギーの濁流。それは触れた物質の特性に関係なく全てを消滅させる、破壊という言葉の具現でもあった。
やがて両目を焼かんばかりの光が晴れると、そこにはすり鉢状に抉られたクレーターだけが残った。
肉片どころか、魔物がそこにいた形跡すらもない。
ただ対消滅の際に生じる膨大な熱量で溶けた雪解け水がどうどうと穴の底へと流れ込み、早くも周囲の低気温を受けてシャーベット状に固まりつつあった。
『―――任務完了』
その圧倒的破壊力を目の当たりにしてもなお、機械の兵士たちは眉ひとつ動かさない。
兵器の威力がどうとか、戦争がどうとか、そんなものは機械たちにとって与り知らぬ事だ。彼らはあくまでも命じられた命令を忠実に遂行したにすぎず、その結果を受けて頭を悩ませるのは、機械を使役した人間たちの責任なのだから。
感情も、ヒトの心も持たぬ機械の軍勢。
リュハンシクを守るのは―――どこまでも冷たい、魂なき”黒の軍隊”であった。




