進撃、機甲歩兵隊
アナスタシア「これで全部……うん、ヨシ」
ガチギレギーナ「 ど こ へ 行 く ん だ ぁ ? 」
顔面蒼白アナスタシア「」
顔面蒼白アナスタシア「こ、コレクションを持って脱出する準備だぁ!」
ガチギレギーナ「 1 人 用 の ポ ッ ド で か ? 」
死「顔面蒼白アナスタシア」
ボルトハンドルを引くと同時に、7.7mm弾の薬莢が飛び出してくる。
弾薬の入ったポーチから弾薬の束ねられたクリップを取り出し弾倉内へと押し込む範三。5発の弾丸が装填されたのを確認するやボルトハンドルを前進させて初弾を装填、銃口を城壁の下へと向け、着剣した九九式小銃でゴブリンの眉間を狙撃する。
ボルトハンドルを引き、悪態をぐっと喉の奥へと抑え込んだ。
既に40発は撃っている―――ポーチの中に収まっている次のクリップで7.7mm弾は品切れだ。他にも武器はあるが、これ以上の長期戦はさすがに旗色が悪くなってくる。
ならば、と九九式小銃を背負った。代わりに傍らに置いておいたもう一つの銃―――旧日本軍が採用したSMG、”一〇〇式機関短銃”を手に取り射撃を開始。8mm南部弾の弾幕でゴブリン数体をまとめて蜂の巣にし、早くも空になったマガジンを交換する範三。
隣ではリーファが手榴弾の安全ピンを引き抜き、数秒数えてからそれを城壁の下へと落としているところだった。ずん、と重々しい爆音が足元から響き渡り、手応えを感じたらしいリーファが猛獣的な笑みを浮かべてQBZ-97を手に、ゴブリンたちへ射撃を再開する。
終わりの見えない戦い―――というわけではないようだった。
一〇〇式機関短銃でオークを狙いながら、範三はそう見る。
魔物たちの攻勢に、戦闘開始時のような勢いが感じられないのだ。
攻勢とは敵にただ攻め込めばいいわけではない。人間の身体が動く度にスタミナを消費するように、攻勢を行う軍隊もリソースを消費していく。弾薬、燃料、人的資源。攻勢を支えるにはそれらを前線へと送る兵站の確保も重要であるが、それでも攻勢における消費に補給が追い付かなくなる。
そして伸びきった兵站はやがて、それ自体が枷となるのだ。
それらの複合的な要因を受け、やがて攻勢限界を迎える―――いつまでも攻勢を展開していられる軍隊など、この世には存在しない。
その兆しが魔物たちの動きにも見られるのだ。
彼らに兵站や補給といった概念は無いに等しい。しかし戦力が無限ではない以上、戦闘を継続すれば常に損耗を重ねていく事になり、頭数が順調に減っていけばやがては戦力の減衰による攻勢限界に達するであろう。
反転攻勢に転じるならば今ではないか。
一〇〇式機関短銃のマガジンを交換。コッキングレバーを引こうとしたところで城壁をよじ登らんとするゴブリンを見つけ、十四年式拳銃(※旧日本軍が採用した拳銃)を発砲する範三。ゴブリンの眉間に8mm南部弾が深々と突き刺さるや、がくん、と頭を揺らしながらゴブリンが雪原へと落下していく。
既に雪原はいたるところが紅く染まっていた。魔物たちの血、魔物たちの肉片、魔物たちの骸。戦国乱世の戦場もこうだったのだろうか、と思いを巡らせた範三は、武器を九九式小銃に持ち替えてオークの眼球を狙撃。棍棒を力の限り叩きつけて城壁を倒壊させんとしていたオークの攻撃を挫く。
(いいや違う、こんなものが戦国乱世の戦であるものか)
少なくとも戦国の世には誇りがあった。天下を統べんという野心があった。そしてそこには武士としての誉れがあった。
しかし魔物相手の戦に、こんな誇りも誉れもない物量と本能だけの攻勢に、いったい何の誉れがあるというのか。
こんな戦を合戦と同一視しては、天から人の世を見下ろす戦国大名たちの怒りを買ってしまう。
「範三!」
ドカドカドカ、とAK-15のセミオート射撃で的確にゴブリンたちの眉間を撃ち抜いてその小ぶりな頭を叩き割り、アンダーバレルにマウントしたロシア製グレネードランチャー”GP-46”であろう事かオークをヘッドショットするパヴェル。
ドパンッ、という炸裂音と共にオークの頭の右半分が大きく欠け、右脳を頭蓋諸共ごっそりと抉られたオークは巨体をよろめかせながら雪原へと崩れ落ちていった。
如何にオークが打たれ強かろうと、40mmグレネード弾の成形炸薬弾によるヘッドショットには耐えられない。ライフル弾すら真っ向から砕く強靭な頭蓋も、装甲車の装甲すら射抜くメタルジェットの前には無力なのである。
砲身を右へとスライドさせ、露出した薬室へグレネード弾を装填するパヴェル。薬室を閉鎖しながら数回射撃し範三の傍らまでやってきたパヴェルは、しかし涼しい顔をしていた。まるでたった今戦闘に参加したような顔であるが、しかしこの攻撃開始時から陣頭で指揮を執っていたわけであり、何ならばこの戦闘で最初に発砲したのも彼である。
疲弊しているだろうに、それでも流れるような射撃技術でゴブリン7体、オーク1体を仕留めてみせたのは彼の積み重ねた研鑽によるものなのだろう。
「無事だな!?」
「パヴェル殿、敵の動きが!」
「ああ、分かってる!」
返答しながら両手をAK-15から離し、ポーチに無造作に突っ込んでいた火炎瓶へと手を伸ばすパヴェル。自作したトレンチライターで火炎瓶の口に詰め込んだ布切れに火をつけるや、それを城壁に迫るオーク目掛けて投擲した。
割れた火炎瓶から燃料が飛び散り、オークの顔面に延焼するだけに留まらず、周囲のゴブリンたちにも炎は猛威を振るった。少女の金切り声のような悲鳴を発しながら雪の上をのたうち回るゴブリンたち。彼らを踏み潰す事も厭わず暴れ回るオークの後頭部に、応戦を続ける戦闘人形が放ったRPGの弾頭が直撃。対戦車榴弾に後頭部を滅茶苦茶に破壊されたオークはそのまま城壁にもたれかかるようにして息絶えた。
「そろそろ攻勢限界だろう。反転攻勢のチャンスだ」
「では打って出よう。斬り込みなら某が」
「いや、大丈夫だ」
唐突に、城内に警報が鳴り響いた。
重々しく間延びした警報を背景に、けたたましく鳴り響く甲高い連鎖的な電子音。範三の記憶違いなどでなければ、それは城壁にある城門を開閉する際に発する警報だった筈だ。
(開門するのか!?)
よりにもよって今―――。
正気の沙汰ではない、と範三も、そして傍らでアサルトライフルのマガジンを交換していたリーファも息を呑んだ。
確かに魔物たちの攻勢は勢いを衰えさせており、攻勢限界を感じさせつつある。しかしリュハンシク城守備隊の優位はこの鉄壁の城壁と、そして相手が飛び道具を持たない相手である事で辛うじて成り立っており、城門を解放するという事は城内へ敵を招き入れる事を意味している。
正気なのか、と範三は声を荒げた。
重々しい金属音。配管の隙間から漏れ出た蒸気に彩られ、漆黒の城門がゆっくりと上へ押し上げられていく。
ゴブリンやオークたちが、突入口の出現に気付いた。
城門を破壊するまでもなく、相手から解放してくれるなどなんと気の利いた事か。仲間の死体を平気で踏み潰し、我先にと骨で造った棍棒を手にしたオークが城門へと走っていく。
突破されてしまう―――そんな範三の懸念が、現実になろうとしていた。
オークの眼を、120mm滑腔砲の砲口が睨む。
『Вогонь(撃て)』
まるでタスクを機械的に消化するかの如き淡々とした声。
それを合図に―――城門の向こうで待ち構えていたウクライナ製の怪物が、文字通り”火を吹いた”。
砲口から撃ち出された多目的対戦車榴弾の一撃。
号砲一発、と言わんばかりに放たれたその一撃が、これ以上ないほど正確にオークの眉間へと吸い込まれていった。いかに重機関銃の連射にも耐える屈強なオークだろうと、装甲車両を引き千切り、歩兵の集団を木っ端微塵に打ち砕く戦車の一撃に、たかがグリズリーに毛が生えた程度の生物が耐えられる道理もない。
被弾の瞬間、オークの胸から上が消失すると同時に吹き飛んだ。
炸裂した砲弾が、内部に充填していた金属片や鋭利なワイヤーの切れ端、ピアノ線の一部を爆風に乗せて周囲のばら撒いたのだから、加害範囲に居たゴブリンの一団はたまったものではない。破片にこめかみを撃ち抜かれ、首から上をピアノ線で切断され、爆風に吹き飛ばされ手足をもがれていくゴブリンたち。
そんな彼らの泣きっ面にオオスズメバチを押し付けるがごとく、砲塔上部のブローニングM2重機関銃、主砲同軸の7.62mm機銃に加え、主砲の付け根部に増設されたブローニングM2重機関銃(※”CSAMM”と呼ばれる増設機銃)が一斉に火を吹いた。
唐突の戦車砲に大混乱に陥るゴブリンたち。雪の上に横たわるゴブリンの死骸を履帯で踏みつけながら、血盟旅団の重歩兵戦闘車、『BTMP-84-120』がゆっくりと前に出る。
ウクライナの試作車両、BTMP-84をベースに、パワーパックの強化と車体の延長、それに加えて砲塔をヤタハーンの120mm滑腔砲へ換装した西側仕様の兵器である。
車長席に座るシェリルに「前進」と命じられるや、操縦手として乗り込んでいたクラリスがアクセルを踏み込んだ。排気口から灰色の排気を吐き出すや、ディーゼルエンジンの唸り声を高らかに響かせて、ウクライナの怪物が進撃を開始する。
そんなBTMP-84-120の左右を固めるのは、共に出撃してきたウクライナ製主力戦車『ヤタハーン』。トルコ向けに西側仕様で製造され、しかし採用される事のなかった悲劇の戦車が、異世界で量産されイライナの守りを担うなど誰が想像しただろうか。
戦闘人形の戦車兵たちにより操縦されたヤタハーンたちが矢継ぎ早に機銃を射かけ、魔物たちの勢いを完全に抑え込む。
解放された城壁は、断じて突破口などではなかった。
より獰猛な、血に飢えた鋼鉄の怪物を解き放たんとしただけなのである。
そしてこの戦車たちですら、前座に過ぎない。
本命はその後に控えていた。
「……!?」
リーファと範三が息を呑む。
城門の向こう―――風で舞い上がる雪煙の奥で、爛々と輝く紅い複眼。
次の瞬間だった―――ブローニングM2重機関銃を腰だめで構えた”機械の歩兵”たちが、戦場へと解き放たれたのは。
「全機、兵装使用自由」
黒を基調とし、ところどころに刻まれたスリットから紅い光を漏らす不気味なコクピットの中、マイクに向かって俺はそう指示を出した。
命令が下されるや、後続の量産型機甲鎧たちが一斉に銃口を魔物たちへと向ける。
「―――Давай пограємо.Нешанобливі звірі(遊んでやるよ。礼儀知らずの獣共)」
ぐっ、とコントローラーをはめ込んだ指に力を込めた。
指に掛かった力をすぐに機体がトレース。機甲鎧用に調整されたブローニングM2重機関銃の引き金を引くや、メインモニターの向こう側を無数のマズルフラッシュが彩った。
ドドドドド、と重々しい銃声と共に12.7mm弾がスコールさながらに射かけられる。車載機関銃、あるいは航空機の兵装としても活躍した歴史を持つブローニングM2はとにかくその威力と射程に定評がある。人間の兵士が被弾しようものならば、上半身と下半身を容易く引き裂かれてしまうほどだ。
人間よりも小柄なゴブリンは、まるでコンクリート壁めがけて投げつけられたトマトさながらだった。被弾した小柄な肉体が爆ぜ、そこかしこに紅い斑模様が刻まれる。
咆哮を発しながら迫ってくるオークにも重機関銃を浴びせかけた。どうやら7.62×54R弾の被弾にも耐えていたようだが、しかしさすがに50口径相手に耐えるのは困難だったようだ。筋骨隆々の肉体が面白いぐらいに欠けていくや、ついには被弾し腹を裂かれ、臓器を引き千切られ、そのまま血を吐きながら息絶えた。
前進する戦車たちに随伴するように、新たに編成された機甲鎧のパイロットたち―――通称『機甲歩兵隊』も合わせて進撃。戦車砲で血路を開く戦車の隙を埋め、接近してくる魔物たちを次々に血祭りに上げていく。
機甲鎧を手探りで運用して、分かった事がある。
まず1つは、機甲鎧の強みは『歩兵では運用できない重火器を運用できる移動砲台』である事だ。ブローニングM2やTOW、ブッシュマスターの機関砲といった重火器は車両への搭載が前提(歩兵で運用できない事はないが重く嵩張る)であるが、機甲鎧ならばそれらをまるで歩兵がライフルを扱うように運用できる。機動性にも優れている上に小回りも利くので、『戦闘車両と歩兵の中間に立つ存在』と言えるだろう。
もう一つは、『機甲鎧では戦車に太刀打ちできない』という点だ。
まさしく革命的な兵器と言えるが、しかしその防御力は戦車に遠く及ばず、7.62mm弾を完全防護、12.7mm弾からはコクピットのある胴体以外は防御不能となり、近距離射撃ともなればパイロットが死傷する恐れがあるレベルだ。重機関銃ですら脅威となってしまうのである。
そんな歩兵にちょっと毛が生えた程度の兵器が、120mm砲を搭載し自動車並みの速度で走行、生半可な攻撃は受け付けない戦場の王者に太刀打ちできるはずがない。火力でも防御力でも、機動力でも格上の存在なのだ。
だから機甲鎧の正しい運用は歩兵や機甲部隊との連携、両者のギャップを埋める事にある―――それが俺たち血盟旅団の下した、今のところの結論だった。
案の定、戦車部隊に随伴する機甲鎧たちに魔物たちは手も足も出ない。反撃どころか接近することすら叶わず、機銃で撃たれるか戦車砲で吹き飛ばされるか、そうじゃなきゃ機甲鎧のブローニングで頭をカチ割られるか。どうあがいても待ち受けているのは悲惨な末路だけだ。
「!」
一矢報いんと接近してくるゴブリン。機関銃では間に合わない、と判断するや頭部の対人機銃をアクティブに。視線を頭部の旋回とリンクさせつつ照準、電気信号で発砲を命じる。
ガガガガガ、と5.56mm対人機銃が火を吹いた。頭部左側面に外付けされた1門の5.56mm機銃(さっきモニター見たらMINIMIって書いてあった)が火を吹き、胸板、そして腹に数発の5.56mm弾を抱え込んだゴブリンがまるで転ぶように雪の上に転げ落ちる。
そのまま動かなくなったゴブリンの死体を踏みつけ、俺たちは前進した。
もう既に、魔物たちの勢いは削がれ切っている。中には仲間を見捨てて逃亡を図る個体も見受けられ、彼らの進撃はここで頓挫した事が窺い知れた。
そんな逃げる魔物たちの背中に、俺たちは容赦なく銃弾を射かける。
魔物との意思疎通は不可能―――ならば対話での解決の必要はない。冷酷なようだが、駆除以外の選択肢はないのだ。
魔物たちの攻勢が失敗に終わり、リュハンシク城に平穏が訪れたのは、機甲歩兵隊投入から30分後の事だった。
フルボッコアナスタシア「きゅう」
レギーナ「ふー」
ガクブルミカエル君「」




