俺たちイライナ機甲歩兵隊
フルボッコシェリル「この度はむすm」
バチギレギーナ「あ゛?」
土下座滝汗フルボッコシェリル「この度は息子さんの尊厳を傷つけ本当に申し訳ありませんでした」
バチギレギーナ「素直でよろしい」
「もぉぉぉぉぉぉ! 何よコレ、何よコレ!?」
7.62×54R弾を撃ち尽くしたソ連製重機関銃”PM1910”から弾薬箱を取り外しつつ悪態をつくモニカであったが、外で繰り広げられている光景を目にすればそれも仕方のない事であった。
リュハンシク城の城壁の向こう側―――マズコフ・ラ・ドヌーがある方向の雪原から、凄まじい数の魔物たちが大挙して押し寄せてきたのである。大半がオークやゴブリンといったおなじみの魔物であったが、それにしても数が多すぎる。
戦闘開始時点での敵の総数は400~500……内訳は『オーク93体、それ以外は全てゴブリン』という過去に類を見ないほど凄まじいものだ。ゴブリンの脅威は言うまでもないが、大規模な群れを形成したところでせいぜい20から30体弱程度。それが3ケタに達するほどの群れを形成し居住地に雪崩れ込んでくるなど、前例がない。
無論オークもだ。群れを作っても2~5体程度、せいぜいが家族規模となるオーク。その巨体とそれが生み出す剛力、そしてそれらを制御する原始人並みの知性から脅威度は非常に高く、上級の冒険者であっても油断すれば即死が待っているような、そんな相手である。
1体でも大事になる(少なくとも下級冒険者が遭遇すれば命はない)オークが総勢93体。いくらリュハンシク城を守る守備隊が最新の現代兵器を装備しているといっても、この物量差を押し返すのは並大抵の事ではない。
ドン、と城壁の外で爆発が生じた。
それが呼び水となったかのように、雪空を舞う3機の自爆ドローン『スイッチブレード300』が、猛禽類を思わせる逆落としの急降下を敢行。何かに追い立てられるように城壁へ迫りつつあったゴブリンの集団を吹き飛ばし、のっしのっしと進軍中だったオークの顔面に飛び込んで爆発を起こす。
「モニカさん!」
イルゼが持ってきた弾薬箱を足元の床に置き、中から引っ張り出した7.62×54R弾のベルトを引っ張り出す。機関部にベルトを突っ込んでからコッキングレバーを引き初弾を装填。傍らでイルゼにベルトを支えてもらいつつ押金を思い切り押し込む。
ドドドドド、と重々しい銃声が響く。5発に1発の割合で含まれている曳光弾の軌跡を参照しながら照準を調整、ゴブリンの一団に7.62×54R弾の洗礼をお見舞いする。
腹ばかりが突き出て痩せ細った体格のゴブリンの四肢が枯れ枝のようにへし折れ、腹が吹き飛び、人間のものよりはるかに小ぶりな臓物が雪の上にぶちまけられる。遥か後方にいる”何か”に追い立てられているかのように必死だったゴブリンたちの表情が苦悶へと変わり、やがてぎょろりとした双眸から光が消えていった。
ゴブリンの一団を重機関銃の餌食にするや、今度はその矛先をオークへと向けた。
7.62×54R弾のスコールがオークの巨体に次々に吸い込まれていく。ゴブリンよりも筋骨隆々で身体の大きなオークはまさに歩く的、”大きければいいわけではない”と言うべき存在だが、しかし大きいという事はそれ相応の質量を持っているという事であり、大きな質量を持っているという事はそれに相応しい打たれ強さも兼ね備えているという事だ。
10発、20発、30発―――何発も弾丸に身体中を射抜かれてもなお、オークの進撃は止まらない。むしろ中途半端に傷をつけた事でオークの逆鱗に触れたのだろう、真っ直ぐに城門を目指していたオークの視線が城壁内部に設けられた銃座で機銃掃射を行うモニカの方へと向けられ、モニカとイルゼの背筋に冷たいものが走った。
咆哮するや手にした棍棒を投擲するオーク。狙いは外れ、銃座の左側にあった城壁を強かに打ち据えただけに終わったが、轟音と大きな振動は2人に死の感覚を呼び起こすには十分すぎた。
息が上がる。心拍数が速くなる。
それでもモニカは指を押金から離さない。
経験上、どんな怪物でも『死ぬまで撃てばいつかは死ぬ』のだ。ガノンバルドもマガツノヅチも、ゾンビズメイも―――そしてセシリアもそうだった。どんな怪物であれいつかは殺せるのだ。銃弾で殺せない相手がいるとするならば、きっとそれはこの世界を、人類を創り今も天で人の仔の所業を見守っているであろう神たちだけであろう。
それを想えば、オークなど大したものではない。10発で死なぬなら50発、50発でも死なぬなら100発、それでもダメなら500発―――冷却水が枯れようと、銃身が焼けようと、相手が死ぬまで押金を押し込む指は絶対に離さないとモニカは固く誓っていた。
弾薬箱の中のベルトが残り僅かとなったところで、頭を中心にライフル弾を撃ち込まれ続けていたオークの巨体がぐらり、と傾いだ。度重なる被弾で弾丸を受け止めていた頭蓋がついに耐えられなくなり貫通を許したか、それとも被弾の衝撃に脳震盪を起こしたか。
いずれにせよ攻め時である事に変わりはない。歯を食いしばり、目をカッと見開いて、弾薬箱の中身を全てオークへ叩き込むモニカ。
PM1910重機関銃がベルトを全て喰い尽くし、冷却水タンク内の水が枯れたのと、被弾に屈し動かなくなったオークがゴブリン数体を巻き込んで雪原に倒れ伏したのは同時だった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
額の汗を拭い去り、冷却水タンクのカバーを開けるモニカ。中からは連射で熱を持った銃身の熱気と、むっとする湿気が零れ出る。
左手の指を振ると、指先に澄んだ水球が生じた。
モニカの得意とする水属性魔術によるものだ。周囲の雪や大気中から水分を抽出、更に魔力をフィルターとし水分中の不純物を可能な限り取り除いた真水である。
水冷式重機関銃の使用には冷却水が欠かせない。空冷式と比較してシステムが大掛かりになってしまい重量増に繋がりやすく、コンパクト化も難しいという難点はあるが、しかし空冷式の機関銃と比較して長時間の連射が可能な点は魅力的であり、第一次世界大戦よりも前に誕生した水冷式機関銃は、未だに活躍の場を現代の戦場に見出している。
水で銃身を冷却する単純な原理だが、しかしだからといって『どんな水でもいい』というのは誤りだ。不純物が多ければ沈殿した異物が銃身周りに付着して熱交換を阻害したり、冷却水の循環を阻害、あるいは詰りを発生させる原因となる恐れがあるため、可能な限り不純物の少ない清潔な水である事が望ましいとされている(とはいえ実際の戦場でそんな贅沢が出来る筈もなく、前線の兵士たちは創意工夫で乗り切ったのだそうだ)。
ロシア帝国が運用したPM1910は、生産時期により冷却水タンクに冷却水補給用のハッチが備え付けられており、冬季であればその中に周囲にある雪や氷を直接放り込む事で冷却問題を解決していたという。しかし水属性魔術師のモニカであれば、そこから更にワンランク上の運用ができるのだ。
魔術により水分中の異物を除去する事で生成した可能な限り清潔な水を、季節に関係なくいつでも調達できるのである。奇しくも彼女の修めた魔術は古めかしい水冷式重機関銃と予想以上の相性の良さを見せていた。
冷却水を補充するモニカの隣では、イルゼが弾薬箱から伸ばしたベルトを機関部へと挿入、コッキングレバーを引いて初弾装填までを終えていた。
冷却水補充カバーを強引に閉じるや、再び機関銃を撃ち始めるモニカ。
どれだけ弾丸をばら撒いても、どれだけ魔物を薙ぎ倒しても、尽きる事のない敵の隊列。
まるで水面を指先で薙いでいるようだ、とモニカは思う。
どれだけ水面を手で薙いでも、水面に傷が穿たれるのは僅か一瞬。次の瞬間には水がそこへとなだれ込み、多少の波紋を生じさせつつも水面は何事もないかのように澄ました顔へと戻ってしまう。
そんな錯覚を覚えつつあった自分の弱い心を叱責しつつ、ゴブリンとオークの群れをまとめて薙ぎ払うモニカ。
今は自分にできる事をする―――ベストを尽くすのだ、と弱い心に言い聞かせた。
ベストを尽くせば、ベストな結果が舞い込むものだ。
昔から、相場はそうと決まっている。
クラリスの操縦するリトルバードでリュハンシク城へと戻るや、俺はそのまま地下にある格納庫へと直行した。
城の外、ノヴォシア国境方面はまるで戦争でも始まったかのような喧騒に覆われていた。銃声と魔物たちのうめき声、爆音に砲弾の飛来音―――時折それらの”戦場の音”に紛れて聴こえてくる風を切るような異音は、きっと自爆ドローンの飛行音なのだろう。
頭上を飛んでいく5機のスイッチブレード300(※自爆ドローン”スイッチブレード”シリーズの対人仕様)の編隊を見上げながら地下格納庫へと続くエレベーターへと乗り込んだ。パネルが魔力認証を要求してきたので、こんな時にもかと悪態をつきながら素早く認証を済ませてパネルを叩き、格納庫へと降下していく。
格納庫ではツナギ姿の整備兵たち(全員戦闘人形なのだろう)がせわしなく走り回っていた。とはいえ戦闘中の格納庫にありがちな喧騒や怒声はない。中身が機械だからなのだろう、人間の心のような不定形さはなく不気味なほどにまで淡々とタスクをこなしていて、聞こえてくるのは必要最低限の支持とクレーンの動く重々しい音だけだ。
「お待ちしていました、領主様」
「状況は」
「東部ブロックにて魔物と交戦中。ドローンによる分析ではオーク93体、ゴブリンおよそ400体前後との事です」
「戦況の推移は」
「幸い魔物たちの城内への浸透は確認されていません。水際で食い止められており、そろそろ反転攻勢の頃合いかと」
だろうな。
格納庫の中を見渡してそう思う。
大きなショッピングモールの立体駐車場をそのまま巨大化させて地下に埋めたようなデザインの格納庫の中には、巨大な兵器が20から30機ほど待機状態で待機している。
全高3.9mの人型の兵器たち。
血盟旅団で運用していた機甲鎧―――その量産型だった。
これまでにないカテゴリの兵器であり、パヴェルも運用した事が無かったという事もあって、搭載する武装から整備方法、細かな運用方法に至るまですべてを手探りでやってきたパワードスーツたち。元々テンプル騎士団の技術で製造されたそれを血盟旅団が鹵獲し運用、それがテンプル騎士団から寝返った天才科学者シャーロットの手により徹底改修・量産化されるという数奇な運命を辿った機械の歩兵たちが、いよいよそのベールを脱ぐ時が来たのである。
「やあやあリガロフ君、待っていたよ」
「シャーロット」
「キミの専用機も準備万端だ、いつでもいけるよ」
ついて来たまえ、とシャーロットに案内され、萌え袖をひらひらと揺らす彼女についていく。
パイロットスーツ姿のパイロットたちが乗り込んでいくのを尻目にシャーロットの背中を追うや、やがて他の機体と微妙にシルエットの異なる機体の前に案内される。
当初、俺専用だった初号機はレトロフューチャー映画から出てきたような、そんなデザインだった。
それがパヴェルの改修により戦車っぽい見た目に変貌したのだが、それがここに来て原点回帰を図ったかのごとく、またレトロフューチャー調のデザインに戻っている。
大地を踏み締める装甲で覆われた両脚に、ずんぐりとした丸い胴体。両肩には可動部を防護するためなのだろう、両腕や両肩の動きに合わせてフレキシブルに稼働する、これまた丸みを帯びた大型のアーマーが搭載されている。極端な表現だが、丸いボールから手足が生えたような、そんな感じだ。
丸みを帯びた胴体の正面装甲と両肩の大型アーマーに半ば埋もれる形で搭載されているのは、これまた丸みを帯びた楕円形の頭部パーツ。口にあたる部分にはガスマスクのフィルターを思わせる形状の複合センサーポッドが埋め込み式で搭載され、目にあたる部分には複眼状の発光部と思われるカメラがある。
眉間から前方には通信用のアンテナが搭載されており、それはさながら伝承として伝わるユニコーンを思わせた。
側頭部には何やら機関銃のようなものが1基搭載されているようだ。サイズからして7.62mm……いいや、5.56mmクラスだろうか。反動で頭部のセンサーが誤動作を起こさないよう、振動が伝わらないフリーフローティング方式を採用して接続されているようだが……?
バックパックはよりコンパクトになっており、武装の保持や再装填を補助するためなのだろう、簡易的なマニピュレータが折り畳んだ状態でセットされている。
以前に装甲を未搭載の状態で動かしたプロトタイプと比較すると、だいぶ実戦向きに仕上がっているように見える。
タラップを登ってコクピットへ。俺専用機という事で既に座席調整も済ませていたのだろう、尻が見事にフィットして変な笑いが出た。
シートベルトを締め、ボタンを押して背面のパワーパックを始動。『Запуск основної системи(メインシステム起動)』というイライナ語のメッセージが表示されるや、血盟旅団のロゴアニメーションが再生され、システムが立ち上がっていった。
「基本的な操縦方法はキミが以前乗っていた機体と変わらない。フットペダルでアクセルとブレーキ、クラッチ、それから左手の方にあるシフトレバーで前進後退を選択できる。両腕はそこのフレキシブルアームに接続されたコントローラーを使いたまえ」
以前と何も変わっていない。
コントローラーに手をはめ込み、指を動かしてみる。その動きをトレースするかのように機甲鎧の両腕が動いたが、以前のモデルと比較すると動きにラグが殆どない。
「細かい動きは身体から発せられる電気信号を拾って補正する。本当はパイロットスーツで操縦するのが望ましいが……」
「緊急時だから止むを得ない、そういう事にしておいてくれ」
「まあそれは仕方がないさ。それよりリガロフ君、上質なデータを期待しているよ」
「はいさ」
実戦データをフィードバックしてさらに改良―――シャーロットの奴、テンプル騎士団に居た頃よりも生き生きしてやがる。あんなにも目を輝かせている彼女を見た事が無い。
シャーロットから一通り説明を受け、頭上にあるパネルのスイッチを右から順番に弾いていった。
システムオールグリーン―――いつでもいける。
「必ず生きて帰りたまえ」
「データのために、だろ」
「その通り。ただまあ、1割はキミの心配もだよ」
「マジかよ涙が出そうだ」
閉めるぞ、とシャーロットに告げ、彼女がタラップを滑り降りたのを確認してからコクピットのハッチを閉鎖。ロックがかかるや装甲の内側のメインモニターに機体のカメラが拾う映像が投影される。
映像にもズレやノイズはナシ。
機体を拘束していたフレームが外れたのを確認し、シフトを1速へ。そのまま半クラから微速前進、ウェポンラックのある位置まで機体を前進させる。
割り当てられた武装はブローニングM2重機関銃を改造したアサルトライフル、そして防御用シールド。ピストルグリップと伸縮式ストックを追加しアサルトライフルのように仕立てたブローニングM2重機関銃を握り、シールドの裏に規定数の予備弾薬が用意されているのを確認しているうちに、他の量産機たちも次々に起動。ウェポンラックから武器を手に取り、頭部にあるセンサーを発光させる。
「さあて―――それじゃあ行こうか、兵士諸君」
この戦い―――俺は背後にノヴォシアが、あのラスプーチンがいると見ている。
とはいえ証拠はない。これは後からの調査結果を待つのみだが、真相がどうであれ俺には関係ない。
本当にこの背後に帝国がいるのだとしたら、見せつけてやろう。
俺たちイライナの力を。
虐げられてきた民族の覚悟を。
「―――”機甲歩兵隊”、出撃!」
システムが戦闘モードに切り替わる。
蒼い光を放っていた機甲鎧の目が、一斉に紅い光へと変わっていった。
ガチギレギーナ「 次 は 貴 女 で す よ ア ナ ス タ シ ア 様 」
ガクブルアナスタシア「」




