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災禍の津波

レギーナマッマ「クラリス?」

滝汗クラリス「はい」

仁王立ちレギーナマッマ「 正 座 」

滝汗クラリス「はい」

仁王立ちどす黒オーラレギーナマッマ「ウチのミカに何をしたか、洗いざらい話してもらおうかしら」


滝汗土下座クラリス「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません」



「ぴえぇぇぇぇぇぇぇぇぇミカもう疲れたよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!」


 にゃぱー! と我ながら変な声を発しながらベッドの上をゴロゴロするミカエル君。そのままベッドの上からゴロゴロ転がり落ちて床でバウンド、床の上でリンゴをしゃくしゃく食べていたハクビシン幼獣の前まで芋虫みたいに床を這って進むと、ハクビシン幼獣にジャコウネコパンチされた。なして?


 俺ら同胞だろうがよぉぉぉぉぉ、と思いつつ懐からキャンディを取り出すミカエル君。リンゴより甘い香りに釣られたハクビシン幼獣がピンク色の鼻をヒクヒクさせながら寄ってきたのでキャンディを差し上げた。


 ふっ、チョロいな。やはり動物、食欲には勝てんのだ……痛てて噛まれた。噛むな。


 キャンディを平らげリンゴをしゃくしゃく齧るハクビシン幼獣(※雪の中震えていたのを保護して一緒に暮らしている。名前はまだない)を抱きかかえ、壁にもたれかかりながらジャコウネコ吸い。犬や猫よりもコンパクトなBody(※ネイティブ発音)にもふもふの体毛がなかなかクセになる。ただしバニラの香りはしない。それはミカエル君だけの特権である。


 自分の尻尾を伸ばし、ハクビシン幼獣の前で猫じゃらしみたくゆらゆらさせると、ハクビシン幼獣はビー玉みたいまくりくりの目を見開いてミカエル君の尻尾を追い始めた。


【こんにゃろ、こんにゃろ、待てこんにゃろ】


「フッ、当たらなければどうという事はない」


 何度も述べるが、獣人には耳が4つある。


 人間としての耳と、獣としての耳の4つだ。獣の耳はそれ自体が鋭敏な聴覚として機能するが、それ以上に”自分と同種の動物と意思疎通を図る事が出来る”という唯一無二の特徴がある。


 なのでハクビシン獣人のミカエル君の場合、このハクビシン幼獣と意思の疎通を図る事が出来るのだ。


【待てよ、待てよう……ハムハムさせろよう……】


「はい」


【やった】


 ミカエル君の尻尾を甘噛みし始める幼獣の頭を撫で、溜息をついた。


 領主就任から3日目、兎にも角にもやる事が多すぎる。


 初日はシャーロットがぶち殺してしまった転生者の埋葬と生き残った茜がこの世界で生きていくための根回し、各種下準備、そしてそれと並行してリュハンシク領内の各貴族に挨拶回り。


 領民相手には「帝国の恫喝にも動じない強い領主」というアピールが出来た。これで民衆からの支持は盤石だろうが、問題は他の貴族たちだ。強い指導者というアピールが出来ても、彼らはそれだけでは認めてくれない。


 礼節や振る舞い、細かい仕草の1つに至るまで、自分たちの上に立ち導く存在足り得るかと見定めようとしてくるのである。そりゃあ、自分たちの上に立つ領主が常識の欠如したマナーもクソもないガキンチョだったらついていきたくないだろう。俺だってそうだ。


 だから相手の貴族の屋敷に踏み入れ、挨拶を終えて屋敷を立ち去り車に乗るまで、一切気を抜けないというわけである。兎にも角にも神経を使うものだから気が狂いそうだ。


 そして二日目からは早速領内の視察。リュハンシク州といえどもこの州都リュハンシクだけが全てではない。郊外にも村や集落があるし、もっと西や北、南に進んだところにも街はある。領内が今どういうじょうきょうなのか、農民や労働者は何に苦しんでいるのか。今のリュハンシク州が抱える問題を洗い出し、それを解消するための法案を考え専門家から意見を聞いて形にして議会に提出して法案通るように他の貴族たちに根回しして夜になれば他の貴族の元でパーティーがあるしそこでも気を抜けないし変なところを見せられないし尊厳が軽いところなんて絶対に見せるわけにはいかないし、なのになんでパーティー中に窓の外にドローンに吊るされたシャーロットが出てきて変なダンスで笑わせようとするんだよふざけんなアイツよりにもよって飲み物を口に含んだタイミングで笑わせようとしてきやがってあーくそ思考回路。


 はぁぁ……癒されたい。コレ領主務まるのかな俺、と将来に不安を抱えていると、にっこりと微笑んだクラリスがベッドに腰を下ろすや、ぽんぽん、と自分の太腿を叩いた。


「はい、ご主人様」


「ぴぇ?」


「クラリスが癒して差し上げますわ」


 さあどうぞ、とクラリスの笑顔と優しい声、そして謎の包容力に誘われるがままに床の上をゴロゴロ転がってベッドにのそのそとよじ登るミカエル君。頭の上にハクビシン幼獣をちょこんと乗せたままクラリスの膝の上に乗ると、そのまま猫みたいに身体を丸めた。


 ロングスカートと白タイツ越しのむっちりとした太腿の感触、これを堪能できるのはミカエル君の特権である。


 やべ、寝落ちしそうコレ……。


 そのままあくびすると、首元や頭を撫で始めるクラリス。


 領主の威厳はどこへやら、まるで今のミカエル君は完全に飼い慣らされた子猫みたいになっていた。


「ふふっ。毎日頑張って偉いですわ、ご主人様」


「きゅ~……♪」


「恥ずかしがらず、いっぱい甘えてくださいまし。クラリスが全て受け止めて差し上げますから」


 いいよね、これくらい甘えても……。


 あぁやべえ、寝そう……寝落ちしそう。


 半開きの瞼が水銀さながらに重くなり、意識が睡魔に呑まれていかんとしたその時だった。


 コンコン、と部屋をノックする音。返事を待つまでもなくドアが開くや、向こうからモニカが書類を片手に部屋に入ってきた。


「ミカ、明日の会議で議題にする今月の予算あ……n」


「」


 たぶん今のミカエル君、目がビー玉みたいに丸くなってると思う。


 頭の上にちょこんと乗せたハクビシン幼獣と一緒に目を丸くするミカエル君。じっ、とモニカと視線を交わしたまま膠着すること僅か5秒。てっきりモニカの事だから「何やってんじゃぁぁぁぁぁ!」みたいな感じでラノベのヒロインみたいなリアクションするんだろうなと思いきや、トリガーハッピーことモニカ氏の行動は予想の斜め上を行った。


「ミカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあたしにも甘えなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」


「「!?」」


 書類を投げ捨てるや、顔を赤らめながらベッドの上に居るミカエル君に決死のダイブ。上からモニカが降ってきた、という地獄のような表現しかできない状況にミカエル君も頭の上の幼獣も目を◎←こんな感じにしながら凍り付いてしまう。


 直後、強い衝撃とクラリスの短い悲鳴、もみくちゃにされる身体と二転三転する視界。


 なんだよも~、と頭をさすりながら起き上がると、目の前にはニッコニコのモニカの顔があった。


「ねえミカ?」


「ぴえ?」


「あたしね、クラリスほどの胸はないけど……太腿だったら自信あるわよ?」


 モニカの強みとは、胸よりも足である……こんな言葉をイライナの思想家も遺している。すいません嘘ですそのような事実はございません断じて。


「どう? たまにはモニカおねーさんに甘えてみない?」


 ねえねえ、と誘うような声音。息を呑みながら彼女の目をじっと見つめていると、ふーっ、とケモミミに吐息を吹きかけ始めるモニカ。ケモミミは人間の耳よりも聴覚に優れる分敏感なので、そんな事をされると頭の中がパチパチして……。


「ねえ……どーする?」


「あ、あぅ……」


 なんだコイツ肉食系か。


 白猫じゃなくてホワイトタイガーやんけ、と思いつつ彼女の太腿の誘惑に身を委ね
























「  モ  ニ  カ  さ  ん  ?  」























 般若。


 ゴゴゴゴゴ、という重々しい効果音と共に、光とか加護とか恩寵とか、そういう単語とは真逆の禍々しい真っ黒なオーラを纏うシスター・イルゼが仁王立ちで部屋の入口に立っている事に、俺たちはたった今気付いた。


 背後には般若みたいな幻影が浮かび、肩には大きな大きなスレッジハンマーを担いでいる。しかも見間違いでなければそのハンマーにこれ見よがしに『100t』って書いてるように見えるんですけども……イルゼ? イルゼさん?


「ミカエルさんは公務で疲れているのですから、あまり誘惑してはいけませんよ?」


「アッ……ハイ、スミマセンデシタ」


 バタン、と閉まるドア。遠ざかっていくイルゼの足音。


 行ったかな、とそろりそろりと部屋の入り口に向かいそっとドアを開けてみると、すぐそこにいたイルゼの蒼い瞳と目が合った。


「ヒュッ」


「ミカエルさん」


「ぴゃい」


「もう夜遅いので、お静かに」


「……ぴゃい」


 怖っ。


 そういや前にもこんな事あったな、と背筋に冷たいものを走らせながらベッドの上に戻った。


 とりあえずシャワー浴びて早く寝よう……明日も会議あるし。


















 1889年 11月4日


 ノヴォシア帝国最西端 マズコフ・ラ・ドヌー郊外





 ノヴォシアの冬は、街と街の往来を不可能にする。


 理由はもちろんその降雪量だ。車も容易にスタックしてしまうほどの降雪量はまさに暴力的という他なく、少しでも除雪作業を怠ればたちまち家屋は雪の重みに耐えきれなくなって倒壊してしまうし、そうでなくともスノーワームの巣窟となって地獄を見る事になる。


 雪とはノヴォシアの国民にとって最も馴染みのある気象現象であると同時に、克服し、屈服させるべき敵なのだ。


 しかし往来が不可能になるとはいっても、それは陸路での話。


 飛竜の背に乗る竜騎兵ドラグーンであれば話は別だ。


 腰の深さ以上に積もった雪と、その中に潜むスノーワームの巣を飛び越えて、厚着姿の竜騎兵ドラグーンたちは悠々と雪原を飛び越えていく。


 彼らの跨る飛竜『ズミール』は変温動物だ。


 如何に空を自由自在に舞い、その牙と爪、そして口から吐き出す炎で戦場の覇者となり、食物連鎖の頂点に君臨する飛竜であっても、最低気温-72℃の極寒の世界では身動きが取れなくなる。巣の中で冬眠に失敗すれば、待ち受けているのは群れそのものの根絶である。


 だから冬季に飛竜を飛ばす際は、飛竜の身体を覆うように装着される飛竜用コートは必需品だ。コートには発熱術式が刻まれており、竜騎士ドラグーンが供給する魔力により飛竜の身体を暖めるヒーターとして機能する。


 それにより、変温動物である飛竜も冬季での作戦行動が可能となっているのだ。


 とはいえ装備そのもののコストも高く、更には個体差により航続距離や戦闘能力にもばらつきがあり、調教と育成に手間もかかる飛竜は兎にも角にも高級品だ。飼料費だけで目玉が飛び出るほどの出費になるのだから、そう簡単に使い潰して良い代物ではない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。


 喪失を回避するため、1体の飛竜の生存性向上に金を使うのは当然の事だ。


 雪原を飛び越え、真っ白な雪が覆い尽くす森へ差し掛かるや、先頭を飛ぶ竜騎士ドラグーンのハンドサインを合図に竜騎士ドラグーンたちは一斉に散会した。


 事前に作戦会議の際に渡されたマップを頭の中で思い起こし、手綱から片手を離して、鞍の脇にあるレバーへと手を伸ばす。


『―――Бомба сброшена!(爆弾投下!)』


 レバーを引いた。


 鞍の左右にある木製の容器のロックが外れ、ピンッ、と安全ピンが外れる甲高い金属音と共に丸い爆弾が6つ、雪で覆われた森の中へと投下されていく。


 投下された爆弾は雪の乗った樹を掠め、降り積もった真っ白な雪の中へとめり込んだ。


 内部の時限信管が動作すると同時に、降り積もった雪が弾け飛ぶ。


 ドパパパンッ、と森の中で爆音が連鎖した。静寂の中で弾けた暴虐の轟音に、樹の上で羽を休めていた鳥たちが一斉に飛び立つ。爆発の衝撃波で樹の上から大量の雪が地上目掛けて崩れ落ちるや、森の中で大きな変化が起こり始めた。


 もぞもぞと、降り積もった雪の中で何かが蠢き始めたのである。


 トビウオの如く、雪の中からその中の1匹が飛び出した。


 スノーワームだ。


 カブトムシの幼虫を思わせる身体と、何本もの小さく細かい牙が並ぶワームの口。あらゆる生き物を群れで襲い、数秒と経たずに骨も遺さず食い尽くしてしまう雪原の捕食者が、今の振動で一斉に目を覚ましたのである。


 そこから先は連鎖的だった。


 雪に伝わる振動を頼りに狩りをするスノーワームの一団が、森の中で冬眠したり、食料調達のために外に出ていた他の魔物たち―――ゴブリンやオークたちの巣を直撃したのである。


 ゴブリンが雪の中から飛び出してきたスノーワームに飛びつかれるや、そのまま雪の中へと引きずり込まれていく。純白の雪に深紅の飛沫が舞い散り、吹雪に血の臭いが混じった。


 巨大なオークであっても、スノーワームの前には無力だった。飛びかかってきた数体のスノーワームを拳で叩き潰し、牙で噛み千切り、巨大な脚で踏み潰すが、しかし数の暴力には到底敵わない。


 脇腹に食い付かれたのを皮切りに、足、胸、腹、肩口、そして痛みに悶え晒した隙に首筋へと食らいついていくスノーワームたち。そのままオークの巨体がスノーワームの群れに呑まれていき、血痕以外何も残らなくなる。


 仲間たちの死と迫る捕食者たちに対する恐怖に駆られ、森の中に住んでいた魔物たちは恐慌状態に陥った。


 巣穴を飛び出し、我先にと安全地帯を求めて逃げ惑う。


 それを追い立てるかのように、飛竜部隊の第二陣が爆弾を投下。ドパパパンッ、と雪原で爆弾が弾け、逃げ惑う魔物たちの退路を制限する。


 魔物たちからすればたまったものではない。いきなり叩き起こされたかと思いきや捕食者に夫や群れの長を食い殺され、逃げ惑えば空からの爆撃で退路を制限される。


 そうやって安全地帯を求めて何度も進路変更する魔物たち。


 先頭を突っ走るオークの巨体が、雪に埋もれかけていた『Впереди регион Элайна(この先イライナ地方)』という看板を木っ端微塵に薙ぎ倒す。


 


 魔物たちの逃避行。




 それはイライナ人から見れば、災禍の津波に他ならない。






 

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