慈愛の領主
クラリス「パヴェルさん大変ですわ!」
パヴェル「今度は何だよ」
大気圏離脱ミカエル君「ぴえ」ゴォォォォォォ
クラリス「ご主人様が尊厳を吹き出しながらロケットの如く大気圏外に」
マジレスパヴェル「お前ら尊厳をなんでもかんでもできる便利エネルギーと履き違えてやしないか」
領主に就任してからの最初の仕事は、襲撃事件で死亡した転生者たちの遺体を火葬する事だった。
この世界では火葬が、遺体を埋葬する際の絶対条件となっている。人間に限らず魔物や動物も、死体をそのまま放置しておくと疫病の温床となってしまうし、そうでなくともゾンビ化して蘇り、周囲の生物を襲って感染を爆発的に広げていく恐れがあるからだ。
だから火葬以外は基本NGで、冒険者も討伐目標の魔物の死体は焼却処分することが法令で義務化されている。
もしそれを怠り、周辺に多大な損害を与えた場合は無期懲役、人権剥奪、死刑が言い渡される可能性がある程の重罪である。
そういう事情もあって、俺を襲ってきた転生者たちの遺体は先ほど全て灰になった。
遺灰と遺骨を壺に収めた後、キリウ市街地の外れにある墓地の一角に彼らは埋葬された。墓地の片隅にある無縁墓地―――多くの者が旅人や名前も出身地も分からぬ浮浪者、貧困層の人間が眠る場所。
雪の下、凍てついた堅い地面の下に、これから彼らは眠るのだ。
虚しくなった。彼らだって向こうの世界で悲惨な死を遂げ、本当だったら永遠の眠りにつく筈だったのに。その運命を捻じ曲げられて二度目の人生を与えられ、異世界へと飛ばされてこんな目に遭うなど、なんと救いの無い事か。
自分と同じ日本人で、かつては同じ世界に住んでいた者たち。
仕方がなかった、あそこで殺されるわけにはいかなかった―――そんな言葉で正当化しようとは、思わない。
真っ白な墓石の前に花束を供え、一歩下がってから手を合わせた。
けれども彼らはまだ、ここに居る死者たちの中では幸せなのだろう。
名前を憶えている人がいる。
少なくとも、彼らが間違いなくそこにいたという記憶を宿す人がいる。
生きている人間だろうと、死んだ人間だろうと―――その存在を記憶してもらえる事が、居場所がある事がどれだけ幸せな事か。
願わくば無事に成仏し、今度こそ永遠の眠りについてほしいものである。
死者たちの安寧を願い、そっと手を降ろして目を開けた。
踵を返すと、そこには一緒についてきた転生者の少女―――”篠崎茜”と名乗る少女の姿があった。
襲撃者の中で唯一の生存者。
そして唯一、降伏という選択を選んでくれた相手。
「ありがとう……ございます……」
寒さか、それとも悲しみか―――両方だろうな、と思いながら声を震わせる彼女の言葉に耳を傾ける。瞳から溢れ出た涙も、そして鼻水も-30℃の極寒の中で凍てつき、真っ白になっていた。
「みんなを……弔ってくれて……ぇ」
「……こちらこそ、降伏してくれてありがとう」
おかげで殺さずに済んだ。
他の彼らも、降伏する選択をしてくれれば良かったのだが。
いや、そんな暇など無かったのかもしれない。何せ相手はシャーロットが操縦する無人兵器たちだ。彼女には注意したが、元テンプル騎士団だったシャーロットにとって敵の扱いは”殲滅”し”皆殺し”にするのが当たり前。戦う意志を失い降伏する敵の扱いも、他の敵と何も変わらない。
一応はシャーロットに口頭で注意しておいたが、あれも仕方の無い事だ。今まで彼女にとっては敵は皆殺しにするのが当たり前で、それに何の疑問も抱かないほど常識として定着してしまっていたのだ。だからそれを昨日の今日で改めろと言っても到底不可能だろう。
価値観の違いとは想像以上に面倒なものである。
だがそれでも、1人の命を無駄に死なせずに済んだのは僥倖か。
クラリスと共に茜を連れ、車の後部座席に乗り込んだ。シートベルトを締めるやクラリスがアクセルをゆっくりと踏み、雪の堆積した道を走らせ始める。
「―――ところで茜、詳しく聞きたい事がある」
「……はい」
「俺を殺せと命じたのは、誰だい?」
ポケットから取り出したキャンディを彼女に1つ差し出しながら問いかけると、茜は視線を泳がせた。話して良いものかどうか、と葛藤しているのだろう。ここで話せば彼女を送り出した存在を裏切る事になる。そうなれば裏切り者として、かつての仲間に追われる身となるのではないか―――そんな正体不明の不安が、前世の日本では体験しようのない恐怖が言葉を塞き止めているようにも思えた。
「大丈夫、君の命はこのミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフの名に懸けて守ろう」
約束する、と言葉を続けた。
一応、茜は降伏したので捕虜に似た扱いとなっている。情報を吐けるだけ吐かせた後は、特にこちら側に損害を与えたわけでもない事、異世界転生を果たしたばかりで勢力間の関係やそれに伴う善悪の判断もついていない事など情状酌量の余地もある事を加味し、尋問後は一定の保護観察期間を経て解放する事としている。
もちろんその間住む場所は手配するし、本人が希望するのであれば仕事も斡旋するつもりだ。
車が交差点に差し掛かったところで、茜は涙と鼻水をハンカチで拭きとってからそっとキャンディを受け取った。
「……ノヴォシアの、ラスプーチンとかいう人に」
「……そう、か」
知った名だ。
ラスプーチン―――史実においてはロシア帝国の皇帝とその一族に深く関与し親密な関係を築いていた祈祷僧。
そしてこの世界においては―――ノヴォシア皇帝カリーナと、背後で暗躍するテンプル騎士団とを繋ぐ連絡役のホムンクルス兵。
「事故で死んだと思ったら、気が付いたらその人の前にみんなと一緒に居て……あなたを殺せ、って……”ノヴォシアを崩壊に導く悪魔”を……」
「それはまあ、随分と酷い言われようだね」
ルームミラー越しにクラリスと目が合った。いつものド変態な本性はどこへやら、表情一つ変えない今の彼女は仕事のできる秘書っぽさを醸し出しているが、しかしその眼鏡の奥の紅い瞳の奥には主人を悪魔呼ばわりされた事に対する憎悪の炎が揺らめいていたものだから、俺は肩をすくめながら「落ち着きなよ」と意味を込めてウインクした。
忌み子、庶子、害獣、悪魔……不名誉な呼ばれ方は何度も経験してきたし、正直言って慣れた。
というか、そんな蔑まれ方をする度にいちいち怒ってたんじゃ血圧で脳の血管が切れてしまいそうだし、精神衛生的にもよろしくないのは明白である。こうして軽く受け流せるようになったのは精神的な成長と見るべきか、それとも心が摩耗しただけか……どっちなんだろうね、実際。
リュハンシク城の敷地内へと入っていく車。正門には銃剣付きのAK-19を装備し冬季迷彩仕様のコンバットパンツとコンバットシャツ、そして厚手のコートと手袋を着用した兵士が立っていて、俺たちの姿を見るなり片手を挙げて停車するよう促してきた。
停車するや、兵士の1人が運転席のある左側へと歩み寄ってくる(時折バグりそうになるがこの世界の車は運転席が左にあるのだ)。手動のハンドルをくるくる回して窓を開けると、ウシャンカをかぶった真っ白な兵士がにこやかに話しかけてきた。
「おかえりなさいませ。確認のため身分証明書の提示をお願いします」
「はい」
冒険者のバッジを提示するや、兵士は笑みを浮かべたままそれを返却。後方にいる仲間たちに正門を開けるようにハンドサインを出す。
「ご協力ありがとうございました」
「寒い中ご苦労様」
「ご心配ありがとうございます。大丈夫です、機械ですから」
さらりととんでもない事を言いながら、兵士は持ち場へと戻っていった。
そう、今しがた身分証明書の確認をした兵士は機械の兵士―――テンプル騎士団式の戦闘人形、その外装を人間に限りなく近いものとし、より人間的な会話ができるよう会話用のプログラムを徹底して調整したものだ。
以前にも述べたけど、リュハンシク州はノヴォシアとの戦端が開かれた際には最前線となる場所だ。戦闘が始まればもちろんこちらも損害を覚悟しなければならないが、人的資源で勝る帝国とまともにやり合えば兵士の頭数で劣るこちらが不利なのは明白であり、人的資源の損失は取り返しがつかない大損害と言える。
そこで機械の兵士である戦闘人形を大量生産、大量配備する事で人的資源の損耗を必要最低限としつつ、頭数を補う方針がとられたというわけだ。
既に戦闘人形の生産体制は整っており、今もリュハンシク城の地下にある工廠でシャーロット主導による大量生産が続いている。それも当初の想定の30倍の速度で、だ。
ちなみに彼らの根底にある戦闘データは現役時のパヴェルと俺のものが使われているのだそう。思考パターンは俺の思考パターンが参考にされているのだそうだ。人間と接する場合は現役時のパヴェルの思考パターンよりミカエル君の方が向いていると判断されたのか。
まあその結果限りなく人間に近い姿と振る舞いを手に入れたわけだが、しかしまだ言い回しがどこか機械的だったり、笑顔や感情のコントロールがぎこちないなど、人間になり切れていない部分も見受けられる。
シャーロット曰く『最も再現が難しい人間の部品とはココロだよ』との事だが、まあさもありなんといったところか。この辺は過去にも多くのSF作品で触れられてきたテーマなので聞き慣れている。
やはり難しいのだろう。入力と出力の関係がしっかりしている機械的な動作と比較すると、外的内的問わず様々な要因で簡単に揺れ動き、常に不定形となる人間の心ほど不安定なものは無いだろうから。
車が城の敷地内へと入り、そのまま裏手にある駐車場へと徐行して入っていく。駐車スペースにセダンを停車させるや、運転席から降りて後部座席のドアを開けてくれるクラリス。
彼女に礼を言い、車の格納庫への格納は戦闘人形の運転手に任せて、俺たちは城の中へと足を踏み入れた。
階段を降りて地下へ。城にはまだまだ空室が目立つ。元々は使用人や城に常駐する兵士たちのためのものなのだろうが、この通り機械の兵士にはスリープモードになってメンテナンスを受けるための整備工場さえあれば異なりるので個室だけが余り、ご覧の有様となっている。
その中の一室に、転生者の生存者の少女を……茜を案内した。
「ここが君の部屋だ」
既に必要最低限の家具は運び込まれている。クローゼットにベッド、テーブルとソファ。天井からは配管が突き出ていて、どことなくUボートの艦内を彷彿とさせる光景だが、あれは蒸気が通っている配管だ。天井だけでなく床下にも蒸気が通ってる配管があり、ああやって高温の蒸気を循環させることで暖房としているのである。
日本では聞き馴染みがないが、イライナやノヴォシアにある屋敷や大規模施設では地下に複数のボイラーを設置した”熱源室”という設備を設け、そこで蒸気を生み出し建物内を暖めるというわけだ。冬は特に苛酷なので、こうでもしないと家の中でも凍え死ぬ恐れがあるのである。
ちなみに蒸気の一部はタービンへと送って発電、生じた電力は城内設備の稼働用電力に回しているが、これはあくまでも補助用のものであって、主な動力はパヴェルが設計した対消滅発電機となっている。これらの発電量は城内設備の電力を賄うにはやや過剰である事から、現在リュハンシク市街地、特に労働者層や貧困層を優先して電力を供給できるよう、領内の業者と交渉して工事計画を立てているところである(貴族や富裕層を優先しないのは既に彼らは発電所から電気を購入しその恩恵を受けているからだ)。
さて、話が脱線したが、蒸気配管があるおかげで冬場はかなーり暖かい。夏場は無用の長物になるが、どうせイライナの夏はそう長くないので問題にはならないのである。
クラリスに視線を向けると、彼女は一礼してからポケットから財布を取り出した。
「少しばかりだが、この世界の通貨を用意しておいた」
「え」
財布を受け取る茜。恐る恐る中を見てみると、財布の中には1万ライブル紙幣が5枚と5万ライブル紙幣が1枚、それから500ライブル硬貨が8枚収まっていた。
「生活費……というわけじゃあないけど、この世界の通貨を持ってないと苦労するだろうから」
「え……こ、こんなにいっぱい……?」
「これから3週間ほど、君は”保護観察期間”として監視下に置かれる。といっても監視カメラとか見張りの兵士にガチガチに監視させるわけじゃない。プライベートには配慮するし、申請すれば外出も許可する。必要なものがあればこのクラリスに言えば手配するし、他に何か要望があるなら俺に言ってくれれば可能な範囲で叶えよう」
「……そ、その、保護観察期間の後は?」
「その後は自由だ。この城に住みたいならそうすればいいし、出ていきたいのならば新居も用意しよう。仕事が必要ならば紹介する。支援は惜しまないから、君のやりたいようにして欲しい」
「あの……ミカエル、様?」
「ミカエルで良いよ」
「ミカエル……さん、どうしてここまでしてくれるんです……?」
問われたので、本音で応えた。
「善意だよ、善意。それ以外あるものか」
優しいミカエル君
尊厳は軽いのに(小声)




