擬態者をぶちのめせ
手加減をする必要はない―――身体が、頭がそう認識した途端に枷が全部外れたような、そんな気がした。相手を殺すかもしれないからと銃器の対人使用には抵抗があったけど、それならばもう躊躇する必要はない。
相手がヒトですらないのならば。
パパパンッ、と素早くMP17を連射。ボリス司令官の”偽物”に9mmパラベラム弾を射かけ、拘束されている本物のシスター・イルゼから離れるように武力を以て促す。
さすがに機械の身体でも立て続けに被弾するのはアレなようで、左腕の肘から先を失い、武装はシャシュカのみとなったボリス司令官が飛び退く。逃がすか、と左手を突き出し魔力を充填、膨れ上がった雷の魔術”雷球”を立て続けに二連射、反撃に転じるべく機会を伺うボリス司令官を牽制しつつ、手足を拘束されているシスター・イルゼとの間に割って入る。
俺の狙いをクラリスは察知してくれているようで、先ほどから7.62×51mmNATO弾の絶え間ない狙撃が放たれている。ボリス司令官に命中こそしていないが、迂闊に反撃に転じれば次は頭に命中しそうな射撃が、一番撃って欲しくないタイミングで放たれて相手を釘付けにしている。
スライディングでシスター・イルゼの元へと滑り込み、左手を腰の鞘へと伸ばしてナイフを引き抜いた。魔物から素材を切り取ったり、道具の加工やら缶詰の開封に使っているごく普通のナイフ。武器として使う刃物にはまあ抵抗があるが、だからといって持たないのもナンセンスだ。こういう時に刃物が無いと困る―――まあ、”こういう時”が訪れないのがベストだと言われればそれまでなのだが。
シスターの手足を縛っているロープを切断、彼女を解放する。
それにしても、ハクビシンの獣人として生まれたことで苦労したこともあるが、恩恵も思ったより大きかった。パルクールが得意なおかげで逃げ場に苦労しないし、こういう暗い空間でも夜目が利くから困らない。ハクビシン万歳である。
「ケガは?」
「だ、大丈夫です」
「よーし、逃げよう」
彼女を立たせつつ、片手で持ったMP17を牽制で放つ。さすがにシャシュカで銃弾を弾くような芸当はしてこないようで、放たれた弾丸のうち何発かはボリス司令官の腹へと吸い込まれていった。被弾した部位から透き通った半透明の血が溢れ、防寒着を紅く、しかし人間の血とは質感の異なる色彩で染め上げていく。
「ミカ!」
「!」
偽物のボリス司令官の傍らに控えていたもう1人の人影―――彼女に成り代わろうとしていた偽物のシスター・イルゼがここで動いた。
先ほどクラリスの狙撃で千切れたボリス司令官の腕、それが握り込んでいたピストルを拾い上げたかと思いきや、その銃口をこっちに向けてきたのである。
やべっ、と慌ててMP17の銃口をそっちに向けた頃には既に遅かった。カチンッ、と火打石が打ち鳴らされ、生じた火花が火皿の中へと落ちていく。閉鎖された火皿から白い煙が溢れ、今まさに充填された黒色火薬に点火され―――しかし発砲の瞬間、唐突にその銃口は上へと逸れた。
人質を巻き込むまいと発砲を控えていたモニカのHK21Eが火を噴き、その弾幕のうちの1発が偽物のシスター・イルゼの首元を直撃していたのである。
7.62×51mmNATO弾の破壊力は9mmパラベラム弾の比ではない。弾丸はより重く、鋭く、充填されている装薬の量も段違い。運動エネルギーも質量も勝っているのだ、効かないはずがない。
重い一撃が偽物の首を撃ち抜き、大穴を穿った。がくんっ、と身体が大きく後ろに逸れ、それに従って銃口の向きも上へとズレる。ドパンッ、とピストルが火を噴くが、80口径のそれが穿ったのは俺の身体でもシスター・イルゼの身体でもなく、蜘蛛の巣の張った倉庫の天井だった。
「すまん、助かった!」
「後でスイーツ奢りなさいよ!」
倉庫の出口までシスター・イルゼを連れて行き、後ろを振り向いた。倉庫の中には死体が2つ―――偽物のボリス司令官とシスター・イルゼが横たわっていて、冷たい床の上には安っぽい塗料を思わせる半透明の血がじわりじわりと広がりつつある。
しかしまあ、ノヴォシアの冬の寒さは予想以上にヤバいものだ。今しがた溢れ出したばかりの血の表面にすら、薄氷が生じつつある。
今って確か-9℃くらいだったような気がする。これくらいの気温で血って凍るものか? 詳しくないから分からないが、あの半透明の血は明らかに人間の血とは異なる性質に思える。
さて、これだけ派手に、それもサプレッサーも無しに村の中でバカスカ撃ちまくったものだから、外が段々と騒がしくなってくるのは当然だ。村の建物に次々に灯りが燈ったかと思いきや、家の中や兵舎からコートに身を包んだ騎士たちや民兵たちが、銃剣付きのマスケットを抱えて次々に飛び出してくる。
とりあえず、ありのままを説明しよう。現場へと駆け込んでくる彼らを見守りながらそう思った。
偽物のボリス司令官とシスター・イルゼ。あの2人がやろうとしていた事に加えて、シスター・イルゼを殺そうとしていたことも付け加えなければなるまい。
銃をホルスターに戻し、両手を上げて抵抗する気はない、という意志を示しながら騎士たちに声を張り上げた。
「大変だ、ボリス司令官が―――」
問答無用とばかりに向けられるマスケットの銃口。そりゃあそうだよな、と苦笑いした次の瞬間、後ろから伸びてきたメイドの手―――クラリスの手が、俺のコートの襟を掴んだかと思いきや、シスター・イルゼと一緒に後ろへ引き倒した。
いきなり何すんだと思ったその時、ドパパパパンッ、というマスケット特有の重々しい銃声が連鎖し、頭の上を何十発もの銃弾が駆け抜けていった。ミカエル君の頭を撃ち抜くことなく通り過ぎていったそれらは倉庫の壁を瞬く間に蜂の巣に変えてしまう。
え、発砲した?
何で、と思い騎士たちの方を見た。慌てて駆けつけた騎士たちもまた、先ほどの偽物たちと同じような無表情で、淡々とマスケットの銃口内を清掃し火薬の充填と弾丸の装填を始めている。
「こいつらまさか―――」
偽物は―――あのロボットだかサイボーグみたいなのにすり替わっていたのは、どうやらボリス司令官やシスター・イルゼだけではないらしい。
雪まみれになりながらシスター・イルゼの手を取り、近くの木箱の山の後ろへと滑り込んだ。
「ど、どうして彼らまで……!?」
困惑するシスター・イルゼ。そりゃあこっちが聞きたい。そもそもあのロボットみたいなやつは何なのか? 魔物の群れによる襲撃が続く村の中で、獣人たちに成り代わって一体何をするつもりだったのか? 疑問は尽きないが、それを探求している猶予が無いのは明らかだった。
弾ける銃声に吹き飛ぶ木箱。凍てついた木片が降り注ぐ中、俺は叫んだ。
「逃げるぞ皆!」
こうなっては―――防衛目標たるアルカンバヤ村、その中でこんな異変が起こったとなれば昇級試験どころではない。確かに冒険者として仕事は成し遂げたいという思いはあるが、それ以前に俺はギルドの団長、団員たちを無事に列車まで帰還させる義務がある。
依頼の完遂と仲間の命、どちらが重いかは明白だった。
メニュー画面を呼び出しAK-308を召喚。いきなり何もない空間から出てきた銃を見て驚愕するシスター・イルゼを尻目に、さっきからしつこいナンパ男の如く一斉射撃をお見舞いしてくる戦列歩兵の皆さんにキツイ一撃をお見舞いした。
ズダンッ、とAK-308が咆哮。AK-12シリーズの中で唯一(2022年現在)フルサイズのライフル弾に対応したそれの一撃はただただ重く、スコープのレティクルの向こうで胸に被弾した騎士が半透明の血を吹き上げながら後ろへと倒れていった。
やっぱりだ、こいつらも偽物だ。
俺たちの知らない間に、着々とあのロボットみたいな奴らがすり替わっていったのだろう。
だが、何のために?
ダンダンッ、とセミオートで射撃しつつ、クラリスとモニカの移動を支援。さすがに立て続けに仲間が被弾すれば遮蔽物に隠れざるを得なかったようで、戦列歩兵たちの陣形が見事に乱れた。各々に身を守れそうな遮蔽物の陰に隠れ、断続的な射撃で反撃してくるが、それじゃあマスケットの真価は発揮できない。マスケットはやはり、仲間と一緒に一斉射撃。これに尽きる。
モニカとクラリスが移動し、乗り捨てられた馬車の荷台の影へと滑り込んだ。そこでモニカがバイポッドを立て制圧射撃を開始、弾幕の密度が一気に濃くなる。
移動するのは今だ。
シスター・イルゼの手を引いて移動を開始。目指すのは教会の裏手に停めてある俺たちの車だ。あれに乗って村を離れよう、それしかない。
とはいえこの積雪だ、ザリンツィクに辿り着く前にスタックしない事を祈るしかないが……そこは気分屋であることに定評のある神様次第だ、神様の機嫌が良い事を祈ろう。
「待って、どこへ行くのです!?」
「逃げるんだ、この村から!」
「でも、他にも村人が―――」
それはそうだ、という思考を、民家から出てきた老婆と子供が見事に断ち切った。
外で起こっている騒ぎを聞きつけて様子を見に来たのだろう。腰の曲がった老婆と、孫と思われる小さな男の子の兄弟―――あの時、教会でソーセージの缶詰を欲しがっていた子供たちだ。
ああ、良かった。無事だったか―――そう思って安堵する。小さな子供たちと老婆が、こっちにピストルを向けてくるまでは。
「!?」
ドパパンッ、と黒色火薬が弾ける。ボキュ、と近くの雪にめり込んだ80口径の銃弾が派手に雪を巻き上げ、おかげでミカエル君もシスター・イルゼも雪まみれになった。あのクソガキめ。
「なんでっ、どうしてこんな!?」
「クソ、まさかとは思うが―――」
もうこの村にまともな人間は残っていないのではないか、という言葉を呑み込んだ。口に出さずとも、シスター・イルゼも心のどこかで察している筈だ。ボリス司令官どころか村の守備隊全員がこうなっているという事は、何の罪もない非戦闘員も無事である筈がない、と。
躊躇を押し殺し、AK-308で反撃。老婆と幼い子供が半透明の血を吹き上げ、傷口から人工筋肉や金属の骨格を覗かせながら倒れていくのを見ながら、シスター・イルゼを連れて教会へと向かう。
ブハンカが見えてきた。幸い、奴らに壊されて運転不能、という事態にはなっていない。
マガジンを交換しコッキングレバーを操作、薬室に初弾を装填。こっちをちらりと見たクラリスがモニカを連れて移動を始めたタイミングに合わせ、左手の人差し指でM203の引き金を引いた。
ポンッ、と兵器としては間抜けな砲声を響かせ、40mmグレネード弾が雪にめり込んだ。雪が爆炎に派手に舞い上げられ、爆風と破片が戦列歩兵たちを容赦なく引き裂いていく。
やはりそうだった。破片に切り裂かれ、爆風に吹き飛ばされ、弾丸で撃ち抜かれていく戦列歩兵たち。つい数時間前まで同じ塹壕で警戒任務に当たり、同じ飯を食い、冗談を言いながらも一緒に戦ってきた彼らだが、断末魔どころか悲鳴すら上げない。被弾しても表情一つ変えず、金属の骨格や人工筋肉の束を傷口から覗かせて、人間とは明らかに違う血を滴らせながら倒れていく。
モニカを連れたクラリスが脇を通過し、ブハンカの運転席へと滑り込んだ。ブォンッ、とブハンカが目を覚まし、ライトで暗闇を切り裂いていく。
助手席に乗り込んだモニカが窓を開け、外にいる敵へ制圧射撃。7.62×51mmNATO弾の群れ―――曳光弾混じりの弾幕が闇を穿ち、戦列歩兵たちに降り注ぐ。
「今だ、乗って!」
「でもまだ他の人が―――」
「シスター、まだ分からないのか!!」
現実を受け止められていない―――気持ちは分かる。今まで一緒に過ごしていた人々が実は機械でできた偽物で、唐突に牙を剥いてきたなど、目の前で実際に繰り広げられていようと認めたくはない。
それでも認めるしかないのだ。現実として起こってしまった以上、これが現実なのだと、これが応えなのだと無理にでも納得して先に進むしかないのだ。現実を認識できず、置き去りにされてしまった者から死んでいく―――それが戦場なのだと、少なくとも俺は考えている。
先ほど射殺した子供と老婆の姿をした偽物に目を向けた。子供らしい表情すら浮かべず、まるで人形のように無表情のまま、少しずつ雪に埋もれていく彼ら。あの時、夕食の時間にソーセージの缶詰を欲しがっていた子供らしい無邪気さは微塵もない。
他の民家からもぞろぞろと人影が出てきた。みんなマスケットを持つか、魔物との戦いのために用意した即席の武器を持っている。もちろん、戦列歩兵たちと戦うためではない―――その矛先はいずれも、俺たちを向いていた。
「諦めろ、まともなのは俺たちだけだ!!」
「……っ!」
左手で肩を掴みながら訴えると、シスター・イルゼはやっと現実を受け止めたらしい。今にも泣き出しそうな表情で、しかし涙を流すのを必死にこらえながら、ブハンカの後部座席のドアを開けた。
ドパパパンッ、とマスケットの一斉射撃が飛来。これは避けられないと判断しイリヤーの時計に時間停止を命令、全てが静止した1秒の世界の中を駆け抜け、俺もブハンカの後部座席へと飛び込んだ。
再び世界が動き出す。開けっ放しの後部座席から何発か撃ち、「出せ!!」と叫んだ。
アクセルを豪快に踏み込んだクラリスがブハンカを急発進させる。少しスリップしながらも走り出したブハンカ。車体をマスケットの銃弾が何度か打ち据えたが、パヴェルの手で簡易的に装甲化されていたブハンカはそれを意に介さず、装甲車のように豪快に弾丸を弾きながらアルカンバヤ村を離れていく。
後は道中でスタックしないのを祈るだけだが……それにしても。
「何なんだ、あいつらは」
呟いたその声は、カーラジオから流れる場違いなポップスの中へと消えていった。




