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リュハンシク領主、ミカエル

ミカエル「オホ声ってさ、あるじゃん」

クラリス「ありますわね」

ミカエル「あれってさ、普段清楚な子が不意を突かれたかのようにポロっとそういう声漏らすからすっげええっちに思えるわけでさ、大事なのは使いどころなのよ」

クラリス「分かりますわご主人様。とりあえずオホオホ言わせておくのはゴリラと変わりませんもの」

ミカエル「だよね~」


シェリル「さすが感電してオホ声かましたメスガキ男の娘は言う事が違いますね」

ミカエル「 待 っ て な ん で 知 っ て ん の ? ? ? 」


「おお」


 キリフチェンコ中佐の案内でやってきた部屋の中を見渡し、俺は思わず声を漏らした。


 リュハンシク城は広大で、リュハンシクの街とマズコフ・ラ・ドヌーの中間地点、ちょうど国境の真正面に立ちはだかるように屹立する巨大な城塞だ。内部は迷路……とまではいかないが敵の侵入を許しても簡単には制圧できないよう複雑な区画に別れており、慣れないうちは城内マップが必需品となるだろう。


 そんなリュハンシク城の中枢区画の一角に、その部屋はあった。


 前領主が使用していたという執務室だ。ブラウンのカーペットに灰色の壁紙、天井でゆったりと回るファンは高級そうな木材で作られているようで、過度な装飾を抑えた全体的に落ち着いた色合いとなっている。


 窓の類は無い。まあ仮にあったとしたら窓の向こうは仮想敵国ノヴォシア、敵が攻め込んでくるであろう方向である。執務中に狙撃され最初の犠牲者が領主様でした、なんて事になったら笑えないだろうし、そうじゃなくても魔術による遠距離攻撃や砲撃の標的になる、または構造上の脆弱点となってしまうなど問題を抱える事になる。


 何気ない設計の一つ一つがノヴォシアとの戦いを想定したものなのだろう。貴族が好む豪華絢爛な装飾など二の次で、機能性だけに特化したここはまさに本当の意味での城と言えた。


 侵略者から祖国を守る防波堤、その最前線である。


 どうやら前領主は狩猟が趣味だったらしい。


 実用性優先といった趣の執務室にある領主の席の後方には狩猟の際に仕留めたと思われる大きなオスの鹿の剥製がこれ見よがしに飾られており、その下には水平二連式の散弾銃が展示されている。艶のある木材と丁寧な仕上げの施されたそれは、過度なエングレーブこそないものの大変優美な姿で、姉上なら大喜びで購入しそうな出来だ。


「今日からここがご主人様の席ですわ」


 そう言いながら椅子を引き、笑顔で座るよう促してくるクラリス。言われるがままに領主の席に腰を下ろすと、随分と大きな机に視界の3分の1を遮られながらも、今日から俺が領主なのだという実感が得られた。


 真っ白な長手袋で覆われた両手を叩きいの一番に拍手するクラリス。それにパヴェルのガチガチと義手を鳴らすような特徴的な拍手が加わるや、それが呼び水となったかの如く他の仲間たちや案内してくれた兵士たちの拍手が連なった。


 リュハンシク領主、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ公爵……誇らしい肩書だが、同時に両肩にのしかかってくるプレッシャーも相当なものなのだろう、と思うと胸が引き締められる。


 ノブレス・オブリージュ―――いついかなる時も貴族としての責務を全うし、民を第一に考え、領主たる者領民のために奉仕すべし。権力と力に溺れるべからず。


 高揚する気分を戒めるように鎮めるや、俺はふと思った。


 ―――そういや、先代の領主はどこへ?


 きょろきょろと周囲を見渡してみるが、執務室の中にいるのは血盟旅団の仲間たちに加え、キリフチェンコ中佐とその副官、それから彼の部下が数名ほど。先代当主らしき人影はどこにも見当たらず、何か先代当主からこういう時引き継ぎとかあるんじゃないかなぁ……と違和感を覚える。


「ところでキリフチェンコ中佐」


「はい、ミカエル様」


「先代の領主様はどちらへ?」


 お出かけですか、と続けると、キリフチェンコ中佐は副官に目配せした。その際、副官が一瞬だけ気まずそうな顔をしたものだから、ああ何か悪い知らせがあるんだな、とその時点で察してしまう。


「ミカエル様、自己紹介が遅れてしまい大変申し訳ありません。中佐の副官の”カラヴネンコ”少佐です」


「よろしく少佐。ところでその……」


「ええ……先代領主は、その……アナスタシア様の手により粛清されました」


「―――え」


 粛清? 姉上の手で?


 裏切ったか。ノヴォシアに独立に関する情報でも売り渡したのだろうか。粛清の理由はいくらでも察しが付く。特にリュハンシクはノヴォシアと国境を面する最前線の街、向こうの工作員も出入りはしているだろうし、賄賂や何かしらの利権などの見返りをちらつかせてイライナ独立派の切り崩しを図ってくるであろう事は容易に想像がつく。


 祖国の未来よりも目先の利益に目が眩んだか―――俺の目が薄汚い裏切り者を見るような目に変わったのを悟り、カラヴネンコ少佐は慌てて首を横に振った。


 まるで先代領主の名誉を守ろうとするかのように。


「ああその、ミカエル様。先代領主の”トカレフ公爵”は裏切りで粛清されたのではございません」


「ではなぜ?」


「―――例の機械人間にすり替えられたのでございます」


 そっちだったか、と息を吐く。


「そう……でしたか」


「アナスタシア様のご配慮により死因は事故死という事となり、ミカエル様がこの地へやって来るまでの間、アナスタシア様がリュハンシク州の領主を兼任しておりました」


「……なんて?」


 なんか今、とんでもない事を聞かされたような気がする。


 姉上が領主を兼任? キリウ議会を牛耳っておきながら、最東端の領主を兼任?


 いやあの……確かにあり得る話ではある。姉上はとにかく有能な女傑で、軍人としても政治家としても切れ味の鋭い存在として認知されている。仕事はとにかく早く、いかなる圧力を受けても決して膝を折るような事もなく、戦では前線で兵士たちを鼓舞し士気を押し上げる猛将を絵に描いたような人だ。


 そんな彼女についていく兵士たちも地獄のような猛訓練と実戦、そして鬼のような仕事量をこなす彼女を支えなければならない。


 『アナスタシア様のところでは1日が72時間ある』という話は、遠く離れたノヴォシアの地まで聞こえてくるのだから驚きだ。祖国を離れてやっと実家の兄姉たちのチート具合を実感できたような気がする。


「詳細な引き継ぎに関しましては隣の書斎に書類がまとめてあります。後ほど目を通していただければと」


「ああ、分かりました」


 姉上の仕事の早さに驚きつつ、故人となった先代領主トカレフ公爵の犠牲を無駄にはするまい、と固く誓う。


 後でトカレフ公爵のお墓にお参りにでも行こう―――そう思いながら、椅子に深く背中を預けた。


















「リュハンシクの領民の皆さん、こんにちは。私はミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。我がリガロフ家の当主、長女アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァとイライナ最高議会の信任を受け、本日よりここリュハンシク州の領主として統治を行う事となりました。この母なるイライナの栄達は、ひとえに農民の皆さん、そして労働者の皆さんと共にあったと言っても過言ではありません。日夜休まずに働く勤勉な領民の皆さん、その献身あってこその繁栄です。私はそれを決して忘れず、権力に溺れる事なく、常に領民の事を考えた統治を行う事を、今日この場を借りて皆さんに誓うものであります」


 親の顔より見た原稿……とまではいかないが(レギーナマッマごめん)、しかしこうも繰り返し練習すると慣れてくるものだ。以前までは原稿を身ながらでなければあまり読めなかったが、今は違う。度重なる反復練習の成果もあってか、殆ど原稿を見ずに暗記できるほどにまで成長したのだから驚きだ。


 執務室の中、来客用のソファに腰かけたイルゼ、モニカ、リーファ、範三、それからパヴェルとカーチャを聴衆に見立て、演説アドバイス担当のシェリルとクラリス監修の下、就任演説のリハーサルを行っている。


「また私は、皆さんもご存じの通りかのズメイ(ズミー)の残滓、ゾンビズメイの討伐を成し遂げました。我が祖先、イライナ救国の大英雄イリヤーのような偉業を成し遂げる事が出来たのは、無論私1人によるものではありません。共に戦い、共に傷つき、共に笑い苦楽を共にしたかけがえのない仲間、そして皆さんのお力添えがあったからこそです。私は今こそ、領主という立場を得た今だからこそ、この途方もない恩を祖国イライナに、そして皆さんにお返ししたい!」


 声に強弱をつけ、視線は聴衆を見渡すように。そして時折拳を握り締め、振り上げて、声だけでなく全身を駆使して自分の内に滾る熱を聴衆へと伝播させていく。


 演説も佳境に入ったところで、パヴェルの視線が興味深いものを見るような目に変わった。


 やがて演説が終わり、ガチガチと義手を鳴らして拍手するパヴェル。それにイルゼやモニカ、リーファとカーチャの拍手も遅れて続いた。


「……すっご」


「ミカエルさん、演説の才能があったんですね」


「才能ではありませんよ」


 相変わらずの淡々とした口調で、しかし口元には「私が育てました」的な誇らしさを滲ませながらシェリルが言う。


「反復練習の成果です。彼女の努力が実を結んだのですよ」


「……えへへ」


 恥ずかしくなってつい頭の後ろを掻いてしまうミカエル君。ブバッ、と近くで血飛沫が舞ったが見ない事にしよう。どうせクラリスが鼻血ブーしたんだろうから。


「一応、本番で割り当てられた演説の時間には少し余裕がありますのでいくらかアドリブを挟んでもいいかもしれませんね」


「アドリブかぁ……苦手なのよねアドリブ」


 臨機応変に、って言葉が結構嫌いなのだ。アドリブか……テンパって変な事を言わなければいいが。


 調子に乗って失言かまして就任初日に支持率が低下しました、なんて事にならないように気を付けよう。言葉はしっかり選ばないと。


 視線をカレンダーへと向けた。


 今日は10月28日―――キリウからリュハンシクへ送っていた荷物も城に運び入れ、少しずつ仲間たちの私物が増え始めた城内。列車の寝室に慣れてしまった俺としては自室の広さが逆に不安になってくるのだが、それはさておき。


 領主就任式の日程は11月1日の予定だ。つまりあと4日―――意外と演説の練習をする猶予は少なかったりする。


「ダンチョさん、この演説ならいけるヨ!」


「そうかなぁ……?」


「本当ネ! 中華ジョンファだったらみんなついてくるヨ!」


 間違いないネ、と鼻息を荒くしながら迫ってくるリーファ。前々から思ってるんだけどこの人異性と接する時の距離感バグってn……え、そもそも俺を異性と認識してない? ああそうですか。


「自信もちなさいミカ。あなた実績と知名度も十分あるし、人柄でのウケも良いんだから。それでこんな演説されたら領民みんなついてくるわよ」


 私物のマグカップでブラックコーヒーを飲みながら言うカーチャ。素っ気ない態度のように思えるが、しかし不安を蹴飛ばすような言葉がこういう時は効果があるのかもしれない。胸の奥に停滞してもやもやしていた不安が少しだけ晴れたような、そんな気がした。


「ありがとう」


「さて、根を詰め過ぎては身体に障ります。少し休憩にしましょうかご主人様」


「あ、じゃあ俺城の中を見て回りたい」


「かしこまりました、ご一緒致します。さあシェリル」


「任務了解」


 メイド服のロングスカートの裾をつまみ上げてお辞儀するクラリス。そんな彼女に促され、黒いテンプル騎士団の制服だったものに赤いベレー帽を身に着けたシェリルが後に続く。


 迷子になるなよ、というパヴェルの声を背に、手をひらひらと振ってから部屋を後にした。


 休憩も良いけど、これからここが俺たちの住む場所になるので慣れておいて損は無いだろう。自分の城で迷子になりました、なんて事になったら笑えない。


 歴史ある城だけあって、建築された当時から改築や増築を繰り返しているからなのだろう。中身は迷路というほどでもないが十分複雑で、一見すると隣接しているように見える区画も実はすっげえ回り道しなきゃ行けないというのも珍しくない。


 ちょっとしんどくなるが、でもやっぱり心は男の娘(※誤字にあらず)。こういう入り組んだ場所を探検するというのは少年の頃と変わらぬワクワク感がある。


 扉を何気なく開けてみるとそこには旧い砲弾の山があった。球体状の古めかしい砲弾で、火薬で鋼鉄の球体を飛ばすだけの質量兵器。これが戦場の主役だった時代から、あるいはそれよりも昔からこの城はここにあったんだな、とイライナの歴史に想いを馳せつつそのまま地下の区画へ。


 プゥーン、と羽虫のような音。何事かな、と思いながら視線を巡らせるとそこには真っ黒なドローンが赤い光を漏らしながら飛んでおり、俺たちの姿を認めるや蛍みたいに光を曳きながら地下区画に設けられた部屋の中へと入っていった。


 嫌な予感を抱きながらドローンに続いて部屋の中に入った俺は、やっぱりというかなんというか、想像の120%くらいアカン光景が広がっていた事に卒倒しそうになった。


 元々そこは宝物庫か何かだったのだろう。3mはあろうかというやたらと分厚いコンクリートの壁に覆われた部屋の中には所狭しと戦闘人形オートマタの製造装置が並び、主人がインプットしたプログラムに基づいて機械が機械の歩兵を増産している。


 無数のアームを内包したアーチ状の装置、そこに設けられたベルトコンベアから流れてくる機械の兵士。彼らはベルトコンベアの終端で大型のアームに拘束されるやそのままシリコン製の人工皮膚を髑髏みたいなフレームの上にかぶせられ、人間そっくりの姿へと生まれ変わっていく。


 その隣では似たような装置がパヴェルお手製のドローンを改良したものと思われる新型ドローンの量産を行っており、凄まじい勢いで戦闘人形オートマタとドローンがその数を増やしている。


 そして部屋の反対側に軒を連ねるのは強化ガラスの容器に詰まった魔物の標本だ。ゴブリンの胎児から何かの魔物の臓器、ミイラ化した魔物の標本まで幅広く揃っている。


 マッドサイエンティストの部屋と言っても過言でもないこの空間は、他でもないシャーロットの研究室だ。


 リュハンシク城には全員分の個室以外にも空き部屋や空いた空間があるので好きに使っていい、という姉上からの話を仲間たちに伝えた結果、いの一番に「自分専用の研究室が欲しい」と言ったのがシャーロットだった。


 テンプル騎士団を抜けても根は科学者、やはり機械弄りをしていないと気が済まない根っからの職人気質なのだろう。


 いやしかしこれは……ええと、なにこれ。


「やあやあミカエル君じゃあないか!」


 今ではすっかり歩くのもめんどくさくなったのだろう。自作の新型ドローンのアームに吊るされ、空を飛びながら登場したシャーロットに俺は「えぇ……?」と困惑するような視線を向ける。


 お前さ、俺たちの仲間になってから頭のネジさらに外れたんじゃない? 大丈夫?


「見たまえ、どうだいこの心躍る空間は!」


「……なんか悪の天才科学者が居そうな部屋だなコレ」


「クックックックッ、誉め言葉として受け取っておこうか」


 まあ、この調子だと戦闘人形オートマタの数は想定の30倍くらいの速度で揃いそうだ。戦力化の速度が想定以上に早いのは良い事なのだが……。


 いやまさか戦闘人形オートマタを製造するどころか大量生産できる生産ラインまで整えてるなんて思わないじゃんフツー。何なんだコイツ。




 




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― 新着の感想 ―
ぶっつけ本番の高圧電流接続でオホ声でしたものね、ミカエル君。何故それをシェリルが知っているのかは…パヴェルが吹き込んだか、ミカエル君方位女子網で知ったのか() 先代領主がよりによってシンスに入れ替え…
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