短い旅の果て
怨念ミカエル君「 お ん ? 」
幼獣ミカエル君「ぴえ」
帯電ミカエル君「バチバチ」
突撃ミカエル君「Рухайся вперед! Заряджай!」
快眠ミカエル君「Zzz……」
抹茶ミカエル君「甘くない」
クラリス「↑なんかバリエーション増えましたわね」
モニカ「この調子でどんどん増やしましょう」
ミカエル「待って俺の知らない俺がたくさん」
「線路!!! 見えねえ!!!!!!」
機関車の側面、警戒車へと移動したりメンテナンスの際に使用するキャットウォークに出るなり口から出た第一声がそれだった。
列車は既にボリストポリを通過、ザリンツィクをついさっき通過して、積雪の比較的マシなマリコフ方面へと進路をとっている。
気象庁と鉄道管理局からの情報では『26日まではギリギリ列車の運行が出来なくもないレベル』との事で、それまでであれば冬季封鎖中でも列車での移動が可能と踏んでの出発と相成ったわけだが……。
な に よ こ れ 。
機関車の運転室から一歩出るなり、外は一面真っ白だ。雪で覆われた大地に、同じく純白に染まった雪雲の空。どこまでが大地でどこから空なのか、その境界線すら曖昧になっていて、まるで作画担当のスタッフが手抜きしたかの如く真っ白な世界の中を列車が進んでいるような、そのレベルの驚きの白さである。
けれどもしっかり雪が降り積もっているのは確かなようだ。列車の進行方向へ目を向けると、貨物車両を改造して製造された警戒車の先頭に装着された特注の大型スノープラウが、まるで海原を征く船の舳先の如く真っ白な大地をカチ割り、雪で覆われた世界に波紋を刻む。
列車の速度は現在60㎞/h。さすがにこんな積雪量で130㎞/hも出したら死ぬ……と言いたいところだが、さっきまで130㎞/h出していたのでその……。
ネックウォーマーを上げ、ウシャンカが風で飛ばないよう片手で押さえながら、自衛用に持ってきたPPK-20を背負いキャットウォークを進んだ。連結部を飛び越えて第二警戒車のヤタハーン砲塔の上に飛び乗り、足を滑らせないよう気を付けながら先頭の警戒車へ飛び移る。
「落ちるなよモニカ!」
「ひぃぃぃぃぃ」
嫌だよ俺、こんな真っ白な雪の一角に紅い華を咲かせるなんて。しかも衣服の切れ端とピンクの花弁付き、なんとも豪華だが御免被りたい。
第一警戒車に飛び移るや、砲塔のハッチから身を乗り出して前方を警戒していたイルゼの肩を軽く叩いた。さすがにいつもの修道服ではなく厚着姿の彼女は、俺の姿を見るなり安堵したような表情を浮かべる。
いくら教会の元エクソシストでも、この気温はさすがに堪えるのだろう。
現在の気温は-13℃。信じられるだろうか、まだ10月下旬である。日本だったら今ごろは食欲の秋だの何だのと謳い文句が並び、旬のサンマを始めとしたグルメがテレビやらSNSやらで公表されてみんなでワイワイしている時期だろうと思うが、イライナではそうなる事は無い。痩せ細った春、夏、秋、そして異様にガタイの良い冬。この図式が変わる事はきっと未来永劫ないと思われる。
「時間だよ、お疲れ様」
「良かった、凍え死ぬかと思いました」
よいしょ、と警戒車の砲塔のハッチから身を乗り出すイルゼ。操縦手のハッチから顔を出し、進行方向へと時折火炎放射をしていたリーファにもモニカが駆け寄って、交代時間が訪れた事を告げた。
「ふー、やっと戻れるヨー」
そう言いながらハッチから出てきたリーファは窮屈そうにガスマスクを外すや、白い息を吐きながら無邪気な笑みを浮かべた。
寒そうにしているイルゼとは対照的に、リーファは汗でびっしょりだ。それもそのはず、警戒車の操縦手のハッチにポン付けしたソ連製火炎放射器『LPO-50』を断続的に放射したりして前方の積雪を排除、スノープラウへの負荷を極力軽減しつつ進路を確保するという大役を担っていたのである。
ガスマスクは燃料が燃焼する際の有害物質から呼吸器系を防護する目的で、健康上の理由でパヴェルが着用を義務化したものだ。
とはいえ汗がこの気温ですぐに冷えたのだろう、リーファはすぐに歯をガチガチ鳴らしながら「それじゃ、後はお願いねダンチョさん」と言いながら軽やかに警戒車の上を飛び跳ねて、機関車の方へと戻っていった。
待ってくださいよー、と震えながら後を追うイルゼの背中が機関車の中へと消えたのを確認しつつ、警戒車のヤタハーン砲塔のハッチを開けて中へと潜り込む。
あまり可能性は高くないとは思うが、テンプル騎士団の残党が襲ってくる可能性も否定できないし、そうでなくとも魔物が襲い掛かってくる可能性がある。全ての魔物が冬眠に成功するわけではなく、中には冬眠に必要な食料や巣穴を確保できず、少ない餌を求めて雪原をうろつく魔物も少なくない。
そしてそういう冬眠に失敗した個体が人里に降りてきて、時折甚大な被害を出すのだ。まあ簡単に言えば北海道のヒグマのようなものである。危険度は北海道のヒグマの3倍くらいと見積もっておくと吉。イライナに旅行予定のある人はぜひ参考にしてください。護身用の散弾銃は欲しいかも?
などとPCやスマホの画面越しに見ているであろう諸君らに意味の分からない警告を発しつつ、コンソールを弾いて砲塔のステータスを確認。既に砲身には多目的対戦車榴弾が装填されている。軽装甲車両から対人まで幅広く相手できる砲弾で、”困ったらこれ”というイメージすらある砲弾。たださすがに最新の主力戦車相手には火力不足と言わざるを得ない。
だがこっちの世界の魔物には効果絶大だ。さすがにガノンバルドやゾンビズメイ級になると心許ないどころか豆鉄砲でしかないが。
120mmが豆鉄砲ってヤバいよな。さすがファンタジー世界、んなバケモン当たり前のように生み出さんでもろて。
億劫だがハッチを開けて身を外へと乗り出した。途端に吹き付けてくる猛吹雪が、瞬く間に体温を奪っていく。
たまらず首に下げていた眼球保護用のゴーグルを装着した。ゴーグルなしじゃあ目も開けられない。それに加え列車が加速したようで、向かい風が一段と強くなった。
こんな劣悪な視界で周辺警戒なんてできるか、と思いつつぐるりと周囲を見渡す。できないと嘆いている暇はない、今できる手段で今できる事をしなければならないのだ。それが出来ない奴から死んでいく―――残酷なようだが、これが冒険者にとっての日常だ。
そしてきっと、軍人にとっての日常でもあるのだろう。
猛吹雪の中、進行方向でゆらりと揺れる巨大な影。何かの魔物か、と思った頃には無線機を掴み、風に負けじと声を張り上げていた。
「進行方向、何かいる!」
《サイズは?》
「3m! オークと推定!」
無線の基本は必要な情報を簡潔に。言葉足らずにならないよう、それでいて相手が欲している情報を簡潔に伝える事を心がける。
前方に見えた巨大な影はおそらくオークか何かだろう(ワンチャン熊という可能性も捨てきれないのが憎い)。
《OK、進路このまま。各員衝撃に備え!》
「……Huh?」
パヴェルの判断が理解できず……というか、何を考えているのか分かっているのだが理解したくない、受け入れがたい結果が待っているように思え、思わず気の抜けた声で応じた次の瞬間だった。
なんかヤバい、と思い反射的に頭を砲塔内に引っ込めた直後、ヂュンッ、と何か、暴力的な運動エネルギーで肉の塊を無理矢理引き裂いたような音と共に、無数の紅い飛沫やピンクの破片が周囲に飛び散って、一瞬だけ立ち込めた血生臭い空気を吹雪が瞬く間に連れ去っていった。
砲塔から顔を出すや、いつの間にか冬季迷彩が施された砲塔には素敵な紅い斑模様が加わっていた。迷彩模様というよりは塗料をぶっかけたような有様で、やたらと血生臭い塗料と一緒にグミや粘土を思わせるぐにゃりとした柔らかい破片が装甲表面に張り付いてはそのまま凍てつき、冷凍肉と化していく。
あーあ、これ到着後に掃除するようじゃんどうしてくれんのさ……リュハンシク到着後の苦労を想うと、溜息が零れ出てしまうのも仕方ないというものだ。
勝手知ったる列車の中にいるというのに、何故か景色が違って見えてしまうのはなぜだろうか。
警戒車での周辺警戒任務を終え、さあ夕飯の時間だと装備品を返却してから食堂車にやってきた俺は、ふとそんな事を考えてしまう。きっとノンナとルカの姿が無いからなのだろう。
パヴェルは機関車で対消滅エンジンの面倒を見ながら運転中。アレ対消滅エネルギーの加減をミスると周囲一帯の物質が性質関係なしに一瞬で消滅するというとんでもねえリスクを持っているので、扱った事のない人は絶対に触っちゃダメと厳命されている。
そういうわけで、現時点で対消滅エンジンの操作や調整ができるのはパヴェルだけという事もあって、彼は機関車にずっと詰めている。食事の仕込みを出発前にあらかじめ済ませておき、自分は機関車に持ち込んだ水とレーションでなんとかやっているという状態だ。
以前までであればノンナとルカが居たので交代制で運転と調理担当のローテーションが組めたのだが……パヴェル大丈夫だろうか。
さて、では食堂のカウンターの向こうには誰がいるのかというと。
《ナニニシマスカ?》
「……」
やけに機械的な声で話かけてくる白騎士―――戦闘人形が1機、のっぺりとした白い顔をこっちに向けて問いかけてくる。
「……何を言ってるんだ?」
《ナニニシマスカ?》
「ジョークを聞きたい」
《ナニニシマスカ?》
ちょっとシャーロットさん? 会話用のAI壊れてるんじゃない?
などと開発者に文句の一つでも言ってやろうと思ったのだが……。
「あーん」
「あーん♪」
「美味しいですかシャーロット」
「うまうま」
シェリルに餌付けされるシャーロット。なんだあれは。
開発者があの調子じゃあな、と溜息をつきながらとりあえず「チキンカレーとサラダのセットを1つ、甘口で。ドリンクはラッシー」とオーダーすると、『Порушення наказів карається розстрілом♪(命令違反は銃殺刑♪)』などと物騒な文言が記載されたエプロン姿の白騎士が厨房の奥の鍋におたまを突っ込んで、俺の分のカレーを用意してくれる。
《どうぞ。熱いのでお気をつけて》
「いや喋れるんかい!!」
あぶねえ、ラッシーこぼすところだった。
あの……そんな思わずツッコまずにはいられない振る舞いをするところまで開発者に似なくていいから……。
おっとっと、とバランスを取りながらイルゼの隣の席に着くと、隣にクラリスが座ってきて逃げ道を塞がれた。ひえ。
窓側にはIカップの大きな金髪キツネ耳シスターなお姉さん、そして通路側にはGカップの蒼髪竜人メガネメイドなお姉さん。そしてここぞとばかりに向かいの席に窓側から順番にカーチャ、モニカ、リーファが腰を下ろしてきてオイちょっと待てやってなる。
あれ、囲まれてる?
周りをお姉さんに囲まれてませんかコレ?
「いやぁ大変だねェ」
クックック、という笑い声と共に頭上から聞こえてくるシャーロットの声。見上げてみるとそこにはドローンで襟を吊るされたシャーロットが飛んでいて、俺の座っている位置からだと黒ストッキング越しのパンツが良く見えた。
縞パン穿いてるわコイツ。
「リガロフ君、キミは良い友人だったが、キミの父上がいけないのだよ。アッハッハッハッハ!」
「シャーロット! 謀ったな、シャァァァァァァァロット!!」
お前これやりたかっただけだろというのが4割、別にクソ親父関係なくないかというのが今の心境の5割を占める。
「ではいただきましょうかご主人様」
「うん……あれ、範三は?」
「警戒車で任務中ですわ」
「1人で!?」
「シャーロットさんの造った戦闘人形も一緒ですわ」
アイツだけ無人機と組まされてるのか……仲間外れにしないであげて。
「はい、あーん」
「あーん」
範三の事を考えていると口の中にカレーを捻じ込まれた。甘口でスパイスの香りとフルーティな味わいのチキンカレー。一緒に入っているチキンはよく煮込まれているようで、噛まなくても口の中でとろけていくような柔らかさだ。
しかもライスもただのライスではないらしい。うっすらとではあるが、スパイスの香りがする。何か一緒に炊き込んだんだな、と思っていると、今度は右隣のイルゼが恥ずかしがりながらもスプーンを差し出してきた。
「ミカエルさん、あ……あーん」
「ふぇ? あ、あーん?」
ぱくっ、とイルゼから貰ったカレーを一口。
中辛なのだろうか、少しスパイシーな感じがしてくる。
「あっ……食べてくれた……!」
俺は動物か何か?
まるで道端に捨てられていた子猫に餌をあげる乙女のような顔で目を輝かせるイルゼ。
両脇のお姉さんがそんな事を始めたのだから、向かいの席にいるモニカとリーファが黙っている筈もなく……。
「ミカ、次あたしの食べて! あーん!」
「ずるいネ! ダンチョさん、あーん!」
「待って俺自分の分あr―――もごー!?」
2人分のスプーンを口の中に捻じ込まれるミカエル君。熱さと辛さ(リーファのやつだろコレ)に目をぐるぐる回しながらばたついている俺たちのやり取りを、窓際の席に座っているカーチャがどこか羨ましそうに見つめていた。
《間もなく、終点リュハンシクです。冬季封鎖のため、列車は全線運転を見合わせております》
変に気合の入ったパヴェルのアナウンスを聞きながら、客車のハッチを開けて向こうを見渡した。
ミルクのように白い大地の向こう、うっすらと見えるのは人の営みを意味する光。雪に埋もれかけの工場に、吹雪の中に屹立する尖塔。それは紛れもなくリュハンシクの風景で、短い旅も存外呆気なく終わりを迎えた。
あそこがリュハンシク。
姉上から与えられた、俺たちの領地。
そして戦争勃発の暁には最前線となる場所だった。




