そして弟妹は旅立つ
モニカ「知ってるかしら。ミカはHPのバーが二段あって、一段目を削り切って尊厳破壊すると第二形態の”怨念ミカエル君”になるのよ」
イルゼ「そうなんですかミカエルさん?」
怨念ミカエル君「 は ? 」
「では、以上で冒険者登録は完了です。こちらがシェリルさんとシャーロットさんのバッジになります。身分証になりますので紛失にはくれぐれもご注意を」
交付された銀のバッジを受け取るや、物珍しそうにまじまじと眺めるシェリルとシャーロット。シェリルはともかくシャーロットは何で手続き中もずっとドローンに吊るされてるのだろうか。お前気に入ったのかソレ。
「ぶーん」
「ぶーんじゃねえよ」
見ろよお前受付のお姉さんめっちゃそっち見てるじゃん。シェリルが眼中にないというかドローンに吊るされてるシャーロットが印象に残り過ぎて視線をそっちに吸われてるよコレ。
吊るされながらバッジを受け取り手数料を支払うシャーロット。晴れて正式に冒険者になれたのが嬉しいのか、吊るされたまま萌え袖をぱたぱたさせる姿は実に愛らしい……ドローンに吊るされてなければ。
「で、では、今後の活躍をお祈りしています」
貰ったバッジを上着の襟に着ける2人。まだ登録したてなのでEランクからのスタートだが、2人の実力であればSランクまで上り詰めるのもすぐだろう。テンプル騎士団の誇るホムンクルス兵、そして2人の単純な実力も考慮すれば難しい事ではない。
早速仕事……と行きたいがそうもいかない。今日中にはリュハンシクへ出発しなければ、悪化する積雪で文字通り身動きが取れなくなってしまう。既に冬季封鎖は始まっており本来であれば列車での往来は今椀を極める(というか不可能)が、鉄道管理局からの観測結果や気象庁から提供された情報を総合的に判断した結果、今月の26日までにリュハンシクに到着するのであれば辛うじて列車の運行は可能、と判断されている。
まあ、運行が可能と言っても超大型スノープラウに加えて進路確保用の火炎放射器をガン積みしてやっと、というレベルだ。出発は1分1秒でも早い方が良いに越した事はなく、冒険者登録だってリュハンシクに到着してからでも良かったのだが……。
この点は個人的なワガママだ。
このキリウにある冒険者管理局に、挨拶したい恩人がいる。
「すみません」
「はい」
カウンターからひょっこり顔を出しながら受付嬢を呼ぶと、書類を整理していたシマリスの獣人の受付嬢が対応してくれた。
「クラーラさんいます? ミカエルっていえば分かると思うんですが」
「クラーラさんですね、少々お待ちください」
丁寧に言うなり、受付嬢は傍らにあった”02”と白く書かれた伝声管(昔の戦艦とかに用意されていたラッパみたいなアレだ)の蓋を開けた。
「クラーラさん、受付2番まで至急お願いします」
業務連絡をするや、シマリスの受付嬢は「少々お待ちください」と言ってからその場を去った。書類仕事で忙しい中でも丁寧に対応してくれた彼女に感謝を述べ、クラリスが持ってきてくれた踏み台に乗ってしばらく待つ。
冒険者になったあの日―――2年前と比較すると、キリウの冒険者管理局も様変わりしている。利用者が増えたからなのか、施設内は拡張されて掲示板も大きくなっており、施設内は少し大きな街にあるショッピングモールのような喧騒だ(喧騒の出どころは併設されている酒場のせいなのだが)。
面積が広くなり声だけで業務連絡を出すのが難しくなったからなのだろう。伝声管の導入の理由に納得していると、ぱたぱたと駆け足で見覚えのある受付嬢がやってきた。
彼女は俺の顔を見るなり、やっぱり、と言わんばかりに目を丸くしてから口元に笑みを浮かべた。
「お久しぶりですクラーラさん。俺の事、覚えてます?」
「ミカエルさん……やっぱりそう、あの時の!」
クラーラ、という受付嬢には冒険者になる際に世話になった。
当時、クソ親父が俺の冒険者登録をあの手この手で妨害しており、管理局にも実家の権力をちらつかせて圧力をかけていたというのである。それをこっそりと教えてくれた上に、隣町であるボリストポリで同じく管理局の受付嬢をしている妹に根回ししてくれたおかげで俺はボリストポリにて冒険者登録に成功、自由を得るための第一歩を晴れて踏み出す事が出来たのである。
そのきっかけを作ってくれたのが、このクラーラという受付嬢だった。
「活躍は聞いてましたよ、アルミヤを解放してガノンバルドを、そしてついにはゾンビズメイまで……!」
「あなたと妹さんのおかげです。お2人のお力添えがなかったら、今の自分はありません」
本当にありがとうございます、と深々と頭を下げた。
彼女たちが居なければ、俺は最初の一歩すら踏み出せなかったのだ。
人間は1人では決して生きられない―――こうして他の人に支えられて今の自分があるのだ。だからいつ何時も、支えてくれている人への感謝を忘れてはならない。
「本当、今でも信じられませんよ。あんなに幸薄かった子が……今ではイライナを代表する冒険者になるなんて」
ぽん、と頭にそっと手を置くや、クラーラは「これからも身体に気を付けて頑張ってくださいね」と応援してくれた。
もう一度、ありがとう、と礼を述べてから彼女と握手を交わし、踵を返した。本当はもう少し話したい事もあったし名残惜しいけれど、出発時刻が迫っている。ギルドの団長が列車に乗り遅れたなんて事になったら笑い話にすらなりはしない。
手を振って見送ってくれるクラーラに笑みで応え、管理局を後にした。
またここに戻ってくる時、次はどういう形での再会になるのだろうか。
キリウ駅のシンボルでもあるグラスドームの上には、豆粒のような大きさの作業員たちの姿がある。
補強用のフレームが入っているとはいえ、さすがに積雪を放置していたらやがては重みで崩落してしまう。だからそれを防ぐためにあのように作業員が高さ50mのグラスドームの上に命綱付きで登り、命懸けの除雪作業をするのだ。
冬季封鎖中につき、閑散としている筈のキリウ駅2階、在来線用の3番線。例年通りであれば入線してくる列車もなく、駅員たちが厚着をしてホームに入り込んだ雪を掃除したり、休憩室で安いコーヒーを飲みながら暖を取っていたりする姿が目に付くのだが、今日に限ってはいつも通りの喧騒がそこにはある。
やってくる列車もない筈なのにホームに集まる野次馬たち。どうやらこれから各地へ旅立つリガロフ家の弟妹達の姿を一目見ようと集まったキリウ市民のようで、憲兵隊が規制線を張って対応してくれている。
そこかしこから『マカール様ー!』とか『ミカエルきゅーん!』『こっち向いてー!』『視線くださーい!』なんて声が聴こえてくるものだから、ついそっちの方を振り向いてウインクしてやったら何人か鼻血吹き出してぶっ倒れた。ファンサやり過ぎたかもしれない。
しばらくホームで荷物を手に待っていると、随分と爽やかで氷のような透明感を感じさせる接近メロディーがホームに響いた。
イライナやノヴォシアの鉄道では一般的となった接近メロディーに発車メロディー。こりゃあ鉄道管理局に鉄オタの転生者でもいるんだろうなぁ、と思ってしまう。
《Ми зв'яжемося з усіма пасажирами. Незабаром на платформу 2 прибуде спецпотяг до Ронеска, який відправлятиметься о 12:22. Цей потяг є приватним, тому пасажирам загального користування не дозволено їздити ним. зверніть увагу(乗客の皆様へご連絡いたします。間もなく2番線に12時22分発、ロネスク行きの臨時列車が参ります。こちらの列車には専用列車となっているため、一般の乗客の方はご乗車できません。ご注意ください)》
「お、こっちが先に来たか」
そう言いながら黄色い線まで下がるマカールおにーたま。車両基地がある方向を見てみると、これ見よがしにライトを点灯させながら、大型のスノープラウと火炎放射器を搭載したターレットが乗った警戒車を連結させた機関車が、警笛の音を高らかに2番線へと滑り込んできたところだった。
マカールおにーたまたちが乗る列車だ。
万一ノヴォシアからの侵略があった場合、リュハンシクに続いて戦場になるとされているロネスク州へ向かう臨時列車である。運行スタッフはリガロフ家専属の機関士たちのようで、機関車や炭水車の側面にはこれ見よがしにリガロフ家の家紋が描かれていた。
《Ми зв'яжемося з усіма пасажирами. Незабаром на платформу 3 прибуде спецпоїзд, який відправлятиметься о 12:24 до Луханська. Цей поїзд є приватним, і на нього не можуть сісти люди. зверніть увагу(乗客の皆様へご連絡いたします。間もなく3番線に12時24分出発、リュハンシク行きの臨時列車が参ります。こちらの列車には専用列車となっているため、一般の乗客の方はご乗車できません。ご注意ください)》
ホームにマカールおにーたまの列車が入線しようとしているタイミングで、その遥か後方に別のライトの灯りが見えた。
機関車2両の重連運転、その前方には戦車砲と火炎放射器を搭載した警戒車が2両、しかも戦闘の警戒車には超大型のスノープラウが装着されており、冒険者の列車というよりはもはや軍用の装甲列車だ。明らかに民間のギルドが保有して良い火力ではないと思われる。
機関車からヒグマみたいな運転手がひょっこりと顔を出すや、入線誘導する駅員にハンドサインを返すのが見えた。そのまま3番線へ見慣れた重装備の列車が入選、ブレーキをかけるや滑らかに停車する。
ぷしゅー、と空気の抜けるような音。客車のドアが開くや、中からシャーロットが設計した戦闘人形たち―――”白騎士”と呼ばれているそれらが顔を出し、俺たちを出迎えてくれた。
先に列車に乗り込むシェリルとシャーロット。客車へと向かうよりも先に後ろを振り向き、マカール兄貴と視線を交わす。
ジノヴィ兄貴とエカテリーナ姉さんの出発は明日だ。2人とも荷造りと公務で忙しく見送りに来れなかった事を悔しがっていたが……なあに、いずれ会えるさ。
「兄上、お元気で」
「ああ、お前こそ」
ぐっ、とお互いに小さな拳を突き合わせた。
「たまには手紙とかくれよ?」
「ええ、言われなくとも定期的に出しますよ」
今度は以前のように旅をして回るわけではない。住所も固定だから、手紙のやり取りはやりやすくなるだろう。少なくとも今までのような一方的に手紙を送りつけるような事にはならない筈だ。
スモールサイズの兄貴とミニマムサイズの男の娘同士、抱擁を交わしてから踵を返した。
あまり考えたくないが―――下手をすれば、これが後生の別れになるかもしれない。
だから悔いが残る事のないよう、今この瞬間を全力で。
それはお互いに理解していた事だ。だから踵を返した後、お互い振り向く事はしない。必要な事は全て己の言葉で、行動で、そしてその背中で語ったつもりだ。
そのまま列車に乗り込むと、背後でドアの閉まる音が聞こえた。
そこで視線をやっと、兄上の乗り込んだ列車の方へと向けた。時刻は12時22分、2番線からマカール兄様を乗せた列車が一足先に、ロネスク州へと旅立つ時間だ。
客車のドア越しに聴こえてくるのは、キリウ駅の発車メロディーとなった日本の民謡『ふるさと』。鉄道管理局側へと個人的に依頼し採用してもらった経緯がある。
異世界の駅で流れる日本の民謡をアレンジした発車メロディー、なんとも奇妙な組み合わせであるが、しかしいつの日かまたこの故郷へ還って来よう、という気にさせられる。
兄上の乗った列車が走り出した。ぐんぐん加速していき、やがて最後尾に連結された貨物車両すらも窓の左端へと沈んでいった。
《ご乗車ありがとうございます。当列車はキリウ発、リュハンシク行きの臨時列車となります。信号が青になり次第発車します》
パヴェルの放送が聞こえるや、そういやルカたちは居なかったな、と思った。
ルカもノンナも、訓練やダンスの練習が忙しくて見送りどころではないのだろう。ノンナも近い将来正式にキリウ大公『ノンナ一世』となるのだ。そしてルカはその護衛官になるため、血の滲むような訓練に精を出している。
仕方がない、と諦めているうちに、列車がゆっくりと滑り出した。対消滅エンジンのSFチックな甲高い唸り声。蒸気機関車よりも速い加速でホームが左から右へと流れ始めるや、ホームの向こう―――普段であれば冒険者用に開放されているレンタルホームの方に、見慣れた人影が見えた。
ルカとノンナ、それからアナスタシア姉さんの3人だった。目立たないように庶民風の私服姿ではあったが、それでも俺には分かった。
3人とも、こっちに向かって大きく手を振ってくれている。ほんの数秒だけ、それも観衆の喧騒の向こうともなればその声は決して届かないが、それでも顔を真っ赤にしながら何かを叫んで見送ってくれているルカとノンナの姿に、涙腺がじんわりと熱くなるのを感じた。
じゃあな、またいつか―――聞こえる筈のない言葉を刻み、窓から小さく手を振った。
次に会う時は、俺はリュハンシク領主。
ルカはノンナの護衛官。
そしてノンナは、キリウ大公に。
その時はみんなでお祝いしよう。
じゃあな、兄妹たち。




