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積み重ね

ミカエル「学校とかでさ、宿題のプリントの配布とかあるじゃん」

パヴェル「うん」


ミカエル「前から後ろにプリント渡す時に後ろ振り向かず適当に渡す奴の家に隕石落ちればいいのにって常々思ってるんだ俺」


パヴェル「お前学生時代に何があったんだよ」


「はい、余計な力を抜いて。相手の動きに合わせて」


 姉上に言われるがままにぎこちないステップを踏むノンナ。


 今まで全くと言っていいほど無縁だった世界は、彼女にとってどう映っているのか。スラムで今日明日生きていくのに必死だった貧しい少女が足を踏み入れた上流階級の世界。遥か雲の上の新天地に、彼女は適応する事が果たして出来るのか。


 ルカが彼女を想うのも無理はない。幼い頃からずっと隣にいれば猶更だ。


「スロー、スロー、クイッククイックスロー」


 急に隣からパヴェルの声が聴こえてきて、思わずびくりとしてしまった。ケモミミと尻尾をぴーんと伸ばし、目をビー玉みたいに丸くしながら隣を見上げると、やはりそこにはヒグマみたいな体格の同人作家ことパヴェルが居て、ダンスのレッスン中のノンナに声をかけているところだった。


「 素 敵 な ス テ ッ プ で す 、 ご 友 人 ! 」


「 ヤ メ ロ ォ ! ! 」


 久々の日常回なのを良い事にふざけるんじゃあないッ!!


 というか誰だよご友人って。


 まったく、と溜息をついている間に、ノンナのダンスのレッスンも休憩に入ったらしい。ステップを教えていた姉上とレッスンを受けていた姉上がこっちに戻ってくるや、慣れないダンスで疲れているノンナをルカが出迎えた。


「お疲れ様。ステップ上手だったよノンナ」


「ホント? うーん、アナスタシアさんみたいに上手にできないなぁ……」


「はっはっはっはっ。ノンナ様、何事も継続的な練習が大事です。日々の積み重ねが無駄のない動きを生むのですよ」


 だから練習あるのみです、と胸を張りながら言う姉上だが、確かに彼女が言う『努力』という言葉ほど説得力があるものは無いだろう。


 リガロフ家長女、アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァ。光属性と炎属性の稀有な二重属性持ちで剣術や戦術、戦略に政治的手腕にも秀でた彼女であるが、そんな今の彼女を支えているのは生まれ持った才能だけではない。決して現状に満足する事のない向上心を動力源とした、幼少期からの継続的な努力が今の女傑を形作っていると言っても過言ではないだろう。


 というかリガロフ家の兄姉たちは全員努力家だ。貴族だからとか生まれつき持った才能があるから、みたいな感じで胡坐をかくような事は決してしない。生涯常に鍛錬と言わんばかりに努力を続けた結果がこの結果である。


 努力する向上意欲の強い天才とかいう稀有な存在がミカエル君の兄上ズだったり姉上ズだったりするわけだ。


 俺はまだまだ、姉上や兄上の足元にも及ばない……たぶん。


 しかも戦闘関連の訓練ばっかりやってた俺に対し、兄上や姉上達はダンスやらバレエやらピアノにバイオリンといった習い事をしながらの鍛錬である。そりゃあ格の違いを嫌でも意識させられてしまうというものだ。


 そこでちょっと考えた。


 俺もそろそろリュハンシク領主に正式に就任するわけだが、コレ俺もダンスとかちゃんと練習した方が良いんじゃないか、と。


 そりゃあ領主として仕事をしていれば他の貴族との付き合いも増える。それこそパーティーだったり式典だったり、そういう場に出る事も増えてくるだろう。そんな時にダンスが出来ませんでは領主の名に大きな傷がつく。


 後で誰かに教えを請うか……姉上かなぁ、この場合。


 
















 氷の槍が頬を掠める。


 ひんやりとした鋭い痛みに顔をしかめつつ、勇気を出して前へと踏み込んだ。


 勢いを乗せ、両手で持った大型警棒と共に身体を一旦沈み込ませてからの大きなかち上げ。ボウッ、と空気がき、渾身の一撃が相手へと迫る。


 けれども柄を握る手元に返ってきたのは相手を打ち据える感触などという都合のいいものではなく―――文字通り空を切ったかのような軽く、中身のない手応えだった。


 外れた、仕留め損ねた―――期待通りの結果が得られなかったと判断するのは、それだけで事足りた。


 大きな隙を晒してしまった俺の首筋に、鋭く、されども静かに王笏おうしゃくが突きつけられる。もしそれが王笏という儀式に使うものではなく剣や刃物の類であったならば、そうでなくとも鈍器として振るわれていたのであれば、決着はたちまちのうちについていただろう。


 無論、俺の惨敗という結果で。


「……なるほど、ミカの弟子を名乗るだけあって筋は良い」


 感情のこもっていないような冷たい声で、対戦相手―――ジノヴィ様、ミカ姉のお兄さん(あまり似てないように見えるけど目元の雰囲気が似ている。ミカ姉が目を細めた時とかまんまコレだ)がそう評した。


「だがまだまだ粗削りだ」


「は、はあ」


「攻撃する時にこれから攻撃する部位を見る癖があるな。素人相手なら問題ないが、戦い慣れている相手には攻撃を教える事になるから改めろ。それと攻撃が素直過ぎる、フェイントや牽制も上手く取り入れて攻撃にメリハリをつけるんだ。じゃないと攻撃も単調になり、当たる攻撃も当たらなくなる」


「わ、分かりました」


 うぅ、ミカ姉にもこの前言われた事だ……目線とかフェイントとか、分かってるんだけど難しいんだよな。咄嗟に思いつかないというか、特に接近戦でそんな事を考えている余裕がないというか。


 それも練習なんだろうな、と思う。普段から練習してそういった変則的な攻撃をする習慣をつけておかないと、実戦でそれが出てくる事は無い。


 懐中時計を取り出して時間を確認するジノヴィ様。この後予定でもあるのか、ふう、と息を吐いてから王笏をそっと下げた。


「今日はこれまで。また稽古をつけてほしかったら声を掛けてくれ、時間を空けておく」


「ありがとうございます」


 ジノヴィ様、法務官の仕事もしてる人なんだよな……。


 法務官は簡単に言うと『貴族用の警察組織』。貴族(特に公爵家などの大貴族)には特権があって、憲兵隊では捜査権や逮捕権が及ばない。なので憲兵隊の上位組織となる法務省の法務官たちが貴族の汚職などを捜査するのだとか。


 だから法務官には貴族の圧力や権力に屈する事のない強さと公平さが求められる。


 本当はこんなところで俺の修行に付き合う時間なんて無いだろうに、わざわざ時間を空けて付き合ってくれたのだ。本当にありがたい事である。


 こうして話してみるとまるで他人に興味を持たない冷たい人、というイメージがあるけれど、ミカ姉曰く「ものすごく不器用な人」なのだそうだ。


 向こうで待っているエレノアの方へ手を振りながら歩いていく後ろ姿を見ながら、本当にそうなのかなと疑ってしまう。


 まだそんなに話した事がない、というかそもそもの接点があまりなかったから良く分からないけれど、抱いたイメージとしては仕事ができる完璧な人でだいぶクールなカッコいい人、という感じだ。けれどもミカ姉の話では『女性との接し方が分からず距離を置いていたら周囲から冷たい人というイメージを持たれてしまったコミュ障レベル99』との事だけど……え、コミュ障? あのイケメンが? 


 うーん、本当によく分からない。


 持ってきたタオルで汗を拭き、水筒の水を口に含んで休憩する。もう少ししたら素振りとか、それとフェイントの練習でもしてみるかなと思ったところで、小さな人影が近くへとやってきた事に気付いた。


 ミカ姉かな、と思ったけど様子が違う。ミカ姉にサイズ感は近いけど金髪だし、小動物みたいに優しくて大人しいミカ姉と比較すると対照的に活発そうな雰囲気がある。


「よっ」


「あ、どうも……あなたは確か、マカール様?」


「そ、ミカの兄貴。よろしく」


 にっ、と笑みを浮かべながら手を差し出してくるマカール様。握手に応じると、確かにミカ姉のお兄さん(お姉さんの間違いじゃなく?)だという事が分かった。手のひらに感じる肉球の感触がそっくりなのだ。


 よく見ると顔つきもそっくりで、ただマカール様の方が活発そうな雰囲気がある分違いはある。あとなんか兄妹そろってメスガキっぽいのは気のせいだろうか。


「ところでさっきの。見てたよ」


「ああ、それは……えと、お見苦しいところをお見せしました」


「いやいや、兄上相手によくあそこまで食い下がったなぁお前。センスあるよ」


「そう……ですかね?」


「ああ。ミカの弟子のルカって君だろ? 将来化けるよ、間違いないね」


「は、はあ」


 将来化ける、か……ホントだろうか。


「とにかく今が大変な時期だから、腐らず頑張れよ。応援してるからな」


 ぽんぽん、と肩を優しく叩いてから、マカール様もリガロフ家の修練場を後にする。


 暖房の適度に効いた、けれども部屋全体を暖めるには全く足りない熱量に気付いた。模擬戦で動かした身体が冷めているのだ。


 このままじゃ風邪をひいてしまいそうだが、その前にもう少し汗を流してから戻ろう。


 水筒をベンチの上に置き、警棒を握って素振り。ジノヴィ様の言っていたようにフェイントや牽制を意識して、目の前に相手がいると思って訓練を続ける。


 アナスタシア様が言っていた―――近い将来、ノンナがキリウ大公になったら”護衛官”という人員を募集する、と。


 いうなればキリウ大公となる『ノンナ一世』の専属ボディガードで、募集をかければ多くの応募が集まるであろう事が予想される。それこそイライナ中から、腕に覚えのある軍人や冒険者に至るまで、だ。


 ノンナを守ってやるには、俺も護衛官になるしかない。


 約束したんだ。ノンナの騎士になると。


 だからその約束のために―――血の繋がらない、ただ1人の妹のために。


 血反吐だろうと何だろうと、いくらでも吐いてやる。





「ぶえっきし!!!!!」





 ……そろそろ帰ろう、さすがに寒い。


 ジャコウネコ科の獣人はみんな寒さに弱いのだ。


















 ―――世紀末お婆ちゃん。


 冬になれば常軌を逸した降雪量に苛まれるイライナ、ノヴォシア、ベラシア3ヵ国。それこそ毎日に数回の除雪作業が必要になる程で、少しでも怠れば重みで家屋が倒壊してしまう事もある。だからこの国で生きるならば除雪作業も欠かせないのだ。


 そんな苛酷極まりない冬の風物詩が、火炎放射器を装備し顔をガスマスクで覆った世紀末お婆ちゃんである。マスケット銃を改造した火炎放射器と、背中に背負った大きな燃料タンク。腰をやらないか心配になりそうな重装備の老婆たちは今日も働き手に代わり降り積もった雪の山に銃口を向けては、元気に火を吹きかけている。


 火炎放射器というヒャッハーな装備と、燃料が燃焼する際に生じる有害なガスから呼吸器系を防護するためのガスマスク、そして跳ね返ったり飛び散ったりした燃料や炎から身を護るための耐火服を身に着けた世紀末お婆ちゃんたちの前に、かつて大海がモーゼに道を譲ったかの如くあれだけ降り積もった雪が姿を消していく。


 そんなパワフルな除雪作業を眺めながら、列車に荷物を積み込んだ。


 生活用品に武器、弾薬、燃料に食料品、それからリュハンシク州に持っていく物品の数々。トラックの荷台から荷下ろしするやカーチャの操縦する機甲鎧パワードメイルが荷物の入った木箱を複数個まとめて運んでいき、その頭上ではドローンに吊るされたシャーロットが積載貨物のリストをチェックしている。


 武器庫に搬入した武器を取り出しロッカー内へ収めながら、クラリスの持っていたチェックリストを参照しつつ数が合うかどうか確認。AK-19にAK-15、それからこっちのはRPK-201……他にも色々ある。


「あれ、5.56mm弾ってケース5つで合ってるっけ」


「合ってますわね」


「OK、じゃあ次……」


 そんな感じで運び入れた武器と弾薬を確認、リストと実際の個数が合う事もしっかり確認したうえで、武器庫に鍵をかけその場を後にした。


 セシリア戦の後、列車はパヴェルの手により大規模な修理と改修を受けた。


 タラップを上がって客車の屋根の上に出てみると、そこには防盾付きの連装重機関銃……ではなく、ソ連で開発、採用された連装対空機関砲『ZU-23-2』がででんと置かれていた。


 ブローニングM2の12.7mm弾では非力と判断したのだろう、一気に23mm機関砲にパワーアップしたのは、より強力な相手との交戦を意識しての事か。


 本来であれば車両で牽引したりできるようタイヤが付いているんだが、客車に固定して使用する事を想定してかタイヤは丸ごとオミット。展開しっぱなしのアウトリガーは客車の天井に溶接されてがっちりと固定されている。


 それが3両の客車の屋根に1つずつ、合計3基6門。


 それに加え警戒車も1両追加されたので戦車砲の数も3門から4門に、更に除雪用のスノープラウと火炎放射器も追加装備され、火力が全体的に向上している。


 こんなんでいったい何と戦うつもりなのだろうか。


 そう思う一方で、ルカとノンナの事も思った。


 次の旅は少し寂しいものになりそうだ、と。




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― 新着の感想 ―
冒頭部の会話。学校あるあるネタなのもあってか、こうしてると二人共まだ二十代のあんちゃんなんだよなあと、何だか年齢相応の二人を見たようで少し新鮮でした。 や っ ぱ り 出 た <ご 友 人 パ ヴ …
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