近付く領主就任の日
モニカ「ふーっ……ふふっ、お耳気持ちいい?」
モニカ「じゃあ……仕上げにスゴいの、イっちゃうわね……♪」
MG42「Guten Tag‼」ジャキンッ
ダララララララララララララ!!!
モニカ「ウヒョォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」
パヴェル「なんだよこれ途中から音が聞こえない」
ミカエル「↑鼓膜破壊されてるの草」
「―――リュハンシクの領民の皆さん、こんにちは。私はミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。我がリガロフ家の当主、長女アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァとイライナ最高議会の信任を受け、本日よりここリュハンシク州の領主として統治を行う事となりました」
「少々笑顔が固いですね」
「Oh……」
リガロフ家の屋敷、かつては幼少期のミカエル君にとって世界の全てだった自室の中。演説台に見立てた木箱の上に立ち、自分なりに考えた就任演説の原稿を見ながら演説の練習をしていたミカエル君に、スーツ姿で腕を組んだシェリルは容赦なく意見を述べる。
笑顔が固い……うーんなかなか難しい。
「もっとこう、自然なスマイルっていけませんか」
「うーん……いやあの俺陰キャだからさ、あまり意識してスマイル浮かべようとするとこう……ニチャア、みたいな感じになっちゃうんだよね」
「うわきっしょ」
「張り倒すぞこの野郎」
「押し倒す? やだ、領主様のえっち」
すっげー棒読みでそんな事を言うシェリル。なんだろ、コイツ敵対してた頃は任務以外に興味のない機会みたいな女ってイメージがあったんだけど、俺たちのギルドに来てからは全然キャラが分からん不思議ちゃんになりつつある。何だこの女。
しかもその後ろではクラリスが「あぁ、ご主人様もやはり獣ですのねハァハァ……!」なんて悶えてるんだけど、彼女に関してはもう手遅れかもしれない。周知の事実? それはそう。
「まあそんな茶番は置いといて、とりあえず次行ってみましょうか」
「うい……んんっ、『この母なるイライナの栄達は、ひとえに農民の皆さん、そして労働者の皆さんと共にあったと言っても過言ではありません。日夜休まずに働く勤勉な領民の皆さん、その献身あってこその繁栄です。私はそれを決して忘れず、権力に溺れる事なく、常に領民の事を考えた統治を行う事を、今日この場を借りて皆さんに誓うものであります』」
「もう少し間を開けましょう。演説を聞く人に内容を理解させる猶予を与えるのです」
「なるほど……」
演説、といってもただ単に原稿を読むばかりではない……当たり前だが、言葉に乗せる力や目線、小さな手の動きに至るまでが、聴衆に自分の熱量をアピールする材料となる。
とはいえ実際にやってみるとこれまた難しい。どうしても原稿にばかり目線が行ってしまったり、大事なところで早口になったり噛んでしまったり。さっきなんか「原稿ばかり見てはいけませんよ」と注意され、聴衆役を務めるシェリルやクラリスの方を見ながら演説練習したけれども、ふと原稿に視線を戻した際にどこまで読んだのかすっぽ抜けてしまいやり直しになってしまった……。
「言葉と言葉の間隔、それと読むスピードに気を付けて。続きを」
「……また私は、皆さんもご存じの通りかのズメイの残滓、ゾンビズメイの討伐を成し遂げました。我が祖先、イライナ救国の大英雄イリヤーのような偉業を成し遂げる事が出来たのは、無論私1人によるものではありません。共に戦い、共に傷つき、共に笑い苦楽を共にしたかけがえのない仲間、そして皆さんのお力添えがあったからこそです。私は今こそ、領主という立場を得た今だからこそ、この途方もない恩を祖国イライナに、そして皆さんにお返ししたい」
「最後の『お返ししたい』のところ、ここちょっと語気を強めに行きましょう」
「具体的にどんな感じ?」
「ええと、そのちょっと手前の”私は今こそ”の辺りから段々とアクセル上げてく感じで。そこもう一回行きましょうか」
「うい」
すぅ、と息を吸い、少ししてから吐いた。
「―――私は今こそ、領主という立場を得た今だからこそ、この途方もない恩を祖国イライナに、そして皆さんにお返ししぢゃっ……ゴメン噛んだ」
「「かわいい」」
なんだこいつら。
うひー、とひりひりする舌を庇いながら傍らのコップを掴み、水を口に含んだ。
「大丈夫、可愛いのでもう一度」
「―――私は今こそ、領主という立場を得た今だからこそ、この途方もない恩を祖国イライナに、そして皆さんにお返ししたい!」
「いいですね。ではついでに最後のところ、ちょっと拳を握ってかざしてみましょう」
「―――私は今こそ、領主という立場を得た今だからこそ、この途方もない恩を祖国イライナに、そして皆さんにお返ししたい!」
言われた通りに拳を握り、それを前へとかざした。言葉に感情を乗せ、溢れてしまい乗り切らない想いを拳に、挙動の一つ一つに乗せるつもりで。
ぱちぱち、と小さな拍手が部屋の中に響く。
「いやぁ、良いですねぇ。どうですクラリス師匠」
「さすがご主人様ですわ」
お前何師匠ポジに落ち着いとるんじゃ。
はぁ、と息を吐いた。
姉上の話では、リュハンシク領主に就任するのは11月30日……あと1ヵ月後の事である。もちろんその前にリュハンシク州へ向かい自分の屋敷(姉上曰く「でっかい城」だそうだ)で色々と準備をしなければならず、最近は就任演説の練習と並行して荷造りや列車への積み込みを行っている。
え、冬季封鎖中にどうやって行くのかって?
それはもちろん特例での列車運行である。冬季封鎖中ではあるが線路の周囲は各駅の駅員たちの手により除雪されているし、現地の鉄道管理局からも降雪量が例年通りであれば、という条件付きではあるものの『25日までならばギリギリ列車の通行は可能』と判断を貰っている。
なので列車に専用の大型スノープラウを装備、更に機関車の前方に連結される警戒車を2両に増強、それらに除雪用の火炎放射器を搭載する事でキリウからリュハンシクまでの移動を行うのだ。
その際、現地で不足しているという物資も手土産として持っていく予定である。
もちろん火炎放射器の使用は周囲への影響に最大限注意した上での運用となる。除雪のために火炎放射器ブッパしたら山火事になりました、なんて事になったらシャレにならない。それも領主就任前にそんな不祥事を起こしてしまえば今まで築き上げてきた成果とイメージが水の泡だ。
それにリュハンシクへ移動するのは、俺たちにとってもプラスになる。
ノヴォシアと国境を面し、有事の際には最前線となるリュハンシク州。ノヴォシア領マズコフ・ラ・ドヌーにほど近いそこからであれば、ノヴォシア地方を根城にしているテンプル騎士団の動向も探りやすくなる、というものだ。
セシリアは死に、空中戦艦も2隻喪失に追い込んだ事で今のテンプル騎士団は大幅に弱体化していると考えていいだろう。
しかしシャーロットやシェリルから聞いた話では空中戦艦は未だ2隻―――パンゲア級空中戦艦3番艦『ムー』、1番艦『パンゲア』の2隻が健在であり、おそらくセシリア死後の指揮は彼女の副官だったホムンクルス兵【ミリセント】という女が執っているだろう、との事だ。
ミリセントという女とはこちらも交戦経験がなくどのような相手かは不明であるが、シェリルの話を信じるのであれば彼女と同じ『フライト140』に属する安定型のホムンクルス兵であり、しかも『対転生者戦闘訓練課程を首席で終えた』という手練れなのだそうだ。
ちなみに同期で訓練を次席で終えたのがシェリルだそうである。道理で強い筈だ。
そして最大の懸案事項が、連中が採掘を進めている民族浄化兵器『イコライザー』である。
俺たちの世界に矛先が向いていない事は分かった。が、その矛先はパヴェルの世界へと向けられており、あのままでは向こうの世界にいるであろうパヴェルの息子の命が危険であるという。
もちろん見捨てるつもりは無いし、全力で阻止するつもりである。向こうの世界に牙を剥いた後、テンプル騎士団の矛先が再びこの世界を向かないという保証はどこにもない。ならば挫ける侵略は今のうちに挫いて然るべきだろう。
予防的防衛行為、というやつだ。
一応、カーチャとパヴェル、それからシャーロットに調べてもらっているが……今のところは収穫無しだそうだ。
面倒だねぇ、と溜息をついているところに、クラリスが温かい紅茶を持ってきてくれた。ティーカップの隣には大好きなストロベリージャムの乗った小皿が添えられている。
「根を詰め過ぎるのも良くありませんわ。さあどうぞご主人様、ゆっくりなさってくださいまし」
「ああ、ありがとう」
ティーカップと小皿を受け取り椅子を探すが、しかし椅子がない……あれれおかしいな、と思っていると既にクラリスが椅子の上に着席済みで、すっげえ笑顔で自分の太腿をぽんぽん、と叩いていた。
ああ、そういう事ね。
よいしょ、と背伸びをしてクラリスの太腿の上にお尻を乗せる。むにゅ、と背中に感じる柔らかい感触。シェリルが見ている前で猶更気まずくなりちょっと前に出ようとするが、するすると伸びてきたクラリスの腕に抱きしめられ、いよいよ身動きが取れなくなってしまう。
「おねショタやんけ」とシェリルが感想を述べたが聞かなかったことにしよう。うん、そうしよう。おねショタなんて今に始まった事じゃないし。
観念して紅茶にジャムをぶち込み、かき混ぜてから口へと運んだ。
ジャムだけの甘みではない―――紅茶の香りと微かな渋みの中に、優しい甘さがある。砂糖よりもまろやかなそれはきっとハチミツのものだろう。ジャムの甘酸っぱさが無理なく馴染むよう、ハチミツで下味をつけたに違いない。
さすがクラリス、俺の好みを良く分かっている。料理はさせちゃダメだけど淹れる紅茶は絶品、なかなか凄いウチのメイドである。
彼女の上で紅茶を飲み、一息ついた。
もちろんその間ジャコウネコ吸いの餌食にされていたのは言うまでもないだろう。
だって聞こえてくるんだもん……頭上から『ズオォォォォォォ!!!』って掃除機みたいな音が。
曲がり角の向こうに敵がいるかもしれない。
いつでも銃を撃てるよう、なるべく短く持ち、半身になって銃口を少しでも短く見せる工夫をしながら曲がり角を素早く確実にカッティング・パイで索敵。敵がいない事をハンドサインで後続のクラリスに知らせるや、彼女の後ろに控えていたシェリルが前に出た。
ヴェープル12モロトを構えつつ周囲を警戒、敵がいない事を確認するや、目の前にある赤いドアに突入用の爆薬を設置する。
最後尾を守るシャーロットがPPK-20で後方や側面を警戒しつつクラリスの肩を叩き、クラリスも突入準備OK、という意味を込めて俺の肩を叩く。
突入準備はOK―――シェリルの肩を叩くや、彼女は取り出していたスマホの通話アプリから爆弾の起爆を選択していた。
プルルル、と短い呼び出し音の後に爆薬が起爆。ドムンッ、と腹の奥底に響くような爆音と共にドアが弾け飛び、室内への突入経路が形成される。
そうなるや俺が先陣を切った。姿勢を低くしつつ左手でAK-19のハンドストップ付きのM-LOKハンドガードを左側面からがっちりと握り、ストックを肩に押し付けるようにして持つ。以前より好んで多用する”Cクランプ・グリップ”と呼ばれるテクニックだ。
リューポルド社製ドットサイトのLCOとスコープのD-EVOを装備したAK-19を訓練通りに構え、埃も舞い上がる室内に浮き上がったシルエットへ正確な5.56mmのデリバリー。届け相手へ5.56mm弾が送り届けられるや、被弾した敵兵は悲鳴すら上げずに床の上に倒れ伏した。
同じように2体目をヘッドショットしたところで、後続のクラリスとシャーロット、シェリルも室内へと突入。まるで人間の姿をした殺戮機械よろしく全くブレない動きで照準を合わせるや、急所を正確に撃ち抜いて死体を量産していった。
ホムンクルス兵同士の一糸乱れぬ連携に、背筋に冷たいものを感じると同時にアイツらが味方でよかった、と心の底から思った。
室内を舞っていた埃が晴れるや、床に倒れていた敵兵がゆっくりと起き上がった。
《訓練終了、訓練終了》
天井のスピーカーから聞こえてくるパヴェルの声。
《いやー、さすがはホムンクルス兵と言ったところか。連携はばっちりだ。そしてそいつらに生身でついていくミカ、お前そろそろ人間辞めだしたな? いいぞもっとやれ》
「勝手に人を人外判定するのやめてくれます???」
放送室から訓練を監視していたであろうパヴェルに言い返すと、起き上がった敵兵役―――真っ白な装甲で覆われた戦闘人形が、訓練用のペイント弾で真っ赤になった頭をこちらに向けながら人間同様の5本のマニピュレータを持つ右手を差し出してきた。
キリウ到着後からシャーロットが片手間で製造していたテンプル騎士団式の戦闘人形だ。再三にわたって交戦してきたあの黒騎士とほぼ同じモデルで、違いと言えば黒騎士に対しこちらは白騎士と言っていいほど真っ白な姿をしている事、それからもっと人間らしい振る舞いができるようAIが調整されている事くらいか。
《さすがです、ミカエル様》
「あ、ああ。ありがとう」
AK-12で武装した白騎士と握手を交わし、ぎこちない笑みを浮かべて応える。つるりとした頭部には人間のような顔など無く、どのような表情をしているのかは分からない白騎士たち。今後はコイツらをリュハンシク州に於いて量産、ノヴォシアの侵攻に備える予定だ。
それと向こうでの屋敷の使用人たちの大半はコイツらにするつもりでいる。現地で使用人を雇ってもいいが……ノヴォシアが近い関係上、向こうの密偵が紛れ込んでいる可能性も否定できないからだ。
屋敷の近くにある廃工場を利用して用意された仮設の訓練施設を後にし、クラリス、シャーロット、シェリルを連れて車へと乗り込んだ。パヴェルは残って訓練施設の撤去を行うらしい。
演説の練習や経済、政治の勉強をするのもいいが、やっぱりこうやって身体を動かしている時が一番心が晴れるというか、解放されている感じがする。
「いやぁいい動きだったよリガロフ君」
後部座席に乗り込んだジャーロットが、助手席でチャイルドシートに座る俺(ナチュラル尊厳破壊!)の頭を萌え袖でパタパタしたり捕食したりしながら上機嫌っぽく言う。
「おかげで良いデータが取れた! 帰ったら早速フィードバックして性能を向上をさせるとしよう……クックックッ、これで2.5%の機動性、反応速度の向上が見込める……!」
「かわいい」
持ち込んだPCを夢中でカタカタするシャーロットの頭を撫でながらにやけるシェリル。なんだ後ろが幸せそうだなと思いつつもシャーロットの萌え袖に頭を捕食され続けること10分。リガロフ家の屋敷に戻ってきた……ところで、なんか異様なものを見た。
正門前に警備兵が5人ほど集まっている。何かあったんだろうか……酔っ払いか?
よくある事なのだ、ウォッカをキメ過ぎたガンギマリの酔っ払いがふらっと高級住宅街に入ってきて騒動を起こすという事は。今回もそういうパターンなんだろうな、と思いながらやれやれめんどくさい事になったぞ、と頬杖をついたその時だった。
「ですから、私はミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ様の紹介でジノヴィ・ステファノヴィッチ・リガロフ様に会いに来たのです」
「いえ、あの、確かにこれはミカエル様の紹介状ですが……」
ん、ちょっと待って。
車停めて、とクラリスに言ってセダンを停めてもらい車外へ。
小走りで正門前へ向かい「どうかしたの?」と警備兵に問いかけると、俺の存在に気付いた警備兵たちが慌てて敬礼で出迎えてくれた。
「ああ、ミカエル様。実はこちらの女性がジノヴィ様にお会いしたいと……ミカエル様の紹介状を持っているようですが」
「え」
視線を警備兵に包囲されている美女へと向ける。
そこには確かに厚着をしていたが―――見覚えのある銀髪と黄金の瞳、厚着の上からでも分かる芸術的なスタイルが目を引く女性が、困り顔で立っていた。
「あ、ミカ!」
「エレノア!?」
そこにいたのは、間違いなくサキュバスのエレノアだった。
兄上、ご愁傷様です。
皆さん聴きたいASMRとかありますか?
私は死にたくありません。




