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『おかえりなさい』

クラリス「そういえば2025年は巳年ですわねご主人様」

ミカエル「そうだね」

クラリス「知ってますかご主人様、ヘビは獲物を丸呑みにする際に顎を外すらしいですわよ」

ミカエル「有名な話だね」


クラリス「こんな感じに」ゴキッ


ミカエル「」

クラリス「んー」

ミカエル「あの……ええと、クラリスさん?」

クラリス「はい、ご主人様くらいの大きさであれば”入りそう”ですわね」ガシッ

ミカエル「く、クラリスさん? 入りそうってどういう事……ねえ、ねえ? なんで口開けて迫ってくるの? ちょっと? クラリスさん??? 冗談だよね???」




パヴェル「次回はミカエル君丸呑みえっち本出します」

シェリル「いいぞもっとやれ(性癖がマニアックすぎるんじゃ)」

シャーロット「ァ゜」←性癖が破壊される音



 この屋敷で過ごした時間は、当たり前だけど列車で旅をしていた期間よりも長い。


 けれども何故だろうか―――この生まれ育った屋敷が、時折どこか他人の家のように思えてしまうのは。まるでここが赤の他人の家で、自分の家と呼べる場所はあの列車の寝室なのではないか、とすら思えてしまう。


 どれだけ周囲に認めてもらい、リガロフ家の三男として正式に迎え入れられる事となっても、やはり幼少期に受けた仕打ちは心のどこかにこびり付いているのだろう。過去の辛い記憶とは、そう簡単に拭い去れるものではない。


 姉上が手配した自家用車(ご丁寧に防弾ガラスと簡易装甲付きだ)が屋敷の正門前でぴたりと停まるや、助手席に乗っていたクラリスが後部座席を開けてくれた。ありがとう、と彼女に礼を言いながら正門の前に立ち、聳え立つ屋敷を見上げる。


 普通、こういう自分の家とか過去の記憶の中にあるものは大人になったりした後に改めて見てみると小さく思えたり、遠かったものが近くに思えたりするものなのだが、この屋敷に関しては例外だった。全然小さく見えないどころか、なんだろう……むしろ逆に大きくなったようにすら思える。


 増築でもしたのかなと思ったらなんだかその通りで、西側に新しく増設されたエリアに気付いた。既設の設備と見比べて浮かないような色使いと質感にも気を使った匠の業にはいつも脱帽である。


 姉上と一緒に正門を潜るや、銃剣を装着した小銃(見間違いでなければモシンナガン的なボルトアクション式の銃のようだ)を装備した警備兵たちが儀仗兵のように出迎えてくれた。寒い中、出迎えてくれる彼らに手を振って応え、そのまま正面玄関へ。


「……ミカエル」


「何だい」


「あなた、本当に貴族だったんですね」


「そうだよ」


 しかも公爵家。爵位の中では最上位なのだ。


 屋敷を見ながらシャーロットがぽつりととんでもない事を言い放ちやがった。


「……あんなに尊厳軽いのに」


「おォん!?」


 悪かったのう!?


 というか俺、公爵家の三男なんですよ……たぶんみんな忘れてると思うけども。


 イライナを救った大英雄、イリヤーの子孫で公爵家の三男。だから本当はこんなに尊厳が軽い筈がない、むしろ一番奥でどっしりと構えてないといけない筈なのだ。何があろうとテコでも動かないほど重みのある尊厳こそ貴族の尊厳としてのあるべき姿だというのに、ミカエル君の尊厳はどうだろうか。エアーを拭きつけられた羽毛の如く右へ左へひらひらと、事ある毎に舞い上がってはミカ虐をかまされる有様である。


 そろそろ泣いて良いだろうか。


 半ば発狂しながらも正面玄関の前に辿り着く。扉の左右に控えていたメイドたちが深々とお辞儀をするや、扉を開けて俺たちを中へと招き入れてくれた。


「おかえりなさいませ、アナスタシア様」


「ああ、ただ今帰った」


「ミカエル様もおかえりなさいませ。長旅お疲れ様でした」


「あ、ああ……ありがとう」


 メイド長と思われるメイドに労われ、ついぎこちない返事を返してしまう。


 なんだろう、今まで屋敷のメイドたちには無視されたり陰口を叩かれるのが当たり前だったので、こうして帰ってきても「おかえりなさい」だなんて声を掛けられたこともなかった。というか軟禁状態だったので屋敷を出る時は自室の窓からでなければならず、玄関から出入りした事なんて冒険者になるまでは一度もなかった。


 それが、公爵家に認められただけでこうも変わるとは。


 ……まあ、それも当たり前である。昔から居たメイドの大半はクソ親父の世話のためにヴィリウの隠居先に行くか、あるいは解雇され他の貴族の屋敷に働きに行ったのだそう。陰口を叩いた連中に対し「いい気味だ」なんてまったく思わない、と言ったら嘘になるけれど、そろそろ冬だし路頭に迷う事のないよう無事に過ごしてほしいものである。


 姉上の後に続いて階段に差し掛かるや、姉上は口元に笑みを浮かべながら視線をこっちに向けた。


「ふっ、やはり不慣れか」


「は、はぁ……なんでしょうね、そろそろ慣れると思ったんですが」


「まあ仕方あるまい、あんな幼少期だったからな……だが今はお前も公爵家の三男、もっと胸を張りなさい」


「努力します」


 もっと胸を張りなさい、か。


 まあそれもそうだ、いつまでも後ろ向きではいられない。


「そうだ、ロイドとエカテリーナも屋敷にいる筈だ。お前が帰ったと聞いたら喜ぶぞ」


「久しいですね。姉上とロイドは元気でした?」


「うむ……毎晩すごいよ」


「いやあのそっちの話じゃなくて」


「ロイドなんか体重6㎏落ちたらしくて」


「いやあの話聞いて」


「毎晩向かいの部屋からギシギシ凄い音が」


「姉上肉食系で草」


「そろそろ子供出来るんじゃないかなって期待しながら私も負けじと毎晩ヴォロディミル襲ってる」


「待って」


 ヴォロディミルさんってあの人だよね、たしか姉上の副官の……。


 いやあの、最近ヴォロディミルさんと良い感じの関係だという事は噂で聞いてたけど、まさかもうそういう”大人の関係”まで進んでいたとは恐れ入った。


 あれかな、ライオンのメスって結構その、文字通りの肉食系だからそういう特徴が反映されてるのかなウチの姉共。


 姉上を補佐し続けてきたしっかり者のヴォロディミルさんなら大丈夫だなと謎の期待をしながら、心の中でどうか強く生きてほしいと祈るミカエル君であった。


 階段を上がって上の階の廊下に出たその時だ。


 目を見開いた。


 廊下に敷き詰められた蒼いカーペットの上―――そこに、無残にも変わり果てた姿のロイドが転がっていたからだ。


 半ば反射的に俺は駆け出した。ご主人様、と制止するクラリスの声を背中で聴きながら真っ直ぐに駆け、カーペットの上に転がっていたロイドに手を差し伸べる。


「ロイド……お前、まさかロイドか!?」


 信じられない。


 一度闘技場で手合わせした男―――”魔犬”の異名付き(ネームド)冒険者でもあるロイドが、こんなにも無残な姿に変わってしまうとは。


 彼の手はもう既に冷たかった……いや、俺が握っている部位が果たして”手”なのか、それすらも疑わしい。


 ロイドの身体は痩せ細っていた。まるで針金のように細く、少し力を込めてしまえば簡単に曲がったり折れたりしてしまいそうなほどで、表面にはメタリックな光沢がある。人間の温もりなどもはや感じられず、ただただそこに転がっているだけの魂なき”物質”に成り下がってしまった義理の兄の無残な姿に、取り乱さずにはいられない。


「ロイド、ロイド! 返事をしろよオイ! くそ、一体誰がこんな事を……!」


 戦友を、俺の義理の兄をよくも……。


「ロイド、目を開けてくれ……ロイド、ロイドぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」






「俺はここに居るわァァァァァァァァァァァ!!!」






 スパァンッ、と甲高いハリセンの音。


 思わず「ぴっ」と変な声を発してしまうミカエル君。ハリセンで叩かれひりひりする頭をさすりながら後ろを振り向くと、やはりそこにはドーベルマンの獣人(第二世代型)のロイド君が立っているではないか。


 ああ無事だったのね、と思いつつ立ち上がり、床に落ちていた針金の切れ端をクラリスに手渡した。


「おう久しぶり」


「”おう久しぶり”じゃねえんだよ! お前それ針金じゃん!? 俺じゃないじゃん!?」


「いやー姉上から毎晩搾られてて体重落ちてるって聞いたからつい、こんな針金になってしまったのかなと思ってさ」


「もはや有機物ですらねえじゃん!?」


「あっはっは、元気がいいなぁロイドは」


「笑いごとかコレは???」


「いやいや、俺も普段尊厳を軽んじられててツッコミ側に回る事が多いからたまにはボケたくて」


「逃げるな仕事しろ」


 だって周りが濃い人ばかりで……最近濃すぎてこってり系のキャラが2人も仲間になったばかりですし。


 などと義理の兄貴とコントみたいなやり取りをしていたその時だった。ガチャ、とドアが開いたかと思うと、中から真っ赤なドレスを纏ったエカテリーナ姉さんが顔を出したのは。


「あら、ミカ?」


「ああ、姉上。ただいま戻りました」


「おかえりなさい! 背は……ええと、全然伸びてないわね!」


 グサッ、と心に言葉の矢がぶっ刺さった。


 そう、全く伸びていないのだ……13歳の頃から6年間、1mmどころか1ミクロンたりとも。


 牛乳飲んだり色々試したけど全然背が伸びず、おかげで19歳にもなって未だにチャイルドシートを着用したり映画館や動物園には子供料金での入場が可能だったりと、神羅万象ありとあらゆるものに尊厳をぶっ壊されまくっているミカエル君である。


 脳内に生息している二頭身ミカエル君ズ(今は武士コス)も矢を受け見事全員討ち死にしている。姉上の心無い言葉はそれほどつらい。


 だがそれも、エカテリーナ姉さんの母性全開の抱擁を受けたら全てが吹き飛んだ。まるでバラのような高貴な香り。けれどもそれは暖かくて、思わず身を委ねてしまいそうになる。


 けれどもミカエル君は知っているのだ。この人、ハグすると見せかけてさりげなくジャコウネコ吸いしている事を。


 だって頭の上から聴こえてくるもの……掃除機みたいな音が。「ズォォォォ」って。


「はー、良い香り♪」


「ソーデスカ」


「さて、と」


 ぱっ、とミカエル君を解放するエカテリーナ姉さん。今度はその真っ白で華奢な手がするするとロイドの方へと伸びていった。


「さあ、あなた。今日はお互いオフですし……ね?」


 気のせいだろうか、できれば見間違いであってほしいのだが……ね、と小さく首を傾げたエカテリーナ姉さんの目が完全にアレだった。獲物を仕留めにかかる肉食獣のそれだった。


 ひっ、とロイドが微かに怯えるが時すでに遅し。如何に勇敢な番犬たるドーベルマンでも、百獣の王ライオンには太刀打ちできないのだ。


 あの華奢な腕のどこにそんな力が、と思えるほどの勢いでぐいぐいと自室の方へロイドを引っ張っていくエカテリーナ姉さん。ロイドはというとまるで怯えた仔犬みたくキャンキャン吠えるのが精一杯で、そのままずるずると部屋の中へと引きずり込まれていき……バタン、と無情にもドアが締められる。


「……あの」


「なんだ」


「……今、姉上の捕食シーンを見てしまったんですが」


「安心しろ、今日のは加減してある」


「嘘でしょ?」


 嘘じゃないもん、と言いながらエカテリーナ姉さんの部屋のドアに背を向け、自分の部屋のドアを開けるアナスタシア姉さん。後ろの部屋の中からはギシギシとベッドの軋む音が早くも聞こえてきてなんというか、こんな生活続けてたらそりゃあ痩せるわ。


 来月にはさらに3㎏落ちてるね、賭けてもいい。


 ガチャ、と姉上の部屋のドアが開く音。


 部屋の中を見た俺は凍り付いた。


 一瞬だけ見えた見覚えのあるグッズの数々。机の上に積み上がったり、本棚を埋め尽くす無数の薄い本。等身大タペストリーにフィギュア、抱き枕カバー……それだけ見ればTHEオタクの部屋、といった感じなのであるが、問題はそれが何のグッズなのか、という事である。


 見間違いであってほしい……なんかあれ全部、ミカエル君のやつじゃなかった?


 パヴェルが作ってる同人グッズじゃなかったアレ?


 バタン、と大慌てでドアを閉める姉上。


 これは何事ですか、と言わんばかりにジト目で姉上を見ていると、アナスタシア姉さんがギギギ、と軋む音を立てそうなぎこちない感じでこちらを振り向くや、額に浮かんだ冷や汗を拭い去った。


「あ、ああ、そういえば部屋が散らかったままだった! あは、あはははは! いやー私としたことが失敗失敗……ちょっと片付けてくるから待っててほしい」


「……手伝います?」


「いやいい!」


 食い気味に返事を返すや、吸い込まれるように部屋の中へと入っていくウチの長女。


 無駄に広い廊下の中、前からは部屋を片付けたり何かが散らかる音や姉の鳴き声が、後ろの部屋からはギシギシとベッドが軋む音が響き渡るこの状況。なにこれ地獄?


 前門のオタク、後門の猛獣ってか。


「クロですね」


「クロだねェ」


 後ろに控えていたシェリルとシャーロットがそんな事を言い始める……うん、俺も今同じ事を考えていた。シャーロットがカミングアウトしたパヴェルによるミカエル君同人グッズの外部販売、おそらく最大の買い手はこの人(ウチの長女)なのではないか、と。


 思わず頭を抱えた。


 なんでウチの関係者はこんな、仕事はできるけれどそれ以外は極めて残念な人が多いのだろう?




 

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― 新着の感想 ―
本 当 に 貴 族 だ っ た ミ カ エ ル 君 針 金 の よ う に な っ た 義 兄 悲 報 、長 姉 こ そ 最 大 の グ ッ ズ 購 入 者 久方ぶりの帰郷だと言うのに尊厳破壊のジェ…
いやぁ、これはリガロフ家の未来は安泰ですね。 多分2桁ぐらいは余裕で甥姪が出来るんじゃない…? それに付き合わされるロイド氏とヴォロディミル…頑張れ… そしてアナスタシア姉さん、そういうものは隠れて楽…
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